四十八個目*救世主の行く末
言霊及びフクメから貰ったポーチのおかげで、自我を保ちながら金縛りの能力を得たカナ。
一方で未だに悪魔の姿をしている、暴走状態アカギ。
両者の最後の戦いは呆気なく終わることとなるが、やなぎはカナの企みを察することで、安心などしてはいられなかった。
目の前に救世主が現れたとき、俺たち人間は言葉を出せなくなる。
よくドラマや漫画などで窺われるのは轟くほどの歓声だが、実際は驚きの方が増していて、何を発したらよいかわからないのが普通だ。
それもそのはずだ。なぜならば、目の前の光景が疑わしいくらいの奇跡に満ちてしまうからだろう。
それに状況が大きく変わる瞬間、人は間違いなく困惑を覚えてしまう。救世主が訪れる前は逃げることのみに必死だっただけに、いざ登場されてしまうとどうしたら良いかわからなくなる。むしろ新たな脅威が出現したと思われがちだ。
心清き救世主には申し訳ないが、歓声など起きることはなく、手厚い祝福だって、まずは受けやしない。引き起こされるのは、確かな驚きと、反って困り果てた人間たちの表情になることだろう。
決して英雄を批判するつもりは、もちろん俺にはない。だが英雄やヒーローになるということは、まずこうした異物扱いされることを覚えておいてほしい。人間は摂理上、自分らが一番上だと考える、愚かな生き物に過ぎんからな。
井の中の蛙、大海を知らず。
いや、
地球上の人間、世界を知らず。
世間知らずを意味することわざはこう表した方が、理系の俺には素直に飲み込めそうな気がする。
わりぃな……ヒーローに憧れる、全国の少年少女たちよ。
人間なんて、こんなもんなんだよ。守る価値も見当たらない、自分勝手な知的生命体なのだ。
――だがな、その酷い扱いは最初だけなんだ。
始めは問題視されるだろう――いや、危険視されることだって否めない。終いにはテレビで、指名手配のように映されてしまうことだろう。
しかし、天気より変わりやすい心を抱く人間たちは、次第に救世主に心を開き、手のひらを返したかの如く応援するはずだ。
僕たちの生きる、それぞれの世界を守ってほしいと。
私たちの抱く、未来への希望を護ってほしいと。
つまりはな、人間による異物扱いを乗り越え、心の底から必要とされたとき、諸君ら救世主は初めて、みんなのヒーローになれる。
一朝一夕で成し遂げられないのは言わずもがな、しかしそれを直向きに続けることが、救世主からヒーローになるための必須条件なのだ。
世の中は何事も、始めることよりも、続けることの方が難しいからな。
だから頑張れよ、少年少女たち。
今は救世主のままだとしても。
俺は待ってるぜ。諸君らがヒーローに変わる、眩しい瞬間を。
そして少年時代では、少しばかりヒーローに憧れていた俺、麻生やなぎは今、言霊を取り入れたカナの背を、ただ茫然と眺めている。
「おしまいにしましょう……アカギさん」
瞳だけを赤くし、確かに自我を抱いているカナの声が響く。
カナの言葉を解く限りだと、どうやら言霊一個に対して、金縛りは一回しかできないらしい。また、泣いても笑ってもこれが最後と聞いたからには、これ以上の言霊を取り入れることは不可能なのだろう。
確か、湯沢純子に聞いた覚えがある。言霊を取り入れることは、もともとの人間が抱く十個になってはいけないことを。
ということは、今カナが口にした言霊は九個目。
仮に金縛りを外したとしたら、もうカナは言霊を取り入れることはできず、アカギを捕らえることも不可能となるだろう。
済まないが頼む、カナ。
どうかアカギを止めてくれ。
無力な浮遊霊のショウゴと、無力な人間の俺が見つめるなか、先手を切ったのはやはりアカギだった。
「レ゛イ゛……ゴロ゛ズ」
不気味に囁いた刹那、悪魔のアカギは瞬時にカナとの距離を縮め、再び蒼白い光の槍を出現させた。白の患者服に纏われた右腕には、全長二メートルを超える鋭い矛先の槍が握られ、カナの顔面へと真っ直ぐ向けられる。
「カナッ!!」
「フッ!」
何とか間一髪で避けたカナだったが、動かしたのは首だけで足位置は変わっていなかった。まるでアカギが来ることを待っていたかのように思わせる立ち振舞いは顕在で、次の瞬間アカギの右腕を左手で握る。
