Mission4 その先にあるのは
後編です
「はッ!?」
何? 今コイツなんて言った?? 電柱? あたしが!?
半分くらいパニックになりながら、あたしはジッとソイツを見た。
(あたしより五センチくらい低い? 黒髪……ツヤツヤだ……目も黒い。ちょっとつり目っぽい……? 結構綺麗な顔かも……って!)
コイツ、あの副会長か!!
道理で見たことあったわけだ。
「……一応聞くんだけど、電柱って?」
あたしの隣で海がハラハラしているのが分かる。副会長は、一瞬、よく分からない、という顔をした後、面倒そうに口を開いた。
「どう考えたったアンタのことだろ? 高さだけあって凹凸ねぇとか電柱じゃん」
しれっと言う副会長。あ、電気供給してるだけ電柱の方がマシか? とか何とか言ってるのを聞いて、あたしの我慢は限界に達した。
「うわっほんっっとあり得ないっ!!! 初対面の、しかも花も恥らう女子に向かって失礼な!!」
「花……どこが?」
素で言ってるんだろうか、コイツ。我ながらクサい台詞を吐いた自覚はあったけど、向こうは「どこが?」などと抜かすから、こちらが恥ずかしくなってきたではないか。
「〜〜〜っ!! もういい! 行こっ、二人とも!」
始業式でカッコいいなんて思ったのが不覚。この男は悪魔だ、悪魔。
怒りをこれ以上爆発させる前に、とにかく足早に歩き出す。こんなところで止まっている暇はない。早く生徒会室に行って話を聞かなければ。
スタスタスタスタ……。
十メートルほど進んだところで、あたしは止まって勢いよく振り返った。
「ちょっと! なんでついてくんのよ!!」
「凜! 落ち着いてってば……っ!」
海の言葉を無視してあたしは副生徒会長に突っかかる。彼女には申し訳ないが、これで落ち着いていられるわけない。年頃の女の子に向かって、「電柱」だの「花……どこが?」などと失礼なことを抜かしておいて、あたし達の後ろを歩いてくるのだ。一体どういう神経をしているのか。
ソイツはあからさまに呆れ顔であたしの顔を見た。
「は? 自意識過剰も程々にしろよ。俺は生徒会室に用がある、お前に興味はないから安心しろ。それから俺は絶壁でも気にしないぞ」
「ちょっ、何なの本当に!! このチビ! 最低!」
「もうやめてよ凜〜」
あたしは悪魔の一言にショックを受けて、涙目になってくる。よりによって行き先が一緒だなんて。
はぁー、と溜息をついてふと後ろを見ると、さっきまで一緒だった澪がいなかった。
「『詩音がいるなら大丈夫ね』って。先帰っちゃったよ?」
極めつけに海の一言。嘘でしょ……?
緩んでいた涙腺が決壊して、そろそろ涙も出そうだ。っていうか、コイツの名前詩音なのか……。
「私達も生徒会室行くんだ。案内してもらってもいい?」
「おぉ、勝手にしろー」
少し前を向けば、いつの間にか海と詩音が並んで歩いている。
海とクソチビ、普通に会話してるし……。
何だか精神的に疲れて歩くペースを落とすと、ふいに詩音が立ち止まった。
顔を上げると、少し大きめの不思議な彫刻が施された、観音開きの扉の前だった。どうやらここが生徒会室らしい。
その彫刻をじっくり見る間もなく、詩音はあたしの目、海の目を順にジッと見つめてきた。
「入んの? 入んねぇの?」
「……入る」
と、あたし。
「うん、入る」
と、海。
短い返事を聞いてそのまま中へ入っていく詩音に続いて、あたし達も緊張しながら生徒会室に足を踏み入れた。
中に入ると、思ったより広い室内に驚いた。生徒会室って、もっとこぢんまりしているイメージだったが、ここは違った。
四十人学級であるあたし達の教室より、恐らく一回り大きい。
