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月夜と黒猫  作者: 陽夜
第1章
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Mission6 朝顔

 やっと新隊員の勧誘と様々な説明が終わり、私──日比谷栞は校舎内にある自室で、ほうっと一息ついた。

 執務机に散乱する種々雑多な書類の山を端によけ、なんとか確保したスペースでだらしなくうつ伏せる。


 今回の事の発端は幹部会議だった。両世界で多発する魔術絡みや科学絡みの事件。ここ最近その回数は増え、戦闘部隊の出動頻度が高くなっている。ロリエもシュエットも学生を含んだ隊だ。一応学園運営を任されている身としては、学業に支障が出るほどの任務を与える訳にもいかない。……と、そんな理由でこの人手不足を解消するために、新たな隊を結成する事が満場一致で決まったのだった。


 どこの人間を選ぶか。議論は白熱した。外から人を勧誘すべきだという側と、学園内から選ぶべきだという側。どちらにせよ、暁の星(オーブ・エトワル)(ソワレ)の内部事情を曝け出さねばならず、失敗は許されない。そう、確実に(ソワレ)に入る者でなければ。

 何時間にも及んだ話し合いは、外からの人間と学園内からの人間、両者を選出するということで結論が出た。


 残る問題は人選だった。学園内の人間は、以前から候補に挙がっていた二人──西村すみれと谷本千夏にすんなりと決まった。候補で留まっていたのはこの二人に強い意思があるかどうか、それを確かめていたためだ。既に確認はできていた故に、迷うことなくこの二人は採択された。


 だが外部の人間は今のところめぼしい心当たりがない。要保護対象になる戦闘のできる者の報告も近頃は上がっておらず、選びようがない。頓着状態に陥るかと思われたその時だった。


「奏多さんと詩穂さんの娘さん達はどうでしょうか」


 そう発した声の主──ツキは言葉を続ける。


「凜さんとゆかりさん……それに従姉妹の海さんは今もずっとあの家で暮らしています。僕の勘が外れていなければですけど、きっと彼女達は両親がいなくなった後も武器の訓練を行っているはずです。多分そのうち二人を探す行動に出ると思うんです。ならいっそ──……」


「彼女達を(ソワレ)に入れてしまえばいい、ってこと?」


 この場にいるのが不自然に思えるほど幼い少女のような見た目をした女性──アレンカが声を上げる。


「いくら武器が使えても腕が立たなきゃ意味がないけど?」


と、こちらはまだ本当に年端もいかない少年──神楽が辛辣な言葉を投げつける。

 対してツキは毅然と返す。


「腕は確かなはずです。僕が知っている限り、彼女達は要領が良くて言われたことはすぐにできるようになっていました。それに……分かるんです。彼女達が何を思って暮らしてきたか」


 蒼井夫妻は秘蔵っ子の彼女達をこの世界に入れるべきではないと考えていた。彼らの出身地である太陽の海(ソレイユ・メール)でわざわざ暮らしていたのもそれが主な理由だ。この提案を了承すれば二人の願いを無下にすることになる。


 そこまで考えて、ふとツキの顔を見た。どこか遠くを見つめる彼の瞳に浮かぶのは悲しみの色だろうか。……いやきっとそれだけではない。ツキの出自を多少なりと知る私に、彼にかける言葉は見つからない。


「ま、いんじゃねぇか。鍛えが足んなきゃ扱き直すまでさ」


 そんな言葉を口にしたのは、四十代半ば程の精悍な顔付きをした男──ジェラルドだ。


「そうですね。──エド、いいですか?」


 落ち着き払った声で許可を求めるのは、中性的な顔の男──イグナーツ。

 そしてその許可を求められた男、この組織の頂点に立つのがとても似合う威厳を持ち合わせた彼──エドガーは不敵な笑みを浮かべた。


「もちろん。奴等はまだ学生だろう?ここに編入させれば良い。──勧誘はツキが行くのであろうな?」


「ええ。そのつもりです」


 何かを含んだような表情をしながら言葉をかわす両者。端から見て何を考えているかを読み取るのは難しい。

 一瞬の間の後。


「段取りは任せます。……くれぐれも粗相のないようにお願いします」


 イグナーツの一言でこの会議は終わりを告げた。ツキの表情が気になったが、分かりましたというように頭を下げていたために彼の顔色を伺うことはできなかった。



 元々蒼井夫妻やあの子達と縁の深い彼のことだ。必ず成功させてくるだろう。若干口を滑らせないかという点が不安だったが、ツキは編入に必要な書類と共に朗報を持って学園へ帰って来た。