「捕まえましたよ……アカギさん」
「ゴロ゛ズ……ゴロ゛ズ……」
アカギは空いた左手で右腕を引っ張って解放を試みていたが、カナの握力にはびくとも動じていなかった。
今ならアカギは動けない。金縛りを掛ける絶好のチャンスではないか。
もちろん俺が言うまでもなく、カナは早速右手のひらをアカギの顔に近づける。
「ハッ!!」
――ビシッ……
電気が走ったような物音が聞こえたが、俺はその音の理由を悟ることができ、僅かに頬を緩ましてしまう。
金縛りを、掛けられた。
アカギの様子も――無表情から変わりはなったのだが――腕を引っ張ろうとする動作がさらに弱々しい力となっており、鋭い槍も姿を消していた。また目を凝らしてよく視れば、彼女が背から放っている禍々しい黒のオーラも薄まっているのがわかり、カナの金縛りから確かな効果を受けているようだ。
「よしっ! これで一時休戦だ」
「アカギお姉ちゃん!!」
とりあえずはアカギの動きを止めることができた。あとはショウゴの希望を頼りに、アカギがもとに戻ることを祈ろう。
また目覚めてカナを襲う危険性もあるが、今のアカギは金縛りで動けないのだから問題ないだろう。
それに、今ここにはショウゴがいるのだ。ヒーローのとして崇める彼女を信じる、健気な少年がいるのだから。
「アカギお姉ちゃん!! おれだよ! ショウゴだよぉ!!」
俺のすぐ後ろから放たれた、ショウゴの必死な叫びが背中に当たる。必死とはいえ、どこか嬉しそうな様子も感じ取ることができる叫びだった。
身体を動かせないせいか、アカギはショウゴに目を向けていなかった。もとから出している無表情と共に開けられた口も塞がらないままに、ただじっと固まっている。
しかし、アカギならきっと大丈夫だ。どうか、早く目を覚ましてくれ。
お前のことすら大切に思う、湯沢のためにも。
お前のことを感謝している、多くの浮遊霊のためにも。
――そして、目の前で心待ちにする少年、ショウゴのためにも。
「返ってこい! アカギィ!!」
ショウゴの勇気につられて、俺もアカギに言葉をぶつけた。何度も叫んでいれば、きっと我に返るはずだ。
普段はこんな前向きな姿勢にはならない俺だが、それでも“ヒーローだった悪魔”に声という名の光を浴びせ続けた。
しかし、アカギの腕を放したカナの行いに、俺はつい声を止めてしまう。
――ガサッ……
女子高校生の爽やかな夏服と、純白で穢れなき患者服の擦れる音が聞こえた。
「カナ? お前、何を……?」
俺の目に映るカナが、正面からアカギを抱き始めたのである。両腕を繋いでいることからしっかりと抱き締めていることがわかり、金縛り以上に動きを抑制していた。
カナのヤツは、一体何を考えているのだろうか?
生存時は姉であったアカギを抱くなんて……俗に言うシスコンってやつなのだろうか。
視ていて悪い気はしなかったが、俺はカナの奇行に首を傾げていた。するとカナはゆっくりと振り向き、赤い瞳と微笑みを視せていた。
「ショウゴさん、でしたよね?」
「お、おれ……? そ、そうだけど……」
突然名前を呼ばれたショウゴは驚いた様子だったが、カナは微笑みを絶やさぬまま続ける。
「ありがとうございました。貴方の素晴らしい想いに、私はとても感動しました。きっとアカギさんにも、確かに響いていると思いますよ」
「え……う、うん」
ショウゴは訳がわからないといった顔で頷いていたが、するとカナは、今度は俺と目を合わせ始め、さらに頬を緩ます。
「やなぎ、さん……」
「カナ……?」
『さん』と放ったときの表情が少しだけ陰鬱染みていたが、それでもカナは、一度自嘲気味に笑ってから言葉を紡ぐ。
「本当に、ありがとうございました。貴方には、心の底から感謝しております」
突然、何を言い出すのだろうか。
カナの心情がイマイチ掴めない俺は、不思議ながら瞬きを繰り返してしまう。
「……ま、まだ、アカギは目覚めてねぇだろ?」
アカギの瞳はまだ穴のように真っ黒で、我に返ったとは到底思えない。確かに一時的な休戦は訪れたものの、まだ完全解決に至っていないことは誰でもわかる場面だ。
それにも関わらず、カナはどうして終了を暗示させるような言葉を発したのか?
