四十二個目*本当の復讐劇
大学生三人の命を奪ったことで、牧野紅華は復讐を果たしところだった。しかし彼女の心持ちは晴れることなく、暗い山中ひとしきり泣いていた。
だが、紅華のもとには再び姉の牧野朱義が現れることにより、事態はより悪化してしまう。
復讐なんて、すべき行為ではありません。それは、生きとし生ける人間であろうと、死んでしまった幽霊であろうとも。なぜなら、そんなのことをしても何も良いことがなく、ただ悲しいだけですからね。
現世で生活するときや、物体に触れる際に必要とされる身体。その有無で異なる人と霊には、心という非物体的な概念を同じように備えているものです。そのため感情も等しく持ち合わせており、復讐をした際には同じ胸中に追いやられるのが法則であることを、幽霊の私の経験を通してお伝えできればと思います。
そしてこの私、牧野紅華はただ今、復讐を果たしたところでした。
崖から転落して亡くなった私は現在幽霊となってしまい、月夜という風情ある空を背景に宙を浮いているところです。足元にあたる遠い地面を覗けば、先ほど私の手によって落下した車が、静夜とは似つかわない激しい炎が舞い上げており、もはや原型を留めていない鉄クズと化していました。
「これで、全部死んだ……」
気づけば殺戮衝動からも解放された私は、落ち着きながら地面へと緩やかに向かっていき、倒壊した炎車の前に着地しました。坊主の男は首を絞めて絞殺。茶髪の女性はスコップを用いて首切断。そして、車で逃走しようとした眼鏡の男は御覧のとおり転落焼死。
「もう、終わったよ……」
時間にしてみれば十分も無かったのではないでしょうか。
一瞬にして三つの命を奪うことができた私は独り佇み、燃え盛る炎を見上げておりました。天に延びる紅の炎は収まるところ知らないように勢いを止めず、この山中にも、そして私の冷徹な瞳にも顕在です。
「終わったよ……お父さん、お母さん……」
炎の先には優しい光のシャワーを放つ、夏の小さな満月。その輝きはまるで心を癒してくれるような気がしてたのですが、次第に私の呼吸を苦しめることとなりました。
「――おわっちゃったよ~……おとうさん、おかあさん……」
晴れたいるはずの夏夜の空にも関わらず、震え声を放った私の足には雨が滴りました。温度を持つ暖かな雨粒たちはゲリラ豪雨の如く落ちますが、やはり地面に当たればすぐに消えてしまい、ただ私の履く紺ソックスに僅かな染みを残すだけです。まるで私という存在が、この世界から疎外されているように。
ついに膝から崩れて座り込んだ私は俯き、改めて自分の行いに羞恥心を抱きました。
「私は、殺人を犯してしまった……」
望んでやっていないと言ったら、まったくの嘘になるでしょう。殺戮衝動に駆られたとはいえ、確かな自我を抱きながら三人を殺害したのですから。記憶が鮮明に残っている分、間違いなく自分の意思に従って行ったことだと言えるでしょう。そして何よりも……
「――こんなの、お父さんとお母さんは、きっと望んでいないよ……」
それこそが、今の私の心に大きな傷を与えた要因です。いくら大好きな父母であるとはいえ、復讐のために人間を殺ってしまった私のことなど、きっと失望することでしょう。たとえ二人が、幽霊の私を視ることができたとしても、もう視向きもしてくれない、ただ恐ろしいだけの嫌な悪霊になること間違いなしです。
顔を両手で覆い、掌に涙を溜めることにした私でしたが、手のひらの僅かな隙間から儚き滴たちを落としていました。相手の命を奪うことができても、一度失ってしまった命は決して自分には帰ってこない。どんなに祈っても、どんなに嘆願しても、実現されない夢の夢。そして今さらながら、私は悟ったのです。
――復讐をして最後に残るのは、後悔だけなんだな、と。
