五個目*堪能するのよ!!
新たに取り憑かれた幽霊――フクメ。
やなぎはフクメ、もちろんカナにも悩まされて御祭りへと足を運んだ。
林檎飴を買わされたり、偶然会った水嶋麗那と共に歩けと言われたりと、さんざんな呪いを受けるはめとなったが、それは全てフクメの過去に繋がるものだった。
御祭りとはたいへん迷惑な行為だ。
だいたい御祭りの日は祝日で、テレビでは特番が放送される傾向があるから、俺はその特番を楽しみにしている。しかし、それを見させまいと言わんばかりに、煩いお祭りの音は俺を邪魔してくる。
ただでさえぼっち民族な俺に、いっしょに行く人間なんていないんだから、行く意味も見いだせないのに、何とも非情たる騒音だ。
特番に対する集中力を乱してくるし、ましてや予習復習の勉強だって妨害してくる。本当にストレスが溜まり、高校二年ながら頭が光出しそうだ。
御祭りは、俺のようなインドアとぼっちのハイブリッド民族にとって、とてもあるまじき存在だ。
そんな御祭り気がのらない俺――麻生やなぎは結局、笹浦市の伝統ある御祭りへと足を運んでいた。
夕方の六時を回った五月の空は夕焼けと闇の層を浮かべ、もうじき星たちも瞬き出す夜空に移り変わっている。が、辺りには数えきれないほどの街灯、眩いほど輝く大きな御輿、そしてたくさんの活気ある人間たちの声により、これから夜が訪れる気がしないほど、明々《めいめい》たる景色が広がっていた。
様々な香りを靡かせる売店も見えてきた、現在通行止め状態の一般道路上、いつも通り黒をメインとした私服姿の俺は、背後で目を輝かせている制服のカナと、ピンクの浴衣を纏うフクメに憑かれながら、気怠く歩いているところだ。
「はあ~! 御祭り、楽しみです!!」
「やっぱ良いもんだよな~。御祭りって、一生懸命生きた御褒美みたいなもんだからな~」
カナが不相応幼稚さを顕にしながら呟くと、隣にいたフクメは腕組みをして得意気に言っていた。
お前らは既に死んでるだろう……。
フクメには正直こう言ってやりたかったが、周囲にはたくさんの人間で溢れかえっているため、気持ち悪い独り言として聞かれてしまうだろう。
変に怪しまれるのも嫌だったため、俺はアホ霊たちに対する突っ込みの代わりに、大きなため息を放出してやり過ごした。
それにしても、今日までの生活もたいへんだった……。
猫背のまま歩む俺はこう思いながら、背後の二匹の過ごした辛い日々を思い出していた。
フクメと出会った数日前、それは予想通り悲劇の始まりとなってしまったのだ。
城に帰れば早速テレビを観たいだの言い出し、何度リモコンを握らされたことやら。もちろん始めは否定したのだが、カナと共に騒音攻撃をくらうことになり、俺は仕方なくリモコン操作を強いられたのだ。しかも二匹の好み番組でなければ、次に回して! と他チャンネルの移動まで押し付けられ、普段観ない純愛ドラマを点けることにもなって退屈だった。
物体ではない幽霊は物を持つことができないらしいが、だからといって人間をこき使うのは是非止めてほしい。おかげで俺は、大好きなテレビゲームだってできなかったのだから。
また学校でも、毎時間の授業では騒がれた。
国語では二匹揃って泣き崩れ、数学では二匹揃って頭を抱え、英語では二匹揃ってナイストゥミーチューばかり放っていた。
特に酷かったのは体育の時間だ。
この時期では体力テストが実施されているのだが、憑かれている俺は無論、このアホ霊二匹の目の前で行うこととなった。
「ガンバってやなぎさん!! 諦めたらそこで体力テスト終了ですよ~!!」
「いっけ~やなぎ!! 夢にときめけッ!! 明日にきらめけぇ~!!」
お前らスポーツ漫画も読むのかよ……。
世に知られた名言ばかりを、しかもすぐ傍で叫ばれ、冷めた俺にとっては本当に疲れさせる体力テストだった。
そんな厳しい日々を乗り越えてきた俺。ポルターガウストが増えてしまったことにたいへんな苦労を強いられている。だが、カナとフクメは俺の気持ちなど全く考慮しないまま、辺りの御祭り風景をたしなんでいた。
「ねぇフクメさん!! 御祭りに来たら、まず何しますか?」
わくわく心を浮遊として現実に表すカナは、浴衣を揺らすフクメを考えさせる。
「ん~……やっぱ、まずは林檎飴だね!! あれがあって初めて、御祭りが始まるからね!!」
「なるほど!! 勉強になります!!」
得意気に言ったフクメの話をカナは素直に頭に入れると、二匹揃って両頬を押さえながら瞳を閉じる。
「はあ~林檎飴食べたいなぁ……あの甘酸っぱい感じが、たまらないんだよね~」
「そうですよね~。はあ~、私も食べたいです~」
赤く熟れた林檎を、贅沢に一個丸々飴に浸けた食べ物。御祭りならどこにでも売ってそうなほど、世に知れた確固たる存在。その味といえば、外はもちろん砂糖を効かせた甘さで包まれ、中味は林檎特有の酸っぱさを秘めている。少年少女並びに女性人からしてみれば、御祭りの必需品と称しても過言ではないだろう。
「――けど絶対買わないからな……」
「え゛えぇぇーーーー!?」
「そ、そんなぁ!!」
想像を破壊したような俺の無慈悲な呟きに、二匹の悪霊は目を飛び出るばかりに驚いて、俺の正面に浮く。
