Mission15 模擬戦
再開です!
「ヴォリュビリス隊の」
「試験?」
オウムのように繰り返してぽかん、と口を開けるあたし達に、大きく頷くアレンカさん。先程までとは違い至極真面目な口調で彼女は話を続ける。
「そう、試験です。ヴォリュビリス隊の皆さんにはこの二人……恵、理兎と戦ってもらいます」
「僕が恵でこっちが理兎だよ」
予想通り、赤っぽい煉瓦の色合いをした髪の中性的な人が“恵”さんで、反対に薄い芥子の色合いの髪に黒縁の眼鏡の人が“理兎”さんというらしい。
「ルールは簡単。今から腕につけてもらうタグを引き千切った方が勝ちになります」
「ハンデとして俺はお前らのタグを全て千切ること、お前らは恵か俺のタグのどちらかを千切ることができれば勝利とする」
アレンカさんに続いてルール説明をするツキ先生とその補足をする理兎さん。冷徹そうな見た目に加えて口調もどこか威圧的だ。
「僕達二人共本当なら魔法メインで戦うけど、今回は僕が魔法、理兎は体術で前衛と後衛に別れるよ」
後衛二人だとやり辛いだろうからね、とこちらは対照的に優しい語り口で恵さんは付け足す。
「制限時間はなし、条件を満たした方が勝ちということで行います。何か質問は?」
ツキ先生の問いかけにあたしは手を挙げて答える。
「タグを取られた人は離脱ですか?それとも決着が着くまで動けますか?」
「勝負が決まるまで動ける、という認識で大丈夫ですよ」
答えてくれた先生に礼を述べて頭を軽く下げる。良かった。最後までフルメンバーで挑めるのなら勝ち目はあるだろう。
「他に質問は?」
アレンカさんの問いに今度は海が手を挙げた。
「作戦タイムを貰ってもいいですか?」
「どうぞ」
「終わったら声掛けてね」
四人の了承を得て、あたし達は少し離れたところで輪になった。
「じゃあ一応確認だけど、みんなの得物は凜が拳銃、ゆかりが薙刀、千夏がバイオリン、すみれが弓、そして私がレイピアでいいんだよね?」
全員が頷いたのを見て、海は更に言葉を続ける。
「そしたらゆかり、すみれは牽制、千夏は後方で支援、凜と私でタグを取りに行くのがベストかな」
「そうだね」
本来ならゆかりもタグを取りに行く方がいいのだろうが、丈のある薙刀は相手へ接近するのに邪魔になる。それなら牽制に回して、小回りの効くあたしがタグ取りに回った方が良いだろう。
「相手の実力も戦法も未知数だし、人数がいるからって油断しないで」
相手はロリエ隊の熟練二人だ。ハンデをつけてもらっているとはいえ、五対二でも厳しい戦いになるだろう。
円陣やりたいな、というゆかりの提案で、全員右腕を出して掌を重ねる。
「よし、準備はいい?」
頷いて、すみれが一つ。
「勝ちましょうね」
「もちろん」
千夏が応える。
「ヴォリュビリス隊ファイッ」
「「「「「オー!」」」」」
威勢のいい千夏の掛け声とともにあたし達の戦いは始まった。
「それではヴォリュビリス隊と恵くん、理兎くんの試合を始めます」
ツキ先生の口上に各々武器を構える。タグの位置は右腕上腕。自身の立ち回りが鍵を握る。
──覚悟を決めろ。
「──はじめ!」
合図を受けて一斉に動き出す。ゆかりを囮にあたしと海は二手に別れて理兎さんを挟みにいく。
千夏の奏でるバイオリンは、闘争心を煽るような、アップテンポのバイオリン協奏曲。
タイミングを見計らって、すみれの長弓から勢いよく矢が放たれた。奥の恵さんに一矢、手前に構える理兎さんに一矢。この矢に対処している間にまっすぐ接近しているゆかりが理兎さんの元へ辿り着いて仕掛けられる。追ってあたしと海が次手を繰り出す作戦だ。
狙い通り、ゆかりを壁に空を切って一直線に向かった矢はしかし。
「ドーム」
ささやかな、けれどよく通る声が大演習場に響いた。
「──!」
展開された不可視の壁。半球形のそれは向かっていた矢を弾いて叩き落とす。
出現した壁は内側の二人を守り終えると一瞬にして消え去った。
「防御魔法……!」
ぎり、と歯噛みしてすみれが叫ぶ。
防御魔法って!? 聞き返したい衝動をぐっと堪える。理兎さんは目前に迫っている。そんな悠長な暇はない。
「──ハッ!」
ゆかりと理兎さんが交錯する。大きく横薙ぎに振られた薙刀は、理兎さんに柄を掴まれて止まる。
