四個目*浴衣でパントマイム
水嶋兄妹の想いを通わせることができたやなぎ。
それから二週間後の五月初旬。
今度もまた、面倒事に巻き込まれることとなった。
新キャラ登場しま~す。
突然の出逢いという出来事は、本当に困った事件だ。一般的な人間共は決まって出逢いを求めやがるが、それは出逢いの恐ろしさをわかっていない愚かな証拠だ。出逢いが幸せを運ぶとは限らないのに。
また質が悪いのは、決して望んでいるわけでもないのに、その事件は何の前触れもなく起きてしまうということだ。後にどんどん続いていき、人生そのものを大きく動かし兼ねない。
まったく出逢いとは、心底困らせる事件だ。
そんな出逢いを全否定する俺――麻生やなぎは五月の登校中、その事件に巻き込まれていた。
「……なんだあれ?」
「なんでしょう?」
歩みを止めて見つめる俺とカナの数メートル先には、何故か外壁の影で染まった道中に、うつ伏せで倒れている女子がいたのだ。
「うう……誰か……助けて~……」
見た目からして中学一年生程度の背丈である女子は短いツインテールを浮かせ、纏ったピンクの浴衣をアスファルトに広げており、さっきからわざとらしい他者の助けを求めていた。
こういう展開、つい先日もあった気がする……。
「どうします、やなぎさん?」
「無視でいいだろ……」
心配げなカナに尋ねられた俺は迷いなく、転がる女子を見過ごそうと再び歩き出した。
「いけません!! やなぎさん!!」
「はぁ?」
だが、隣で浮遊するカナは登校を阻止するかのように叫び、俺は歩き続けながらも振り向く。すると目の前では、自称悪霊から潤む瞳を視せられてしまい、無意識に足が止まった。
「か弱い女の子が倒れているんですよ!? それを見過ごすなんて、あまりにも酷すぎます!! 世直しため、漫遊するやなぎさんのやることではありません!!」
ここは、水戸ではないのだが……。
茨城県笹浦市という、ありふれた町に住まう俺はコイツに落ち着いてもらおうと、得意の冷たい目で返事をしようと試みた。が、対照的なカナの熱など冷ますことができず、背を向けられてしまう。
するとカナは早速、倒れて微動している浴衣少女に一歩近づき、遠いながらも観察し、状況を見極めようとしていた。
「いやな、カナ……」
「まずは救急車を呼びましょう。きっと重症かもしれません!」
「なぁ、カナ……?」
「いや、もしかしたら持病が突然悪化したのかもしれません! ここは救急車ではなく、ドクターヘリにした方が良さそうです!!」
そんな金ねぇよ。高過ぎクリニックだ……。
悩める俺はカナにやめてもらおうと、女子高校生の華奢な背に何度も呼び掛けた。しかし、苦しむ少女を見てばかりで、振り向くどころか返答すら返ってこないことに、呆れた気持ちは次第に苛立ちへと変わっていた。
「カナ……?」
「いや待てよ。もしかしたら、日本では治せない難病の可能性だって予想できます……す、すぐに海外へ飛べるよう便の予約も必要です!!」
「カナ!」
「はい!!」
「お座り!」
「はい!! ……え?」
やっと俺の声に耳を向けたカナは空中正座を始めたが、繰り返す瞬きからは不思議がっている様子が視て取れる。
どうやら説明しなくてはいけないようだ。てか、なぜ幽霊のお前がわからないのか、俺の方が不審でならない。
「よく視てみろ……」
「はい! よく見てます!」
「じゃなくて、視ろ」
俺は未だに助けてと呟く少女に、あえて顎先を向けることで、カナには周囲の様子までしっかり焦点を当てさせた。
「明らかに、おかしいだろ?」
「なぜ、ですか……?」
しかしカナは疑念を抱きながら、俺に無知な顔を向けて返した。これでもわからんのか、このアホ霊は……。
「……だって、さっきからあの女子の周りを歩いている生徒、誰も見てないだろ?」
今は朝の登校時間。しかもここは多くの学生が訪れる通学路でもある。道路とはいえ、現在は生徒たちが車が通れないほど横並びしているのだ。
「……人間とは、非情な方が多いってことですか?」
「そうじゃない……」
まぁ、強ち間違ってはいないのだが……。
しかし今注目すべき点はそこではないと、俺は呆れたため息を漏らしてから言葉を紡ぐ。
「あの女子は、誰からも見えていないんだよ……お前みたいにさ」
他人の気持ちなどどうでも良いと思っている俺すら視点を置く状況。道端に人が倒れている。しかもまだまだ幼そうな女子だ。一般ぴーぽーなら心配して近づいていくのが自然だ。しかし周囲の生徒は誰一人として声を掛けず、むしろ空気のような存在として扱っているのが否めない。それに加え、涼しい日陰で倒れている辺りも怪しさを増している。
これ以上説明するのがめんどくさくなった俺だが、どうやらカナも悟った様子で助かった。
「私たちにしか見えていない……じゃあ、彼女は……」
わかりきっているため言うまでもないが、俺は静かに頷いて口を開ける。
