四十三個目*大き過ぎる二文字
朱義の片目を抉っても死まで追いやることができなかった紅華は、打倒朱義を誓い幽霊と言霊を研究し、様々な情報を手に入れる。
後に、目的である朱義のことを捜し始めるが、全く遭遇できずに飛び回る日々が続いてしまい、死から早くも約十年が経とうとしていた。しかしその夜、紅華はとある一室に侵入することで、本当の自分自身を知ることとなる。
カナの過去編、完結です。
心を持つ者は等しく、感情によって行動が引き起こされます。その道筋は実に簡単なメソッドで、歓喜や快楽の気持ちなら善き行いを、反対に憎悪や嫉妬なら悪しき行動を起こし、それぞれのプラスマイナスの範疇に分けられることでしょう。
もちろん、復讐という二文字がマイナス領域に該当するのは、普通の御方ならば納得してくれるでしょう。ですがこの感情は何よりも恐ろしいものだと、私は常に思っております。復讐とは相手だけでなく、その周囲に携わる方々、そして犯した自分自身にも大きなダメージを与えるためです。復讐から始まった心は、次に怒りと憎しみに移ろい、そして最後に苛まれる後悔へと追いやられるのです。それも取り返しが着かない質の悪いもので、一生襲う傷となることでしょう。
――そう、この私のように。
先ほどからするべきでないと伝えながらも、私、牧野紅華は再び、死に追いやった姉の牧野朱義への復讐を誓い、継続することを決めたのです。確かに、復讐をして残されるものが後悔だということに間違いはございません。大学生の集団を死に至らせて、一度は為し遂げた私の気持ちが何よりの証拠ですから。
しかしながら、まだ復讐仕切れていない私に残っていたのは、牧野朱義に対する強き憎しみと激しき怒りでした。私の死の元凶でありながら、家族からも追い出したあの悪霊には相応の制裁を下したい胸中です。
生まれてしまった、炎々たる怒りと禍々しい憎しみ。何とも聞こえの悪い二物を抱えることになりました。しかしそれらは確固たる活力を備えているもので、私たちの心を突き動かすだけでなく、確固たる行動まで促すエナジーを秘めているのです。何の躊躇いもなく為すことができたのは、この二つの感情のおかげに他なりません。
では、私はどういった行動をしたのか――お教え致しましょう。
牧野朱義から殺害を仕向けられて間もなく、私は生まれ育った笹浦市に滞在しながら、様々な研究を始めたのです。
――それは、幽霊の死を確認するための実験。言うなれば、霊体実験です。
どうやったら、霊である牧野朱義を傷つけ消すことができるのか。霊としてまだまだ未熟で無知である私は、たくさんの幽霊を犠牲にして調査を進めました。
例えを挙げれば、まずは幽霊たちの身体調査。
捕らえる度に感じたのですが、幽霊の皆様はどうも力が弱く、細々で体力に自身がない女子の私にさえ、毎回抵抗もできないほど無力でした。そこからわかったのは、私には力及び質量があること。なぜ私にこのような特徴があるのか考えましたが、普通の幽霊と相違点を照らし合わせれば、恐らくは言霊を取り入れたことに原因があるのだろうと考察できます。超能力だけでなく、あたかも存在すら強調させる小さなビーズたちには、 もはや頭が上がらない思いでした。
しかし、まだ私が知らない言霊の真実が残っていたのです。
それを知ったのが次に行った実験、幽霊たちへ言霊の注入。
注入した途中では、殺戮衝動に駆られた幽霊たちが暴れ出してしまい、私は何度か襲われそうになりました。ですが、ここまでに人間を複数殺害したことで得た言霊がありましたので、私は口へ頬張って金縛りを掛け、彼らの動きを阻止しながら遂行したのです。どんなに力を備えた者でも、動作さえ抑制してしまえば何も恐くありませんから。
この実験では、たくさんの言霊を体内に取り入れると、幽霊にどういった現象が起こるのかを念頭に置いて始めたのですが、すると十個目を食べさせた途端、押さえてた幽霊たちは弾けて光の粒子と化してしまったのです。まるでシャボン玉が破裂し、存在自体が嘘だったかのように消えて無くなりました。この実験を繰り返し行ってわかったことは、どうやら霊が言霊を体内に取り入れられる数は十個。私の立場から考えれば、霊としての一生で十回しか金縛りを掛けることができない、という真実です。
それを知った私はその日から、できるだけ言霊を食べずに過ごすことを決めました。金縛りができなくなった分、以前に比べて人間を殺害する数は激減しましたが、私の姿を視ることができない者ならば、背後から絞殺すれば良いため大して支障はございません。
