朝〜パーティーメンバーの目覚め〜
──そして3日後。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッッ!!
「…………んぁ? もう……朝か……」
目覚ましのけたたましい音に意識を叩き起こされ、俺──篠宮薫は目を覚ます。
窓の外を覗き込むと、太陽が輝く健やかな快晴。今日もいい事ありそうだ。
さて、今日は月曜日。1週間の始まる曜日であり、同時に学校が新たに始まる曜日でもある。
一晩寝た事でサザ◯さんシンドロームからも脱却し、俺自身が朝型な事もあって気分は快調ッ! また新たな1週間に向けて全速前進DA!
──まぁ、強いて問題を挙げるとするなら足元の"こいつ"だけだが。
「むにゃ…………かおるしゃみゃ〜」
そう、布団の中でいつの間にか足に抱き付いて眠ってやがるこの黒髪ショートヘアーの猫耳だ。
「んぅ……らめれすよぉ、かおるさまぁ……。そんなにだしたら……できちゃいますにゃあ……♡ でも……きもちいいから……もっと……」
「限りなくアウトに近いアウトな寝言喋るんじゃねぇサーシャ!!」
「ざめはっ!?」
このまま寝言を喋られ続けられるとあらぬ誤解を招かれそうなので、よだれ垂らしている顔面に蹴りをぶち込んでやる。
……というかこいつの夢の中で一体何してやがんだ俺。消えてしまえ、夢の中の俺。
「ふにゃ……お、おはようございますにゃ、カオル様ぁ……」
と、俺に吹っ飛ばされた先で顔を摩りながら、猫耳──サーシャが起き上がる。あれほどの一撃を食らっていながらまだ目を擦っているところを見ると、完全に眠気が抜けきっていないらしいな。流石は半猫人と褒めてやりたいところだ。
「おはよう、サーシャ。質問がある──何してんだ?」
「そ、それはもちろんカオル様の愛の奴隷として夜のご奉仕を……」
サーシャがもたれかかっている壁に詰め寄って壁ドンで問い質すと、案外簡単に吐いてくれた。
まぁ、こいつの考えてることは大体お見通しだから別に聞かなくても良かったんだけど。
ちなみにその考えてることの大体の内訳は、7割性欲、2割睡眠欲、残りが食欲、あと別枠で10割ドMという実に欲望に忠実な思考回路。よく言えば素直、悪く言えば単純かつ単細胞という分かりやすい奴だ。
異世界ではほんっっっっっっっっっとに世話かかされたが、こっちに戻ってきても世話をかかされる羽目になりそうだ。
……何はともあれ、まずはお仕置きだな。
「さて、それじゃお仕置きといくか……。プランZ、ZZ、CCA、V、G、W、X、∀、とあるが、どれを選ぶ?」
「なんか怒られそうな気がするのは気のせいですかにゃ……? えっと……じゃあGで……」
「よし、ならお仕置き『これ』な?」
そう言って俺が小物入れから取り出したのは、飼い犬用のリード。それをサーシャの首に元々付いている首輪にセットする。
そう、つまりは──飼い犬プレイ(猫だけど)。
「家出るまで『それ』外すなよ? 分かったらみんなを起こしに行くぞ」
「は、はいにゃあ……♡ このサーシャ・バスティート、少しの間カオル様の飼い犬になりますにゃ♡」
「お前は猫だけどな」
「にゃん♡」
俺がリードを引っ張ると、サーシャは恍惚とした表情を浮かべながら俺に続いて部屋を出る。
普通こんなことをされたら被害者は絶望とか屈辱を覚えると思うんだが、当のサーシャは眼にハートマークを浮かべてご覧の有様。相当ドM精神を刺激されているらしい。
……ついでに言っておくが、俺は決してドSではない。
まぁ、こんな事しておいて弁解しても説得力無いけどさ、本当だよ? 俺だってこんな事本当はしたく無いけど、こうしないとサーシャの奴が「お仕置きしてほしいにゃーっ!」ってうるさくてうるさくて……。
