Mission3 糸は繋がって
「……私達は、編入してきた新たな仲間とともに…………」
初・中・高等部合同の始業式。壇上では生徒会長代理で副会長が式辞を読んでいる。
黒い髪、切れ長で鋭い目の男子生徒。ミーハーなゆかりが見たら、「カッコいい!」って言いそうだ。
……なんて少々アホくさいことを頭の隅で思いつつ。
実は別のことを考えていて、副会長の言葉は全く頭に入ってきていなかった。あたしが聞いていたのは冒頭の一言か二言くらい。後は頭の中を右から左へトンネル状態だ。
そいつの顔を見てあたしが考えたことと言ったら、まあカッコいい、かな? ってくらいだ。女子力皆無な見た目からは想像なんてつかない、とか言われそうな思考だけれども、あたしも一応あのゆかりの姉だから、少しは女らしく? そういうことを考えることだってある。
そのまま何の気なしに壇上をぼーっと眺めていたら、ほんの一瞬だけ副生徒会長と目が合ったような気がした。
そんなことより、今あたしの頭の中はツキ先生の一言で一杯だった。
『覚悟があるなら……』
一体どんな話をするつもりなのだろう。いくら考えても全く予想がつかない。
でもなんとなく。なぜかは分からないけれど、何かが起こる、そんな予感がした。
「……ん、凜ってば!」
「えっ?」
どこから聞こえてきた声にハッとして意識を体育館に戻すと、いつの間にか海が目の前に立っていた。
「始業式終わったよ? 凜がずーっと惚けてたから、もう皆いなくなっちゃったし。まあ、考えてたことはなんとなく分かるけど……」
集中するとすぐ周りが見えなくなっちゃうんだから、とあたしのことをぼやいた親友は、呆れ顔を横に振って全く、と一息つく。そして切り替えたのか、次に見せたのは満面の笑顔。
「ま、ひとまず教室行こっか!」
くるっと身を翻すと、黒みがかった水色の長いツインテールが揺れる。
……見た目は可愛いのなぁ。
海は中身が色々と残念なのである。……あたしが人の事言えたもんじゃないけど。
そんな無駄なことばかり考えながら、あたしは海の後ろをついて行った。
*
教室に着いて、あたしは海と話をしていた。登校一日目で新たな友達がパッと作れるはずもなく。もしそんな人がいるとしたら、よっぽどコミュニケーション能力が高いのだろう。
ここにきて何をという話だが、海が同じクラスで本当に良かったとしみじみ思う。ツキ先生の話によれば、この学校は大体が初等部の高学年辺りから編入してくるから、高等部までくるともう知らない人なんていないくらいになる、ということらしい。馴染みのない人なんていないに等しいから、逆にあたし達はそこ入りにくい。
「それはそうとして、ウチのクラスの担任! ……えーっと、吟先生? だっけ、あの人さ」
「え、何?」
話の大半を聞き流していたあたしは、話題が変わったのに気がついて海のほうを向き直す。
「今聞いてなかったでしょ、全く……」
「ごめんごめん、ちゃんと聞くって」
本当かな……といった感じで海が見てくるけれど、あたしも流石にここからはきちんと聞くつもりだ。
仕方ないな、という風に口を開いた海が発した疑問は。
「あのさ、吟先生名字読み上げられなかったよね。なんでかな?」
……なんて悪く言えば正直今はどうでもいいような内容だった。しかし聞くと言った手前、適当に流すわけにはいかない。あたしは内心必死で始業式の様子を思い出した。
「……言われてみれば……確かに記憶にないかも」
吟先生。白髪翠眼で、多分二十代後半くらいのあたし達の担任。担任発表だけは割と真面目に聞いていたつもりなのに、覚えがない。
すると。
「月の森には名字のない人もいるの」
突然聞こえた海ではない人の声にびっくりして振り向くと、そこには長い黒髪の左側を編み込んだ女子生徒が立っていた。
「あ、驚かせてしまったならごめんなさい。私は藤城澪。よろしくね」
パッと見、美人だなと思った。どこか透明感のある、でも凛とした出立ち。海とはまた違ったベクトルで、思わず見惚れてしまう。
「私は青嶋海、こちらこそよろしくお願いします」