他にもたくさんの実験を試みましたが、これといって良い情報があまり手に入りませんでした。強いて挙げるとすれば、霊には種類が区分されているようで、憑依型、自縛型、誘因型、そして浮遊型の四つだということです。新たな知識ではありましたが、牧野朱義を苦しめる要素などどこにもないと感じた私はあまり重要視をせず、予備知識として頭の片隅に仕舞いました。ちなみに私の種は、それぞれの特徴を聞いた限りだと浮遊型に属するようです。何もできないことが特徴とされる無力な浮遊霊ならば、言霊を食べて正解だったと今でも実感しております。
どうせ既に死んでいる幽霊なのだから、別に消滅させても構わない。そう思いながら、数えきれぬほどの幽霊たちを犠牲にして続けてきたマッドサイエンス的な非道研究。
しかしその活動はある日、ついに調べることが無くなって終わりを告げました。霊に関する知見を広げ過ぎた私には、もうそれ以上の興味や疑問が失せてしまい、研究意図が皆無となりましたから。
そこで私は、いよいよ牧野朱義を真剣に捜索し殺めようと、笹浦市全域を飛び回ることにしたのです。幽霊である彼女を消すことを覚え、今すぐにでも視つけたい心持ちで捜し続けました。
ですが、狙う獲物は全くと言っていいほど姿を現さず、毎日が朝から晩までの大捜索となりました。片目が無い牧野朱義なら簡単に発見できると思ってましたが、どこかに身を潜めているかの如く、何年も出会えなかったのです。
こうして月日は流れ、気づけば私が殺されてから約十年が経った、とある日の夜。
幽霊であるせいか、私の姿は十年近く経ってもなお遺体と全く変わらない姿で、高校二年生から全く成長を示しません。あの悲劇からかなりの時間が経った訳ですが、それでも朱義と遭遇することができず、夜な夜な浮遊徘徊繰り返していました。
「どこに隠れてるんですか? 牧野朱義……」
怒りを面に出しながら飛び回る私はもちろん一人で、誰も近づかない孤独な日々が続きました。一体彼女は今どこにいるのだろうと、暗い深夜のなか目を凝らし耳を澄ませて飛び回っていた、そのときでした。
――ヒュー……
「ん? 口笛……?」
ふと私の耳には、人間が起こしたであろう口笛の音が入りました。こんな真夜中に起きてるとは、真面目な女子高校生だった私には考えられない行動です。
「……なんでしょう? なぜか、殺意が湧く……」
独り言を放った私は気ままに、すぐに進路を変えて音主へと飛び向かいました。
『夜に口笛を吹くと蛇が出る』という言葉を聴いたことはございますか? だとしたら、それは大きな間違いであることをお伝えしておきましょう。
一般の方々は確かに蛇と呼びますが、正しくは蛇です。それは則ち『邪』を指し示すため、夜に口笛を吹くと蛇ではなく、邪悪な霊――つまり悪霊が近寄る訳なのです。夜中の安易な口笛は危険を伴う行いであることを、どうぞ熟知しておいてください。
「あそこの、アパートですね……」
変に殺戮的な気持ちとなった私は、灯されていた電気が消えたアパートの一室へ向かいました。ちょうど言霊は残り一個しかなかったため、ここらで補充でもさせていただきましょう。
目的部屋のバルコニーに着地した私はふと窓を観察すると、偶然にも開いていることに気づきました。空き巣にも用心できないような人間とは、心から呆れたものですが、侵入するこちら側としてはたいへん助かります。
私は冷徹なままに早速窓をスライドさせ、簡単に部屋へと侵入を成功させました。真っ暗なワンルームの室内は見づらいかったのですが、前方を凝視すると若い男が一人、仰向けで横になっているのが瞳に映ります。この深夜でありますから、ただ今就寝するところなのでしょう。
「……一応、保険を掛けておきましょうか」
相手に聞こえない程度に呟いた私は残り一個の言霊を口にし、すぐに男へ金縛りを掛けて抑止しました。この日までに言霊を取り入れた数は、今のを合わせると全部で五個。残り制限は四個となりましたが、牧野朱義一人を襲うには充分の数ですから何も懸念することはございません。
それでは早速殺ろうと、私は金縛りを掛けた男に近づこうと動きました。
「――?」
しかし、なぜか右端に置かれた楯にふと目が移り、無意識のまま止まってしまいました。高さは膝下ほどの机に置かれた楯の周りには、ラップで覆われた御飯や漬物が共に置かれた摩訶不思議な光景です。