海が右腕のタグを狙った刺突を繰り出す。あたしは引き金に指をかけて、……そして一瞬躊躇う。いいのか。ここで引けば間違いなく相手に当たる。たった九ミリのパラベラム弾であっても下手をすれば致命傷になり得る。
でも。
ここで撃たなければあたしは何のためにこの場にいるのか。
覚悟はさっき決めたばかりなのだ。
左右二発、計四発を太腿目掛けて発砲する。
「キューブ」
「──っ」
逡巡は無意味だとでも言うように、不可視の壁に当たった弾はぐにゃりと壁を変形させたものの、そのまま威力を失って呆気なく下へ落ちる。
視界に映る海も、切先を壁に阻まれて後ろへ数歩よろめいている。
片手で薙刀の柄を押さえたまま、理兎さんが器用に海の方へ蹴りを繰り出す。
飛び道具での攻撃は恵さんが見ている限り絶対に当たらない。これではあたしとすみれの動きは完全に封じられたことになる。
かと言って海とゆかりの状況もあまりよろしくない。理兎さんのあの動きであれば二人を同時に相手取るのとなど造作もないだろう。
どうする。どうすればいい。勝機が全く見えてこない。
考えろ。考えろ。考えろ。思考の停止はすなわち負けと同じだ。けれど、だとしても──。
千夏の奏でる曲調が急に変わる。生憎そちらの方面には疎いので何を弾いているのかは分からないけれど、味方を鼓舞するような、勇気付けるようなそんな調べにハッとして振り向くと、すみれがあたしに向かって叫んだ。
「凜さん! 一旦こちらへ!」
「分かった!」
海、ゆかりごめん、と心の内で謝って、腰につけていたベルトポーチから発煙弾を取り出して床に投げつける。自陣に戻る姿をそのまま見せていたら、それこそ相手に「私をどうぞ狙ってください」と言っているようなものだ。
目眩しに恵さんがいるはずの方向に何発か発砲しながら後方まで退避する。
「千夏、そのまま弾き続けて」
「了解」
すみれは落ち着いた様子で「腕捲」と魔法を唱えながら上方に向かって三本以上の矢を一斉に放っている。
「多分このままだと海さんとゆかりちゃんのタグが取られるのは時間の問題です」
手を止めることなくすみれは言葉を続ける。
「恵さんがいる限りこちらの攻撃……特にあたしと凜さんのものは通じませんし」
「うん」
「なのでとにかく恵さんを狙う方向にシフトしましょう」
それで良いですか? と尋ねるすみれにあたしは頷く。恵さんがいる限り戦力が半減されるのは事実だ。
悔しいけれどこういう場面で踏んだ場数に差が出てくる。あたしと海とゆかりがほぼゼロなのに対して、すみれと千夏はもう何度も模擬戦形式を行っているに違いない。冷静な判断力を頼もしいと感じつつ、自分もそうならなければと改めて思う。
「合図をしたらまっすぐ恵さんの方へ向かってください。援護します」
もうなくなっていてもおかしくないくらいには時間が経っているのにも関わらず、千夏の奏でる音による効果なのか場内はまだうっすらと発煙弾の煙が残っている。
「3、2、1、……──今です!」
出せる限りの全速力で、霞の向こうに見える恵さんに向かって走る。後ろからはすみれの矢による一斉射撃が頭上を通り抜けていく。
「シールド」
恵さんが自身の上方のみに防壁を展開したのを見て、あたしは走りながらタグをめがけて連射する。腕を貫かないようにタグだけを狙う精密射撃は思うように焦点が定まらない。
「……っ!」
弾が切れる。ブレーキをかけて立ち止まり、空になったマガジンを地面に落としてポーチから新しいものを詰める。スライドを引いて初弾を装填。
銃を片方のみに絞って両手で構える。こちらにも障壁が展開される前に、早く。
短く息を吐いて止める。照準を合わせて引き金に指をかける。
──刹那。
「凜、後ろっ!!」
「!!」
振り向くと目前に理兎さんが迫っている。手にした拳銃をそちらに向けるものの、引き金を引くことは叶わなかった。……この距離で、もし当たりどころが悪かったら。そんな思考が頭をよぎってまた引き金は重くなる。
「駄目だよ、片方に気を取られちゃ」
ビ────ッ。無慈悲な電子音が場内に鳴り響く。
気付くとあたしのタグは恵さんの手に渡っていた。
「そこまで! 双方武器を収めて中央に集まってください」
ツキ先生の声が終わりの合図を告げた。
2023.7.17訂正
現在の書き方に合わせて改稿しました