「――お前と同じ、幽霊だ」
正直幽霊だとしか思えなかった。
誰にも聞こえていない喚き声、姿が透けてしまうため光を嫌い日陰にいる辺り、俺たちは倒れている女子を幽霊と断定することができたのだ。
「ど、どうしましょう、やなぎさん?」
相変わらず正座をしているカナの表情は最初と比べて悲壮は薄れていたが、同じ幽霊として気にしているようだ。
「別に関わることないだろ……避けて通るぞ」
人間側から幽霊に近づく必要性など皆無。たださえ害を及ぼす存在なのだから。
冷静な俺は再度歩き始め、倒れている女子の傍を通り過ぎようとした。
「誰かー……助けてー……」
近くで聞くと改めて棒読みで、嘘っぽい呻き声を上げる浴衣の女子。
もちろん俺は首も顔も目も動かさず、幽霊女子を無視して背を放ちながら進む。
人間を驚かして言霊を得るのが、天国を望む幽霊の定め。しかし霊感無き者からは無論視てもらうことができず、正に骨折り損のくたびれ儲けだ。幽霊もなかなか辛い生活を送っているようだ。
恐らく今、人間としてあの女子を視ることができるのは俺だけだろうと感じると、少しばかりかわいそうにも思えてならなかった。
「アイツ……いつまでやるつもりなんだろうな……あれ?」
学校に向かう俺はカナに言ったつもりだったのだが、気づけば隣にいなく、どこにいるのかと辺りを視回した。
「カナ? ……っ!?」
俺は息を飲まされた。
確かにカナが背後にいる姿を発見したのだが、共に悪寒に襲われてしまい、三度登校を阻止される。
「ホントに、大丈夫ですか……?」
――なぜなら膝を着いたカナが、せっかく無視した女子の前で声を掛けていたからである。
あっのアホっ垂れ幽霊がっ……。
「あの、もしも~し……?」
恐る恐る声を震わせるカナは倒れている女子に囁いていたが、引き連れようとした俺が歯軋りを見せながら近づくと、視知らぬ女子は起き上がろうと四つん這いになる。
「うぅ……ありがとう、お姉さん……」
幽霊のカナをお姉さん呼ばわりした女子は地を向いたまま、嬉しそうにも感謝を漏らした。
反応を返されたカナも喜ばしげに見つめていたが、その刹那少女が顔を上げる。
「ダズガッダよ……」
その顔には、二本の牙を伸ばし鋭い眼光を放った、赤い鬼のお面が着けられていたのだ。
「きゃあぁぁ~~~~!!」
不意に驚かされたカナは尻餅を着いた後に、すぐに俺のもとへ戻って肩を掴み、背に隠れるようにして身を潜めた。一方で鬼のお面少女はフフフと不気味な笑みを漏らしながら立ち上がり、素顔を明らかにすると共に周囲を見回し始める。
「ヨッシャー!! 言霊ゲットだぜッ!!……あれ?」
お面を頭頂部に置いた女子はあちこちと言霊を探したが、もちろん一個も見つけられず、飛び移りながら不思議がっていた。
「無い……なんで!? あの驚き方なら出るはずなのに!!」
ついには日向にも飛び出してアスファルトに目を凝らす少女。その姿を霊感あるが故にはっきりと視える俺は呆気に取られてしまった。
――マジかよ……コイツ、驚かした相手が幽霊だって気づいていないのか。
「おい……」
我慢の限界がが来た俺もついに声を放つと、その女子から必死な表情を向けられる。見た目と応じて童顔なみすぼらしいツインテール少女。案外眉が細いことは意外だったが、額を覆った毛先がボサボサと整っていない点、ギャルのように荒あっぽい口調からは、最後まで綺麗に変身きれていない、お転婆中学生であることがわかる。
「なんだアンタは!? さ、さては、アンタが言霊を取ったのか!?」
「取ってねぇし、そもそも言霊なんか落ちてねぇよ」
「はぁ!?」
怒りなのか焦りなのか、浴衣少女は鋭利の瞳を向けながら目の前に来たが、怖さを感じられない俺は反ってため息を漏らしてしまう。
「……お前が驚かしたコイツは幽霊だ。言霊なんて出てくるわけねぇだろ」
「え? ……え゛えぇぇ~~!?」
やっぱ気づいてなかったんだ……。
アホ霊を人間だと思い込んでいた少女は浴衣を靡かせながら驚いていると、すぐにムッとした表情に変え、俺の背後で隠れるカナに指を差して覗き視る。
「ちょっとォ!! 何アタシの邪魔してくれてんのよ!?」
「いや、助けを求めていたので……」
「あんなの演技に決まってんでしょうがッ!!」
脆い声を漏らしたカナは完全に押し潰されかけており、ついにはすみませんと静かに謝っていた。しかし中学生少女の怒りは収まる所を知らず、今度は俺の顔に人差し指を放つ。
「それとアンタ!! アンタはなんで驚いてないのよ!? 驚きなさいよ!! 人間でしょうがッ!!」
「……」
もはやため息すらも面倒になった俺は、老けた顔を見せたまま踵を返し、もとの登校状態に移った。
「……カナ。遅れるから、行くぞ……」
「あ、はい」
「ちょっとアンタたち!! 待ちなさいってばァ!!」
正直俺はビックリした。
何にビックリしたかって?
