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月夜と黒猫  作者: 陽夜
番外編
23/24

君に感謝を

「夏祭り行かない?」


 事の始まりはそんな玲の一言だった。

 冷房の効いた涼しい社会科準備室。

 特に仕事もない土曜日になぜここにいるのかと言えば、答えは一つ。恋人である玲と二人きりになれるからだ。

 あの寮にいると必ず誰かしら──大体吟とか吟とか吟とか、たまにアレンカだ──の邪魔が入るので玲が嫌がる。その邪魔が故意でも過失でも僕としては見せつけてやりたいと思っているから良いのだが、仲間の前でもあまり自分を晒け出さず、凛としていようとする玲にとって、二人でいるところを見られるのは気恥ずかしいらしい。

「夏祭り?」

 そんな彼女の事なので、わざわざ大勢の前に出るような行事に誘ってくるなんて珍しく、聞き返すと玲はクスクスと楽しげに笑った。

 多分僕の表情がいつも以上に間抜けだったのだろう。玲が笑ってくれるなら締まりのない顔でも本望である。

「そう! ほら今日ボーで納涼祭があるでしょう? 去年までは授業だったり、任務があったりして行けなかったから、今年こそはーって思ったのだけど……」

 ダメ、かしら? と心配そうにこちらを伺う彼女のお願いをもちろん僕が断る訳もなく。

「じゃあ行こっか」

 そう言って玲に向かって微笑んだ。

「本当!? ありがとう!!」

 ガバッと玲が抱きついてくる。普段はこんな事しないのに……と、大胆な行動に嬉しさ半分、戸惑い半分で僕──瀬川ツキは祭りに想いを馳せた。





「十八時に寮の前ね!」

 そう言って彼女が準備を始めたのは十六時頃。きっと気合いを入れて、いつも以上に綺麗な姿で現れるつもりなのだろう。

 玲が僕のために張り切ってくれる、それだけで自然と頬が緩んでしまう。本当に僕は幸せ者だ。


 定刻まであと五分。

 普段のデートは部屋から一緒に出掛けるため、待ち合わせなんて久し振りでなんだかソワソワしてしまう。良い大人でも落ち着かない時は落ち着かない。ジッとしていられずに右へ左へふらふらと歩き回る。

「お待たせツキ」

 背後から僕の一番好きな声が聞こえる。軽やかに響く、玲瓏で澄んだ声音。振り返ると浴衣姿の玲が立っていた。

 白地に青と紫の朝顔柄の浴衣。お団子に結い上げられた髪にも同じ色の朝顔の簪が挿されている。いつ見ても綺麗な玲の気合いを入れた姿は、いつもに増して僕の口元を緩くさせる。

「ほんと、玲は何着ても似合うね」

「……っ、バカっ」

 彼女の顔が紅に染まる。

 ストレートに褒めないで、とよく言われるのだが、気の利いた事が言えない性分の僕はこういう言い方しかできない。でも、可愛い玲のさらに可愛い顔が見られるのだ。照れるのが分かっていてもこればかりは止められない。

 まだあたふたしている玲の手を取って歩き出す。……ああ、これがいつまでも続けば良いのに、そう思った。



 他愛のない会話をしながら、二人でテールの中にある街の一つ、ボーに向かって歩く。


「そういえば浴衣着たのね」

 玲は手を繋いだまま、器用に一歩前に出て僕の服装を見た。

 和装好きな彼女に付き合って行った呉服屋で見つけた、黒地に白の細い縞模様が入った浴衣。ツキに絶対似合うよ!! と言われて買ったものの、着る機会は全くなかったし、正直すっかり忘れていた。

 絶対着てこないと思ってたのに、と言う玲は、言葉とは裏腹に少し嬉しそうだ。

「最初は着て行くつもりじゃなかったんだけどねー」

 苦笑する僕に彼女も察しがついたらしい。

「あっ、もしかして……」

「そっ、ローレンス君がどこからか聞きつけたみたいで。『浴衣持ってるの!? 持ってるなら着ていくべきだよ!!』とか熱弁されちゃって。着付けまで出来るなんて彼本当に器用だよね」

 ちなみにローレンス君とは(ソワレ)の熟練隊、ロリエの一員で変t……普段は学園の保健医をしてくれている。

 器用どうこうの問題じゃなくて全部女の子のためよね……、という呆れたような玲の呟きは彼の名誉のために聞かなかった事にしよう。


 ボーの中央通りに着くと、そこはもう普段とはかけ離れた祭りの喧騒の中だった。通りの両端に露店がずらりと並んでいる。この地にはこんなに沢山の人がいただろうか……そう思うくらいの人の多さと活気だ。