「仏壇……ではないですよね」
仏壇ならばもっと立派なはずでしょう。だとしたら、この男性の趣味で並べているのでしょうか。まったく、男の日常とはよくわからないもので、微塵も関心致しません。
呆れてため息を漏らしてしまった私ですが、どうも気になる机上の楯を覗いてしまいました。どうしてこんなにも惹かれてしまうのかは、始めは理解できませんでした。しかしその理由は、どこからともなく込み上げてきた記憶をもとに、すぐに知ることができました。いや、知ってしまったのです。
「――はっ!?」
その刹那、私の瞳孔は大きく開き、目の前の光景を疑いました。そして共に、思い出すことができたのです。
――私は、私だったんだ。
なぜ牧野朱義があれほどまで、私を忌み嫌っていたのか。どうして私が、決して牧野家を名乗ってはいけない存在なのか。その全てが、この一部屋に隠されていたのです。それはあまりにも衝撃的な事実で、しばらく動けず立ち竦んでいました。だって、私は……
「――う、うぅ……」
「はっ!」
突如振り向いた私には、金縛りに掛けてる男の呻き声が聞こえました。とんでもない真実を知ってしまい、彼への殺意など全くない情況です。
どうしたらよいかと、慌てふためく私はすぐに男のもとへと近寄り、無意識のまま彼の腹上で正座をしてしまいました。その理由は今でもわかりません。ただひたすら焦っていたので、どうにも説明できないのです。
私は男性を見下ろし観察したところ、青年だと気づくと共により緊張が走りました。立派な高校生の風貌で、確か二年生です。
「うぅ……」
呻く青年は眉間に皺を寄せており、ついに瞳が開けられようとしてました。彼が起きてしまったら、私は何と挨拶するべきでしょうか。もう私の思考は全面見合わの停止状態でした。
強張る私は固唾を飲んで覗いていると、ついに青年の瞳が開けられ、味わったことのない強い電気が全身に渡ります。
「きゃッ……」
「あん……?」
早速目が合ってしまった私は声を鳴らしてしまい、青年に首を傾けられてました。でも、これは致し方なかったのです。
――なぜなら彼が、麻生やなぎさんだったのですから。
こうして麻生さんと出会った私は、運が良いことに彼から姿を視てもらえたのです。会話まで行うこともできましたが、何よりも嬉しかったことは、霊になってから初めて名前を承ったことでした。
それが、カナ。
覚えやすい反面、苗字もなく短い簡単な名前かもしれません。しかし、金縛りの出会いを通して命名されたことを考えれば、私にとってはかけがえのない、そして大き過ぎる二文字に違いないのです。
それ以降の私はテキトー極まりない、その場しのぎでいい加減な発言を連発してしまいます。ですが優しい麻生さんは、こんな自分がそばにいても良いと受け入れてくれたのです。それも一時期だけでなく、四月の穏和な春から今日御盆まで、ずっと居候させてくれましたよね。
――ありがとうございます、麻生さん。
月日にして約四ヶ月。短いのかもしれませんが、私をそばに置いて面倒まで見てくれた麻生さんには、言うまでもなく感謝の思いしかございません。なぜなら霊を視ることができる貴方と過ごせたこ日々は楽しいだけでなく、たくさんの霊や人間にまで出会わせていただいたからです。それも心豊かな、個性溢れる逸材者ばかりでした。
妹である水嶋麗那さんを、死してもなお大切に思いやる、兄妹の大切さを魂を込めて伝えてくれた兄の霊、水嶋啓介さん。
言霊を食べて暴走してしまいましたが、梨農家の神様と呼ばれるまでに至るほど、人の役に立とうとしていた幼稚園児だった少女の霊、篠塚碧さんの妹、篠塚翠さん――または、ナデシコさん。
百年近く前に亡くなっていながらも、己の成仏を求めず滞在し続け、悩める霊たちの相談役として活躍中であり、屋上の歌姫として名高い地縛霊、湯沢純子さん。
そして、ナデシコさんと共に強制成仏で亡くなってしまいましたが、麻生さんの次に長く過ごさせていただいた、自己を犠牲にすることを厭わない、私の唯一無二のヒーロー、天童彩さん――いや、フクメさん。
たくさんの霊や人々と出会ったことで、私はいかに愚かな存在だったかに気づけました。人殺しや幽霊殺しなど、決してするべきではなかったのです。復讐はもちろん、怒りや憎しみだって同じで、バカみたいに笑っていた方が幸せなんだな、と。