「なんでだよ!? 買ってくれよ!?」
「御代官様……どうか、どうか御慈悲を……」
子どものように嘆願するフクメと、よくわからんが泣きそうな表情をするカナが俺を襲ってきたが、ここで怯むわけにはいかない。
「絶対買わない……金の無駄遣いだ」
一応財布は持って来てはいる。帰りにコンビニでも寄って晩飯を買うつもりだからな。しかし、コイツらのエサを買う予定は全くないし、今後買うつもりもないのだ。
「じ、じゃあ、一個でいいからさあ!! 頼むよ!!」
「神様……私の命と引き換えでも、構わないですから……」
二匹の悪霊はさっきより深く悲しんだ表情をしていたが、それでも俺は退かず抗い続けた。なぜならコイツらには林檎飴など、決して必要ないという理由があるからだ。
「そもそも、お前らは食べられないだろ……」
俺は呆れたように言ってみると、すぐにフクメが瞬きをしながらカナに振り向く。
するとカナもハッと気づいたように顔を渋く染め、
瞳が潤目に代わっていた。
「そ、そうでした。私たち悪霊は、食べられないのでした……」
「え……え゛え゛ええええぇぇぇぇーーーーーーーー!!」
フクメは衝撃の真実を知らされたかのように絶望を表情したことから、どうやら今の今まで知らなかったことが随所に出ていた。
――お前、今まで腹空かなかったこと、気にならなかったのか……?
フクメが一体いつに亡くなったのかは、俺はもちろんまだ知らない。だが少なくとも、俺たちと暮らすことになったこの数日で、空腹ぐらい気づいても良いはずなのに。もしかしてコイツ、カナ以上にヤバイんじゃ……。
「そんな……食べられないなんて……」
「フクメさん、仕方ありません。これが、現実なのです……」
あまりのショックでガックリと項垂れたフクメを、カナは泣き顔ながらも抱き締めて同情していたが、俺にはむしろ邪魔な存在としか捉えきれず、声を掛けぬまま去ろうと通り過ぎた。
***
俺たちはやっとお祭りの屋台が多く並んだ広場に着いた。
辺りには人がよりたくさん出現し、屋台で販売する人、お祭りを楽しむカップル、友だちと来た人など、多くの人間の声で埋め尽くされていた。
屋台にも多くの種類があり、焼きそばを始め、たこ焼き、綿菓子、大判焼きと、バラエティーに富んだフードコートと化している。そして話題にもなっていた林檎飴の店も奥に立ち、若者たちによる長蛇の列を作っていた。
“一個五百円”と書かれた看板を見た瞬間、ぼったくり感が否めないほど高価に感じるが、それでも人はたくさん並んでわ楽しみに自身の番を待っている。御祭りって怖いなぁ……。
「はあ~林檎飴~」
「はあ~林檎飴です~」
するとカナとフクメは、俺が林檎飴の店の前に来た瞬間、ヨダレを垂らしながら覗いていた。人混みがありながらも、あの甘酸っぱい香りは確かに届いてくる。
しかしもちろん買う気もない節約家の俺は無論、その場をすぐに離れようと背を向けた。一個で五百円など馬鹿げてる。よっぽどコンビニの揚げ物とかを買った方が得だ。
御祭りの酔いになど浸っていない俺は冷静なまま、林檎飴店から距離を置き去った。
ところが……。
「買え~」
「買ってくださ~い」
俺は背中に恐ろしく低い不気味な声を浴び、未来への悪寒を感じていた。
「買え~」
「買ってくださ~い」
カナとフクメがさっきから何度も、俺の背後から囁いていたのだ。
「買え~」
「買ってくださ~い」
俺は別に幽霊など怖くない。霊感がある者として視慣れているし、むしろ何をしでかすがわからない人間の方が恐ろしいくらいだ。
「買え~」
「買ってくださ~い」
しかし後先考えると、俺は背後の二匹が怖かくて仕方なかった。このまま言うことを聞かず城に帰れば、またどんな仕打ちを受けるかわからない。ただでさえ最近の復習もままならない日々が続いているのだ。これ以上騒がれては……。
「買え~」
「買ってくださ~い」
「もうわかったよ!! 一つだけだからな!……あ……」
「「やったぁ!!」」
感情的になった俺が言うと、カナとフクメは満面の笑みで万歳をし出す。しかし大声を放ってしまった俺には、周囲から不審目を向けられてしまい、救いのフードを被って顔を隠しながら、こっそりと列に並ぶことにした。
「はぁ~、私今、世界で一番幸せです~!」
「林檎飴! 林檎飴! 早く早く~退いた退いた~!!」
二匹揃って歓喜する姿は、もちろん周りの人間には視えていない。その中を代表して、唯一目にしている俺は改めて、コイツらが悪霊だと実感していた。
誰か、早急たる成仏を……。
何度もそう思いながら並んでいること約十分、ついに俺は列の先頭に立ち、渋々財布から野口英世を取り出した。
「英世……世話になった。元気でな」
苦む俺は英世との感動的な別れをして、売店のおじさんから一つの林檎飴と御釣りの五百円玉を受け取り、周りの目も気にしてすぐ去り、広場の出口へと走り向かった。
「ほれ、買ったぞ……」
まだ苛ついている俺は嫌々ながら林檎飴を突き出すと、カナとフクメからは歓声が起こされた
よっしゃあ~!! と両手を上げて、幼い背ながらも高く伸ばし歓喜するフクメと、ありがとうございます!! と何度も頭を下げながら、涙を浮かべるほど感動しているカナ。