するとカナは静かに首を左右に振り、微かな声を鳴らす。
「――もう止めないで、くださいね……」
「はぁ……?」
首を傾げることもできず不思議だった俺が呟くと、カナは優しげな微笑みのまま後頭部を視せる。
「いきますよ……アカギさん」
「ゴ……ゴロ゛……」
聞き取りづらいほどの小さな囁きだったが、するとカナはアカギを抱いたまま宙に浮き始め、どんどん上昇していく。
「か、カナ!? 何する気だよ!?」
仕返しとして、アカギを上空から落としてやるのだろうか。いや、そんな悪いことを考えているような表情ではなかったのだが。
いつの間にかカナとアカギは電柱の高さを超えており、夜空を見上げるほど高々と上っていた。
すると上昇は止まり、夏の大三角形をバックにした二匹の、月にも照らされた姿と素顔が目に映る。アカギは相変わらずの無表情であり、やはりまだ自我を取り戻していないようだ。
その一方で、カナの表情は僅かながら微笑みを残してはいる。が、どこか儚げに感じられるもので、決して地上の俺たちには目を向けず、ただアカギだけをじっと見守っていた。
「アイツ……何をしようとしてるんだ?」
「お姉、ちゃん……」
カナの行動が未だに読めない。
俺とショウゴが静まり見上げていると、ふと視線を前方へと向けたカナはついに動き出し、アカギと共に瞬間移動の如く消えてしまった。
あ……アイツ、またどっか行きやがった。
せっかく再会できたと思っていた俺だが、カナに裏切られたような気がし、徐々に苛立ちを募らせていた。
帰ってこいと何度も言ったのに、また許しを得ずに飛び去ってしまうとは何事だろうか。人が全力で走ったり、何度も叫んでやったのに。
もしかしてアイツ、俺のことナメているのだろうか。
いや、絶対にナメていやがる。だからこそ、気安く俺の下の名前で呼んできたのかもしれない。なるほど、お前そういう思い抱いていたんだな。
「カナ……覚えてろよ?」
もういい……次視つけたら、ただじゃおかない。お前が録画してた恋愛ドラマ、全部跡形も無く消してやる。データはもちろんキャッシュまで、隅々と消去ボタンを連打するからな。シューティングゲームで鍛え上げた、この左指の超震動的連射法で。きっとあのゲーム名人をも、あっと驚かすことができるスーパーパワーだろう。
「やなぎお兄ちゃん……」
「なんだよ、ショウゴ?」
隣でカナたちの飛び去った方角を眺めるショウゴは、茫然としたまま口を開ける。
「アカギお姉ちゃんと……コウカお姉ちゃん、どこ行ったのかな……?」
「ショウゴ……」
カナのことを牧野紅華として呼び、それに『お姉ちゃん』とまで称したショウゴが意外だった。きっと恐い思いをさせられたはずなのに、それでも心を許したような三人称である。
きっとアカギの攻撃から護ってくれたことが、ショウゴに一番影響を与えたのだろう。恐らく今は仲良くしたいだとか願って、カナのことも受け入れようとしてるに違いない。
まったく、身の丈以上の大した少年だ。相手をすぐに許してしまうようなヤツの将来は、決まって不運に見舞われるのだがな。
「知らねぇよ。勝手にどっか行っちまうヤツのことなんて」
一方で許そうともしない俺はふてぶてしく答えてしまったが、ショウゴは依然として星々を見上げていた。
「なんか、コウカお姉ちゃんが、アカギお姉ちゃんを、どこかに連れていく感じだったけど……」
ショウゴは眉間に皺を寄せて心配そうだったが、俺は反って呆れたため息を漏らす。
「そんな顔すんなよ……ほら、きっと墓地だ。お前たちのいる墓地にでも向かったんじゃないか?」
「それは、おかしいよ……」
「はぁ?」
するとショウゴは静かに右腕を上げ、空を眺めたまま真横に伸ばす。
「おれたちの墓地、方向が真逆だもん……」