こんな当たり前なことを、麻生さんのそばで存在かせていただいた私は知ることができたのです。
このまま貴方とずっと、平和で気楽に暮らすこともありなのかなと思ってしまうほど、幽霊の私は幸福でした。貴方に出会えたことを、心より感謝を申し上げます。
――でも、ごめんなさい。
残念ながら、私が悪霊であることは変わらないのです。世間から視ても、そして麻生さん、貴方にとっても。
麻生さんを初め、私はたくさんの方々を騙し傷つけてきました。浮遊型なのに憑依型だなどと偽ったり、生きていたときの記憶が無いと戯言を告げたりしましたよね。
それに私は、麻生さんを取り囲む人々にまで、悪の手を向けてしまいました。
神職と聞いて身の危険を感じ、小清水一苳さんを殺害してしまったこと。別に殺したい訳ではなかったのですが、結果こうせざるを得ませんでした。
また、彼の孫でありながら、麻生さんの親友でもある青年、小清水千萩さんにまで怪我を負わせたこと。彼にも殺意は全くありませんでした。ただ金縛りを掛けた際に転倒させ、頭を打たせてしまったことが原因です。
そして九条満さんにも、授業中騒いでしまい迷惑をかけたことでしょう。立派な教師であるのに、授業を妨害したことは反省しております。
私が悪霊であることは、これらを理解してもらえればすぐにわかってもらえると思います。本当に申し訳ございませんでした。
最低な虚偽を知られた、悪霊の私。そんな自分に残された道は、たった一本であるのだと気づきました。
為さなければならぬ、運命との戦争が残っているのです。それは、私を私にするため――だけではありません。支えて下さった多くの方々へ謝罪の意を示すため。また感謝の気持ちを表すために。そして何よりも……
――麻生さんが、幸せに笑っていてほしいから。
様々な理由を背負って、私は戦地に行かなくてはいけないのです。仮に伝えていたら、麻生さんはきっと反対していたことでしょう。だから私は黙って、貴方のもとから去ったのです。今思えば勝手すぎる行為でしたことを、どうかお許しください。
愛がある故に決断した、儚き心を抱く私、悪霊のカナ。
一体、私が何を考えているのか。麻生さんの部屋で何を思い出したのか。
説明申し上げたい気持ちはやまやまなのですが、残念ながら割ける時間がもうありません。
――なぜなら私は今、牧野朱義が拠点としている墓地の入り口に着いてしまったのですから。
麻生さんと出会ってからの日々に思い葺けていた私は深呼吸をし、凛とした表情で入り口をくぐりました。既に覚悟は決めており、為さなければいけないのです。
「行きましょう……」
地面に落ちた枯葉たちを踏みしめながら、私は牧野家の墓へと一直線に進みました。近づくに連れて霊たちの声が聞こえ、やはり彼女はここにいるのだと、確信を持って足を動かします。
「あそこだ……」
もうじき牧野家の墓が見える頃、早歩きになった私には墓より先に数多の幽霊たちの背が覗けました。どうやら誰かを取り囲んで賑わっているようですが、その誰かは、もはやわかりきったことです。
――クシャ!!
最後の一歩で落葉の音を轟かせた私は立ち止まり、霊の集団へ視線を飛ばしました。すると皆は気づいてくれたようで、賑やかだった雰囲気は一気に崩れ去り、揃って私に顔を向けてくれたのです。
「ずいぶんと、たくさんいらっしゃるのですね。生きていたら、月の生活費が恐ろしいことでしょう」
霊の集団たちが強張った表情を示すなか、私は冷徹な顔で言葉を続けました。
「ねぇ! 牧野朱義お姉さま?」
「――チッ……」
ふと鳴らされた舌打ちでしたが、その音主は自ら顔を出してくれました。霊たちが集まる中心からは、私の予想通り、白い患者服纏った牧野朱義が、勇ましい面構えで登場したのです。
「て、テメェ……」
「もう、お前とは、呼んでくださらないのですね?」
私のことをより嫌う呼び方をする朱義でしたが、何とも恐ろしい表情を向けて眉をひそめ、片目が無い分更なる怖さを秘めていました。どうやら彼女も私のことを憎悪しているようです。ですが、それも納得がいきます。私に襲われたあの日から、朱義の片目は二度と還らないものにさせたのですから。
恐れおののく霊たちが徐々に道を開けていき、私と朱義の間には十年来の睨み合いが始まりました。
「灯台もと暗しでしたよ。まさか貴女が、私たちの墓にいるなんて、思いもしませんでした」
「消えろ……今は、テメェに構ってられるような気分じゃねぇんだよ」