そりゃあ、決まってんだろ……。
――だって、悪霊が悪霊に、まんまと驚かされてたんだぜ。しかも叱られてたし……。
中学生の荒々しい声はしばらく続いてしまうが、俺とカナは一切後ろを振り返らないまま、嫌いなはずの学校へ早歩きで向かっていった。
***
笹浦第一高校。俺の教室。
俺は困っていた。
それはそれは、非常に困っていたのだ。
「なぜ、ついてきた……?」
窓際後方の席に着いた俺は、カナのすぐ隣にいた女子中学生に苦い顔を見せた。しかし依然として頑なな表情のコイツは、細い眉を片方だけピクピクと動かしながら怒号を放つ。
「知らないわよ!! コッチが聞きたいっつうの!!」
「はぁ?」
怒れる少女の台詞が意味不明だった俺は頬杖を着きながら、とりあえず詳しい事情を聞いてみる。
「お前の意思で、着いてきた訳じゃねぇのか?」
「じゃあ、視てなさいよ!!」
すると女子中学生は俺から離れよう背を向け、俺から徐々に距離を取り始めた。このまま去ってくれと祈るばかりだが、ふと奇妙な光景を目撃する。
――ゴン!!
「痛ッ!!」
ふと何か当たったような音を鳴らしたお転婆娘は額を押さえていた。しかし、俺には何に激突したのか視えなかったため、明らかな引目で窺う。
「な、何やってるんだ……?」
「それは、パントマイムですね!?」
「おでこでパントマイムするヤツがいるかァ!!」
冷徹な俺の後にカナは興味津々に尋ねていた。が、額を赤くした浴衣娘に檄を飛ばされたことで、再び怖じ気ついてしまい、瞬時に俺の背後へと隠れた。
悪霊が悪霊を怖がるという怪事件に巻き込まれながら、正直ウンザリしている俺。保育園の先生って、こんな気持ちで苦しい勤務に堪えているのだろうか。
そんなことを徐に感じていると、視えない何かにぶつけた額を擦るお転婆娘から、再び罵声を受けてしまう。
「まだ、わかんないの!? この鈍感男!! レディーの気持ちをわかってくれないなんて、ホンットにサイテー!!」
なんでさっき会ったばかりの年下女に、ここまで言われなきゃいけないの? 俺、何もしてないのに……いや、何もしてないからなのか?
当面女性の気持ちなどわからないと察した俺は、更に表情を悪化させて渋める。
「だったら、もっと詳しく、言葉で教えてくれよ。一体お前に何が起こってんだ?」
俺も嫌々ながら聞いてみたが、すると苛ついている浴衣中学生は両手の拳を震わせながら、やっと真実を言葉で明かす。
「――なんか知らないけど、アンタを中心に変な結界が張られてんのよォ!!」
「結界……もしかして、お前は……」
俺はふと、背後で身を潜めているカナの顔を覗く。まだ怖がっているためか、うるうると瞳の光をちらつかせており、普通に話せる状態ではなかった。
怯えるカナに呆れながら、再び中学生に顔を向けた俺は気持ちを切り換え、珍しく真面目なトーンで声を鳴らす。
「カナと同じ、憑依して脅かす悪霊なのか?」
「え……わ、私と同じだったんですかぁ!?」
俺は女子中学生に言うと、後ろでカナは大きく驚いていた。
今一度説明しておこう。カナが言うには、幽霊はそれぞれの特徴によって種類分けされているらしい。
今の時点で俺が遭遇したのは二種類。
一つは、俺がカナに出逢う前に驚かそうとした、片目を失った幽霊の特徴――誘因型である。人間を引き寄せて驚かすというシステムで、魚釣りにもよく似たやり方だ。
そしてもう一つは言わずもがな、このカナの特徴である憑依型だ。驚かそうと決めた人間に近づいて、姿を視せることができる。しかしその代償として結界が張られ、言霊を取り出すまでは半径五メートル以内が活動範囲になってしまうらしい。幽霊にとっては、ハイリスク・ハイリターンと称すべき特徴だろう。
つまりこのお転婆娘は、カナと同じく憑依型の特徴を持った幽霊なのだ。さっき額にぶつけたのは、俺中心から広がる視えない壁に当たったからに違いない。
え……? 俺、二匹から取り憑かれることになるの?