海が挨拶するのを聞いて、ハッとしてあたしも続く。
「蒼井凜です。よろしく!」
「それで、その名字のない人もいるっていうのはどういう事?」
早速本題、という感じで海が澪に問う。名字がないとか、考えられないというか、想像ができない。
「フォレには、名字を持てるのは貴族、要はある線より上の上流階級の人だけ……って国もあるの。だから先生もそういうことなんじゃないかな」
先生のプライベートまで知らないから、あくまで憶測だけどね。と付け足す澪。
「なるほど……」
要するに昔の日本みたいな制度が残っているという訳だ。それなら納得である。
お礼を言うと、彼女は分からないことがあったら何でも聞いてね、と頼もしい一言を言ってくれる。
いくら感謝してもしきれないな、とあたしは思いながら、ここにいる人がみんな澪みたいな感じでフレンドリーなら、友達を作るのもあんまり大変じゃないかもな。と頭の隅で思った。
「ねぇ……」
「おーし、お前ら席つけー」
澪が再度口を開きかけた瞬間、噂の吟先生が教室の扉を開けて入ってきたので、お喋りはここでおひらきになった。
皆が席に戻り、賑やかだった教室はシーンと静まり返った。
先生が教壇に立って、一人一人の顔を確認するように教室中を見渡す。そして満足げに頷くと、おもむろに口を開いた。
「オレは吟。さっき発表された通り、高等部一年A組……このクラスの担任だ。知ってるだろうが、一般教科は体育、実技では剣術担当だ。まっ、一年間よろしくな!」
その見た目の通り、話し始めからテンションが高い先生だ。
入学式が終わって着替えたのか、彼は民族衣装のような、見慣れない服を身に纏っていた。これも“フォレ”のものなのだろう。初めて見たけれど、先生にはとても似合っていた。
「じゃー編入生いるっつーし? 一応自己紹介でもすっか! 無難に名前順でいくぞ、蒼井、お前からなー」
……などと悠長に先生の分析をしていたらこんなことを言われたので、げっ、となる。
自己紹介なんてここじゃ中々しないからな、なんて呑気なことを言っている先生を傍目に、あたしは駄々をこねても仕方ないので立ち上がった。
全く、『蒼井』なんて50音順にしたら前がいないも同然の名字のおかげで、いつも自己紹介のトップバッターだ。この時ばかり、あたしはこの名字に生まれたことを恨むのだった。
「「「さよーならー」」」
一年の流れ、一般教科・実技のテスト、授業の選択……。細かい事務連絡を、吟先生から先程とは打って変わって真剣な面持ちで伝えられた。
そんなホームルームも終わり、生徒たちが三々五々散っていく。きっと帰って自分の技を磨いたり、普通に友達と出掛けたりするのだろう。そういえば今日からあたし達が住む場所はどこなんだろ……? なんて疑問を持ちつつ、クラスメイトに倣って教室を出て行こうとすると。
「2人はこれから少し時間ある?」
澪が声をかけてきた。
「えっと、……悪いんだけど、これから生徒会室に行かなきゃいけないんだよね」
せっかく声をかけてくれたのに、凄く申し訳ない気分だ。
校内を案内して回ろうと思ったのに、と澪が残念そうに言うので、更に面目ない。
すると海が、「そうだ」と何かを思いついたように澪に話し掛ける。
「じゃあさ、代わりにって言ったらアレだけど、生徒会室まで案内してくれないかな?」
ちょん、と両手を合わせて澪を見る海。それを見てあたしも、
「ツキ先生にホームルームが終わったら生徒会室に来てください、って言われたんだけど…。正直、二人で辿り着ける気がしないんだよね」
と言ってみる。確かに名案かもしれない。編入一日目、まだ右も左も分からないのに、二人で生徒会室まで行ける自信なんて一ミリもない。
「分かった、案内するね」
嬉しさを顔に滲ませながら快く引き受けてくれた澪の後ろから、あたし達は周りをキョロキョロ見渡しながらついて行った。
「それにしてもこの学校、ホントに広いよね……」
生徒会室に向かう途中、あたしはポロっとそんなことを口にする。澪が案内する後ろをついて来たが、もうどれだけ歩いただろう?
