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月夜と黒猫  作者: 陽夜
第1章
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Mission2 導く

 ずっと迷っていた。彼女達に真実を伝えるべきか。知れば彼女達は必ず、茨の道に飛び込んでくるのだろう。

 まだ純粋な少女達に険しい道を通らせる訳にはいかない。彼女達には幸せな未来を生きて欲しい。


 そこまで考えて、ふと思い直す。

 それで本当に三人は幸せなのか、と。


 両親が消えた。


 その現実をあの少女達が鵜呑みにしているとは思えない。僕が信じているように、彼女達もきっと信じているはずだ。今もどこかで笑うあの二人を。少なくとも、僕の知っている限り三人はそう思っているに違いない。


 それに、何も知らない、何もできないという状況が一番辛いことを僕は知ってる。放っておいてもきっと、彼女達は飛び出してしまうだろう。


 ……ならば。


 僕が導こう。もう二度と彼女達が、大切なものを失わないように。



「瀬川先生、……瀬川先生?」


 暁学園職員室。廊下側が全面ガラス張りで中の見える造りになっているこの一室で、僕は物思いに耽っていた。

 意識の彼方から山間を流れる水のように澄んだ声が聞こえて、ふと顔を上げる。


「あ、玲。どうかし……イタッ!!」


 僕は完全に意識の戻らないうちに振り向いて、半ば癖のようにその声の主の名を呼ぶ。  

 声の主……葉月玲は、ペシッと僕の頭を叩いて、それから呆れたように腕を組む。艶のある黒髪がサラリと揺れた。


「もう、馬鹿! 仕事とプライベートは別にしようって思って、私はわざわざ名字で呼んでるのに!!」

「あはは……でも知らない人なんていないんじゃない? 僕は君との関係なら誰に知られても良いと思ってるんだけど……」


 元々ボサボサの頭をさらにくしゃくしゃとしながら僕が呟くと、珍しくプクーッと頰を膨らませていた玲は少しだけ俯いた。

 ……とはいえ、座っている僕から側に立つ彼女の顔はしっかり見える。玲の顔を覗き、僕は首を傾げる。


「あれ? 顔、赤くない? 大丈夫? 熱でもあるの?」


 玲はそんな僕の言葉に一瞬だけそっぽを向いて、ボソッとなにかを呟く。


「えっ、玲? 今なん……へぶっ」


 問いかけた僕の言葉は、玲の手によって最後まで紡がれることなく消えてしまった。しばらく粘ってみたけれど、玲はふいっと顔を背けたまま、結局口を割ってはくれなかった。


「この天然タラシ……」





 職員室は三階建ての学園校舎の二階、中等部フロアと同じ階にある。通称“中だるみの中等部”。基本この学園は入学したが最後、高等部卒業まで『大地の橋 (テール・ポン)』から出ることができない。組織の秘密、この世界の中枢に関わる知識を山程得ることになるのだ。当たり前である。


 それを知ってなおここに入学・編入してくる者は大体その覚悟があるから問題はないのだが、稀に志が薄く、問題を起こす者がいる。そのような生徒が劇的に増えるのが、進路決定をする学年である中等部の期間なのだ。だからそのような配置になったのだろう、と勝手に私──葉月玲は考えていた。


 からからとガラス戸を開けると麗らかな春風がそよぐ。職員室から繋がる教員用テラスはそれなりの広さで、なかなかに洒落たティータイムを過ごせる。何かと言ってこの学園は無駄に設備が良い。

 特に示し合わせず、私達はテラスの一番端にあるテーブルについた。


「それで? どうかしたの?」


 そう問い掛けたのはツキ。

 私は一息つくと右側の髪を耳にかけて口を開いた。


「詩穂と奏多の娘二人を、勧誘したって本当?」


「……正確には三人だよ。凜ちゃん、ゆかりちゃん、あとは青嶋さん達の娘さんで海ちゃん。あの三人、報告通りあれからずうっとあの家で生活してたんだ。それで……」


「そんなことを聞いてるんじゃないわ」


 私の追求を逃げるように喋り続けていたツキは、びくりと肩を揺らし、俯いた。


「こんな世界に、あんな純粋な子達を……辛い思いをさせるだけよ。きっと貴方も後悔する。今からでも遅くないわ、記憶の操作を……」


 言い聞かせるような形になってしまった私の言葉。それでも彼は首を横に振った。


「勧誘しても、しなくても、きっと後悔したよ。なら、彼女達が後悔しない道を選ぶのが最善じゃない? 詩穂さんや奏多さんは、きっと喜ばないだろうけど……。僕は二人の気持ちは分からないけど、三人の気持ちはよく分かるんだ」


