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月夜と黒猫  作者: 陽夜
第1章
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Mission3 糸は繋がって

「……私達は、編入してきた新たな仲間とともに…………」


 初・中・高等部合同の始業式。壇上では生徒会長代理で副会長が式辞を読んでいる。

 黒い髪、切れ長で鋭い目の男子生徒。ミーハーなゆかりが見たら、「カッコいい!」って言いそうだ。


 ……なんて少々アホくさいことを頭の隅で思いつつ。

 実は別のことを考えていて、副会長の言葉は全く頭に入ってきていなかった。あたしが聞いていたのは冒頭の一言か二言くらい。後は頭の中を右から左へトンネル状態だ。


 そいつの顔を見てあたしが考えたことと言ったら、まあカッコいい、かな? ってくらいだ。女子力皆無な見た目からは想像なんてつかない、とか言われそうな思考だけれども、あたしも一応あのゆかりの姉だから、少しは女らしく? そういうことを考えることだってある。


 そのまま何の気なしに壇上をぼーっと眺めていたら、ほんの一瞬だけ副生徒会長と目が合ったような気がした。


 そんなことより、今あたしの頭の中はツキ先生の一言で一杯だった。


『覚悟があるなら……』


 一体どんな話をするつもりなのだろう。いくら考えても全く予想がつかない。

 でもなんとなく。なぜかは分からないけれど、何かが起こる、そんな予感がした。



「……ん、凜ってば!」

「えっ?」


 どこから聞こえてきた声にハッとして意識を体育館に戻すと、いつの間にか海が目の前に立っていた。


「始業式終わったよ? 凜がずーっと惚けてたから、もう皆いなくなっちゃったし。まあ、考えてたことはなんとなく分かるけど……」


 集中するとすぐ周りが見えなくなっちゃうんだから、とあたしのことをぼやいた親友は、呆れ顔を横に振って全く、と一息つく。そして切り替えたのか、次に見せたのは満面の笑顔。


「ま、ひとまず教室行こっか!」


 くるっと身を翻すと、黒みがかった水色の長いツインテールが揺れる。

 ……見た目は可愛いのなぁ。

 海は中身が色々と残念なのである。……あたしが人の事言えたもんじゃないけど。

 そんな無駄なことばかり考えながら、あたしは海の後ろをついて行った。





 教室に着いて、あたしは海と話をしていた。登校一日目で新たな友達がパッと作れるはずもなく。もしそんな人がいるとしたら、よっぽどコミュニケーション能力が高いのだろう。


 ここにきて何をという話だが、海が同じクラスで本当に良かったとしみじみ思う。ツキ先生の話によれば、この学校は大体が初等部の高学年辺りから編入してくるから、高等部までくるともう知らない人なんていないくらいになる、ということらしい。馴染みのない人なんていないに等しいから、逆にあたし達はそこ入りにくい。


