Mission17 暗雲と不穏
暗雲立ち込め今にも雨が降り出しそうな空のせいか、室内はどことなく薄暗い。
木製の重厚な執務机に座るのは不釣り合いなほど幼い少女。しかしその見目に対して、少女の言動は疑問を抱かざるを得ないほどに静謐である。
「……彼奴らも動き出したか」
陽光を溶かしたような艶やかな金髪に赤い大きな瞳がスッと細められる。
「はい」
「今は傀儡集めに人々を攫っているようです」
対するは2人。白い髪の女性と黒い髪の青年。髪色に反してよく似た、水色の瞳。
「傀儡、となると……ああ」
1人納得し頷く少女。その表情はどこか硬い。
「他は?」
「特に目立った動きはありませんでした」
重ねた問いに対する答えは否。少女は安心したように強張った顔を緩める。
「そうであるか。……2ヶ月以上の長期任務、すまなかったの。ご苦労であった。しばらくこちらでゆっくりすると良い」
「「御意に」」
綺麗に揃った声と最敬礼は折り目正しくきっちりとした2人の人柄を感じさせる。そんな2人を見て少女は困ったように眉を下げた。
「そうかしこまらなくとも良いといつも言っておるのだがの」
「いいえ。あなたは姉さんの恩人ですから」
「はい」
穏やかに微笑みながらも押しの強い2人に、少女は結局根負けするのが常のやりとりである。
気を取り直して少女は話を切り替える。
「──して、ミサト。お主には1人、弓の指導を任せたい者がおるのだが引き受けて貰えるかの?」
「もしかしてヴォリュビリス隊の?」
一考して思い当たったように尋ねる黒髪の青年。
「そうじゃ」
さすが話が早いの。感心したように少女は呟くと、ミサトと呼ばれた青年は了承の意を込めて頷いた。
「分かりました。彼女が寮に戻ったらすぐにでも」
立ち去った2人と入れ替わりに現れた3人と1つの影。
「マルティナ、ミウ、アズサ、お主らもご苦労であったの。ミヤビは……すまぬな、もう少し頼む」
少女の謝罪に兎のぬいぐるみを模した式神がこくりと頷く。
「彼奴らが動き出したのはお主らも知っての通りだと思うがの。こちらに戻って貰ったのには少々頼み事があってな」
「アタシにやれる事ならなんなりと」
「同じくです」
「はい」
応じる3人と1体。頼もしいの、と呟いて少女は再び口を開く。
「マルティナ、以前にも知らせてあったと思うがリンの面倒を見てもらえぬかの」
しばし考え込んで、ああ、と納得したように口を開いた凛々しい女性。
「ここじゃ珍しく銃を扱う子でしたっけ。……誰であろうと容赦なく指導しますけどいいんですか?」
「構わぬ。引き受けてもらえるかの」
「はっ」
歯切れの良い返事と挙手による敬礼。指先まできっちりと伸びたその姿勢は、どこか軍隊を思わせる。
「ミウはいつも通りシオンを。それとチナツを気に掛けてやってくれぬか」
「……千夏、ですか?」
不思議そうに首を傾げる中性的な青年に、少女は向こうが何か言ってきたらで良い、と言葉を重ねる。
「ええと、分かりました」
困惑しつつも了承する彼に、少女は頷く。
「アズサはカリンを。……おそらく奴のところにいるだろうが邪魔しても悪いからの、暫くしてから自室を訪ねてやっておくれ」
「……はい」
寡黙そうな青年は言葉少なに首元のストールに口元を埋める。
「ワカナ、ミヤビによろしく伝えておくれ」
ワカナ──若菜と呼ばれた式神は静かに頷いて身を翻すと、サラサラと砂のように解けて主の元へ帰っていく。
「皆、頼んだぞ」
「「「はい」」」
*
6月。衣替えの季節がやってきた。
……とは言ってもこの学園は夏と冬でスカートのデザインは変わらないため、生地が薄くなる以外に特に変化はない。まして梅雨とくれば肌寒いので半袖で過ごす人も少なく、結局見た目はまだ衣替え前とさして変わらない。半袖のブラウスもしくはシャツに薄手のカーディガンを羽織るか、長袖で過ごすかの2択だ。
