Mission9 銃を手に
「俺はクラウディオ・サルヴァトーリ。今日はお嬢ちゃんの担当が長期任務で不在なんで、代理で授業を受け持つことになった。よろしくな」
そう言って、担当代理のクラウディオさんはあたしに自己紹介を促す。
「蒼井凜と言います。メール出身で武器は拳銃二丁です」
よろしくお願いします、の挨拶と共に握手を交わす。
右に流された長めの髪は、やや白が混じるアッシュブラウン。後ろ髪は短く刈り上げられているように見える。
垂れた瞳は青みがかった緑色をしていて、右目はシンプルな黒い眼帯で塞がれている。
「へえ、二丁使いか。型は?」
「両方ともSIGのP220です」
「九mm拳銃……日本の自衛隊と同じモデルか。そりゃまた渋い趣味してるな」
「父から譲り受けたものなので……」
あたしがそう言うと、クラウディオさんは少し驚いたように目を見開いた。
「お嬢ちゃん……リンの親父さんってのは蒼井奏多か?」
「ええ、そうですけど……」
それを聞くと、クラウディオさんはあの時のツキ先生のように、昔を懐かしんでいる……そんな感じの表情を浮かべた。
「そうか。とうとうこっちに……」
「えっ?」
「いや何でもない」
ぼそりと呟かれた言葉は、あたしの耳に入る前に掻き消されてしまった。
でもその表情からして、何か重要なことを言ったような気がする……それだけは何となく分かった。
「それじゃまずお手並み拝見といこうか」
訓練室は射撃仕様になっていて、ラインの二十メートル先に魔法で浮いていると思われる的が不規則に三つ並んでいる。
的には外側から一点、二点、三点……と点数が付けられていて、中心をぴったり撃ち抜けば十点、というオーソドックスなものだ。
「やることはこの前の実技テストと同じだ。結果は見せてもらったが、あれは本調子じゃないだろ?」
「ええ、まあ……」
流石、年季が違うといったところか。あたしのことをよく見抜いている。
「よし、制限時間は三十秒。空になったマガジンは床に落としてよし。装填は腰につけたポーチから取り出して行うこと。分かったな?」
「はい!」
きびきびとした指示。まるで軍の教官みたいだな、と思いつつあたしはラインの上に立って腰のホルスターから愛銃を両手で引き抜く。
マガジンが装填されていることを確認。
一息。大きく深呼吸。 両足を肩幅に開き、力を抜いて自然に前を見る。
──そして。
「──はじめ!」
合図と共に両腕をまっすぐ前へ突き出す。的は変わらず不規則に動いていて、軌道が掴みにくい。射程圏内に入った的をとにかく撃ち抜いていく。
左右交互に、片っ端から撃ち落とす。どちらも九発全てを撃ち切ると、素早くマガジンを下に落として新たに装填する。
小気味いい音を立てながら撃ち出されていく弾丸。撃つたびに排出される薬莢。
撃ち出される時の反動で握力がなくなってくる後半は、腕を前に出しているのも辛くなる。けれどそこは耐えてとにかく目の前に集中する。
連射、装填。無駄のないよう俊敏に繰り返される動作。
ビ────ッ。
けたたましい機械音が鳴り響いて、あたしは動きを止める。
あっという間に時間が終わり、スローに見えていた的の動きが元に戻る。
下に散らばったマガジンの数は二、三……四つか。まだ中にあるマガジンは半分くらい残っているはずだから、ざっと四十発程撃ったことになる。
的を確認すると、弾はほぼ中心の八〜十点付近をきちんと撃ち抜けている。
「今度は実力が出せたみたいだな」
静観していたクラウディオさんも、まずまずといった表情で頷いている。
あたしはクラウディオさんからタオルとドリンクを受け取って水分を補給する。
「一息つけたか?」
息の整った頃を見計らって、クラウディオさんは私に再度声を掛けた。
はい、と頷きながら返事をすると一転、クラウディオさんの眼光が一気に鋭くなる。
「そしたら次の課題だ。──俺に向かって撃ってみろ」
ヒュッ。自分の息を吸い込む音がやけに生々しく聞こえる。
これを、人に向かって撃て、と。
いや、理解はしているのだ。これは人を撃つための道具、人に対して引き金に手を掛けなければいけないものであると。
けれどあたしにはその経験がない。……そう、あるはずもない。家の地下の訓練室で的に向かって撃ったことしかないのだから。
咄嗟に逸らしてしまった視線をクラウディオさんに戻す。
変わらず視線は鋭いままで、有無を言わせない迫力がそこにある。
撃たない、撃てないなんて選択肢は存在しないように思えた。
──撃たなきゃ。
タオルとドリンクを置いて、片方の銃を取る。構えて、銃口を前に向ける。
手が震える。
ウィーバースタンスで右手を包むようにして両手を突き出しているのに、身体は小刻みに揺れて引き金に手をかけることができない。
動け、動け、動け!