またまた面倒事が増えたと感じた俺。しかし中学生幽霊からは怒涛の表情が消えており、何故だか瞬きを繰り返した無表情に変わっていた。
「……ひ、憑依……何それ?」
「へ……?」
女子中学生は初めて聞いたように応答していたことに、俺は驚きのあまり起立してしまう。
「はぁ? もしかして、お前自分の特性わかってなかったのか!?」
俺は珍しく声を大にし、周囲の生徒から不審目を向けられていた。しかしそれも致し方ない。だって、このお転婆娘は、今まで自身の特徴を理解せずに過ごしてきたと知ったから。
「特性? なに、そんなものあるのか?」
「ダメだこりゃ……」
次いってみよう! などの気分になれたものではない。
呆れて落胆した俺はまた、とんでもないアホ霊に取り憑かれたことに恐怖した。幽霊っていうのは、こんな愚かなヤツらばかりなのだろうかと、抱く霊感を今すぐにでも捨てたい思いだ。
「やなぎさん大変です!!」
「今度はなんだよ……?」
突発的なカナの叫びに、俺は気怠く返事をすると、ずいぶんと困った表情を視せられた。
「まだ、彼女に名前を付けていません!! このままでは私、この娘をなんて呼べばいいかわかりません!!」
知らねぇよ。今困惑するところ、そこじゃねぇだろ。もう勝手に決めてくれ……。
俺は大きなため息でカナに応えると、早速アホ霊の僅かな知能が振り絞られる。
「どうしましょう……ちなみに、御名前は覚えてますか?」
まだ怯えているせいか、カナは畏敬の念を抱いたように女子中学生に聞いていた。すると、浴衣の袖から白い肌を出した腕組みを視せられる。
「う~ん……正直、全然覚えてないんだよねぇ。死んだ理由とかも、全く……」
「困りましたねぇ……」
中学生が苦笑いをしている一方で、カナの表情は悲壮色に染まっていた。他者のために真剣に考える人格の良さが視受けられるのだが、俺は決して感心など抱かず、冷たい視線で観察していた。
「名前……っ! じゃあ、お面を着けているようですので、オニさんなんて、どうですか?」
カナは上手く閃いたように自身の瞳を煌めかせていたが、反って中学生からは呆れたように笑われてしまう。
「お姉ちゃん、それはないわ~。いくらなんでも、センス無さすぎ~」
「お、お姉ちゃん! ……」
俺にはよくわからなかったが、カナはなぜか赤く染めた両頬を手で隠していた。お姉ちゃんと呼ばれたことが、そんなに嬉しかったのだろうか。少なくとも貶されているのは確かなのに。
「どうしたの? お姉ちゃん顔真っ赤だよ?」
「――ッ!! お姉ちゃん、私が、お姉ちゃん……?」
「だって、お姉ちゃんじゃん。アタシより背高いし、高校生みたいだし」
「お姉ちゃん……お姉、ちゃん……」
「うるせぇな~」
アホ霊同士のじゃれあいに嫌気が差した俺はこめかみを摘まみ、仕方なく話の輪に入った。もちろん会話をしたかったためではない。鬱陶しい愚行を今すぐに阻止したかったからだ。
「……お面なんだから、フクメでどうだ?」
女子中学生を視下ろしている俺は、気が気でないカナの代わりに、名前をフクメと称してみた。理由としては、お面を覆面と変換し、その頭三文字を取ったが故にフクメである。
「フクメ……まぁ悪くないかな」
少しはにかんだフクメも、どうやら納得したようだ。名前を付けてもらうことは、幽霊であっても快いらしい。それがたとえニックネームであろうとも。
さすがやなぎさん! とカナにもたいへん褒められたが、俺は全く嬉しさを感じられず、むしろため息を吐いて席に着いた。先が思いやられる……。
窓から見える外の校内景色は今日も、嫌いな太陽のせいで鮮明に広がっている。まるで俺の気持ちなど全否定するかのように明々と、青く澄み渡った空を背景にしていた。
世界にも見放された独りの俺が哀愁に耽っていると、カナとフクメの会話が耳に入ってくる。
「ところで、フクメさんは言霊を持ってますか?」
「もちのろん!! ほら、見て見て!!」
「わぁすごい!! 本物です!!」
カナの憧れた声に反応した俺はつい、背を向けていた二匹に視線を投じる。そういえば、まだ実際の言霊を視た覚えがなかったのだ。試しにどういう物なのか、この目で一度確かめてみよう。
言霊を所有するフクメに初めて興味心を向けた俺は窺うと、まず視えたのは、コイツの小さな手に持たれた、手のひらサイズの赤い巾着袋だった。その中身を覗いてみると、赤青黄色と色付いた三つのビーズらしき球体が含まれていた。
「それが、言霊か……」