 残された者の、気持ち。

 ただただ苦しくて、悲しくて、虚しくて。どうしようもない気持ちに支配されて、息を吸うのさえもどかしくなる。

 私もその痛みを知っている。だからそれを見ないふりをして、彼女達はまだ無垢な子供であってほしいと願うのは私達のエゴだ。


 そして私は沈黙を破った。


「じゃあ、全てを話してあげて。中途半端に隠していたら、余計に辛いから。それと……」

「僕が辛くなったら、君に話を聞いてもらう、でしょ?」


 それは君もね。そう微笑んで彼は立ち上がった。





「あー、メンドい」

「お兄ちゃん、何かやらかしたから呼び出しなんでしょ? ダラダラしなーい!」

「ちげーよ馬鹿」

「……二人とも……ツッキー……来たよ……?」


 僕が職員室から出ると、扉のすぐ側に三人の生徒がいた。二人は中等部、一人は初等部の制服着ている。

 一人は小柄な男子。肩にややつく位の艶のある黒髪を適当にハーフアップにしている。白いシャツの上に寒牡丹の柄の羽織りを掛け、肩から日本刀の入った袋を下げていた。

 一人は肩甲骨の下辺りまである明るい茶髪を持った初等部の女子。垂れ気味のオレンジ色の瞳が、僕を見つけて少しだけ大きくなった。身長は恐らく男子より、八センチほど小さいだろう。

 もう一人は二人よりさらに小柄な、まさに小動物のような少女。目測で、ギリギリ一五〇センチないくらい。黒いフワフワした髪、青のカチューシャ、覇気のあまりない大きな青い瞳が印象的である。


「やぁ、詩音くん、花音ちゃん、りまちゃん。どうかしたんですか? こんなところで」


 僕がそう問うと、黒髪の男子……成瀬詩音は呆れた、というようにため息をついた。


「アンタが呼んだんだろ? 始業式の事でちょっと話があるーってさ」

「あっれー? なぁーんだ、お兄ちゃん、やらかしたんじゃなかったの?」


 後ろで手を組んでくすくすと笑っている、茶髪の女子生徒の名前は成瀬花音。詩音くんの妹である。


「ツッキー……のんびりさん……。葉月センセとお話してた……ね?」


 ぼんやりと、でも核心を突くようなことを言ってくる彼女が、荻野りま。二人の幼馴染みだ。


「あぁ、ごめんごめん、忘れてた。高等部の始業式なんですけどね? 生徒会長挨拶、詩音くんにやってほしいなぁーって」


 基本この学園に、入学式なる者は存在しない。いつ誰がいなくなるか分からない、入ってくることを祝うような理由もないからだ。


「はぁ? 俺副会長だよな?」


 あからさまに不機嫌そうな雰囲気を出す詩音くん。


「今年度会長、マシューくんなんですけどね? 彼、その日丁度任務でいないんですよー」

「……さすがロリエ隊……。いいご身分……」

「ちょっとりまちゃん、君らだって似たようなもんですよ、今回は偶然ね」


 僕が宥めると、りまちゃんは「ガッコー……面倒……。任務の方が好き……」とボヤいた。


 両世界を救うためにできた組織、暁の星(オーブ・エトワル)。その隊員を育成する為の学園、暁学園。


 本当はゆっくりゆっくり、確実に子ども達を育てていけばいいのだが、そうもいかなくなったのが現状だ。世界に起こる異変が活発になってきている。まるで、誰かに促されているように。


 原因究明、現状の打開、人々の安全の確保。それらを全てこなすには、特別にそれに関わる人材が必要だった。現在、その特別な隊に所属している者は、組織の中で、たったの二十四人。この三人もその一員であった。

 一般生徒には秘密にされているが、基本的に中等部から二十代半ばの若者までで形成されている。その隊で、彼らはまだ少年少女だと言えど、数々の実戦を積んだベテランだ。


「まぁいいけど……なぁツキ、そろそろ人増やしたほうがよくねぇ?」

「それ花音も思うー! だって人手足りないよ、最近いろいろ頻繁過ぎるし!!」

「りま……疲れた……」


 思い思いに“隊”についての不満を言う三人。


「ふふふ、だーいじょうぶ! 五人ほど増える予定ですから」


 身を翻し、廊下を進む。

 仲間が増える、と聞いて驚き、声を上げる若者三人をなんだか初々しいなぁーと思い、つい、笑みを零しながら。




2016.11.29訂正

誤「職員室は8階建ての学園校舎の4階、中等部2年の教室と同じ階にある。」

正「職員室は3階建ての学園校舎の2階、中等部の教室と同じ階にある。」


校舎の階数を訂正しました。他の内容に変更はありません。


2017.1.5訂正

文全てを一人称、ツキと玲の視点に変更しました



2018.9.27訂正

矛盾点を変更しました(かなり重大なミスを犯してました…)



2022.11.12訂正

現在の書き方に改稿しました

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