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敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

不意に、身に覚えのない誘拐脅迫電話がかかってきました

 不意に、身に覚えのない誘拐脅迫電話がかかってきました。

 それは僕がネット上の某匿名掲示板の記事をぼんやりと眺めていた時の事です。相変わらず胡散臭そうないかにも嘘っぽい書き込みが多くて、しかも少し考えれば矛盾があると気付けるものもあって、半ば僕は呆れていたのですが、この世の中は不思議なもので、こんなどう信用したら良いのか分からないような内容を、大した証拠もなくあっさりと信じてしまう人が意外に多かったりもするらしいのです。しかも、そんな中には、四十歳を越している大人までいるとか。

 まぁ、多分、ほとんど受け流して、その記事が本当に正しいかどうか検証しないでいるものだから、嘘の情報を掴まされたという苦い体験をあまりしない所為でしょう。

 そのうちに僕はこんな書き込みを見つけたのでした。

 『今、犯罪は誘拐が狙い目! 誘拐の成功率が低いなんてのは嘘。ほとんどが公になっていないからそう思われているだけ。本当は誘拐は成功率が高い!』

 僕はそれを読んで「ハハッ」と思わず笑いました。だって、公になっていないのなら、一体どうやってこの人は、誘拐の成功率が高いと知ったのでしょう? 少し考えれば矛盾点が分かる典型的なバカ記事です。もっとも、流石にこんな内容を信じる人はいないでしょうが。

 ですが、そう思ったその時です。僕の携帯電話が鳴ったのでした。

 「もしもし、俺は誘拐犯だ」

 そして、その電話の主は僕に向かっていきなりそう言ったのでした。何の事やら分かりません。僕には子供はいません。姉はいますが既に結婚をして家を出ています。両親は健在ですが、居間で寛いでいるのは分かっています。つまり、誘拐されるような身内が僕にはいなかったのです。

 普通に考えれば悪戯だと思うと思います。まぁ、僕はそう思ったのですが。オレオレ詐欺の類をやられる年齢でもないですし。大体、誘拐犯がいきなり「俺は誘拐犯だ」なんて言うでしょうか?

 「誘拐犯は間に合っていますんで」

 それで僕はそう言って電話を切ろうとしたのです。すると、その誘拐犯さんは、慌ててこう言うのです。

 「ちょっと待て。誘拐犯は間に合うものじゃないぞ?」

 まぁ、そりゃそうですが。

 「そして、人質の命がどうなっても良いのか?」

 そこで誘拐犯さんは、ようやく誘拐犯らしい台詞を言いました。ただ、どことなく言葉の運び方の間が抜けているようにも思えましたが。

 「人質の命と言われても、僕には身に覚えがないのですが?」

 僕がそう言うと誘拐犯さんはこう返しました。

 「それはそうだろう。てきとーに番号を選んで電話をかけたからな」

 「それは計画性がないですねぇ。ま、つまり、これは悪戯電話って事ですよね?」

 「いや、ちゃんと子供を誘拐しているぞ?」

 僕はそれを聞いてこめかみに手をやりました。……んなアホな。誘拐犯さんは続けます。

 「犯罪なら誘拐が狙い目だって情報を入手してな。早速、決行したって訳よ。俺は行動力があるからな」

 それを聞いて、僕は思いました。

 あれ? もしかして、この人、さっきの記事を信じたのかな?

 「でも、だったら、その子供の親に電話をかけるべきじゃないのですか?」

 「それが、子供が親の電話番号を知らなくてさ。まぁ、誰でもいいやと思って。それでお前に電話をかけたって訳よ」

 なんか、凄い事を言っています。

 「やっぱり計画性がないですねぇ。

 てか、それって絶対に誰でも良くはないと思いますよ? ちゃんとしかるべき相手にかけないと。では、僕はこれで」

 そう言って僕は電話を切ろうとしました。ところが、そこで誘拐犯さんは慌てて言うのです。

 「ちょっと待て! この子の命がどうなっても良いのか? この人でなし!」

 誘拐犯人から言われたくはないのですが。

 「そう言われてましても、僕には縁もゆかりもない子共ですし」

 「何を言っているんだ? “袖すり合うも他生の縁”っていうじゃないか。お前がどうするかでこの子の命が決まって来るんだぞ?」

 袖すらすり合っていませんが、なんだかそう言われたら、少し罪悪感を覚えて来ました。それで僕はこう応えたのです。

 「まぁ、それじゃ、このままではいくらなんでもアレなんで、子供の声だけでも聞いておきましょうか」

 「え? 聞くの?」

 「いや、だって聞いておかないと、本当に子供が誘拐されたかどうかも分からないじゃないですか」

 「でも、声を聞いても、お前、どうせ分からないじゃん」

 「いや、そうですけども……」

 それから渋々と誘拐犯さんは子供に代わりました。子供はどうやらはにかんでいるようで、なかなか声を出しません。それで僕の方から挨拶をしました。

 「はじめまして、こんにちは」

 「……こんにちは」

 可愛い声でした。少し気分が良くなります。ところが、その挨拶だけで、誘拐犯さんは電話を代わってしまったのでした。

 「どう? なんか意味あった?」

 僕は肩を竦めます。

 「いや、全然。可愛かったけど」

 それから誘拐犯さんはいそいそとこう言います。

 「でさ、身代金の事なんだけど」

 随分と慣れ始めたようです。僕はなんだかなと思いながらこう返しました。

 「いや、身代金って言われても困るんですよね」

 「どうして?」

 「そもそも身代金を払っても、人質は殺されるってパターンが多いんですよ。ネットで調べてみてくださいよ」

 誘拐犯さんはそれを聞くと「ちょっと待ってろ」と言って何やら調べ始めたようです。それで、そんな記事を見つけたのかこう言いました。

 「なるほど。金を払っても無意味って訳か。じゃ、払いたくもないわな」

 納得したご様子。

 なんか、この人、ネットの情報だと簡単に信じるっぽいです。僕はそれでふと思い付くと、さっき見つけた“誘拐が狙い目”って記事にそれを否定するレスを追加してみました。それから、こう言ってみます。

 「誘拐が狙い目って記事をみつけたのですが、誘拐が成功するなんて嘘みたいですよ。ほとんど成功例はないみたいです。そんな事が書かれてありますよ」

 「なんだって? あ、本当だ。そう書いてあるな。でも、じゃ、どうするかな? もう誘拐しちゃったし」

 その言葉を聞いて、僕は頬を引きつらせました。ある意味凄いな、この人…… それで僕はもしかしたらと更にこんなレスを追加してみたのです。

 『誘拐したが、途中で改心して子供を返したら、警察には捕まらなかったし、良い事をした所為か、それからラッキーな事が多くなったって人なら知っているぞ? やっぱり、人生は気の持ちようだよな』

 もちろん、それからその内容を誘拐犯さんに見せます。すると、誘拐犯さんはこう言いました。

 「おぉ~! なるほどな! そうか、やっぱ、そういうもんだよなぁ!」

 「そうですよ。今からでも遅くないみたいですよ。その子を解放して、真面目に働きましょうよ」

 「うん。そうする~」

 それで、なんか、無事に解決したみたいです。

 

 ……正直、マスコミの記事は信用しないと明言して、誤報に怒りまくるくせに、それよりもっと信用できないネット上の記事を簡単に信じてしまう人達の心理が、僕にはよく分かりません。

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