たまに千夏みたいな衣替えが来たら即半袖!という猛者もいるけれど、彼に至ってはただの暑がりなので論外である。
昼休みの生徒会室も生憎の天気では気分はどうにも上がらない。
「あたしも長袖にすれば良かったなあ」
窓越しに、どんよりとした雲に覆われた空を眺めてあたしはぼやく。薄手のカーディガンを着てはいるものの、中が半袖では少し寒い。
「今朝『着替えるのも面倒だしこのままでいいやー』って言って出てきたのはどこの誰だっけ?」
「うっ仰る通りで……」
海の指摘に心が痛い。そう、寮を出た直後「寒い!」と叫んだものの、部屋に戻るのも手間だし……と着替えずに登校したのは自分自身なのだ。素直に長袖にすれば良かったと後悔しても後の祭りである。
ちなみにあたしと海が生徒会室にいるのは勿論仕事があるからで。いや正しく言うと広報であるあたしだけの仕事なのだが、会議中やその前後の仕事がメインな書記の海に手伝ってもらっている最中である。
その内容は隔月発行の生徒会新聞。来月用のレイアウトを考えたり、記事を書いたりしている真っ最中だ。
「っていうかそもそもなんであたしが広報なのよ……」
「なんだかんだと言って凜さんこういうの書くの好きでしょう?」
「そりゃ……うん、否定しないけどさ」
別席のパソコンとにらめっこしている花音が、モニターからは目を逸らさず話に加わる。手元に置かれている昼食用と思われるパンには目もくれずひたすらにキーボードを連打している。あの様子だとお昼を食べ損ねる予感がするけれど、集中しているところを邪魔するのも悪いのでそっとしておく。
まあ確かに嫌いではないのだ。嫌いでは。でも絵心がある訳でもなく、かと言って写真を撮るのが特別上手いとかそういう事もないし、レイアウトなんかのセンスなんてもっての外。ともかく暇のある海にネタ出しの協力をしてもらって記事を書いている。何か物を書くのは割と好きな方なので、そこはまだ救いかもしれない。
書記といえばゆかりも書記ではあるのだが、今日は用事があるから、と協力を得られなかった。何やら嬉しそうな、楽しみにしているようなそんなワクワクとした様子の妹に水を差すのはあまりにも申し訳ない。ただ、ここ最近妙に気分良さげにしている日が多いので、そのうち話を聞いてみようとは思っている。
「ところで放課後はどうする?」
海に尋ねられて、ううむ……とあたしは唸る。この前の敗北から、ヴォリュビリス隊のメンバーはそれぞれ自分の実技を受け持ってくれている先生に追加指導をお願いしてつけて貰っている。あたしもそこは同じなのだが、みんなは学園の先生が指導してくれているのに対し、あたしの担当であるクラウディオさんはお店を経営していて、放課後毎日のようにあたしの訓練に付き合ってもらう訳にはいかない。
本人は「まあほとんど趣味みたいな感じでやってるから全然大丈夫なんだが」と言ってくれているものの、その言葉に甘え切ってしまうのは悪い気がして。今のところ、1週間のうち定休日の火曜と曜日不定でそれ以外の平日夜の2日だけ教えを請うている。
大体、学園関係者が扱うのは剣やら魔法やらばかりで飛び道具の人はちっともいやしない。海やゆかりなら、多少形状が違っても大きく括って同じカテゴリーの武器であれば色々な人の指導が受けられるけれど、あたしはクラウディオさん以外に頼れる人がいない状況だ。
こちらに来て知った事なのだが、そもそもフォレの銃文化は未発達で、火縄銃のような単射のものが主流だという。殺傷力に対して準備が面倒で、そんなものに頼るなら剣や魔法で敵を制圧した方が早いらしい。それならメール出身の人に……と思えば、全体の割合として学園内でメール出身者は圧倒的に少なく、なおかつ銃を扱えるとなると更に人数が限られてくる。そりゃ事あるごとに珍しく見られる訳である。