林檎飴一つで、悪霊はこんなにも喜ぶとは。
恐らく言霊一個手に入れるときも、このくらい喜声を上げるのかもしれない。というか、俺としては早く言霊を集めてもらって、今すぐ天国に逝ってほしいのだが。
とりあえず二匹の呪文から解き離れた俺は安心したが、一番の疑問を投げてみる。
「……で、買ったはいいが、どうするつもりだ? お前ら、食べられないんだろ?」
「決まってんでしょ!!」
するとフクメはこれ見よがしに人差し指を俺に向け、決め台詞の如く自信を持って放つ。
「香りを……堪能するのよ!!」
「おお~!!」
俺の評価としては、フクメの演技は子役に満たないほど勢いに欠けていたが、一方でカナは歓心のあまり拍手までするほど心を打たれている様子だ。
「……はいはい。じゃあ勝手に嗅いでくれ……」
もう城に帰還したい気持ちはやまやまだが、きっとコイツらには納得してもらえない。俺は林檎飴を片手で握りながら、仕方なく御祭りの道中を進もうとした。が、悲劇は度重なることとなってしまったのだ。
「はあ~良い香りです~」
「ん~!! やっぱこれがあってのお祭りだよなぁ~」
俺は林檎飴を右手に持って歩いていたが、二匹の悪霊は宙に浮いたまま、その林檎飴に顔を近づけて香りを味わっていた。しかも俺の正面に足を向けて……。
「あの、歩きづらいんだが……」
俺は我慢の限界が来そうで言ってしまったが、すると林檎から顔を離したフクメからも、深い眉間の皺を現される。
「仕方ないだろ。林檎飴一つしかないんだからさ~」
「はあ~私、幸せです~」
フクメが話している最中、カナはずっと嗅ぎながら呟いており、完全に話の輪に入っていなかった。それもあってついに俺の堪忍袋の緒が切れてしまい、林檎飴を正面のフクメに突き刺すように向ける。
「じゃあどうしろっつうんだよ!?」
「へへ~、決まってんでしょ!!」
「林檎飴、どこ? 林檎飴~!」
カナは迷子を探すように辺りへ叫んでいたが、歯軋りを放つ俺は完全に無視したまま、相変わらず得意気なフクメと睨み合っていた。宙に浮いてる分、低身長なコイツから上から目線を受けて更に腹立ったが、ふと俺に向かって指二本を立てて視せる。
「……ピースがどうしたよ?」
「ピースじゃない。二つって意味」
「……チッ、この悪霊がぁ……」
理解してしまった俺は再び林檎飴の店前に並び始める。さっきよりも空いていたためすぐに買う番が訪れたが、俺の表情から怒りは取れなかった。
「なんだ兄ちゃん!? また買いに来たのか? それに恐い顔してぇ」
「一つじゃ足らないらしいんでね!」
屋台のおじさんは半ば嬉しそうに腕組みを見せたが、それどころではない俺は暴言の如く怒鳴ってしまい、すぐに五百円玉を叩き置いた。
「へへ!! まだまだ若いね~。毎度!!」
こうして、俺はもう一つの林檎飴を購入させられてしまい、早くも損失額が四桁に上ってしまった。
***
「はあ~!! 林檎飴サイコー」
「はい~。私、林檎飴なら奴隷になっても構いませ~ん」
二人の悪霊は訳のわからないことを言いながら、俺の両手にある林檎飴それぞれを、匂いで堪能しながら前のめりに浮いていた。
まるで双刀の如く持たされている俺の身にもなってくれと思っていたが、このアホ霊には到底理解してもらえないだろうと、嫌いな人混みの中をウンザリしながら歩いていた。
「あれ? 麻生くん!」
すると後ろから女性の声がした。だが聞き覚えがある俺は恐る恐る振り返ると、やはりヤツがいた。
「やっぱ水嶋か……」
「やっぱってどういう意味? 相変わらずドエスな麻生くん」
そこにいたのは言うまでもなく、最近何かとお騒がせな生徒会長――水嶋麗那だった。長い黒髪をいつと違う頭頂部でまとめ、優しく淡い水色を基調とした花柄の浴衣姿を纏い、腰巻きから小さな巾着袋も垂らしている。黒光りする下駄も履いていたが、背筋を伸ばしながらピンと立つ姿は、コイツの名前の通り麗しく可憐だ。
「こんばんは、麻生くん」
「……彼氏といっしょにでも、来たのか?」
「フフ。彼氏なんていないわよ」
学校にいるときのように、無表情に言った俺に対して、水嶋は笑いながら優しく返した。現在一人だと言うコイツもうちのアホ霊どもと同じ、理由もなくむやみやたらに御祭りを楽しもうとする、俺にとっては未確認生物の一種だと思った。しかしどうやらそうではないらしい。
「今日はお祭りの見回りよ。困っている人がいないか探してるの」
「お前はマザーテレサか……」
明るい表情で言った水嶋に対して、俺は呆れたように突っ込んでしまった。まさかこんなときにも他者のために足を動かすとは。人として立派なのだろうが、このきらびやかに整えた容姿からは、自身も堪能しようとする心持ちが否めないのだが。
「ところで、麻生くんは誰かといっしょなんでしょ?」
「え? なんで……」
妙に嬉しそうな水嶋に、俺は首を傾げて聞く。
「ほら、麻生くんの両手に林檎飴あるから、誰かの分なのかなって。もしかして……」
水嶋は俺の両手にあった林檎飴を見て言うと、何やら思い当たる節があるように間を取っていた。
一体誰と勘違いしているのだろうか。俺はぼっち独立国王こと、麻生やなぎだぞ?