生まれて初めて言霊を生で目にした俺は呟き、更に近づいて観察してみた。一個一個の大きさは皆均等だが、俺の担任が大好きなパチンコ玉よりも一回り小さい。袋の中にあるため光の反射などないはずなのに、キラキラと星の如く瞬いていたことが印象的だった。
この世の物とは思えない、摩訶不思議な球体。ただ俺は、言霊の数の少なさに首を傾げると、フクメは小さき頭を掻きながら笑っていた。
「――まぁ! まだ三個だけしかないけどねぇ!」
「――!!」
俺はものすごく驚いた。こんな幽霊ですら、言霊を集めることができるとは……。悪霊って案外ハードル低いのではないだろうか。誰でも成れそうな気がしてならない。
一方で一個も持っていないカナは言霊の輝きを増す瞳で眺めており、応じてフクメも得意気に胸を張っていた。
コイツら、本当に悪霊なんだよな……? なんか、想像と大きくかけ離れ過ぎて、実際に悪霊はいないのではないかと思わせるほどだった。
「麻生くん?」
ふと、カナとフクメに呆れていた俺は、声がした方へ振り向く。すると、学級委員長兼生徒会長の水嶋麗那が微笑みながら、俺のもとに近づいてくる姿が映る。
「おはよう麻生くん」
「ああ……よう……」
たどり着いた水嶋に照らされた俺だが、視線を逸らし、とりあえずテキトーな挨拶だけ済ませた。別に気まずかったからではない。面倒だったからだ。なぜなら、また同じことを告げられるとわかっていたから。
俺は水嶋からそっぽを向いたまま黙っていると、やはりコイツからは頭を下げられて、今日も言われてしまう。
「――この前は、ホントにありがとう。わたしも、お兄ちゃんも、お世話になりました」
「……またかよ……?」
やっぱり、今日も同じだ……。
御辞儀した水嶋からは予想通り、無事に成仏された兄――水嶋啓介の件による感謝を受けた。
今から二週間ほど前の四月中旬。水嶋が突然、死んだ兄貴に会いたいなどと言ったせいで、俺の平々凡々ライフに大きな穴を空けた。あっちこっち出歩いたり、人間と幽霊の会話を成り立たせるため頭を使ったりと、大層な疲労を重ねられてたのだ。
まぁ何とか一件は落着したようで、水嶋は愛する兄貴に想いを伝えることができ、良い形で成仏を見届けた。
恐らく水嶋は、存在が消えてしまうことまでは知らないはずだ。幽霊事情に詳しくないし、霊感だって持っていない人間なのだから。だが、俺は酷な真実などコイツには知って欲しくなかったため、また会えると、大嫌いな嘘までついてしまったのだ。知らぬが仏ってやつだ。
しかし、この礼を二週間前からずっと受けている俺は飽き飽きしており、水嶋には早く、以前と同じ学生生活に戻ってほしかった。
「……何べんも言わせんな。俺は、大したことしてねぇよ……まあ、満足そうなら良かったけどさ……」
「うん。ホントに、感謝してるよ」
四月の優しい温度を残した瞳を向ける水嶋。それを背に受けながら、外に広がる五月の眩さに目を細める俺。嫌でも体温が上がる、板挟みをくらっていた。
「……ところでさ、麻生くん? 今日の放課後、時間あるかな?」
すると話題を換えた水嶋に、俺は久しぶりに顔を向ける。
「……まぁ、何もないけど……」
俺は水嶋の瞳は見なかったが、頬が緩んだ表情から喜びが伝わってくる。
「よかったら今日、図書室で市内のお祭りで使う提灯作りがあるんだけど、手伝ってくれないかな?」
「はぁ? また手伝えっつうのかよ?」
優しく微笑んで言った水嶋に、俺は冷徹に返してしまう。何とも人使い荒いヤツなのだろうか。兄貴の件の次は、俺にとってどうでもいい、町のお祭り作業の手伝いとは。
「そ、そうだよね……嫌ならいいわ。わたしと碧ちゃんでやるからさ。アハハ……」
水嶋は眉をハの字にして笑っていたが、どうも望んでいない様子が見て取れる。
しかし、それでも意思を通すのが、過去に優しさを置いてきたつもりの俺だ。慈愛を持っていっしょにやろうなど、口が裂けても言わない。
「……生徒会の仕事、引き受け過ぎなんじゃないか? 過労死でもする気かよ?」
「生徒会長なんだから、これくらい当然よ。町のみんなの笑顔のためなら、わたしは頑張れるから」
「そりゃあ、おめでたいこと……」
水嶋は偽りない笑顔で告げて自席に戻り去ったが、俺は後ろ姿すら眩しく見えてしまい、揺れるポニーテールから目を逸らしてしまう。“頑張”と言っている時点で、安らぎを求める人間は無理をしていることに、アイツは気づいていないようだ。世の中、善き人格者が損するシステムは、今も昔も変わっていないのに。
人として立派な水嶋に哀れみを抱く俺だが、ふと存在を忘れていた二匹の幽霊からは、怪しい笑い声と、訳のわからない歓喜の息が鼓膜を刺激する。