固い土を掴めるようにはなった私でしたが、流れ落ちる涙たちは無力にも、乾いた地面にすら染みを残しません。
消え行く大粒の涙たち。そして、私の想い。
もちろん周囲には生きている人間もおらず、この薄暗い山中では私のかすれ声のみが鳴り響くだけでした。もうこれで全てが、本当に終わりなのでしょう。
今までに味わった事のない悲壮を抱いて、私は声を上げて泣いていた、そのときでした。
「おまえっ、どうして……」
突如として、私の耳には自分ではない声が入りました。驚きで揺れた女声が背後から鳴らされましたが、共にハッと気づいてすぐに振り返りますが、思わず息を飲みました。
「……朱義、お姉ちゃん」
涙目の私は、自分の見た光景に疑わざるを得ませんでした。なぜなら視線の先には、私を死に追いやった後、確かに逃げて姿を消したはずの姉、牧野朱義が映ったのですから。
「これやったの、全部お前か? 一体、どうやって……」
驚きで顔をひきつる朱義はどうやら、私たちのそばで燃え盛る炎車のことを告げているようでした。あたかもできるわけがないと、そう意味が込められているような彼女の質問は、どちらかと言うと反語表現に近かったのです。
思い返してみれば、朱義も私を直接的には死に至らせた訳ではございません。無知な自分を崖に追いやり転落死を招かせたのですから、直接触れて殺害した私とは違って誘因たる方法でした。
しかし、それがたとえ質問だったとしても、生憎 私にはどうでもよい発言でした。
下を向くことで朱義から目を逸らした私は何も答えず、静かに立ち上がりました。
「…………どうして、ですか……?」
「なん、だと?」
弱々しい声で質問を投げた私には、朱義からの反応が返ってきました。やはりまだ緊張から解かれていない様子が、声だけ聞けば彼女のことを視なくても伺われます。正直言って、何をそこまで驚いているのかは検討が着かず、姉の挙動不審さには目を背けていたい思いでした。ですが、私は音を出さずに歯をくいしばり、姉である彼女に鋭い目を向けます。
「どうして! 私を殺したのですか!?」
感情的になった私はつい声を荒げてしまいますと、朱義からは後退りする姿が瞳に映りました。もとはと言えば、全て彼女が私を死に誘ったことが原因で、こうして幽霊となってしまったのです。あのときは必死で逃げていただけに、幽霊の姉が助けに来てくれたのかと思っていましたが、それはとんだ勘違いであり、今では私を殺害した悪霊としか思えませんでした。
「どうして、あなたは私の命を奪ったのですか……?」
怒りの声を静めて、ゆっくりと歩き出して近づく妹の私。
「どうして、姉である貴女が、妹の私を忌み嫌うのですか?」
厳しい視線を向けながら進むと、眉間に皺を寄せながら答えず、また一歩と後ろに下がる姉の朱義。
「どうして! 私を家族から引き離したのですか!?」
「うるせぇ――!! 偽もんがッ!!」
「――えっ!?」
突如言い返された私は歩みを止め、表情に驚きを隠せずに固まりました。そういえば、朱義は私が崖から落ちた際にも同じことを告げていた気がします。
ざまぁみろ、偽もんがっ、と。
なぜ彼女がそのような発言をしたのか。検討が着かなかった私は尋ねようと思いだちますが、同様に勇ましい顔を向けている朱義が喉を鳴らします。
「ホントに覚えてねぇのかよ? 実際の自分自身を」
「え……?」
強張った肩を微動させる朱義は至って真面目な様子でしたが、やはり私には毛頭理解できませんでした。一体彼女は何のことをおっしゃっているのでしょうか。まるで、私が私でないと、人格否定までも訴える姉の想いとは。
憎悪が次第に疑問へと移り変わろうとする、私の確かな心。しかし、朱義が私の人生を奪ったこと、そして大好きな家族に会えないように仕向けた事実は、残念ながら変わりません。