「独りだ……良かったら、食べるか?」
「え? ホントにいいの?」
「ずっと持ってんのも疲れるし。良かったらやるよ」
俺は水嶋には目を向けず、片方の林檎飴を差し出した。できれば両方とも差し上げたいところだが、そんなことをしたらなぜ買ったのかと突っ込まれるだろう。仕方ないが一つは自分で持つしかなさそうだ。
「本当に!? ありがとう!」
すると水嶋は、久しく人間の温もりなど触れていない俺の手を握り、緊張で落としそうになった林檎飴を無事に受け取る。女子の手とはあれほどまで柔和なのかと、しばらく震えが止まらず、無意識にも顔を熱くしてしまった。
「じゃあ、いただきます……う~ん、甘酸っぱくて美味し~い!」
水嶋は小さな口で林檎飴をゆっくりかじり、頬を押さえながら感動していた。
まぁ、喜んでもらえたなら尚良いと安堵していた俺だが、背後の幽霊どもは涙を浮かべていた。
「あ~!! アタシたちの林檎飴が~!!」
「フクメさん、幸せな時間は一瞬です。起こるべき別れは、仕方ありません……」
水嶋に食べられる林檎飴に手を伸ばして、絶望した表情を放つフクメの肩に、涙を拭うカナは手を置きながら、望まない決別を受け入れていた。
まだ一個あるんだからいいだろうが……。
林檎飴一つでこんな泣き顔をされたのを初めて視たが、俺はもちろん二匹には何も告げず、何もない背中を見せ続けた。
一方で何も知らず食べている水嶋の表情は豊かで、カナとフクメが香りを嗅いでいた以上に喜ばしい様子だ。すると途端に俺に目を合わせ、口の中を空にする。
「ねぇ麻生くん。良かったら、いっしょに歩かない?」
「はあ!? なんで?」
水嶋からの突然の申し出に俺は困った。なぜリア充のような経験をここでしなきゃいけないのだ。しかも人混み菜かでは、俺としては公開処刑とまったく同じだ。
「いや、別に嫌だったらいいよ。もし、よければ……」
水嶋からは下目使いを向けられてしまい、俺は気まずくなって黙り目を逸らした。
冗談ではないと心に何度も訴えたが、そこで視線が合ってしまった二匹の喧しい悪霊が俺に寄る。
「やなぎさん! いっしょに行きましょう!!」
「チャンスだぞ!! 男なら断るな!!」
カナとフクメは自分のことのようにノリノリだったが、無論俺は気が乗らない。とはいえ、ここでまたコイツらの言うことを聞かなかったら後が怖い。
せっかく二つも買った林檎飴も無意味になりそうだと感じ、俺はため息一つ溢し、頭を掻く。
「わかったよ……いっしょに行こう……」
俺は仕方ないと思わせる表情で言うと、水嶋からは満面の笑みを見せられ、ありがとうと再び感謝も述べられた。
あ~帰りたいよ~。城でギャルゲーやってた方がよっぽど気が楽なのに……。
どんどん予定が悪霊によってメチャクチャにされていく俺。まさかの展開に終始肩を落としながら、水嶋と隣り合って歩くことにした。もちろんフクメとカナから、後ろで観察されながら。
「なんだよ~。いい雰囲気だなぁ」
「やなぎさんは、もう大人になってしまったのですね……」
ちゃかすように笑うフクメの後に、カナはまた涙を流しながら呟いていた。俺に成仏できる力があれば……。
「ここのまま付き合っちゃえば……ん?」
しかしその刹那、フクメは突如言葉を止めて固まってしまう。
隣には水嶋がいるため、変に気にされるのも嫌だった俺は振り向かず歩こうとしたが、フクメの呟きに脳内アンテナが向く。
「――あれ? この景色、どっかで……」
「――?」
立ち止まり振り返った俺は、結局水嶋からどうしたの? と不思議がられたが、漠然としたフクメを視続けていた。
――コイツ、もしかしたら生きていた記憶を思い出したのか?