「おいおい~。あのレディー、もしかしてアンタのこと好きなんじゃないかぁ?」
フクメは俺をからかうように言うと、高揚気味のカナが続く。
「きっとそうですよ!! やなぎさんにもついに、麗らかな春が訪れたのですね!!」
うるせぇな。五月の蝿より喧しく煩わしい。
俺は二匹の虫けらにはあえて無視することでやり過ごそうとしたが、にやつくフクメの口が耳元に寄る。
「な~に照れてんだよ? 素直じゃねぇなぁ~。彼女いないんだろ? 付き合っちゃえよ~」
フクメの小バカにするような態度には、俺のストレスメーターは振り切れかけていた。が、立て続けにカナから無茶ぶりを受けてしまう。
「やなぎさん。放課後、手伝いに行きましょうよ!!」
「……嫌だよ。早く、家に帰りたいし」
テキトーな理由を告げてみたものの、カナの精神攻撃は止まらない。
「大切な水嶋さんからの申し出ですよ!! 是非とも、お手伝いしましょうよ!!」
勝手に大切とか決め付けんなよ……。
「そうだよ。お祭りの手伝いは、アタシも好きだぜぇ!!」
お前の好みとか、どうでもいいのに……。
親指を立ててガッツポーズを視せたフクメからも言われてしまうと、俺は予期される悪夢を想像してみた。仮にこれでも手伝いに行かないとなれば、この二匹からはたいへん罵声を浴びることになるだろう。予習復習の集中どころか、大好きなシューティングゲーム及びアプリゲームすらまともにプレイできなくなる。毎週観ているバラエティー番組――“やんちゃるずのみなさんのせいでした。”だって録に視聴できなくなるはずだ。
冗談ではない、ただでさえ既にコイツらによる我慢の限界を指しているというのに。
「行きましょうよ、やなぎさん!! チャンスですから!!」
「行こうぜ! 恋愛は早いことに越したことないしよ!!」
これ以上の厄介事を言われるのだ……諦めよう。
「……わかったよ。手伝えばいいんだろ?」
「「やったぁ!!」」
二匹は満面の笑みでハイタッチをしていたが、頬杖を付いたまま俺は無論ため息を漏らし、喧しい蝿を引き付けてしまっていた。
***
放課後の図書室。
一階から三階まであるこの広い空間には、学者論文や文学小説、受験参考書まで隅々に置かれており、この茨城県の中では最も広く、数多の本を取り揃えている校内図書館だ。また放課後の生徒を考慮した受験勉強スペースも設けられており、静閑とした落ち着いた空気で包まれていた。
そこに、気だるい表情の俺に並んで、手伝いもできないのにヤル気に満ち溢れた二匹の悪霊は結局図書室に来てしまった。怠さは室内に入れば更に増し、ただでさえ重いスクールバッグに一本くらいそうだ。
「図書室かぁ。どんな本があるんだろな!」
フクメはワクワクした様子で訪れ、カナと共に遠足気分の表情だった。それにしても、コイツらが幽霊で良かった。あまりにも煩過ぎて、一発退場させられること間違いなしで声を出しているのだから。
「たぁ~っくさんありますよ!! きっと、フクメさんの好きな本もあるはずです!!」
カナはまるで図書室が自分の物かのように得意げに告げると、フクメの瞳が大いに瞬く。
「マジで!? じゃあさ、携帯小説とかもあるかな?」
「け、携帯小説? よく知りませんが、きっと置いてありますよ」
「マジで!? ここスッゲェな!!」
携帯の意味わかってねぇだろ……。このスマホ世代が。
そんな無言の突っ込みを入れながら一階に向かった俺たちは、“多目的作業場”と称されたスペースに訪れると、すぐに水嶋麗那、そしてもう一人の女子らが黙々と提灯の骨組みを設計していた。
「よ……来たぞ」
俺は無表情のまま放つと、水嶋ともう一人の女子も振り向く。
「あ、麻生くん!! 来てくれたんだ。ありがとう」
「あ、麻生くん!?」
水嶋は笑顔で俺を迎え入れたが、一方でもう一人は、来てしまったと言わんばかりに驚いた様子だった。
「これでわたし、碧ちゃん。そして麻生くんみんなが揃ったわね。早く終わりそうで、とても助かるわ」
水嶋が碧ちゃんと呼んだのは、もちろんもう一人の女子の名前である。
彼女の名前は、篠塚碧。彼女も俺のクラスメイトの一人である女子高校二年生だ。水嶋に比べて背はとても低く、肩に掛かるかかからないかの曲がった髪型で、撫で肩垂れ目のか弱い少女といったところだ。
篠塚碧は、俺と関わったことは一度もないが、水嶋とは大の仲良しらしく、大抵教室で共に過ごしている。だからこそ今回は誘われて、手伝いをさせられているのだろう。何だかパシられている感が否めなかったが。
