タスマニアンクラッカー
この世界のどこかに、その国は成り立っている。
国名は「タスマニア」、人口五人、国土面積は大体小さな工場程度。国際的に認められてはいないものの、現地の人はみな「国家」という認識を持っている。そのため、この国に入国する人は入国審査を受けなくてはならないし、国際パスポートもしくは現金(相場は日本円で300円くらい)を渡さなくてはならない。
勿論、国家だから主要産業はある。「タスマニアンクラッカー」だ。
このクラッカーは特殊な構造と不可思議な火薬が使用されており、見た目は普通のクラッカーとは大差ないが、ひもを引くと一瞬、周囲の音が吸収されてしまうのだ。お値段は要相談だが、恐らく日本円で一本100円くらいだろう。このクラッカーは初め、全く売れなかった。知名度もなく、地元でぼつぼつ売れはするが、とても一家5人が生活できる売り上げにはならなかった。
そんなある日、一人のビジネスマンがこの界隈を訪れた。名前は鈴木一郎(仮名)。会社では火薬玩具部門を受け持っており、一応部長である。彼は職場の騒音に悩まされ、「外国へ出張」という形で勝手に休暇をとっている。
(もう騒音は沢山だ。)
そう思いながらふらふらと歩いていると、ふとある看板が目に留まった。派手な黄色い看板で、何やら文字が書いてある。この国の母国語は一応経験がある一郎だが、すぐ読めなかった。読み間違えたと思って何度も読み直したからだ。しかし、何度見直しても、そこには
「タスマニア国 ~注意:入国審査あります~」
と書いてあった。何かの店かな、と思いつつ店の中へ足を踏み入れた。すると、脇から子供が飛び出してきた。何やら大声で叫んでいる。入国審査があるというのはこのことか。そういえば、工場のような店内の一番奥の壁に、なにやら注意書きのようなものが貼ってある。一郎はそれを読んで、その通りにした。パスポートを渡して、子供に掏られないか心配しながら、入国審査を受けた。
入国審査を終えると、そばのベンチに座ることと言われた。言われたとおりに座っていると、どうやら子供の父親らしき人物が入ってきた。顎鬚がうっすらと生えているものの、顔つきはしっかりとしている。背は一郎と同じくらいか。
一郎はしばらくその人物と話をした。それによると、どうやら「タスマニア国」は自分で考えたお店の名前らしく、由来は近所に昔居座っていた浮浪者の出身地らしい。クラッカーまがいのものを売っているものの、近所の人たちは本当の国家だと思ってなかなか店内に入ってこない。たまにクラッカーを買ってくれる人はいるものの、それでは一家の生活が成り立たない。この店もつぶれてしまうかもしれない。そう本人は寂しげに語っていた。
一郎は、ほんの気まぐれではあるものの、この店がつぶれないようにしてやろうと思った。彼は人と違うことをやるのが大好きだ。恐らくこの店主も同じ思いで「タスマニア国」なんて店名を付けたのだろうと。
早速彼は、出張の言い訳をする為に持ってきた偽の書類の裏紙を使い、広告を描いた。それを近所の郵便局に持って行って、すぐに印刷してもらった。それを町にばらまいて、店に来てくれるように呼びかけた。
また、彼は7本組水性ペンを出して、店長と「タスマニア国」の国旗をどうするかについて相談した。店長は驚いていたが、ノリがよかったのでどんどんアイデアが飛び出し、結局、中心に星空をちりばめたような、結構センスのいい国旗が出来上がった。店長は躍り上がって喜び、一郎もそれを見て顔をほころばせた。
また、音を吸収するクラッカーの火薬を使って、新製品の開発もした。実験をしているうちに、一郎はある事に気が付いた。それは、火薬と硫黄をまぜこぜにして耳栓を作ると、全く音を通さない。という事だった。早速商品化して、店内に置いた。
気が付くと、一郎が「タスマニア国」を訪れてから三日が立っていた。もう日本に帰らなくてはならない。一郎と店長は、友情の印に音の鳴るクラッカーと音が吸収されるクラッカーとを交換した。店長とその妻、息子二人、店長の母親が見送る中、一郎は日本へ帰って行った。一郎は会社に戻り、その後平穏な生活を営んだ。持って帰ったクラッカーは家宝として受け継がれた。
それから50年、「タスマニア国」の店長は国連に国としての承認をもらうことに成功した。募金も行い、商売も少し拡張した。めでたく「タスマニア国」の国王となった店長は、売上金をもとにトロフィーを作り、日本の郵便会社にその輸送を委託した。住所を知らなかったからだ。そして今、一郎の子は恩人の息子として、「タスマニア国」からトロフィーをもらって平和に暮らしている。おそらく、「タスマニア国」はこれから成長していき、一大国家となるだろう。あの旗を国旗として。そして一郎の子孫たちはどんな危機に瀕しても、必ず「タスマニア国」に助けてもらえる。先祖の気まぐれが、子孫に奇蹟を起こすものだ。
あのタスマニアクラッカーは、その後行方不明となってしまったようだが、もしかしたら普通のクラッカーに紛れ込んでいるかもしれない。もし、クラッカーを鳴らしても音が出なかったら、多分それは、あのタスマニアクラッカーなのだ。