そんなニュアンスに違いなかった。生存当時の過去を忘れる幽霊にとっては。
ならばこのまま思い出してもらい、あわよくば成仏だと願う俺はしばらく、フクメの様子を観察した。
「フクメさん!? どうされました?」
カナも心配しながら尋ねていたが、するとフクメはゆっくりと首を左右に振り、自身の短いツインテールを揺らして笑顔を放つ。
「いや~ゴメンゴメン!! ボーッとしてた。ハハハ!!さあ行こう行こう!!」
フクメはそう言うとカナの手を引きながら歩き、俺と水嶋を通り過ぎて前で進むようになった。
水嶋にも悪いし、このままだとフクメも結界にぶつかってしまうと思った俺は無言のまま、歩みを再開して、フクメとカナの背を負うようにして進むことにした。
確かにフクメは笑顔で、ボーッとしてたと告げたが、どうも俺には微笑みではなく、少し不安を抱いた苦笑いにも視えてしまった。
***
俺と水嶋ははしばらく歩き、とても多い人混みの中を進んでいた。目の前には踊り子の人で囲まれた御輿が担がれ進んでいき、溢れんばかりの人間の声も次第に大きくなっていく。
「……」
「ねぇ、麻生くんはよく、お祭りに来るの?」
「いや……」
「そっか……提灯、きれいだね。これ、わたしたちが作ったやつじゃない?」
「そうだな……」
決して水嶋の声が聞こえていない訳ではないが、俺はひたすら、短く冷たく淡々と返しながら進んでいた。
相手に話題を作らせて、それに素っ気なく答え続ける。
それは俺がぼっち道を通って身につけた、唯一無二のアビリティなのである。これを修得するには、並大抵の精神力ではまず無理だろう。欲しいのならば、最初に座禅を組んで精神統一を図り、その後に瞳を細め、周りを引き寄せない面構えを覚えるべきだ。まぁ生憎、弟子は取っていない。ぼっち道は言わずも知れた、唯我独尊の一本道なのだからな。
こんなやり取りを続けていると、ついに水嶋からもため息を漏らされる。どうやら俺の隣を歩くことに嫌気が差したのだろうと、半ば安心していた。が、話題を切り替えられて言葉を紡がれる。
「こんなんだったら、碧ちゃんも来れば良かったのにね~」
「……そう、だな……」
突然同じクラスメイトの篠塚碧の話を持ち込んだ水嶋には、俺は嫌な予感がしていた。しかしそれは無情にも当たってしまう。
「やっぱり碧ちゃん来てないのか~。てっきり、
わたしに内緒で来てると思ったんだけどな~」
「……」
「あ~あ。碧ちゃん、勿体ないことしてるな~。せっかくチャンスなのに、実家のお手伝いを優先しちゃうんだなんて~」
「……」
コイツ、他人のこととなるとよく喋るヤツだな……。
「碧ちゃんの実家って、梨農家なんだよね~。働いてるのはおじいちゃんとおばあちゃんだけで、人手が足りてないんだって~」
「……」
水嶋と篠塚は確かに仲が良い。それは教室で二人がいつも楽しげに話し合っている姿を見れば容易にわかる。提灯を作ったときだって、二人はすでに作業していたくらいだ。まぁ、俺は嫌われているのだろうが……。
「だからといって、今日の御祭りの日まで手伝わなくてもいいのにな~。まぁそこが碧ちゃんの、家族思いのいいところなんだけどね~」
「……」
それにしても、よくもこんなに篠塚の話を続けられるものだ。これが俗に言う、ガールズトークの特徴なのだろうか。はたまたママさんトークにも似ている気がする。
「碧ちゃん、今何してるんだろうな~。まだお手伝い中かな~。終わってお風呂入ってるかな~。それたも、小さい身長気にしてるから、背伸びトレーニングしてたりして!」
「……」
水嶋が言い続けていることは、決して篠塚に対する悪口ではないが、俺には徐々に騒音と化し、次第に表情が苦み始めていた。
俺の言葉は吐き出されることなく、水嶋が篠塚の話を一方的に話し込む形となったが、反って会話をしなくて済む快楽を覚え、俺はテキトーに聞き流しながら林檎飴を持ち運んでいた。
このまま事なきを経て早く城に帰還しようと考えるのみだが、ふと水嶋は立ち止まり、そっぽを向いて何かを見つけたようだ。
「あれ、もしかして……」
「お、おい……」
すると水嶋は突然俺の隣から離れてしまう。
バックレってやつだろうか。
俺は水嶋の行く先を眺めていたが、すると一人の淡い赤色に染まった浴衣姿の、小さな女の子のもとで膝を折り始めた。
背の低さから小学生低学年くらいと予想できる女の子はどうも、顔を手で覆いながら泣いており、俺も――仕方なくだが――気になって近づいてみる。
「おい……どおした?」
「この子、迷子みたいなの……」
心配した表情で水嶋は言うと、少女は嗄れきった声で、ママ……と呟き涙していた。この人混みの量だ。きっと歩いている途中にでもはぐれてしまったのだろう。
「うぅ……」
「かわいそう……本部まで連れていってあげましょ」
またまた繰り出された水嶋の注文にはウンザリだが、相手が少女ともなれば無視してはいけない気がする。俺はひとまず素直に頷いて、早速御祭り本部へと一歩足を弾く。
「じゃあ行くぞ」
「待って!」
しかし俺の歩みは水嶋に止められてしまい、再び姉のような水色浴衣の背と、泣き止まない赤色浴衣の少女に振り返る。
「この子、歩けないみたい……」
女の子の足元に向かって囁いた水嶋につられて、俺も視点を移す。すると、少女の履いている下駄の紐が切れてしまっていたのだ。
「……じゃあ、俺が運ぶよ」