ショウゴが伸ばした指先はカナの向かった先とは真逆で、確かに浮遊霊たちのいる墓地を指していた。深夜で薄暗いが、この笹浦市の地理は俺もよく知っているため、ショウゴの発言には素直に納得できる。
「…………じゃあ、間違えたんじゃねぇのか?」
カナが方向音痴であったとしても、アホなアイツのことも知っている俺はさらに納得できるのだ。しかし、ショウゴは変わらず曇った表情で右腕をバタッと振り下ろした。
「アカギお姉ちゃんに、よく言われてたんだ。真逆の方には行くなって……」
「なんでだよ?」
「危険だ、とした言ってなかった……」
まるで、ヘソクリでも隠しているようなアカギの発言だ。もしかしたらアカギのヤツ、ショウゴたちには内緒で言霊を隠し持っているのだろうか。まぁ、まだ幼い少年が知るべきことではない。
「さぁな…………あれ?」
おかしい。
仮にアカギが集めていたとして、なぜカナがその場所に連れていったのだろうか。敵対関係だった両者であるため、カナがアカギの隠し場所など知らないはずだ。
「それにさ……」
牧野姉妹の行動を真剣に考えるようになった俺だが、再びショウゴが疑問を呟く。
「……なんで、コウカお姉ちゃんは最後に、止めないでって言ったんだろう……?」
ショウゴはようやく俺の顔を見て答えたが、確かに少年の疑問は俺も感じたことだ。
金縛りを掛けたアカギを抱いて放った、俺への言葉ではあったのだが、一体何を止めるなと意味していたのだろうか。
「さぁな。まったく、理由も述べずいなくなる牧野家の人間には困った、もの……だ…………?」
まさか!?
目を見開いた俺は瞬時に顔を上げ、カナたちが向かった方角を観察した。
墓地の方向でないのはもちろん、湯沢がいる笹浦一高もない、ましてや俺の家もないこの方角。
ならば何がある方向なのかと、思考を回らせて思い返していたが、俺にはたった一つの場所しか思い当たらなかった。
――それも、アカギが危険だと言ってもおかしくない、唯一無二の決定的な場所。
「まさか、カナのヤツ……」
嫌な予感が俺の背を冷やし始める。恐らくカナはアカギを、“あの場所”へと連れていったのかもしれない。
もちろんこんな予想などしたくはない。だが、カナの全ての言動を考えてしまっては、そこに向かうことに合点が集中し過ぎている。
「なんで、あそこに……」
「え? やなぎお兄ちゃん、どこだかわかるの?」
隣でショウゴは嬉しそうな顔を放っていたが、俺は険しい表情を止められないまま頷く。
「なんとなく……いや、絶対あそこだ……」
「ほんとに!? じゃあ行こうよ!!」
少年の瞳は眩しいほど、この夜中でも輝いて視えた。それもショウゴが無知だからだろう。何もわかっていないからこそ、今にも動き出そうとしているのだ。
「どこなの? ここから近い?」
「…………歩いて五分くらい。走れば、あっという間に着く……」
ショウゴではなく足下を見たまま返した俺だが、間違いなく俯いている。正直、ショウゴの顔を視るのが辛い。何も理解していないからこそ、少年の儚さは倍増だった。
「ほら、早く行こうよ! 早く行って、アカギお姉ちゃんたちを迎えに行こう」
「なぁ、ショウゴ……」
「なんだよ!? 早く早く!」
ショウゴは急かし待ちきれない様子が否めないなか、俺は唇を噛んでから呟く。
「……別に、お前を連れてってやってもいい……」
「でたよ、やなぎお兄ちゃんの上から目線!」
「ただし、条件がある……」
ショウゴは愉快に笑っていたが、俺は辛いながらも真剣に顔を向けて目を合わせる。
「俺が動くなと言った瞬間、お前はそこで立ち止まってくれ。いいな……?」
「う、うん。てか、なんで?」
ショウゴは条件を飲み込めたようだが、理由までは至らず不思議がっていた。しかしそれも無理はないだろう。
俺は故意に、真実を隠しているのだから。
「……行けば、わかるさ。嫌なら、来なくてもいいんだぞ……?」