必死に念じて人差し指を引き金の上に乗せる。けれどいつも容易く引いているソレは、引かれることを拒むように重く冷たい。
手の震えは未だ治らず、相手──クラウディオさんを狙うこともままならない。
駄目だ。この状態で撃てば外れるどころか、万一……なんて事態が起きかねない。
どうすれば……!
パンッ!
不意にクラウディオさんが掌を叩いた。
音に反応して、あたしはビクリと身体を揺らす。
「悪いな、さっきのナシだ」
「…………え?」
腑抜けた声が出た。だってあれは本気の目だったはず。なのに撃たなくていいなんてはずが──……。
「俺の指示ミスだ。すまん」
クラウディオさんはそう言って、私の頭に手をポンポンとおく。
その行動で少し悟ってしまった。クラウディオさんは多分、あたしが対人経験皆無であることに一連の流れで気付いたのだろう。
けれどそれを叱責するのではなく、自分の出した指示が誤っていたことにした。無闇に非難して叱っても人は伸びない、なんて事を知っている行動だ。
指示し慣れていることといい、やたらと人を怒ったり罵ったりしないことといい、きっと上司の経験があるのだろう。
「ありがとう、ございます……」
「ん? 何がだ?」
とぼけたフリをしてくれる優しさに今回は縋ることにした。
けどこのままじゃいられない。早く撃てるようにならなければ。
もっと頑張らなきゃ。
あたしは胸の内で気合いを入れた。
*
「よし、今日はここまで!」
チャイムの音とともに、クラウディオさんは授業を切り上げた。
「ありがとうございました!!」
終わりの挨拶に合わせてあたしは勢いよく頭を下げた。流れ出た汗が、その動きと一緒にポタタッと滴れる。
あの後はクラウディオさんが突如として「組み手でもするか!」と言い出し、チャイムが鳴るまでずっと組み手をしていた。
組み手と言ってもあたしは受けるか躱すかだけで、攻撃はクラウディオさんがずっと行っていた。
なんでも、下手に拳や蹴りを覚えるよりも、相手の攻撃を受けられることや躱せることの方が重要らしい。確かに一理ある。
受ける、躱すなんて簡単に言うけれど、これがまた大変だった。
クラウディオさんの一撃は、殴るにしろ蹴るにしろ途轍もなく重い。そして速い。受けるにしても身体の縦の中心一直線上にある急所に当たらぬよう、両腕を使ってブロックするのだが、一回受けただけでも腕が痺れて自分の動きが鈍くなる。
躱すは躱すで、かなりのスピードで次々と繰り出される攻撃を全て避けきれる訳はなく。
結果、何回も横っ腹やら脛やらに当てられて床を転げ回っていた。確認してないけれど、多分全身擦り傷とアザだらけだ。クラウディオさんはこれでも三割程度の力しか出していない、というのだから恐ろしい。
「そういえば、あたしの本担当の方ってどんな人なんですか?」
汗を拭きながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「あー……。なんていうか、……うん。男前な奴だな」
顎を撫でながら口籠るクラウディオさん。男前ってことは、見た感じ筋肉! って人なのだろうか。
「まあそこら辺は会った時のお楽しみってことで」
更に質問しようとしたのに、クラウディオさんに話を畳まれてしまった。ま、確かに実際会ってみれば分かることだ。
「ところでリン、カナタとシホ……父ちゃんと母ちゃんの話聞いたことあるか?」
「……?ないですけど……」
両親の名前が頻繁に出てくるということは、クラウディオさんは失踪以前の両親について知っているのだろうか。
「宵の奴らは話題にするのも辛いか……」
再びぼそりと呟かれた言葉は、両親が失踪した当時にいた宵メンバーを慮ってのものか。
「俺が知ってる事でよければ話すが……聞くか?」
「──!」
思いもよらないところからの情報。あたしは一も二もなくコクコクと頷いた。
「そしたら今度、フドルにある『ウーモ アッレーグラ』って店に来てもらえるか?」
「分かりました」
あたしが返事をすると、クラウディオさんは少し悲しげな瞳でフッと笑みを浮かべた。
クラウディオさんもきっと、両親とかなり親交があったのだろう。辛い役回りをさせてしまったな、と思いつつあたしはもう一度感謝の意を込めて深く頭を下げた。
フドル……市街区にある六つの地域のうちのひとつ。白い石造りの古い街並みが並ぶ、閑静なところ。
2023.7.9訂正
現在の書き方に合わせて改稿しました