俺は渋々しゃがみこみ、女の子をおんぶすることを決める。労力を必要とされるのはたいへん迷惑だが、さすがに女性の水嶋に力仕事を押し付けるほど、俺は人間できていない。
「ほれ、乗れ……あれ?」
俺はいつものように冷たく言っていた。
しかし俺がいつものように冷たげに言ってしまったからだろうか、少女は俺の背中には乗らず、反って水嶋の背後に隠れてしまう。
怯えているのだろうか。一応これでも一般ぴーぽーのつまりなのだが。
「大丈夫よ。顔は怖いけど、本当はいい人だから」
「顔が怖いのは余計だろ……」
少女と目線を合わせながら優しく告げた水嶋のあと、俺は無表情のまま返して微笑みなど作れなかった。
「ほら……いいから乗りな? ちゃんと運ぶから」
すすり泣く少女はは未だに止まっていたが、水嶋が幼い肩に手を置いて笑顔を向ける。
「大丈夫だよ。わたしもいっしょだから」
「……うん」
迷いに迷った少女の頷きだったが、やっとのことで俺の背中に乗ってくれた。背中に触れた途端、親と離れた女の子の身震いが直に伝わってくる。
だが俺は水嶋のように言葉を掛けずに立ち上がり、少女をおんぶしながら歩き始める。
「なぁ、水嶋。ここから本部までどのくらいだ?」
「ここからだと、歩いて十五分ってところだね」
「はあ……時給の四分の一か……」
「フフ。ボランティアに時給は発生しないよ」
「へいへい……」
微笑む水嶋の返答に、俺はため息をついていた。ボランティアだって労働だと思うのに。
「ねぇ、あなたの名前教えてくれる?」
すると水嶋は俺の隣から、少女の顔を見ながら尋ねていた。やはりこの二人は知り合いではなかったようだ。
「……ともよ……石塚朋代……」
石塚朋代と名乗った少女の声は震えていたことから、まだ涙目で不安に襲われている状態であることがわかる。
「朋代ちゃんか! かわいい名前だね!! お母さんと来たの?」
「……うん……」
朋代は頷いてはいたが、なかなか聞き取りづらいほどに小さな弱声だった。しかし迷子になった少女の恐怖心をかき消すように、水嶋は明るく朗らかに続ける。
「そっか。大丈夫!! きっと会えるよ」
「……ほんとう?」
「うん!! だからもう泣かないで? 朋代ちゃんは、笑顔がとっても似合うから!」
「……うん!!」
水嶋のエールにも似た言葉たちで、涙を拭った石塚朋代はあっという間に笑顔になっていた。
「マインドコントローラーか? お前は……」
第三者として観察していた俺の率直な感想だったが、水嶋はフフフと上品な笑みを溢す。
「実は昔ね、わたしも同じような目にあったの……」
水嶋から微笑みが消えることはなく、足元を見ながら進んでいた。
「お前も、迷子になったのか?」
「うん。一人になって、怖くて泣いていたわたしは、とあるおじさんに本部まで運んでもらったの」
水嶋からは顔を向けられ、今の麻生くんのようにね、と言わんばかりの嬉しそうな表情を放たれてしまい、正直 狼狽えてしまった。フラグなど現実世界では求めていないというのに。
「知らないおじさんについていっちゃダメって、学校で習っただろ……」
気が焦るあまり、ずいぶんとありふれた台詞を投げてしまった俺だが、すると水嶋の視点はすぐに変えられ、俺たちの頭上で吊らされた提灯たちへと向かっていた。
「まあね……。でもその人は、わたしの恐怖心を消すために、ずっと話かけてくれたんだ。泣き止むまで、ずっとね」
水嶋のうっすらと照らされた穏やかな表情を見る限り、そのおじさんと称する者は大した人格者に思える。男って結構損だよな。知らないおじさんって言われるだけで、周囲からは近寄るなとバッシングされてしまう生き物なのだから。
「そっか……その人は、今何やってるんだろうな?」
素晴らしき人格者ならば是非日本の政治家にでもなって維新的な活動をしてほしいと思った俺だが、すると水嶋から再び目を向けられる。
「今はこの祭りの主催者になっているの。たぶん、麻生くんも会ったんじゃないかな? ほら、公民館にいた人だよ」
水嶋が告げたあと、俺の頭の中には昨日公民館で会った、一人の老人の姿が浮かび始める。
「あぁ~、あの人か……」
「神埼さんっていうの。今はおじいちゃんになっちゃったけど、以前はもっとイケメンで、ホントに優しい人だったのよ?」
そういえば名前すら伺わずに去ってしまったことに気づいた俺は改めて苗字を聞くことができた。とはいえ、そもそも関わりのない相手の名前など、覚える気は一切ないのだがな。
ここはテキトーに聞き流そうとした俺だが、ふと水嶋は俯き始め、表情から提灯の光が失せる。
「そのあと、公民館で待っていたわたしを、兄さんが迎えに来てくれたんだ……。今では、ホントに良い思い出だよ……」
水嶋はアスファルトに向かって微笑んだが、少し寂しそうにも見えてしまった。
口が裂けても言えたものではない。もう水嶋の兄貴は、魂の存在すら成仏されただなんて……。
俺は別に、水嶋麗那に愛など抱いてはいない。しかし兄貴――水嶋啓介の想いを知っている者として、コイツには一生嘘をついていこうと思った。
妹を思いやる兄貴の心行きは、俺だってわかるから……。
一つ小さなため息を溢した水嶋。俺には珍しい光景だったが、すると表情は明るい微笑みに一変し、頭上で優しげに灯る提灯に人差し指を向ける。
「あっ! 見て朋代ちゃん!! あの提灯の絵!! あの絵、とってもかわいいねぇ!!」
すると水嶋はめい一杯の元気を表し、朋代に笑顔を伝染させた。