 ……そう、そこまで心配はしていなかったのだ。だが説明を全部押し付……任されるとは思ってもいなかった。


 彼女達がこちらに来るその前夜。普段は執務に追われて私の部屋(要するに理事長室)になど滅多に顔を出さないジェラルドがひょっこり訪れたと思えば。


「ツキに組織の説明させんじゃあ、危なっかしいったらありゃしないからな。栞、頼んだぞ」


 ……なんて月の森(リュンヌ・フォレ)産のビンテージ物のワインボトルと一緒にそんな言葉を置いていったのだった。


 それはない! という叫びをなんとか堪えて、私はそれから大忙しで臨時会議の手筈を整えて明日参加できる面々の全員に念話(テレパシー魔法のような物)で伝令を回し、口を滑らせそうな奴……ツキと特に吟には直接部屋に行き「一言も喋るな」と強く言い含めていざ臨んだのだが。


 結局、私の努力も半分水の泡である。肝心なことは口に出さなかったから良かったものの、無駄に怒った気がする。ああ、これでは冷静沈着なイメージが台無しだ。


「全く疲れたわよ……」

「そりゃお疲れさん」


 私の呟きに応えてコーヒーの入ったマグカップを置いた相手は見なくとも分かる。


「誰かさんのせいで余計な労力よ」


 置かれた愛用のマグカップを引き寄せ、両手で包む。うつ伏せていた身体を起き上がらせて口元にカップを持っていけば、湯気と共にコーヒーの良い香りが立ち込める。

 一口すすって。


「どうせならワインが良かったわ、赤ワイン」


 なんて言うと、彼──吟はアホか、と私の額を指先で弾いた。


「仕事中に飲むんじゃねーの。オレはザルだけど、お前はすぐに酔い潰れるんだからさ」

「うるさいわねー。アンタがおかしいのよ、この剣術バカ」


 そもそも仕事しながら飲んだことなんてないわよ、と少々不貞腐れながら続けて呟くと、吟はまあいいや、と少し安心したように笑った。


「思ったより元気ありそうだし、オレはここらでお暇するわ」


 早くロス帰ってこねぇかなー。詩音相手に組手すっとメンドクセーんだよなぁ。あれ、ロリエ隊戻って来んのいつだっけ? などと独りごちながら私の部屋を去ろうとする吟に、私は忘れていた一言を口にする。


「ありがと、コーヒー」

「おう」


 後ろ手にヒラヒラと手を振りながら、彼は私の部屋を後にした。なんだかんだ言いつつも気の利く同僚である奴に、私はいつも甘えている。そしてそんな軽口を叩く相手も吟だけだ。それがなんだか悔しくて、それと同時に少し嬉しかった。


「新しい隊、か」


 私はそう呟いて彼女達に思いを巡らせる。銃、レイピア、薙刀、弓、魔楽器と、若干後衛の火力が薄いだろうか。まあ卓上で考えることしかできない私では答えは出ない。一応相性の良い組み合わせのはずだ。あとは彼女達次第である。


 そうだ、隊の名前を考えなくては。ここまで頑張ったのだ、名前くらい決めてしまっても罰は当たらないだろう。月桂樹、梟とくれば次は何が良いだろうか。あれこれ色々な物を考えて、ふとある花が頭に浮かぶ。


朝顔(ヴォリュビリス)


 口に出してみて、やはりこれが良いと思った。彼女達はどこまでその蔓を伸ばし、そして幾つの花をつけるだろうか。その先に何が待ち受けているのか。奏多と詩穂の行方は掴めるのか。これからが楽しみである。




2023.7.9訂正

現在の書き方に合わせて改稿しました

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