部屋の奥は一面がステンドグラスのような窓、部屋の両サイドには天井までの高さの本棚があって、なんとなく、天井の高い部屋だなと感じる。こんな量の本、いったい何に使うのだろうか。古いものから新しいもの、ファイルらしきものもある。
「お、全員揃ったな! 好きなとこ座れ〜」
そうやって部屋を眺めていると、ついさっきまで教室で聞いていた声がした。そちらに目をやると、部屋の中央に三十人程が座れる円卓があり、たった九人がまばらに腰掛けていた。
「吟……先生もいるんだ」
海が声の主を見つめて言う。
「まぁな! 青嶋、お前もさっさと座れ、疲れたろー?」
「あ、はい……」
最初に教室で見たときも思ったが、吟先生はとてもフレンドリーだった。先生というより、歳の離れた面倒見の良い兄のようで、そんな彼に感化されたのか、海は一つ開けて彼の隣にストンと座った。
ゆかりは既に円卓に座って、隣の席に座っている中等部の制服を着た女の子と喋っている。
あたしも座ろう。そう思って円卓を見回していると。
「あっ、おにーちゃん、おっそーい!!!」
急にその子が大声を上げた。驚いたのか、ゆかりがビクリと肩を揺らす。
癖の強そうな茶髪を胸の辺りまで伸ばし、左側を耳にかけ、リボン型の髪留めをしている。タレ気味のオレンジ色の瞳が印象的だ。何となく、ぱっと見がゆかりと似ている。
『おにーちゃん』ということは、チビの妹なのだろうか。何とも似ていない……。
「しおりん、……待ちくたびれた……。全然来ないんだもん……」
ボソッと小さな声でそう言ったのは、茶髪ちゃんの隣の隣の席に座っている小柄な女子。フワフワで肩まで伸びた黒髪、青のカチューシャ、大きな青い瞳、絵に描いたような美少女だった。間延びした口調の割にほぼ無表情な顔付き、なんだか不思議な子だ。
「この電柱みたいな奴のせいで遅れちまった。悪りぃな」
マジトーンで、こちらを見もせず親指で人を指す詩音にあたしは食ってかかった。
「……っの! 誰が電柱だよ! このチビ!! 悪魔!!」
「凜さん、落ち着いて……」
オロオロしながら、少女たちとほぼ相向かいの席に座ったツキ先生がなだめてくる。一旦座った海が、今にも詩音に飛びかかりそうなあたしを見て慌てて羽交い締めにした。
当の本人はその隙に、特に気にした様子もなく歩いていき、茶髪ちゃんと美少女の間にストンと腰を下ろした。
「詩音の口の悪さは通常運転ですから。気にしない方が良いですよ」
ふふ、と笑ってこちらを見たのは、ツキの隣にいる女性。街を歩いていたら誰もが振り向きそうな絶世の美女だ。肩ほどの長さに切り揃えられた黒髪を後ろにはらう仕草さえ優美に感じるのだから、この人只者ではない。
その二人から離れたところに、中等部らしき生徒が二人。多分あたし達と同じで、いきなり生徒会室に呼ばれたのだろう。
片方はクセのある明るい茶髪に、着崩したリボンの少年。もう片方は黒髪でショートヘア、胸のリボンと同じ菫色の瞳の少女。少年の方はあまり興味がなさそうにそっぽを向いていたが、少女の方は伺うようにこちらを見ていた。
「全く、遅いですよあなた達。……蒼井凜、あなたもさっさと座りなさい」
呆れきった声音でこの場を仕切るのは、色素の薄い茶髪……というか黄土色のような髪をした女性。この学園の理事長、日比谷栞だ。髪色と同じ色の瞳にメタルフレームのメガネをかけた姿は、生徒会室の中では一番普通の顔立ちでどことなく安心する。
なんだかこの部屋美人ばっかりだな……と思いながら、あたしは悩んだ末に海の隣……吟先生と海の間に座った。騒がしかった生徒会室が何かを察してシン、と静まり返る。
あたしと目が合うと、理事長は意味ありげにニコリと微笑んで口を開いた。
「──では始めましょうか。暁の星の話を」
2017.4.27訂正
8話との矛盾点を変更しました
2023.7.8訂正
現在の書き方に合わせて改稿しました