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三十三個目*だから、アタシは貯金ができない

アカギとショウゴの出会いの続き。

ショウゴはどうしてアカギについていくのか?

アカギはどうしてショウゴをつれているのか?

まったく関係など無かった誘引型と浮遊型の霊たちの過去が明かされる。

そして最後は、まさかの展開待ち受けていた。

 物語などでよくある前後編というやつは憎たらしい。特に小説や漫画でそのような真似をされると腹が立って仕方ないものだ。

 収入なんてほとんどない―アルバイトをしたってそれほど稼げない―俺たち学生はただでさえ少ない小遣いを費やして雑誌を購入する。内容がわからない分、ギャンブル的な一面を持った買い物であるが、その本が『次回に続く』や『to be continue』などと最後に書かれていたら、気になってまた買うしかない。一つの作品に何度も金を浪費させるほど余裕がない俺たちにとって、このようなやり方は尊重できない。

 その一冊が俺の小遣い何パーセントを占めていると思っているんだ?

『次回に続く』とか言って、また買わせてただ儲けたいだけじゃねぇか!?しっかり一冊でまとめろ!!


 そんな不平不満を胸奥にしまっている俺、麻生(あそう)やなぎは、今度は話し手がアカギにバトンタッチされたことで、さらに話が長くなるのかとうなだれる。早く城に帰りたい想いの方が強く、正直まともに聞けたものだはない情況だ。

 しかし、俺の意思などまったく考えないように、前に立つアカギは優しい微笑みを見せながら口を開ける。



 ***



 真っ暗な林中、神職の人間が倒れて息をしていないなか、その遺体に背を向けているショウゴから、自身の名前を伝えたアカギはマジマジと見られていた。たった言霊二個をあげたぐらいでそこまで感謝されるとは思っておらず、少し照れた想いが生まれていた。

 すぐに踵を返してショウゴたちの背を向けたアカギは歩き始めようとした。だがその刹那、小さな少年の声が闇を裂く。

「あ、あのっ!?」

「あん?」

 ショウゴの声に再び振り返ってしまったアカギは立ち止まり、首だけを曲げて彼に顔を向ける。何やら言いたげだが、身体を微動させてなかなか口に出せない様子が伺われる。

「そ、そのぉ……」

「なんだよ?言いてぇことがあんなら、早くはっきりと言いなぁ?」

 眉間に皺を寄せてアカギが告げるがショウゴはそっぽを向いてしまい、自身が纏うダウンジャケットの袖口をギュッと掴みながら黙っていた。

 ぐずぐずする少年に呆れたアカギはため息を漏らすと、顔を向けるのを止めて彼に後ろ姿を投影させる。

「じゃあな、ショウゴ。アタシはもう行くからな……」

 浮遊霊に対しては少しの哀れみがあるが、自分にとっては言霊集めの方がよほど大切だ。

 捨て台詞を吐いたアカギが一歩踏み出し、足元の落ち葉を砕いた音を鳴らす。しかし、そのときだった。


「連れてってくださいッ!!」


 背中に声をぶつかられたアカギは再び足を止めてしまい、困惑しながらショウゴに全身を振り向かす。この少年は何を言っているのだろうか。自分についてきて何をするつもりなのか。

 少年に対して不審な想いが募るなか、アカギはショウゴと対面する。すると今度は、さっきはそっぽを向いていた彼が前を向いており、まだ強張った表情をしているが自然と目を会わせることができた。

「な、なんでだよ……?生憎、弟子は募集してねぇんだ。一人で頑張んな……」

 戸惑いが声にまで出てしまうアカギがそう告げると、ショウゴは首を左右に振る。

「アカギお姉ちゃんには、なにか御礼をしたいんです!!」

 凛とした顔でハキハキと答えるショウゴに、アカギはさらに苦い表情を見せてしまう。

 実は同じ霊に対して言霊を献上したのは今回が初めてだった。別に言霊をたった二個失ったところで、天国に逝ける時間が少し延びただけだ。自分が誘引型の霊と知ってからまだ数週間しか経っていないが、ここまでの言霊の数はすでに三十を超えている。毎日のように言霊を手に入れられる自分にとって今回の損失は大した支障ではないから、この少年から御礼など別に欲しくなかった。

「いらねぇよ、御礼なんて……」

「お願いします!!おれ、アカギお姉ちゃんの足を引っ張らないようにしますから!!」

 いっこうに退かないショウゴから頭を下げられたアカギは、これは面倒なことになったと頭を掻いていた。ただでさえ天国に逝くことだけを考えて行動しているのだ。今後は言霊を分け与えようなど微塵にも思っていない。それに霊だとはいっても、この少年はまだ小学生だ。言霊を体内に取り入れることで人間を殺害できるようになった自分は、今日のように殺人を平気で行っている。だがそれは、きっとこの少年には辛く厳しい映像のはずだ。このままだと、人を殺して言霊を得ることが困難となってしまう。