「……奇妙なこと、言わないでくださいよ。話を逸らすおつもりですか?」
再び憎しみに駆られるようになった私は、冷たく小さく禍々(まがまが)しく質問を投じました。ですが朱義からは舌打ちを鳴らされ、握り拳と共に一歩前に近寄られます。
「知らばっくれてんのかどうか知らねぇけどなぁ、アタシが言ってっことは真実だ! お前は偽もん……妹の姿をした、バケモンだッ!!」
「化け物、ですか……」
怒れる姉から放たれた、妹への破壊光線。私は驚きさえいたしませんでしたが、顔を下へ向けて瞳を閉じ、朱義の発言意図を染々と考えました。彼女が化け物扱いするのも、決して間違いないのかもしれません。こうして人間を――しかも三人も――殺害した自分には、もはや妹という家族の一員として認めたくはないのでしょう。
妹の姿をした化け物――姉である、否、姉であった牧野朱義からそう告げられても、致し方ないことです。
「……そうですね。私たちはもはや、姉妹を名乗るべきではないのかもしれませんね」
俯きながら答えた私の脳裏には、絶縁というなかなか口にしない残酷的な二文字が浮かび、目の前の朱義を他者として感じ始めました。絶縁を強いられるのなら、こうして他人だと認知した方が、まだ心持ちは軽いものですから。
やがて私が顔を上げられずにいると、朱義はふと鼻で笑いを吹き出し、夜の山中に声を響かせました。
「姉妹だけじゃねぇ。もうお前は、牧野家の人間すら名乗んじゃねぇぞ!」
――!?
無意識に顔を上げてしまった私には、朱義の真剣さながらの姿を視ることになりました。そばで燃え盛る炎に照らされながら、彼女の激しい怒濤が顕在化されていたのです。
「牧野家、を……?」
「あぁそうだ! 父さんや母さんだって、お前みてぇな化け物は受け付けねぇ! あの二人は何も知らないまま、ずっとお前に寄り添ってきたんだ。だからもう、家族にも近づくんじゃねぇ!!」
声を荒げる朱義でしたが、ごもっともだと感じてしまった私は何も言い返せず、悔しいままに口を閉じました。彼女の言う通り、私は殺人鬼――いわゆる悪霊なのです。仮に自分と朱義の立場が逆転していたら、私も同じ言葉をぶつけていることでしょう。大好きな家族のために、愛して止まない父母のために。
「……じゃあ私はもう、牧野家からも絶縁される運命なのですね」
「当たりめぇだ! 二度と近づくんじゃねぇ。そして、一度たりとも姿を現すんじゃねぇ!! まぁ、浮遊型のお前なら、まず視られることはねぇけどな」
最後に落ち着きを示した朱義の発言内容には、私にとって聞き覚えのない言葉が混じっておりました。浮遊型とはどういう意味なのか、当時は検討が着かなかったのです。
ですが私には、彼女の一字一句を気にする余裕などなく、たった一言を頭に浮かべながら俯いてました。
――もう私は、お父さんとお母さんの顔すら見てはいけない。
疎外感に駆られるようになった私は歯を食い縛り、告げられてしまった悔しさを胸に抱きました。もう父母の顔すら覗くな、ということなのでしょうか。いくら絶縁の関係に導かれたとしても、二人の顔を一度くらいは眺めたって良いではありませんか。ただでさえ、今でも愛する二人の家族なのですから。
拳に変えて全身を震わせる私はふと、瞳から熱いものを感じ取り、次第に頬を伝っていく感触を覚えました。二人には、もう会ってはいけない。そして二度と近づくことも許されない。このような条件を強いられては、もう私がこの世界に存在する意義など全くわかりません。死んで霊となっておりますが、存在きている意味などどこにもないように考えられます。
「じゃあ私は今後、何を目的にして過ごせとおっしゃるのですか……?」
涙声の揺れと共に発した私の言葉は、心配はもちろん、笑いすら起こさない朱義の心には響いていない様子でした。
