Mission7 寮
遅くなりました
大地の橋、暁学園屋外。あたし達三人と同じ隊になった紫色の目をした少女と茶髪の少年、そしてあの悪魔とその妹と、悪魔をしおりんと女子のような名前で呼んだ少女の八人の集団は、ある目的地に向かって石畳の上を歩いていた。
無言でいるのもアレだから、と言って外に出てからずっと話しているのは、オレンジ色の少し垂れ気味な大きな瞳が特徴の彼女。楽しそうにくるくる表情を変えながら、すでに十分以上喋り続けている。
「そっちの黒ずくめが成瀬詩音で、こっちの青カチューシャの子が荻野りまちゃん。で、こっちの黒髪ショートの子が……」
「西村すみれです。このアホ面が谷本千夏」
「アホってなんだよ、アホって。頭の出来はそんなに変わんねーだろ」
「はあ? 九九すらまともにできないアンタに言われたくないわよ」
「すみれだって全然漢字読めねーじゃん」
「うっさいわねー。千夏なんか……」
「はいはい、ケンカはヨソでお願いします。あっ、黒ずくめの妹で成瀬花音です。色々あると思いますけど、楽しくやっていきましょうね!」
喧嘩を始めた、あたし達と同じく新入りのはずの二人を適当にあしらいつつ、口の悪い悪……詩音の妹とは到底思えない気さくな少女──花音が、遅ればせながら、と言って挨拶をする。
あたしも慌てて返そうとしたが、「あっ、お三方の名前は皆知ってるので大丈夫ですよ」と花音に言われたのでそのまま言葉を飲む。
なおも言い争いを続けているすみれと千夏を、詩音が「煩い、黙れ」と一喝したのを見て、あたしと海とゆかりの三人は顔を見合わせて苦笑した。
*
臨時会議という名の新隊結成集会が終了し、あたしはキョロキョロと視線を彷徨わせていた。無理もない。あたしと海には、先ほどからエンドレスで頭を撫でくり回す吟先生の手が、かれこれ数分以上居座っているのだから。
栞さんの締めの言葉に一旦手が止まったのに、それが終わった瞬間「よーし、お前らこれからよろしくなー!」とまたクシャクシャやり始めたのだ。もう既に髪はボサボサになっていて、突っ込む気力もどこかに失せている。抜け出すのも失礼だし、かといってこれ以上ボサボサになるのも嫌だし……と困り果てたあたしは、誰か助けてくれそうな人を探して目を動かしていたという訳である。
ようやく栞さんと目が合って、あたしは必死で救助を訴えた。しばし見つめ合う。その間にも頭はどんどんグシャグシャになっていく。
やがて栞さんは全く、と盛大な溜め息をしながら口を開いた。
「詩音、りま、花音。新隊員達を寮へ案内してあげて」
途端、主に黒髪の男一名から「メンドくせぇ……」という呟きが聞こえる。顔は明らかに不機嫌だ。
「別に俺がいなくても花音1人で事足りるだろ?」
「三人でないと意味がないから言っているの。……ほら、ちょっと来なさい」
栞さんはピシャリと言い放ち、何事か打ち合わせを始める四人。
数言交わして花音が「了解しました」と言うと、今度はこちらに向かってニコッと人好きのする笑みを浮かべる。
「じゃ、皆さん花音達について来て下さい」
ゆかりと同じく新隊員の二人、そして詩音とカチューシャの少女がぞろぞろと観音開きの扉へ向かって歩き出したので、あたしと海は慌てて吟先生の手から抜け出し、その後ろを小走りでついていった。
*
……ということで現在、あたし達は今後住むことになる寮へ向っている最中である。既に結構な距離を歩いているような気がするが、広い学園のことだ。きっと遠く離れたところに寮があるのだろう。そう結論付けて、寮生活について話す花音の言葉に耳を傾ける。
「花音達が住む寮──宵寮って言うんですけど、名前の通り宵に所属している人達が住んでいる寮です。色々危険なことをしてるし、命を狙われることもよくあるので、メンバー以外には建物が見えないように光魔法で不可視にしてあるんですよ」