 自分のそばにいること自体が足を引っ張られると感じたアカギは、何度もお願いします!!と嘆願するショウゴにため息を漏らしていた。

「どうかお願いします!!」

 止めずしつこいショウゴに対して、徐々に苛立ちを覚えてくるアカギは眉間に皺を寄せていた。

「冗談じゃねぇ。アタシだって天国に逝きてぇ霊だ。いちいちお前に構っていられるほど余裕はねぇんだよ……」

「そこをなんとか!!おれ、アカギお姉ちゃんのもとにいたいんです!!お願いします!!」

 何度も頭を下げては上げていたショウゴはついに面を上げないまま、アカギに自身の旋毛(つむじ)を見せていた。

「お願いします!!お願い……」

「……いい加減にしろッ!!」

「ヒィ!!」

 ついに我慢できなくなってしまったアカギはショウゴの言葉尻を被せてしまい、大きな叫び声で彼を押し倒すように尻餅を着かせる。

「何度も何度もしつけぇんだよ!!無理なもんは無理だ!!他をあたってくれ!!」

 どんなにせがまれても、自分は自分のやり方貫いていきたい。少年という存在が邪魔になるくらいなら、一人でだって構わない。今まで通りになるだけだ。こうでも怒鳴り散らせば、恐くてついてくる気も失せるだろう。

 恐い顔をしたアカギはそう思いながら、地面に座り込んだショウゴを見下ろしていると、彼の瞳が潤んでくるのが目に映る。すると少年は顔を下を向けてしまい、そこから一滴の雫が地面へと落ちていった。

 やっぱりなと感じながら、アカギは自分の思惑通りに進んだことを内心嬉しい気持ちが生まれていた。これで終わりだと思い、泣き出したショウゴに背を向けようとしたが、彼は小さな声で呟く。

「はじめてだったんだもん……」

「はぁ?」

 恐い顔を続けて見せるアカギはもう一度ショウゴの様子を伺う。体勢は変わらず次第に涙の量が増えていたが、ふと顔を上げた少年と目を会わせることとなったアカギは、彼の悲しみに満ちた表情に固められてしまう。


「はじめてだったんだ……おれが死んでから、声をかけてくれたの。今こうやって、おれと目を会わせたくれてるのも。だから……だからもう一人は、嫌なんだよ」


 涙と共に訴える少年を視て、アカギは言葉を出せずに見つめていた。確かに、ショウゴは無力な存在である浮遊型の霊であり、彼が死んでからというものの人間には誰からも姿を視られたことはないだろう。それに言霊のことを知らなかったということは、他の霊とも関わりが無かったことも見受けられ、長きに渡って一人という孤独な生活を強いられてきたに違いない。

 ショウゴの悲愴な顔を視ることに辛さを覚えたアカギは背を向けてしまい、少年の哀れな姿を背中でヒシヒシと感じ取っていた。

「はじめて、か……」

 アカギは誰もいない前方に向けて呟く。自分が死んで霊になったときだって同じだった。姉として育ててくれた家族ら人間にはもちろん振り向きもされず、あちこちを徘徊していたせいで霊能者にすら出会さない生活だったときの自分に、彼はよく似ている気がする。それは何をしたら良いかもわからない、そして誰も教えてくれないという、とても恐ろしい時間だった。

「……ショウゴ……?」

「……はい……?」

 全てを飲み込む闇のなか、アカギは後ろから鼻を啜る音と共にショウゴの返事が耳に入る。彼には見せないように俯き顔を浮かべながら、背中から語りかけるように言葉を送る。

「一人は、辛いか?」

「うん。もう、たくさんだよ……」

「そうか……そうだよな……」

 誰も視てくれない。それがたとえ、小さな少年少女が泣いていたって。

 苛立ちはとっくに消えたアカギは、後方で嘆息しているショウゴに心を寄せ始めていた。何だか放っておけないと思いながら、自身の顔を真っ暗な夜空へと向かわせる。

「お前が思っているほど、アタシがやってることは甘いもんじゃない。今日みたいに人を殺すことだってよくあるんだ。子どものショウゴには、結構厳しいものを見せることになるぞ?」

「それでも構わない……おれ、アカギお姉ちゃんのそばにいれさえすれば、それだけで幸せなんです!!」

 ショウゴの涙ながらの発言を聞き届けたアカギは振り返り、ダウンジャケットの袖で涙を拭う彼に近づく。

「だったら、ついてきても構わねぇよ……」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。だが、条件が一つだけある。それはな……」