「それはそうとして、ウチのクラスの担任! ……えーっと、吟先生? だっけ、あの人さ」

「え、何?」


 話の大半を聞き流していたあたしは、話題が変わったのに気がついて海のほうを向き直す。


「今聞いてなかったでしょ、全く……」

「ごめんごめん、ちゃんと聞くって」


 本当かな……といった感じで海が見てくるけれど、あたしも流石にここからはきちんと聞くつもりだ。

 仕方ないな、という風に口を開いた海が発した疑問は。


「あのさ、吟先生名字読み上げられなかったよね。なんでかな?」


 ……なんて悪く言えば正直今はどうでもいいような内容だった。しかし聞くと言った手前、適当に流すわけにはいかない。あたしは内心必死で始業式の様子を思い出した。


「……言われてみれば……確かに記憶にないかも」


 吟先生。白髪翠眼で、多分二十代後半くらいのあたし達の担任。担任発表だけは割と真面目に聞いていたつもりなのに、覚えがない。

 すると。


月の森(リュンヌ・フォレ)には名字のない人もいるの」


 突然聞こえた海ではない人の声にびっくりして振り向くと、そこには長い黒髪の左側を編み込んだ女子生徒が立っていた。


「あ、驚かせてしまったならごめんなさい。私は藤城澪。よろしくね」


 パッと見、美人だなと思った。どこか透明感のある、でも凛とした出立ち。海とはまた違ったベクトルで、思わず見惚れてしまう。


「私は青嶋海、こちらこそよろしくお願いします」


 海が挨拶するのを聞いて、ハッとしてあたしも続く。


「蒼井凜です。よろしく!」

「それで、その名字のない人もいるっていうのはどういう事?」


 早速本題、という感じで海が澪に問う。名字がないとか、考えられないというか、想像ができない。


「フォレには、名字を持てるのは貴族、要はある線より上の上流階級の人だけ……って国もあるの。だから先生もそういうことなんじゃないかな」


 先生のプライベートまで知らないから、あくまで憶測だけどね。と付け足す澪。


「なるほど……」


 要するに昔の日本みたいな制度が残っているという訳だ。それなら納得である。

 お礼を言うと、彼女は分からないことがあったら何でも聞いてね、と頼もしい一言を言ってくれる。

 いくら感謝してもしきれないな、とあたしは思いながら、ここにいる人がみんな澪みたいな感じでフレンドリーなら、友達を作るのもあんまり大変じゃないかもな。と頭の隅で思った。


「ねぇ……」

「おーし、お前ら席つけー」


  澪が再度口を開きかけた瞬間、噂の吟先生が教室の扉を開けて入ってきたので、お喋りはここでおひらきになった。



 皆が席に戻り、賑やかだった教室はシーンと静まり返った。

 先生が教壇に立って、一人一人の顔を確認するように教室中を見渡す。そして満足げに頷くと、おもむろに口を開いた。


「オレは吟。さっき発表された通り、高等部一年A組……このクラスの担任だ。知ってるだろうが、一般教科は体育、実技では剣術担当だ。まっ、一年間よろしくな!」


 その見た目の通り、話し始めからテンションが高い先生だ。

 入学式が終わって着替えたのか、彼は民族衣装のような、見慣れない服を身に纏っていた。これも“フォレ”のものなのだろう。初めて見たけれど、先生にはとても似合っていた。


「じゃー編入生いるっつーし? 一応自己紹介でもすっか! 無難に名前順でいくぞ、蒼井、お前からなー」


 ……などと悠長に先生の分析をしていたらこんなことを言われたので、げっ、となる。

 自己紹介なんてここじゃ中々しないからな、なんて呑気なことを言っている先生を傍目に、あたしは駄々をこねても仕方ないので立ち上がった。

 全く、『蒼井』なんて50音順にしたら前がいないも同然の名字のおかげで、いつも自己紹介のトップバッターだ。この時ばかり、あたしはこの名字に生まれたことを恨むのだった。



「「「さよーならー」」」


 一年の流れ、一般教科・実技のテスト、授業の選択……。細かい事務連絡を、吟先生から先程とは打って変わって真剣な面持ちで伝えられた。

 そんなホームルームも終わり、生徒たちが三々五々散っていく。きっと帰って自分の技を磨いたり、普通に友達と出掛けたりするのだろう。そういえば今日からあたし達が住む場所はどこなんだろ……? なんて疑問を持ちつつ、クラスメイトに倣って教室を出て行こうとすると。


「2人はこれから少し時間ある?」


 澪が声をかけてきた。


「えっと、……悪いんだけど、これから生徒会室に行かなきゃいけないんだよね」


 せっかく声をかけてくれたのに、凄く申し訳ない気分だ。

 校内を案内して回ろうと思ったのに、と澪が残念そうに言うので、更に面目ない。

 すると海が、「そうだ」と何かを思いついたように澪に話し掛ける。


「じゃあさ、代わりにって言ったらアレだけど、生徒会室まで案内してくれないかな?」


 ちょん、と両手を合わせて澪を見る海。それを見てあたしも、


「ツキ先生にホームルームが終わったら生徒会室に来てください、って言われたんだけど…。正直、二人で辿り着ける気がしないんだよね」


 と言ってみる。確かに名案かもしれない。編入一日目、まだ右も左も分からないのに、二人で生徒会室まで行ける自信なんて一ミリもない。


「分かった、案内するね」


 嬉しさを顔に滲ませながら快く引き受けてくれた澪の後ろから、あたし達は周りをキョロキョロ見渡しながらついて行った。



「それにしてもこの学校、ホントに広いよね……」


 生徒会室に向かう途中、あたしはポロっとそんなことを口にする。澪が案内する後ろをついて来たが、もうどれだけ歩いただろう?