それに加え、さっきから俺を恐れるような目を向けている篠塚からは、近寄ってほしくないと暗に意味しているとしか思えなかった。たぶんコイツも周りといっしょで、幽霊が視える俺のことを嫌っているのだろう。手伝いに来るんじゃなかった……。
「……んで、何すればいいんだ? 俺もとっとと終わらせたいから、早く教えてくれ」
篠塚碧の視線も気になるが、俺は無視して水嶋に尋ねる。
「えっとね。この紙を提灯に貼っていくの。ノリはここにあるから、それで貼ってもらえれば大丈夫だよ」
水嶋はクレヨンやクーピーで描かれた絵を見せながら答え、同時にたくさん積み重なった紙たちを俺に向けさせた。
「……これ、全部……?」
「うん。きっとすぐ終わるって!」
山積みされた絵は見た目からして、少なく見積もっても三百枚以上はあるのだが。
「……ちなみに、その絵は誰が描いたんだ?」
「これは町の小学生が描いたんだよ。みんな一生懸命描いてくれたから、くれぐれも大切にね」
「りょーかい……」
整った艶ある黒髪を揺らした水嶋に応答され、俺は相変わらず気怠さを全面に発揮しながら作業に取り掛かった。
水嶋の司令塔のもと、まず篠塚碧は提灯の骨組み設計を続ける一方で、俺は提灯への紙はりをノリを駆使して貼っていく。
中身が空洞な直方体の側面にペタペタと、一つに対して四枚を加えて進めていった。笑顔で手を繋ぎ合った三人家族、いっしょに浴衣を着て踊っている姉妹、リンゴ飴を手に持ちながら花火を見上げる男女カップルなど、人として温かみを感じさせる様々な絵を、俺は機械としてどんどん提灯を完成させていった。
ここでも水嶋は篠塚の骨組みを手伝ったり、俺がやり易いように紙を一枚一枚分けてくれたりとサポートを続けていたが、依然としてダブルワーク状態だった。
人間性が良いのか、はたまたお節介なのか。少なくとも俺は、苦い顔一つ見せず苦労してる水嶋に、素直に顔を向けられなかった。
役割を分担して行っている作業は――俺の存在のせいか――水嶋も篠塚も黙々と進行していく。しかしその静けさは、霊感ある俺だけには感じられなかった。
「へぇー。これ、全部本なのか~」
俺のすぐ後ろで高い本棚を仰ぎ見るフクメが、大声でカナに言って頷かせる。
「はい!! ここには、一生生活していけるほどの本がありますよ」
カナが図書室の責任者のように振る舞っていたことには変にムカついてしまった俺だが、フクメは更に瞳孔を開いて煌めく。
「マジか~!! ねぇねぇ!! お姉ちゃんは、どんな本が好きなの?」
「え、私ですか? そうですね……歴史文学でしょうか」
少し考えてから告げたカナは微笑むと、フクメもつられて笑顔を交わす。
「何それ? メチャクチャ頭良さそう!!」
「そ、そうですか? ちなみにフクメさんは好きなジャンルはありますか?」
「アタシは恋愛小説かなぁ。甘酸っぱい話が大好きなんだ!!」
「それは素晴らしいですね。私たち、気が合いますね!!」
カレーとシード権ぐらいジャンル違うだろ……。
俺は二匹の愚霊に、何度も心の中で突っ込みながら、紙とノリを握り続けた。
***
辛い作業を何とか乗り越えた俺は一人、提灯をしまった段ボールを持ちながら学校を出て、家近くの公民館へと向かっていた。今回の提灯作りは、どうやら水嶋が町の業者から引き受け仕事らしかったが、だからといってなぜ俺一人が最後の搬入作業までしなくてはいけないのかと、夕陽に向かって大きなため息を溢していた。
「く~甘酸っぱいなぁ、やなぎ」
「やなぎさんは本当に優しい方です!!」
図書室に置いてきたはずの二人の悪霊は相変わらず、俺の後ろで喚いていた。
恐らくコイツらが言っているのは、俺が水嶋から搬入作業を引き受けたことだろう。正直アイツにはこれ以上仕事をしてほしくなかったし、身体を崩されても困ると懸念したからである。
俺の方程式では、同じ場にいた篠塚碧、若しくは生徒会のヤツラに運んでもらうはずだったのだが、どうも会話する勇気が生まれず、まんまと裏目に出てしまったのだ。
「それにしても、お祭りがあるなんて、私は今日知りました。有名なお祭りなんですか?」
するとカナは不思議な顔をして俺に向けてきた。まぁ、大して有名ってほどではないのだが。
「ここの町では、それなりに有名かな。毎年開催されてるし……」
俺は進行方向だけを見て、軽いが大きい段ボールを抱きなが呟いた。するとカナからは興味関心に輝きを放つ瞳を向けられてしまう。
「へぇ!! いつ開催されるんですか?」