 共に笑みを見せ会うなか、アカギはショウゴの頭に手を置いて瞳を会わせる。


「……下手な敬語は、もうやめろ……」


 小さな声で優しく言われたショウゴはすぐに顔を満面の笑みに変えて頷く。

 そんな少年を目の前にするアカギは、彼の瞳から涙が止まったことに気づいてホッとしていた。姉として生きていた自分には、年下の人間に泣かれるとどうも心苦しい。それにこんな小さな子どもから中途半端ね敬語を使われるぐらいなら、いっそうタメ口の方が気が楽だ。そして、自分も死んでからはじめてだった。他の霊から、そばにいたいと言われたのは。

 互いの微笑みは、この暗黒の林中でも輝いているように温度を保っており、手と手を取り合った二匹はこうして新たな生活を迎えたのだった。

 それから二匹は常に寄り添いながら共に歩き、新しい毎日を過ごしていく。

 ショウゴにとってはもちろん、そしてアカギにとってもこのような生活は死んで以来味わったことのない日々だった。誘引型の自分が人間を誘き寄せて驚かすことに成功したときは、まずはじめにショウゴが喜んでくれ、失敗したときはまた頑張ろうと励ましてくれる。正直彼からはお節介な一面も浴びることがあったが、それ以上にそばにいてくれるという温かさが、霊である自分の魂、言わば心に染み込んでいた。

 そんな晴れたある日、アカギは自身の言霊を四十三個集めたときだった。あと一個で念願の天国逝きを叶えられる彼女はいつにも増して頬が緩むなか、共に徘徊していたショウゴが前方に指を差す。

「アカギお姉ちゃん、あれって……」

 彼によって視線を移されたアカギには、前方の方からボロボロの絹を纏った老婆が座っていた。顔にはたくさんの皺が浮かんでおり手足も細々としたみすぼらしい姿からは、彼女はまるで本物のホームレスのように見えてしまう。

 しかし、その老婆の地面には人間らしからぬ現象が起こっており、真っ先に気づいたアカギはぼそっと声を漏らす。

「霊だな……」

 老婆の座り込む前には自身の影が一切なく、それは彼女が霊であるという確固たる証拠だった。

 先走ったショウゴを負うようにアカギは老婆のもとへと向かうと、しわくちゃの彼女の顔が上げられる。

「おや……あなた方はぁ?」

 ゆったりとした口調で話す老婆に、アカギは自身の右目を前髪で隠しながら接することにした。

「アンタと同じ霊だ。こんなところで何をしてんだ……?」

 辺りは人通りのない広場であり、この老婆が憑依型、または誘引型の霊とは考えづらい。恐らくはこの地に好意を遺して亡くなった自縛型の霊だと諭したアカギだが、彼女をよく視ると鎖が着いていなかった。

 彼女はショウゴと同じ、浮遊型の霊だったのだ。

 無力の象徴と言っても過言ではない、そんな浮遊型の老婆にアカギは哀れみを込めた瞳を向けていると、彼女は自嘲気味に笑って弱々しく答える。

「やはり、わたしは死んじまったんだねぇ。通りで声を掛けても、誰もわたしに答えてくれないわけだぁ」

 質問に答えないのかと思ったアカギは、話を聞いていなかった様子の老婆にイライラ感情が芽生えてくると、老婆はもう一度喉を鳴らす。

「わたしはこれと言って何かをしているわけではないよぉ。何をしたら良いのかわからないしぃ、ただあっちこっちと歩き回っているだけだよぉ。なんたって、わたしはホームレスだからねぇ」

「だろうな……」

 やっと答えが聞けたアカギは呆れたようにして呟くと、老婆の最後の一言に疑問を抱き口を開ける。

「……てか、バアサンは生きていたときの記憶があるのか?」

 すると座り込む老婆はゆっくりと頷く。

「夫が亡くなってから、わたしは一人となってしまった。気づいたらお金は無くなってて、家を売ってホームレスとなったんだよぉ。でも、それで得たお金も無くなってしまって、毎日落ちている物を拾って食べるようになったんだよぉ」

 アカギは哀れみを増した瞳で老婆を見つめていると、ふと隣にいたショウゴに白衣の裾を掴まれる。

「このおばあちゃん、なんかかわいそう……」

 悲しげに呟いたショウゴの言葉は確かに当たっており、アカギは彼を片腕で抱き締めていた。

「バアサン、言霊っていう玉を持ってるか?」

「はて、言霊?そんなものは聞いた覚えがないねぇ。あぁ、でも……」

 すると老婆はボロボロとなった衣服のポケットに片手を入れて、何かを取り出そうとしていた。

「ある日突然、落ちている物を掴めなくなってしまって困っていたんだよぉ。これじゃあ何も食べられないと思ってねぇ。でも、なぜかこれだけは拾うことができたんだよぉ」

 老婆は話しながらポケットから手を出すと、その手のひらには淡い緑色を放つ玉が載っていた。

「なんだバアサン。それが言霊だよ」

「おや、そうかいそうかい。道端に落ちていたんだよぉ。まぁ食べられそうにないから、質屋にでも売りに行こうとしたんだけどねぇ」

 いちいち話を長くする老婆に、すでにほとんどの言葉を聞き流していたアカギは言霊の説明してあげた。それはショウゴに伝えたときと同じ内容であり、できるだけわかりやすく短めに教える。