俺はショウゴに背を向けて逸らすが、少年に回り込まれてしまい、再び視線を交わすこととなった。
「わかった! 早く行こうよ! おれさ、アカギお姉ちゃんはもちろんだけど、コウカお姉ちゃんとも仲良くしたいからさ!」
「ショウゴ……やっぱり、そうか……」
やはりショウゴは、カナに対して親近感を覚えていた。今日まで危険視されていた存在とはいえ、身体を張って守護してくれたのは事実。今では大好きなアカギの妹として、ショウゴは捉えているに違いない。
――しかしショウゴの想いは、俺をより俯かせていた。
「……わかった。行くぞ……」
「うん!」
俺は夜より暗い態度で声を漏らしたが、ショウゴからは太陽のような明るい言葉を受ける。
知らぬが仏とは、よく言ったものだ。人間はきっと無知であり続けた方が、何も考えずに済んで、反って幸せなのかもしれない。
この世の真実など、全てが無念極まりないもので、知って与えられるのは知識だけではなく、潰されそうなほど大きなショックなのだから。
ついに歩き出した俺。
空かさずショウゴも俺の隣を歩く。
「走ろうよ! おれ、すぐに行きたいからさ!」
「……わかった」
いつもならテキトーな理由を申し付けて返す俺だが、今はそんな余裕などなかった。
結局走ることになった俺は、瞳を煌めかせるショウゴを連れてアスファルトを駆け出した。車の通りも皆無となった道中は静閑としており、俺の足音のみが耳に入ってくる。
落ち着きを取り戻せそうな空気である、深夜の笹浦市。
しかし俺には、これから起きる悲哀を暗示されているとしか感じられず、確かに瞳から熱を失っていた。
***
僅かな時間――約三分といったところだろうか。
俺とショウゴは車道中央を堂々と走っていると、次第に目的地が見えてきた。深夜の暗さでなかなか目に映りにくいのだが、“その場所”は俺にとってはっきり見えるほど顕在である。
「……カナ、やっぱり」
そしてその場所には、俺の予想通りカナの姿が視えた。石畳となった地面に両膝を着け、静かなアカギを膝枕にして寝かせているようだ。
「アカギお姉ちゃん!!」
高らかに声を鳴らしたショウゴも二匹の姿を発見できた様子で、駆けるスピードが増していく。
ショウゴの声に反応したのか、石畳上のカナも俺たちに目を向けており、その瞳はもとの黒く澄んだ色を示していた。
どうやら、二匹に終戦が訪れたことは確かである。近づくに連れて、その状況はより鮮明となっていく。
そして、カナと眠るアカギを目前としたところだった。しかし俺はふと立ち止まり、ショウゴの進行を停止させるように腕を横に伸ばす。
「なんだよ、やなぎお兄ちゃん?」
「こっからは、立入禁止だ……」
カナと目を合わせている俺は背を向けたまま呟くと、やはりショウゴからは苛立った声をぶつけられる。
「なんでだよ!? もう目の前じゃん!! それにアカギお姉ちゃんたちも闘ってな……」
「……俺の言うこと、聞くっていう条件だろ?」
言葉尻を被せた俺も怒り感情を抱き始めていたが、ショウゴには気づいてもらえなかった。
「なんだよ!? 意味わかんないよ~! ねぇ、どいてって!」
「聞けつってんだろッ!!」
ついに声を荒げてしまった俺は、騒がしかったショウゴを固まらせることができた。何とも大人らしくない対応となっていたが、俺は自分の発言に誤りを感じていない。
「お前、アカギたちのこと見すぎだ……」
「どう、して……?」
「周りをもっと、見てみろよ……?」
怒号を受けたショウゴは明るさを失いながら周囲を確認し出した。
「え……? ここって……」
どうやら、ショウゴもやっと気づいたようだ。大好きなアカギに早く会いたい気持ちを否定するつもりはないのだが、霊である者として見落としてはいけい場所だというのに。
「だからショウゴ……もうお前はこれ以上近づくな」