「確か、東京ドーム三〇〇個分? の面積だって言ってたよね、日比谷理事長が」


 三〇〇個分とか言われても想像つかないよ、と海が苦笑する。確かにーと相槌を打ちながら、どちらの世界の人もいるのに、例えが東京ドームじゃわかりにくいのでは……と今更ながらに思う。


「学園の敷地というより、大地の橋(テール・ポン)自体の大きさの事を指してるからそこまで広大でもないけどね。あまり使わない施設とかは学園の端にあるから、飛行魔法とかバスで移動したりする事もあるよ」

「え、飛行魔法?」


 うんうん、と聞いていたあたしは、澪が当たり前のように口にした、常識離れした言葉に思わず足を止める。

 よく絵本とかで魔女が箒にまたがって空を飛ぶシーンがあるけど、そんな感じだろうか。海も首を傾げている。


「あ、二人はメール出身だから見たことないのか……。そっかー、んー……じゃあ、特別に見せよっか?」

「「ホントに!?」」


 つい声をあげたら海とハモったので、二人で顔を見合わせて苦笑する。ツキ先生が訪れた際に確か「魔法は実在しますよ」みたいな事を言っていた記憶はあるが、まだこの目で見たことはないので正直かなりテンションが上がる。


 澪は少し不思議な微笑みを浮かべると、近くのテラスに出た。すっと目を閉じ、それからゆっくりと顔を上げる。優雅な仕草で天に右手を掲げ、短い言葉を唱えた。


「風よ、我が想いに応えて唸れ」


 フワリ。澪の体が宙に浮いて、スカートがはためく。彼女はそのまま少し上昇すると、上空でクルリと一回転し、ゆっくり着地した。


「おぉ……!」


 感嘆の声を上げながら隣を見ると、海が「信じられない」という風に目を見開いている。


 この興奮を、どう言い表せばいいんだろう? 味気ない感想だが、これ以外思いつかない。生身の人間が、空を飛ぶなんて。

 未だ口をぽかーんと開けながら空中を見つめていたら、澪が「間抜けな顔してるよ、二人とも」と言いながら笑った。


「魔術科選択の人なら誰でも最初に習う魔法だから、こんなのまだ序の口だよ? ……まぁ、二人は武器科志望だから、よっぽど適正がない限り、難しいかもしれないけど」

「そっか、残念……」


 ちょっとがっかり。


「あ、でも、やろうと思えばできるよ? 武器科の人も、補助魔法とか、援護魔法とか、治癒魔法とか、副科で取ることになるし」

「そうなの?」

「ええ、例えば……」

「凜、危ないッ!!」


 海が急に大声を出して澪の言葉を遮る。


「へっ?」

 間抜けな声を出した時には既に遅し。あたしは前から歩いてきた人とぶつかって、二、三歩よろめいた。


「いったぁ……。あっ、ごめんなさい!不注意で!!」


 とっさに謝ると、その人……肩まで伸びた髪をハーフアップにした小柄な男子は、はーっと溜め息をついた。


「ったく……、前見て歩けよな、電柱」




途中で出てくる「フォレ」はリュンヌ・フォレの呼び方を略したものです

ちなみにソレイユ・メールはメール、テール・ポンはテールと省略されます



2016.11.29訂正

誤「東京ドーム20個分」

正「東京ドーム300個分」

広さを訂正しました(きちんと計算したところ、20個分だと明らかに面積が狭かったため)



2017.4.29訂正

8話との矛盾点を変更しました



2022.11.12訂正

現在の書き方に改稿しました

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