「あっ、かき氷」

 玲は早速目当ての屋台を見つけたらしい。早く早くという様にグイグイと僕のことを引っ張っていく。

 かき氷屋さんの列の最後尾に着くと玲は何味にしようかな、と早くも悩み始めた。僕の前でだけ見れる、子供っぽい表情だ。本当に可愛い。

 ……それにしても。

「自分で作ったかき氷の方が絶対美味しいのにわざわざ並ぶの?」

 僕はふと彼女に問い掛ける。彼女の大好物は言うまでもなくかき氷である。季節を問わず食べるくらいだし、今まで見てきた中で強いこだわりがあるのも伺えた。にも関わらず、どうして出店の、しかもフラッペ状のかき氷を食べたがるのだろうか。

 視線の先の玲は少し考えてから曖昧に微笑む。

「んー……よく分からないけれど、こういう時に出てるかき氷屋さんのかき氷、無性に食べたくなるのよね」

 なんでかしら? と小首を傾げる仕草がまた可愛いくて、疑問なんてどうでもよくなってしまった。今日はいつも以上にそんな事ばかり考えている。玲には一生敵う気がしない。


「いらっしゃい」

 そんなことを考えているうちに列の一番前まで来た。

「かき氷二つお願いします」

 そう短く頼んで、玲に越される前に二つ分のかき氷代を払ってしまう。

 あっもう、今日は私が払うつもりだったのに……、と彼女が隣で頬を膨らませている。

「はいどーぞ」

 ブルーハワイでいいんだよね? と一応確認する。結局悩んだとしても、いつも決まってこの味なので慣れたものだ。

「……ありがとう」

 まだ少々むくれている玲にブルーハワイのシロップをかけて渡す。ここの出店は自分でシロップをかけられるようなので量が調節できて嬉しい。調子に乗って自分のかき氷にイチゴのシロップをかけたら、かけ過ぎだと叱られた。


 かき氷を食べ終え、金魚すくいや射的などの縁日を回っているうちに、空はすっかり暗くなっていた。恋人と過ごす時間はいつもより早く過ぎるように感じる。

 辺りを見渡せば、通りのあちらこちらに吊された提灯は煌々と輝き、お囃子の音が一段と大きく聞こえてくる。はて。

「ねぇ玲。これから何が……」

 始まるのかな? という問いは、彼女のこっち!! という声にかき消された。

 普段から着物を着慣れているだけあって、玲は人波をかき分けながらスピードを落とすこともなくスイスイと進んでいく。

 対する僕は着慣れない浴衣に足を縺れさせつつ、半ば玲に引き摺られるようにしてついていく。カラコロと二人分の下駄の音が軽快に鳴り響いて、屋台通りが遠くなっていく。

 気づけばそこは会場であるボーではなく、幽霊が出没するともっぱら噂のネージュだった。

 人々に噂されるだけあって、鬱蒼と木々が茂り、雰囲気がある。本当に幽霊が出てきそうだ。まさかここに連れてきたのは僕を脅かすため……? と思ったが、玲は普通に素通りしていく。

 ようやく玲が止まったのは、ボーが一望できる眺めの良い場所だった。

「ネージュにこんなところがあったんだ……」

 ぽそりと呟くと、不安そうだった玲の顔が一気に明るくなる。

「心霊スポットなんて言われてるけど、ここも案外捨てたものじゃないでしょ? それに……」

「それに?」

「本題はこっちよ」

 玲が空を見上げた。


 ──夜空に咲いた大輪の花。赤、黄、紫、緑、橙。色とりどりの花火が空を埋め尽くしている。

「うわぁ……」

 この感動をどうしたら伝えられるだろうか? これでも一応国語教師なのだから、きっと落ち着いていれば相応しい言葉を探せるのだろう。でも、今は……こればっかりは、きっと無理だ。


「今日は急にごめんね。祭りに行きたいなんて言い出して」

 唐突に謝る玲。それで僕はハッとした。

「もしかして、僕に花火を見せるために……?」

 図星だったのだろう。彼女は一瞬目を彷徨わせた後、こくりと頷いた。

「だってツキ、花火見たことないって言ってたでしょ? だ、だから、その……見せてあげたくて……」

 確かに僕は今まで花火を見たことがなかった。それは機会がなかったからであり、写真で満足だと思っていたからでもある。でも実物が見れて良かったと切に思う。こんなに綺麗で、輝いていて、どこか儚げな──まるで。


「玲」

 ずっと空を見上げていた玲がパッとこちらを振り返る。

「ん? どうかし……」

「好き」

「うん……えっ!?」

 真っ赤になって慌て、口をパクパクさせて俯いてしまう、愛しい僕の恋人。

 そんな彼女を、後ろから抱きしめて耳元に口を寄せる。

「ありがとう、玲」

 少し間があって、嬉しそうな声が返ってくる。

「どういたしまして!」

 顔は見えないが、きっと今日一番の笑顔だろう。


 今までも、今も、これからも、僕は頼りなくて、玲に迷惑をかけてしまうだろうと思う。それでも、自分なりに彼女を助けたい、喜ばせたい、自分は幸せだと思わせたい。

 感謝を伝えるのは照れくさいけれど、玲が喜んでくれるのなら、またこの笑顔を見る事ができるのなら。


(これからはもっといっぱい、“ありがとう”って言おうかな……!)




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