「うん!! 朋代、あっちの絵も好き!!」
「おお~!! あれも良いね!! お姉ちゃん見えなかったよ~。朋代ちゃんすごーい!!」
もはや姉妹のようにも見える二人の明るい表情。朋代は太陽の如く眩しい嬉しさで話していた。しかしその一方で、水嶋からは決して眩しさを感じなかった俺には、提灯のように、内に秘めた優しい灯火が窺えたのだ。
少しの風で消えそうなのに、か弱くも明かりを放つ、小さな炎として。
もちろんその穏和な炎は、一人の少女を照らすことができていた。
水嶋のおかげで、子慣れしていない俺は無言のままでいられてホッとしていた。絶対に口にはしないが、少しばかりの感謝の気持ちを寄せながら、御祭り本部へと静かに歩いていた。
しかし、やはりヤツら二匹がかき乱してくる……。
「なんか、家族みたいだなぁ。婚約成立も、案外近そうじゃん!」
「うぅ……やなぎさん、御達者で……。私は貴殿方のことを、しっかり支えながら生きていきますから……」
俺はまだ高校二年だから結婚もできねぇし、あとなぜドサクサに紛れて姑になろうとしてやがるんだ? 渡る世間は霊ばかりなんて、断固拒否だからな!
俺の背後では、すでに結婚まで見通しながら見つめるフクメと、涙を流して夫婦円満の未来を願うカナらが囁くことで、俺だけが苦い表情をしながら歩むこととなった。
***
お祭り本部。
俺たちはやっと本部に着いた。そこは高台に位置された場所で、花火を一望しようと男女カップル立っていたり、シートを敷いて夜空を見上げる家族連れと多く存在していた。崖の方には一部だけ“立入禁止”と書かれた立て看板と赤いコーンが並べてあるのが垣間見えたが、それを隠そうと様々なテントが建立されている。
たどり着いた俺たちは早速、“迷子センター”と描かれたテントへと足を運んでみる。傍には老人ばかりが目に映り、時折キツい加齢臭も漂ってきた。
将来はこんな臭いなど抱きたくないと若死を考えた俺だが、ふと水嶋が俺の前に出てテントの中を覗く。
「すみませーん。迷子を連れてきましたー!」
「おお! 麗那ちゃん!」
するとテントへの中でイスに座っていた一人の男性老人がすぐに振り向き、嬉しそうに顔の皺を増やしながら歩み寄ってきた。
この人は確かと思った俺だが、それはすぐに水嶋の口から解答される。
「あ、神埼さん!! お久しぶりです」
水嶋が笑顔で呼んだ老人は、先ほど話題にも挙がった神埼だった。
神埼とは公民館で一度会っていることから、俺の顔も覚えられていたらしく、水嶋同様に温かな微笑みを向けられた。
「やあ、君もこの前はありがとう。たいへん世話になったよ~」
「は、はぁ……」
「ところで、迷子の子は君の後ろかな?」
「あ、はい……」
話の展開の早さに、神埼からは見た目に合わぬ若さを感じてしまった俺は目を逸らし、背負う石塚朋代に半顔で窺う。
「立てるか?」
「うん……」
表情が曇りがちになっていたことは、見知らぬ所に連れて来られたことへの不安だろう。いくら迷子センターと言えども、子どもには慣れない場所で居心地が悪い。
少女の俯く気持ちも察してはいるが、俺は静かに降ろしてやり、子ども用の小さなイスを前に運んでやろうとした、そのときだった。
「――ともよ~!!」
突如テントの外からは女性の、悲愴が混ざる轟音が鳴らされた。見るとそこには三十代前後の浴衣女性が、涙まで浮かべた心配気味の顔でこちらを覗いていた。
「――ママァ~!!」
すると朋代はその女性のもとへ駆けていき、ママと叫んだ女性から包まれるように抱き締められていた。
どうやら、ここまで運んでやった甲斐があったようだ。
無事に母と娘が再会できたことには、水嶋も、神埼も、何だかんだ俺も安心を抱きながら、しばらく泣き続ける家族愛を見つめていた。
「麻生くんのおかげだよ? ありがとう」
ふと隣の水嶋から感謝を述べられたが、どちらかと言えばコイツが気づいて見つけたことの方が讃えられるべきだ。
まぁ、確かに力仕事など慣れていないから、俺も多少の褒美はほしかったが……。
「……俺は別に何もしてねぇよ」
「あら、カッコいい! 麻生くんも、わりとクサイこと言うのね」
「感謝の気持ちはどこいった?」
俺をからかうように笑う水嶋からは、後世まで続く多生の怨を貰うこととなった。
やがて二人の母娘は泣き止んで手を繋ぎ合い、迷子センターに浴衣の後ろ姿を向ける。
「お姉ちゃんバイバ~イ!!」
「バイバイ朋代ちゃん!! 御祭り、楽しんできてね!!」
元気に挨拶をする朋代に対して、水嶋も元気に優しく挨拶をしたことで、二人の母娘は笑顔のまま姿を消していった。
挨拶をしてもらえなかった俺からしたら、骨折り損のくたびれ儲けそのものだ。どうして男の人生とは損して止まないのだろう。まったく、世の中は女尊男卑極まりない。
母娘が完全にいなくなった頃、俺は疲れもあって大きなため息を漏らした。すると神埼からは、ありがとうと意を表した顔を向けられる。
「君らには、本当に御世話になったねぇ~」
「いえいえ。パトロール中でしたから」
俺は黙るままで水嶋が答えると、神埼は俺たちそれぞれ手に持つ林檎飴を覗いてから、微笑ましげに頬を緩める。
「それにしても、君たちは付き合っていたのかい?」
「フフ、そんなんじゃありませんよ」
水嶋は眉をハの字にして笑っていたが、このときばかりはコイツに助けられたように思える。俺の背後にいる喧しい勘違い者が増えては困るからな。
……あれ?