「……だったら、人間を驚かして言霊を四十四個集めるか、神社に出向いて成仏されるかのどっちかだ。まぁ、アタシにとっては、お前が即刻成仏されて、とっとと消えてほしいところだがな」
「言霊? 成仏……?」
知らない専門用語を並べる朱義に、私は涙でぼやけた瞳を向けましたが、すでに彼女からは背を向けられており、妹であった自分のことに興味を示していないことが伺われます。もうお前のことなんかどうでもよい。彼女の小さな背中がそう告げているように感じました。
――憎い。
そもそも牧野朱義さえいなければ、私はこんな目に会わずに済んだはずです。確かに、拉致されたことに彼女は関与しておりませんが、三人の集団は殺意までは抱いておりませんでしたし、後に警察の方が助けてくれることだって考えられます。要するに、今回の死は全てこの女のせいだと断言でき、闇集団なんかよりも遥かに苛立ちを覚えました。
この霊さえ、いなければ……この悪霊さえ、現れなければ。
「……ってやる」
「あん?」
強い睨み姿勢を取っていた私には、朱義から踵を返され首を傾げた姿を視せられます。聞こえなかったのでしょうか。ならばもう一度、告げて差し上げましょう。
「――奪ってやる、貴方のことも!」
私の発言が届いた様子の朱義は口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せてました。訝しげな表情をしながら固唾を飲み込む動作が、睨む私にはよくわかります。
「奪ってやる……絶対に、この場で」
「な、何を言ってやがる?」
動揺すら示す朱義を返答でしたが、私はまず背を向け、そばで炎上している車へと歩み寄りました。墜落した当初と比べて火力が弱まっており、高い温度も感じることなく簡単に近づけます。
「……あった」
運転席の窓から真っ黒な顔を飛び出す、焼死体と化した眼鏡の男が視界に入るなか、私は彼のすぐ下の地面に落ちていた、とある球体たちを見下ろしてました。小さなビーズの如く鮮やかな光を放つそれらは、数にして五個ほどあり、赤や青や黄色などといった様々な色に分けられています。
「さっきと同じ色にしよう……」
見覚えのない色に手を着けたくなかった私は、呼び掛けるように煌めく赤色の球体を摘まんで拾いました。
すると後方から、立ち竦む朱義が息を飲んだ音を鳴らし、私とビーズを振り向かせます。
「言霊で、何をするつもりだ!?」
「へぇ~、このビーズが言霊というんですね。初めて知りましたよ」
焦る朱義とは違って淡々と告げた私は、言霊と称された赤いビーズを見つめました。彼女が言っていた、人間を驚かして言霊を四十四個集めるとは、どうもこのビーズたちを集めれば良いという意味なのですね。
「人間を、驚かさなければ、か……でも、他にも選択肢があるみたいですよ」
人間が介入していることから、この言霊とやらは人間自身が所持しているものなのでしょう。今回は亡くなった男から出てきたのだと思われます故、どうやら殺害しても得られるようです。そう考えると、私が初めて言霊を口にしたときの一個は、きっと私自身から出されたものに違いありません。ですが、男からは五個とあるのに、なぜ私の遺体からは一個しか出なかったのでしょうか。少しばかり気になりました。
「……でも、今気にするところはそこじゃない」
自分自身に言い聞かせた私は再び言霊を眺めて、朱義へと言葉を続けました。
「これ、おもしろいんですよ。一個口にするだけで、激しい殺戮衝動が起こるんです。まるで自我を失いそうになるくらい、強い酔いが襲ってくるんですよ。でも金縛りといった、共に超能力も備えられる、不思議なビーズでもあるんですよね」
「口にする……? それは言霊だぞ!? 食料なんかじゃねぇ!!」