まあメンバーになれば常時見える状態になるんで、本当に他の人から見えてないのか少し心配になりますけどね。と付け足す彼女。それっていいのか悪いのか……。
あたしの思案もヨソに、一行は歩きながら話を続ける。
「一階は共同スペースで、キッチンとかダイニングとか、あとはお風呂? 皆で使う場所が集まってる感じですね。各々の部屋は二階にあります。地下は防音仕様の訓練場になっているんで、いつでも使って大丈夫です。手入れの道具も基本揃ってるはずなのでお気兼ねなく」
四六時中使える訓練場があるのは正直嬉しい。あたしの武器は他の人よりどうしても音が出てしまうので、今までは使う時間帯を考えなければいけなかったからだ。
内心ガッツポーズをしたら、すみれと千夏も同じように嬉しそうにしていた。理由は違えど、きっと彼女達も以前は自由に訓練場を使えなかったのだろう。
「後はそうだなー、朝・夕と休日の昼の食事、洗濯・風呂掃除は当番制ってところかな。とりあえず最初の一・二週間は様子見ってことで、慣れてきたらシフトで入ってもらうからよろしくお願いします」
食事当番もか……。組み合わせを間違えると死人が出そうな気が……。何があってもセンス皆無な海とだけは一緒になりたくない。
あたしは数年前のダークマター事件を思い出して、軽く身震いした。あれでなぜかお菓子作りだけは上手いのだから不思議である。
「こんなとこかな。お兄ちゃん達なんか補足とかある?」
花音が一向に喋らない二人に話を振るが、りまは素気なく、詩音は面倒そうに首を振るだけ。
「もー! 花音だけ話してても仕方ないから話してよー!」
と花音が言うと、詩音が本当に仕方がない、といった風に口を開く。
「分かってるだろうが、宵のことは内部の人間以外に口外するなよ。表上、まだ学生の奴らは全員生徒会役員だ。不用意に口を滑らせたりしたら……」
「……したら?」
千夏がゴクリと唾を飲みながら問い返す。
「そいつの命はそこまでだったってことだ」
新隊員一同、皆一斉に血の気が引く。だが面倒臭そうに口にする台詞が脅しの時点で、若干コイツの性格が滲み出ている気がする。
「特に電気と一緒に流しそうな電柱は気を付けろよな」
なんて考えていたら奴がそんなことを言うので、思わず殴りたくなって必死で抑える。いかんいかん、また海に羽交い締めにされる。どちらにせよ、殴っても躱されるだけだろうが。
全く、どうしてアイツは口を開けば暴言、悪態、おまけに人が気にしていることまで指摘してくるのだ。初対面なのにいい加減にしやがれ、あの野郎。大体あたしはそこまで口軽ではない……はずだ。しかも一番頭にくるのがその対象が今のところあたしのみ、という点。本当に意味がわからない。
ぶつぶつ呟いていると、横から海とゆかりのやれやれ……というような溜め息が聞こえたような気がした。
その後も生徒会の役職はーとか、しばらくは三人に学園に慣れてもらうために任務は出さない、だとか戦闘部隊は小隊の形取っているが二、三人で組んでの任務も多い……等々の話を花音がつらつらとする。もう既に先程の会議で頭がパンク気味だったので、そろそろ終わりにしてもらわないと何か重要な情報が抜け落ちそうな気がする。
それにしても、時折あたしや海やゆかりからの質問を交えながらだったので、だいぶ長いこと話していたはずなのにまだ寮には着かないのだろうか……。と思っていた矢先、花音の隣にいたりまが、花音のセーターの裾を引っ張った。花音は心得たように頷いて、数メートル先のだだっ広い空き地のようなところで立ち止まる。
「着きました」
……どこに? 前に見えるのはただの空き地だというのに。案内役の三人以外で怪訝そうに顔を見合わせる。