だから俺も無理してドSやってる訳なんだよ、うん。
更に付け加えると、異世界で出会った当初のサーシャの方がドSだった。それが紆余曲折あって奴隷化の首輪を着けられて俺にベタ惚れになってしまい今に至る訳だが、俺の貞操を狙うのは相変わらずだ。
俺としては30歳まで童貞守り抜いて魔法使いになって皆を元の世界に返したいので、何とか対抗策を練りたいところなんだが……。それはまぁ、後々。
「そんじゃ、まずはエルナから……」
向かいの部屋のパーティー2人目を起こそうとドアを叩くが、反応が無い。大方まだ寝てるのだろう。
こっそりとドアを開けて中を覗くと、寝癖付きの綺麗な金髪が輝く『エルフ』が可愛い吐息を立てて眠っていた。
「おーい、起きろー? 朝だぞー、エルナー?」
「うぅ……ぶっちゃけ地球の半分はウ◯コみたいなもんですよぉ……」
「お前は一体どこの伝説のニュータイプの影武者だ」
取り敢えず変な寝言に突っ込んで更に揺さぶると、瞼がゆっくりと開かれ、ふつくしい──もとい美しい碧眼が現れる。
「ふぁぁ……っ。もう朝ですか……カオルさん……?」
「朝だよ。ほれ、起きろ。その髪もセットしなきゃならんだろ?」
「あぁ、大丈夫です……問題ありません。数分もすれば元に戻りますから」
お前の髪は形状記憶合金か何かか。
「というか、サーシャはまたSMプレイですか。よく飽きませんね」
「だ、だって……カオル様にこうしてもらわないと、サーシャ生きられないにゃ♡」
「はいはい、ゾッコンってヤツですね」
長い間パーティーで付き添ってきた仲間であるエルナだが、やはりサーシャの行動には呆れるしかないようだ。無論俺もだが。
こいつの頭の中がもう少しまともだったらその愛に応えてもいいんだけど、「残念な美少女」である現状はそう打破できそうにもない。愛する事が罪だとユートピア、もとい言うのだろうか。
「あ、そうそう。ダルエルはもう起きてランニング行ってますよ」
「だろうな。あの鍛錬バカ、俺の世界に来ても通常運転だし」
ダルエルというのは俺のパーティー最後の1人で、職業は傭兵。
特徴を挙げるとするなら、男性、身長190センチ、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。間違った事はなにひとつ言ってない。
俺と同い年で結構寡黙で毎日トレーニングを欠かさないいいヤツなんだが、同時に年相応以上の変態なのがたまにキズ。
ちなみにエルナの職業は「女魔法使い」で、サーシャは「奴隷」兼「拳闘士」だ。
「ま、あいつの事だから朝飯前には帰ってくるだろ。早く着替えて飯食っとけよ?」
「はーい」
エルナにそう告げると、俺は隣の部屋に向かう。
その扉にはでっかく、【まおうのへや】と書かれた札が。
そしてその下には、「起こすな! 起こしたら──消す」と殴り書きされた紙も貼られていた。
……正直開けるのが怖い。
だが、朝はちゃんと起きねばいかんのだ。皆と一緒に起きてもらわないと、朝食の準備や後片付け、果ては洗濯まで問題が起きてしまう。
なので、ここは恐れる事なく起こしてみよう。
「おーい、魔王。起き──」
「どうらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
扉を開けた瞬間、声を掻き消すかのような叫び声と共に扉が吹っ飛んで来た。
「どわっ!?」
吹っ飛んで来た扉をギリギリで回避し受け身で体勢を立て直すと、俺は吹っ飛んだ扉の上に1つの人影を見る。
所々相反する黒髪が交じり合った、腰まで届く金髪。見つめているだけでその意思に呑み込まれてしまいそうな深い黒を湛えた瞳。スラリと伸びた四肢。女性らしいきめ細かな肌。
そして──5頭身の低身長。
間違いない。
──うちの魔王様のお目覚めだ。