そう思いながら背後を窺った俺には、変な違和感を覚えた。もちろんカナとフクメはいる。俺から五メートル以上離れられないらしいから、結構近めのテント入口付近だ。が、その近距離のせいで、俺は更に疑念を抱いてしまった。
――コイツら……いや、フクメがさっきからずっと黙ったままだ。
五月の蝿のように飛び回るほど騒がしかったフクメなのに、今はなぜか静かに俯いたままなのだ。隣でカナも心配そうに眺めており、どうにも気になってしまうほど頭が垂れていた。
一体どうしたのだろうか? ここに来て突然意気消沈してしまったような……。
お転婆娘の沈黙が反って気分悪く感じた俺は原因を突き止めようとしが、会話の途中だった神埼から笑い声を出される。
「ゴメンゴメン。麗那ちゃんたちを、ちゃかした訳ではないんだよ。ただね……」
すると神埼の顔からは少しの皺が減り、テントの外に出ようと入口へ向かってきた。その場所にはもちろん、俯いたまま固まるフクメがおり、ついに神埼からぶつかろうとしていた。
「ちょ、そこには! あっ……」
「ん?」
小さくも驚いた俺に振り向いた神埼だが、そのときにはすでにフクメを通り過ぎているところだった。
――いや、すり抜けたというべきだろう。
両者は確かに、真正面から衝突するところだった。
だがそれは、フクメが人間だったらの話である。
幽霊であることも忘れて止めようとしていた俺はすぐに、何でもないっすと神埼に返答してしまう。が、なぜか俯きがより深くなったフクメからは、大きな悲しみを感じて仕方なかったのだ。
今さら幽霊になったことを、後悔しているのだろうかと思ったとき、テントから出て夜空を見上げた神埼から、背中で語られる。
「君たちのことを見ていたら、昔のことを思い出してしまってね……」
神埼の背後にいる俺には、無論彼の表情など見えなかった。しかし落ちた肩や声の低いトーンからは、どこか寂しさまでが伝わってくる。
「昔のこと?」
どうやら気になった水嶋は神埼の隣に移動し、同じく夜空を仰ぐ。
「まあ、老いぼれの昔話なんて興味がなかろう。君たちも、楽しめるうちに、御祭りを堪能してきなさい」
「え~? 気になるんですけど~?」
水嶋が子ども染みた語尾で首を傾げている一方で、俺は神埼の言葉が変妙に引っ掛かり、眉間に皺を寄せていた。
“楽しめるうちに”
やけに強調していたように聞こえたからである。単純な言葉並べではない、何か他にも深い意味含んでいると捉えた俺は考えようとした、そのときだった。
「――神埼、透……」
「――っ!」
弱々しい呼び声が聞こえた俺は迷わず、顔を上げられないフクメに目が向かった。だって、今コイツの台詞は明らかに奇妙だったからである。
――どうして、俺も聞いていない神埼のフルネームがわかったのか……?
俺だって、水嶋からは苗字までしか聞いていない。それは記憶を無くし、俺の傍で生活してきたフクメだって同じ状況のはずだ。
別に神埼が名札を着けている訳ではない。はたまた、このテント内にはどこにも関係者の名簿など見当たらない。
ならばフクメはどこから、神埼透という名前の情報を得たのだろうか?
「ふ、フクメさん?」
カナもより心配した顔を近づけて聞いていた。フクメの様子がおかしいのは一目瞭然であるなか、すると鬼のお面を載せた小さな頭が、ゆっくりと縦に動く。
「思い出したんだ……」
「え?」
「はぁ?」
取り憑かれてから初めて聞いた低すぎる声には、カナも俺ももう一度聞き返してしまう。だがフクメの表はいっこうに上がらず、ただ鬼のお面と目が合うのみだった。
「フクメ……」
「へへ……ゴメンね、やなぎ、お姉ちゃん……」
自嘲気味な笑いを起こしたことで、いつも通りのトーンに戻ったフクメはやっと顔を視せる。すると視点は俺ではないテントの奥の方へと向かい、微笑みであるはずなのに哀愁ばかりが漂ってきた。
「――全部、思い出せた……てか、思い出しちゃった……」
最後に諦め笑いを視せたフクメは迷子センターテントの横奥を見ながら――いや、その傍で隠れていた立入禁止ゾーンに目を向けながら、寂しそうな表情を浮かべていた。