「毎年土曜日だから、確か二日後だな……」
「本当ですか!? じゃあ土曜日行きましょうよ!!」
「うん!! アタシも行きたい!!」
話の輪にフクメも元気に入ってきたが、俺は決して受け入れなかった。
「嫌だよ。人がたくさんいるところは嫌いだ……」
「そんなぁ……」
無表情の冷たい俺からの答えに、カナは悲壮な顔をしていた。
だがこれで終わらないのが、二匹の悪霊に取り憑かれている、俺の運命なのだ。
「え~行こうよ!! 毎年一回なんだろ!? 行かなきゃ損だろ」
今度はフクメが俺の正面に現れると、カナも便乗して断固反対の意思を視せつけてくる。
行きたくて仕方ないと言わんばかりの表情をしていたが、その気持ちなど、俺にはもちろんわからなかったため歩き続けた。
「お祭りなんて何がおもしろいんだよ? ただ大声で叫んで近所迷惑なだけじゃないか。だったら俺は、テレビの特番で過ごす」
「だから友だちいねぇんだよ!!」
「それは誉め言葉だ、どーも」
「く~腹立つ~!!」
俺の冷徹かつ淡々とした答えにフクメは歯軋りを解き放っていた。
「じゃあ逆に聞くが、お前らはどうしてお祭りなんかに行きたいんだ?」
俺はまずカナに聞いてみると、あるのかわからない思考を働かせていた。
「えっと……私は、楽しそうだから、ですね」
「曖昧な回答は減点対象だ」
カナには泣き出しそうな潤目をされたが、俺は気にせず立てて続けにフクメに尋ねる。どうせコイツもテキトーな理由なのだろうと思って聞いてみたが、すると意外な答えが返ってくる。
「――なんか、思い出せる気がしたから……」
歩いていた俺は止まり、フクメの顔に振り向く。すると纏うピンクの浴衣を舞わせられ、これ視よがしに視せ付けられた。
「だってほら!! アタシの服装って浴衣だろ!? だったらお祭りと関係あるんじゃないかなって思うんだけどさ」
珍しくまともなことを言われた俺は黙りこんだ。
「確かに……お面も着けていたことですし……」
カナもなるほどといった表情で言った。
「だから、頼むよ!! 行かせてくれよ!!」
フクメは一生のお願いと付け加えるほど、嘆願を示していた。
言うまでもないが、俺はお祭りの楽しみかたも知らなければ、行きたいなど思ったこともない。しかし、仮にフクメが過去を思い出して去ってくれるのだと考えれば、今回はお祭りに参加すべきなのかもしれない。
「……はぁ、わかったわかった……」
「「やったぁ!!」」
再び二匹の悪霊はハイタッチをして歓喜の叫びをていたが、俺は肩を落とし、大切な提灯の入った段ボールまで地面に落としそうになっていた。
歩くこと十分少々。すると俺たちには小さく小汚ない公民館が見えてきた。本当に人が行き通いしているのか怪しいほどみすぼらしく、雨漏り宿と形容できる建ち姿が否めない。
まぁ来てしまったからには尋ねなければと、俺は小さなインターホンに人差し指を伸ばしたが、ふと人気を感じて背後を窺った。するとすぐ見えたのは、ほぼ白髪の老人男性が一人立つ姿で、年不相応な若々しい微笑みを浮かべていた。
「あっ、どうも……」
「おう、一高生の子かい?」
俺の元気のない挨拶に、老人男性が嬉しそうに答えた。老いているはずなのに、それを感じさせない元気と、背筋を伸ばした背の高さが顕在だった。
俺はこの老人が恐らくお祭りの業者主であろうことを予測し、段ボールごと手渡すことに成功した。
「麗那ちゃんからのだね。ご丁寧にどうも」
「それじゃあ、失礼します」
水嶋のことも知っている様子の老人はたくさんの皺を浮かべていたが、俺はすぐにその場を後にし、迷うことなく城への帰路を辿ることにした。
「ふぅ……終わった終わった」
あっという間に終わったはずなのに、変な緊張感もあった俺は疲労を感じながら肩を回していた。自己紹介も、相手の名前すらも聞きそびれた訳だが、どうせもう会うことは無さそうだから気にすることはないだろう。
「楽しみですねお祭り!! ねぇフクメさん!!」
「……ん? あ、ああ!! そうだね!」
すると元気なカナがフクメに聞いていたが、何かを気にしていたような間を空けて返されていた。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや……何でもないよ。ボーッとしてただけ! あ~あ、早くお祭り行きたいなぁ!!」
フクメは元気な姿に戻ったが、最後の一瞬だけ少し不安を思わせる表情をしていた。もちろんそれは、幽霊が視える俺には確かに目で捉えることができ、自然と首を傾げながら視つめてしまった。