花音が「さあどうぞ」という風に空き地の方を手で指すので、皆とりあえずその敷地に一歩足を踏み入れる。
視界が、変わった。
目の前にあるのはさっきの空き地ではなく、学園の校舎並みに立派な洋館。アイボリーの優しい色合いが春の日差しを反射して、綺麗に光っているように見える。周囲を見渡せば辺り一面手入れの行き届いた庭が広がっていて、奥の方には噴水もある。
「……凄い」
ゆかりの口からそんな言葉が漏れ出る。
何もないように見えた場所に突如として現れた洋館。本日二度目の驚愕。魔法なんて全くない世界に住んでいたあたしにとって、この光景は洋館の美しさも相俟ってただただ絶句するしかない。
あまりの出来事に何もできずにそのまま棒立ちになっていたら、「おい電柱、早くしろ」という詩音の声が聞こえて、ハッとして視線を前に戻す。
見ると皆既に玄関の前に揃っていてあたしが来るのを待っている。まずい、遅れを取ってしまった。あたしは詩音の台詞に突っ込むのも忘れて慌てて玄関に向かう。
あたしが合流したのを見て、花音が「じゃあ開けますよ」と言って重厚な玄関扉を手前に引く。──そして。
パァン!! と派手に響く、クラッカーの音。その先にいるのは会議にいた面々。
「「「ヴォリュビリス隊、宵寮へようこそ!」」」
主に栞さんとツキ先生と吟先生の見事なハモりとともに、あたし達はこの屋敷に迎えられた。
*
「つか……れた……」
花音に案内してもらった新たな自室で、あたしは届けられている荷物を素通りしてベッドに倒れ込んだ。枕に顔を埋めようとして、フカフカな感触でないことに少しムッとする。明日自分の持ってきたやつと交換しよう……。
仕方ないので、とりあえずこの硬いビーズの枕を胸に抱いて、ごろんと上向きに寝転がる。窓から月の光が射していて、外は月明かりだけでも十分明るいとしみじみ思う。
腕につけてきた時計を見て、もう九時かとびっくりする。確かここに来たのが四時過ぎだったはずだから、優に五時間はあたし達の歓迎パーティーが催されていた訳だ。
今も下ではまだ吟先生や他数名が残って、宴会のようなどんちゃん騒ぎをしているはずだ。
そのパーティーで分かったことは、あたし達の隊の名前が朝顔だということと、宵の人達は皆パーティーのような催し物が好きだということ。
ちょっと酷いと思ったのは、パーティーの準備時間を確保するためにあたし達はワザと遠回りな道のりで宵寮に案内されていたという点だ。
それを聞いたあたしは「学校に行くのに遠回りな道しか知らないんじゃ困る!」と訴えた。他にも色々あったのだが、とりあえず明日花音と登校して道を覚えるということで決着がついた。
他に分かったことといえば吟先生がザルだという事と、ツキ先生とあの黒髪で美人な女性──玲先生が恋人同士だったということくらいか。見ていて胸焼けを起こしそうなくらい甘いツキ先生と、「皆見てるから!!」と言って照れる玲先生がとてもお似合いで、ご馳走様ですという気分だ。
一つ長い息を吐いて、今日を振り返る。いろんな、本当に色々な事が起きた一日だった。多分、今までの中で一番濃い。
両親を探す、そんな目的で編入した学園だが、あまりに調子の良いスタートで先が不安になる。あたし達は本当に二人を見つける事ができるのだろうか。
……いけない。弱気になったらそこで終わりだ。あたしは軽く頭を振って思考を切り替える。
そうだ、学園と言ったら楽しみなのはここでの生活だ。武器や魔法を使う授業もあるという話だし。生徒会や宵のヴォリュビリス隊の一員としての仕事もきっと出てくる。この先、どんなことが待ち受けているのだろう。
胸にあるのは未知への興味。沢山の知らないものや出来事に出会える。そんな予感に、私は強く枕を抱き締めた。
2023.7.9訂正
現在の書き方に合わせて改稿しました