まるで口にするべきものではないと、激しく否定する朱義が耳障りにも感じましたが、無表情を貫く私は構うことなく、一粒の言霊をゆっくりと口許に運びます。
「では、お見せしましょう。これを口に入れたらどうなるか……いきますよ?」
そう告げた刹那、朱義から危険視を向けられる私は口に言霊を落としました。
「――!? う゛うぅぅぅぅ……」
頭を抱え始める私には、再び恐ろしい頭痛と衝動が襲い、声を漏らしながら地面に座り込みます。今回で二つ目でしたが、やはりまだまだ慣れないもので、堪えきれぬ激しい目眩も共に生じました。
「ううあ゛ぁぁ――――あ゛ッ!!」
「お、おいッ!?」
悲鳴の後に声を鳴らした朱義からは、ここにきて初めて心配した様子が伺われますが、彼女を憎む私にはもうどうでもいい配慮でした。
「……こ、ろすぅ……」
徐々に頭痛と目眩に慣れてきた私は静かに立ち上がり、怯える顔をした朱義へと目を向けました。
「お、お前……目が真っ赤だぞ!?」
「そんなこと、どうでもいいです。さて、どうして差し上げましょうか……」
朱義からして視れば、きっと今の私はたいへん恐ろしい姿をしているに違いありません。さっきまで怒り顔を放っていた彼女が、今では全身を痙攣させて眉をひそめているのです。その表情を視れば、いかに私に恐怖しているかなど言うまでもありません。
「……真っ赤……だったら、同じようにしてあげますよ」
「うぅッ!?」
顔をしかめることで恐怖心を押さえる朱義。するとその瞬間、彼女は私へ再び背を向け始め、地面を蹴ることなく瞬時に空へと舞い上がったです。
朱義が逃走するなど、何となく予想が着いていた私は驚かず、すぐに宙の彼女へと右腕を掲げました。
「無駄です!」
――ビシッ!!
「――ぬっ!? な、なんだよこれ? う、動けねぇ!!」
急いで朱義が逃げ出したのも束の間、言霊を体内に取り込んだ私は金縛りを掛け、彼女を空中で制止させることに成功しました。やはり、あのビーズこそが超能力の根源なのでしょう。なぜ朱義が口にするなと伝えたのかは、恐れおののく彼女の姿を伺えば何となくわかった気がします。
表情のみで悶え示す朱義が夜空に浮かぶなか、私は早速地面を蹴って、砂ぼこりを舞わました。その刹那に彼女のもとへたどり着き、元姉の顔の前に立ちはだかります。空中移動に関しては、自分の思い通りに進行と停止ができるもので、幽霊ならではの便利な能力です。
「お、お前……何をしやがった!?」
「言霊によって得た金縛りを掛けたのですよ。どうですか? やはり動けないでしょう」
全く動けずに苦しむ牧野朱義。それを目の前で見下し眺める私は、彼女の哀れな姿に笑みすら浮かべそうでした。
「さて……同じようにしてあげる、と言いましたよね?」
呟いた私は右手で朱義の顎を持ち、彼女の強張る顔を固定します。
「何を、する気だ……?」
「まったく、察しが悪いですね……」
冷徹を込めた私は、残った左手をピンと伸ばし、冷や汗が垣間見える朱義の右目に指先を向けました。
「抉ってやる……」
――ビチュアリ、ビチャ……
「う゛あ゛ああぁぁぁぁ――――――――ぁあ゛!!」
月夜の空のもと、朱義の高らかな悲鳴が山中全体に轟きました。それもそのはずでしょう。なぜなら今、この私が彼女の右目をほじくり出してやったのですから。
「う゛ッ!!め、目があ゛ぁぁ――――ぁあ゛!!」
片目を失った朱義は痛々しいまでに叫び続けておりましたが、金縛りを受けているせいで身体が動かせず、自身の手ですら右目に当てられずに見せつけてました。
一方で私の左手には、彼女の右目と次いでの瞼は赤く鮮明にございました。ですが、すぐに白い蒸気が立ち昇り、不思議なことに気化したかの如く消えてしまったのです。傷を与えてももとに戻ってしまうのかと懸念しましたが、ふと視た朱義の瞳は抉られたままで、もとに戻る様子は全くございません。