とにかく今日は木曜日。もしクラウディオさんが夜に来てくれたとしてもそれまで時間は有り余っている。
「とりあえず寮に戻って個人練習かなあと」
訓練棟に行ってもいいのだけれど、いつ訪ねて来てくれるか分からないクラウディオさんを待つなら最初から寮にいた方が都合がいい。
了解、と頷く海にそっちは?と聞き返す。
「んー、吟先生任務でいないし、誰か手の空いてる先生でも捕まえようと思ってる」
「ああ……先生喜んでたもんね」
話題の当人は数日前、2ヶ月振りに任務へ赴けると大喜びで寮内を駆けずり回っていた記憶がある。栞さんに「遠足前の子供じゃないんだから落ち着きなさい!」と怒られるところまでセットで。あれで2人共29だというのだから、一体先生はどんな育ち方をしたのかとある意味気になる。
「雨降りそうだしあんまり遅くならないようにした方がいいよ」
「傘持って来てあるし平気だよ」
「まあ帰り気を付けてね」
「ありがと」
そろそろ昼休みも終わる事だし、切り上げて帰ろうと散らかした道具を片付け始めた矢先。
「嘘でしょ!?ちょっとやめて!!!」
モニターを睨みつけていた花音から悲鳴が聞こえて思わずそちらを振り向く。
「大丈夫……じゃなさそうね」
心配して花音の元へ足を運んだ海は気の毒そうに眉を下げる。どうしたとあたしも近づいて……おおう、と思わず声が漏れた。
「ご愁傷様です……」
無慈悲なブルースクリーンの前に突っ伏す花音にとりあえず手を合わせる。机の傍らで案の定食べ損ねられたパンと今朝貸し出したミニサボテンがぽつりと佇んでいた。
*
「さてと」
教室で海と別れて帰路に着く。上履きを脱いで玄関を出ると空は一段と暗さを増していて、今にも降り出して来そうな勢いである。
用意周到な海と違って傘を忘れたあたしはとっとと帰ろうと足早に帰宅路を進む。
「あの、すみません」
「……はい?」
いきなり横から声を掛けられて歩みを止める。そこにいたのは綺麗な女の人だった。
織部色のワンピースによく手入れされた長い銀髪を三つ編みにして前に垂らしている。瞳は吸い込まれそうな色の深い青で、髪色と相俟ってどこか神秘的な雰囲気すら感じさせる。
「これをある人に届けてほしいのですが……お願いしてもよろしいでしょうか?」
取り出されたのは三日月と黒猫の2つのペンダント。どことなくデザインが似ているように見えるので対になっているのだろうか。
「ええと……ご自分でお届けになったら良いのでは?」
いきなり初対面の人に届け物をお願いしたいと言われても戸惑うばかりで、あたしはおずおずと返答する。
「わたくしが伺っても会っていただけないのです。けれどこれをどうしてもお渡ししなければならなくて……」
お願い、できませんか?そう言って女の人はあたしに迫ってくる。コルセットで絞められて殊更強調されている、ブラウスを押し上げる大きな胸が腕に当たって、同性にも関わらずなんだか気恥ずかしくなってくる。
「あ、あの分かりましたから!」
「本当ですか?」
胸を押し付けたまま目をキラキラと輝かせる女の人。無自覚なのかどうかは判断できないけれど、この人確実に魔性を持ち合わせている。とにかく変な気が起きそうだから早く離れてほしい。
受け取って、誰に渡せばいいのか尋ねる。知り合いなら嬉しいのだが、そこまで交友関係は広くないので期待はしない。
「成瀬詩音、という方に渡していただきたいのですが……」
「っえ、あ、はい。承りました」
まさかそんなに身近な名前が出てくると思わず変な声を出してしまった。
「よろしくお願いしますね」
一瞬目を離した隙に、女の人は見る影もなくその場からいなくなっていた。登場もいきなりだったけれど、いなくなるのも突然で風のような人だった。
「あ、早く帰らないと」
風も吹き始めて、いよいよ雨が降り出しそうだ。
あたしは鞄に一対のペンダントを入れて、小走りで寮へと駆け出した。