「確か、東京ドーム三〇〇個分? の面積だって言ってたよね、日比谷理事長が」
三〇〇個分とか言われても想像つかないよ、と海が苦笑する。確かにーと相槌を打ちながら、どちらの世界の人もいるのに、例えが東京ドームじゃわかりにくいのでは……と今更ながらに思う。
「学園の敷地というより、大地の橋自体の大きさの事を指してるからそこまで広大でもないけどね。あまり使わない施設とかは学園の端にあるから、飛行魔法とかバスで移動したりする事もあるよ」
「え、飛行魔法?」
うんうん、と聞いていたあたしは、澪が当たり前のように口にした、常識離れした言葉に思わず足を止める。
よく絵本とかで魔女が箒にまたがって空を飛ぶシーンがあるけど、そんな感じだろうか。海も首を傾げている。
「あ、二人はメール出身だから見たことないのか……。そっかー、んー……じゃあ、特別に見せよっか?」
「「ホントに!?」」
つい声をあげたら海とハモったので、二人で顔を見合わせて苦笑する。ツキ先生が訪れた際に確か「魔法は実在しますよ」みたいな事を言っていた記憶はあるが、まだこの目で見たことはないので正直かなりテンションが上がる。
澪は少し不思議な微笑みを浮かべると、近くのテラスに出た。すっと目を閉じ、それからゆっくりと顔を上げる。優雅な仕草で天に右手を掲げ、短い言葉を唱えた。
「風よ、我が想いに応えて唸れ」
フワリ。澪の体が宙に浮いて、スカートがはためく。彼女はそのまま少し上昇すると、上空でクルリと一回転し、ゆっくり着地した。
「おぉ……!」
感嘆の声を上げながら隣を見ると、海が「信じられない」という風に目を見開いている。
この興奮を、どう言い表せばいいんだろう? 味気ない感想だが、これ以外思いつかない。生身の人間が、空を飛ぶなんて。
未だ口をぽかーんと開けながら空中を見つめていたら、澪が「間抜けな顔してるよ、二人とも」と言いながら笑った。
「魔術科選択の人なら誰でも最初に習う魔法だから、こんなのまだ序の口だよ? ……まぁ、二人は武器科志望だから、よっぽど適正がない限り、難しいかもしれないけど」
「そっか、残念……」
ちょっとがっかり。
「あ、でも、やろうと思えばできるよ? 武器科の人も、補助魔法とか、援護魔法とか、治癒魔法とか、副科で取ることになるし」
「そうなの?」
「ええ、例えば……」
「凜、危ないッ!!」
海が急に大声を出して澪の言葉を遮る。
「へっ?」
間抜けな声を出した時には既に遅し。あたしは前から歩いてきた人とぶつかって、二、三歩よろめいた。
「いったぁ……。あっ、ごめんなさい!不注意で!!」
とっさに謝ると、その人……肩まで伸びた髪をハーフアップにした小柄な男子は、はーっと溜め息をついた。
「ったく……、前見て歩けよな、電柱」
途中で出てくる「フォレ」はリュンヌ・フォレの呼び方を略したものです
ちなみにソレイユ・メールはメール、テール・ポンはテールと省略されます
2016.11.29訂正
誤「東京ドーム20個分」
正「東京ドーム300個分」
広さを訂正しました(きちんと計算したところ、20個分だと明らかに面積が狭かったため)
2017.4.29訂正
8話との矛盾点を変更しました
2022.11.12訂正
現在の書き方に改稿しました