残虐非道極まりない行いだということは承知しておりましたが、彼女のしかめる表情が素晴らしい顔芸だとも感じてしまい、私はつい頬を緩めて声を鳴らします。
「これで、貴女も目が真っ赤ですね。名前に相応しくて、実にお似合いだと思いますよ」
これが私の望んでいた、憎き牧野朱義の惨めな姿。私は口許をにやつかせながら、彼女の痛がる様子をしっかりと目に焼き付けました。彼女にも私から同じように伝えたかったのです、ざまぁみろ! と。しかし、そのようなはしたない発言は控えたかったので、ここは静かに見送ることにしました。
「うああ、う゛うあぁぁああ゛!!」
「さて、じゃあ次は左目といきましょうか……」
朱義の悶絶すら気にかけない私はもう一度指先を尖らせ、再び抉りとろうと近づけた、そのときでした。
――ピーポーピーポー……
「ん……?」
ふとサイレンの音が耳に入った私は、朱義から顔を逸らして後方へと目をやりました。すると山中の道路が赤く点滅しており、次第に数台のパトカーと救急車が近づいてきます。恐らくは、さっき墜落した車を調べに来たのでしょう。運転手の怪我も考慮して救急車も訪れたようですが、もう時すでに遅しです。いや、落ちた時点で死は確定していました。
私の足元にパトカーと救急車が停車し、すぐに警察と医療班の方々が崖を覗き込んでおりました。今すぐにでも降りようとする警察の方々の正義感は素晴らしいものです。
「まぁ、今はどうでもいいことですね……」
崖をゆっくりと下っていく警察たちを見下ろす私は呟き、一度ため息を漏らした後に朱義へと振り返ろうとした、そのときでした。
――ビュゥゥンッ!!
目の前にいた朱義の姿は赤く丸い球体――オーブと化しており、さらに高い夜空へと舞い上がってしまいます。気を逸らしたせいか、金縛りの効果が消えてしまったのでしょう。
「あっ! 待ってぇ!!」
きっともう一回金縛りを使用すれば、彼女を食い止められる。そう思った私は彼女に向けて、右腕を高々と伸ばしました。
「………………あれ?」
しかしながら、朱義だったオーブの動きはいっこうに止まらず動き、ついにはどこかへ消え去ってしまったのです。
「な、なぜ……?」
彼女を止められなかった私は右腕を折りたたみ、手のひらを覗きました。考えてみれば、金縛りを掛けたのは合計二回で、取り入れた言霊の数と一致してます。どうやら言霊一個につき、超能力は一回きりなのでしょう。何度もできてしまったら、俗に言うチートとなってしまいますからね。
「……仕方ない、ですね」
ため息混じりに手をぶら下げた私は空を見上げ、逃げた朱義を思い返していました。そういえば、幽霊であり死人にも関わらず、彼女には痛覚があったのが確かです。なぜかはわかりかねますが、どうやら痛ぶる、若しくは更なる死へと導くことが可能なのかもしれません。
「次に御会いしたときが最後ですよ。朱義お姉ちゃん……いや、牧野朱義」
今回は仕留めきれなかったが、次回こそは。
夏の大三角形を見上げる私は誓いを立て、朱義の抹殺を目標に山中から飛び出しました。
こうして始まったのが、私にとって本当の復讐劇だったのです。
皆様、こんにちは。
チョコレート大好き芸人の田村です。 どうでも良い情報失礼いたしました。
「あれ? まだ過去編続くの?」
「はぁ? これで終わらせるって言ってたじゃん!」
という方々へ。
実は、過去の物語はほぼ完成済みなんです。なので、今日中には続きを投稿しようと企んでおります。
一話にまとめると相当文字数が多くなってしまうため、今回は分けさせていただいたことを御了承下さいませ。
では、完成させてきますので、もうしばらくお待ちください。