「今、は……?」
ふと気になった私は朱義から目を逸らして、周囲から離れた霊たちの顔色を伺いました。誰もが私に目を向けて震えてましたが、一人だけ目立つ、ダウンジャケットを着込んだ幼い少年と目が合います。
「朱義お姉ちゃんの、妹……」
「貴方はどちら様ですか? それに、手に持っているそれは何ですか?」
「ふっ!?」
少年の両手には巾着を抱えられていましたが、私から隠すよう瞬時に背中に持っていきました。何を持っているのかは気になりますが、どうせ大したことはないでしょう。それにまずは、朱義をその気にさせなくては。
再び朱義へと目を向け合わせた私は、彼女の気持ちを揺さぶろうと声を鳴らします。
「なぜ、今はダメなのですか?」
「テメェには関係ねぇ! 墓地から出てった仲間の帰りを待ってんだよ」
怒りと恐れが入り雑じった様子の朱義でしたが、私はもしかしてと察し、つい口許を緩めてしまいました。
「それって、男の浮遊霊ですか?」
「な、なぜ……わかる?」
やはり、そうだったのですね。これはちょうどいい。
更に頬を緩めた私はたいそう不気味に視られているでしょうが、笑みを止めて朱義へ冷ややかな瞳を向けます。
「――ケテケテさんはもう帰ってきませんよ。だって、私が消したのですから」
「て…………テン゛メ゛エェェ――――!!」
怒濤の声を上げた朱義の様子、そして先ほど目が合った少年を伺う限り、どうやら彼女たちはケテケテの帰りを待っていたことがわかりました。でも残念ながら、もう彼は還ってしまったのです。この、私の手で。
「許さねぇ……テメェはゼッテェ許さねぇ――!!」
「いい表情ですね、お姉様。どうです? やる気になっていただけましたか?」
私が首を傾げながら淡々と答えると、怒りに燃えた朱義はゆっくりと歩み寄って来ます。
「消す……今度こそは、アタシがテメェを消してやる!」
「どうでしょうね? お姉さまの体格は中学生で私は高校生。奇跡でも起こらない限り無理なのでは?」
「やめろよ……」
女の子とは思えないほど低い声を鳴らした朱義は立ち止まり、その場で俯きました。彼女が告げたやめろとは、何を指していたのでしょうか。
疑問を抱きながら見続ける私でしたが、その刹那、朱義は勢いよく顔を上げると共に、互いの距離を瞬間移動の如く縮めす。
――バシッ!!
突然迫った朱義から右拳をぶつけられそうになりましたが、私は構えた左腕で防いで阻止しました。
「やめろって、何をですか?」
「言ったはずだッ!!」
叫んだ朱義は一度後退すると、尖る目付きのまま再び声を轟かせます。
「テメェは牧野家の人間じゃねぇ! だからテメェに、姉呼ばわりされる筋合いはねぇんだよッ!!」
「そうでしたね……牧野朱義、さん……」
動揺もせず、静かに呟いた私。逆に強い歯軋りを見せつけて怒り狂った様子の朱義。
私たちは強い睨み合いのもと、格闘技のような構えを見せ交えました。
「テメェさえ消せれば……もう何も思い残すことはねぇ!」
「ならば、始めましょうよ? 一世一代の、死んでしまった姉妹喧嘩を」
「チッ……だから姉妹じゃねぇだろうがぁ!!」
叫びと共に距離を急速に詰める朱義は数々の拳を跳ばしますが、腕でしっかりと受け止めて防ぐ私。
ギャラリーには朱義が率いる浮遊霊たちが見守っていますが、誰一人として休める表情をする者などいません。
こうして始まってしまった、私たち牧野姉妹の戦争。
互いの想いと仲間を掛けた喧嘩の幕が、ついに切って落とされたのです。
――これで大丈夫……そう、これで予定通りなのです。
自己暗示を説いた私は眉を清め、怒濤極める朱義のもとへと突っ込んでいきました。
今回もありがとうございました。
完成が遅くなり申し訳ございません。
さて、今回でカナの過去話は終わりです。本当にかわいそうな幽霊となってしまいましたね。
また、この話は恐らくわかりづらいところがたくさんあったと思いますが、最終回で結論を知った後にもう一度読んでもらえれば、きっと理解していただけると思います。ちなみに終わりを知っている作者としては、今回久々に泣きながら執筆しておりました。だって、カナがねぇ……
とまぁ、この作品も残すところあと僅かです。どうか最後までお付き合いくださいませ。
では、また次回もよろしくお願いします。なお、今後はより内容の質を上げようと思ってますので、更新スピードを上げていきます。