「……うん」
弱々しい返事を背中に受けて、俺はショウゴを置いて再び歩き出して石畳を踏む。
どうして俺がショウゴを止めたのか。
それは俺の頭上を見てもらえれば、お分かりいただけるだろう。
赤くそびえる戸のない門。開放的な環境に思われがちだが、幽霊にとっては二度と外には出られない不思議な空間。
もう、わかるよな。
――そう。ここは、小清水神社。
同級生の小清水千萩の家でもある神社で、俺も幼い頃はよく遊んだ場所である。
どことなく懐かしさを思い出させる空間であるが、赤い鳥居を潜った俺はゆっくりとカナたちのもとに近づき、ただじっと目を合わせ続けた。
「やなぎさん……よくここが、わかりましたね」
「お前とどれだけ、いっしょにいたと思ってる? 想定の範囲内だ」
「さすがですね。やっぱり、やなぎさんは秀才な御方です」
カナは笑顔を視せながら褒め称えていたが、俺は嬉しさ一つ表さずに立ち止まる。
「カナ……」
嫌な予想など立てたくないし、真実だって知りたくない。
「お前は……」
しかし真実を聞き出そうとする、想いと矛盾した行動をとる俺。
「最初っから……」
カナの黒い瞳が輝いた刹那、俺は儚い言葉を漏らしてしまう。
「――アカギといっしょに、成仏されるつもりだったのか……」
ここまでのカナの行動、及び言葉から推察されたのは、これしか思い浮かばなかった。
アカギと戦闘していたが、一方的に圧され気味だったカナ。
あれは本当なら、体格的にも大きいカナが勝っていたはずだ。
確かにアカギは言霊を食べて超能力や質量を得ていたが、カナの傷は受け身をとっていた腕のみであり、交わし続けた槍の傷などどこにも見当たらない。
加えてアカギよりも多くの言霊を取り入れている分、カナにはアカギよりも多くの質量だってあるはずだ。
にも関わらずカナが攻撃しようとしなかったのは、アカギを倒すためでなく、単にこの神社に連れてくるのが目的であったためである。
だからこそ、わざと吹き飛ばされて、墓地から離れた小清水神社にじわじわと近づいていたのだろう。
墓地から神社までは、実際に人間が歩いけば約二十分間の距離。
その距離が相当縮まったことは、もはや言うまでもないだろう。つまりは、意図的に吹き飛ばされていたのだ。
そしてカナの放った、俺への一言だってそうだ。
『――もう止めないで、くださいね……』
あれは、アカギと共に成仏されることを止めて欲しくない、カナによる願いだったのだ。それも戦闘の最初から抱いていた、俺の助言ですら変えられなかった願い。
牧野家を根絶やしにしようと企んでいたカナだが、それはアカギの存在を消すことだけが、どうやら目的ではなかったらしい。姉が消え、そして妹である自分も消えて、正しく牧野姉妹の終わりを訃げようとしているのだ。
コイツら夫妻の安否は、正直俺も知らない。だが、幽霊の世界で考えてみれば、確かに牧野家の根絶やしに通ずるところがある。
――だからって、どうしていっしょに成仏されようとするのか?
俺はそれだけがわからなかった。和解とかできなかったのだろうか。仲の良い姉妹として存在きていこうと思わなかったのか。
カナによる数々の疑問が、俺の頭をパンクさせようとしていた。
皆様、こんにちは。
未だにヒーローに憧れる田村です。
戦隊、ライダー、ウルトラマン、そしてプリキュアまで、愛して止まない日々を送っております!
さて、今回で戦闘描写は終了です。下手な文章にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
次回はカナ、そして目覚めるアカギたちのやり取りに注目です。
牧野姉妹の過去も思い出しながら読んでいただけると助かります。
またよろしくお願い致します。
ちなみに、プロット上では残り五話です。