「ほぉ~。これを四十四個なきゃ、天国には逝けないということかい?」

「ああ。だから今後は、その言霊を探していけばいいんだ。いつまでもここにいちゃあ、神職のヤツらに成仏()されちまうぞ?」

「ほぉほぉ。それは困ったものだねぇ。てっきり神職の方々は良い人だと思っていたのに」

「霊にとってヤツらは敵だ。忘れんなよ」

 あっけらかんとした様子の老婆に嫌気が差したアカギは、最後にため息を漏らしてこの場を去ろうとする。神職が良い人なんてあり得ない。なんの哀れみもなく存在を消していく人間に心を寄せる気はまったくない。

「いくぞ、ショウゴ」

「う、うん……」

 老婆のことが心配なのか、チラチラと彼女を視ながら頷いていたショウゴが見えるなか、アカギは背を向けて歩き出した。だが、耳には老婆のため息が入り込み呟かれる。


「天国ねぇ……今すぐ逝けば、夫に会えるのかなぁ……」


 老婆の一言でふと歩みを止めてしまったアカギは振り返り、再度みすぼらしい彼女に全身を向ける。

 そこには、天を見上げた老婆が笑っており、暖かさなど伝わってこないはずの太陽から熱を貰っているような瞳を輝かせていた。

「バアサン、今すぐ逝きたいのか……?」

 彼女の様子を眺めながらアカギが問うと、老婆はコクりと頷き、再び雲一つない春の空へと顔を向ける。

「できればねぇ。最愛の夫のもとにいることが、わたしが一番幸せを感じるときだったからねぇ……」

愛する夫を思い出してか、老婆は先ほどに増して微笑んでいるように視える。きっと、この老婆は夫のことを心から愛していたのだろう。夫が何で亡くなったのかは知らないが、少なくとも言えるのは、この老婆が夫に再び会いたいということだ。それは簡単な言葉として終わってしまうが、この短い一言には厚い想いが込められるに違いない。

 ショウゴに抱き締められているアカギはふと彼に離れるように言うと、自身が纏う患者服のポケットから一つの巾着袋を取り出す。そのなかには今まで集めてきた四十三個の言霊が入っており、小さいはずの袋を大きく膨らませていた。

「バアサン、これやるよ。アンタのもう一個で四十四個だ……」

「えっ!?アカギお姉ちゃん!?」

 四十三個の言霊を取り出したアカギに対して、ショウゴはものすごく驚いてしまう。だがアカギは止めずに老婆へと袋ごと差し出しており、彼女に受け取らせた。

「いいのかい?これはあなたが汗水流して集めたものなのではないのかい?暑い日も寒い日もせっせと……」

「……話はいいから!アンタのもう一個を袋の中に入れてみろ」

 老婆の長話がまた始まると察知したアカギは言葉尻を埋めると、老婆は何がなんだかわからない様子のまま自身の言霊を、アカギから言われるがままに受け取った巾着袋の中に入れる。

「ほ、ほぉぉ~……」

 すると、四十四個集まった袋はきらびやかな光を放ち始め、口から光の粒子が溢れ出す。その小さな輝きは徐々に老婆の全身を包んでいき、彼女のことを発光体のように光らせていた。

「これが、言霊を集め終わった瞬間……」

 光の空間に包まれた老婆を視ながらショウゴが言葉を漏らすと、アカギは誇らしげに頷く。

「バアサン、気分はどうだ?」

 次第に輝きを増していく老婆からは、それ以上に眩しい笑顔が向けられていた。

「なんだか、久しぶりに味わうものだねぇ。温かくて、落ち着いて、安らかな気分だよぉ。これはとんだハプニングだねぇ。ありがとう、少女よ……」

 すると、輝く老婆の身体は徐々に光の粒子と変化していき下半身から消えていく。天に吸い込まれるようにして登っていく粒子たちは次第に老婆のお腹、胸、そして首すらも変化させていき、彼女の身体は残り僅かとなっていた。

 一度自嘲気味に笑って返したアカギは、最後に穏やかな笑顔だけとなった老婆を視ながら呟く。


「せめてサプライズって言ってくれよ……」


 最後にニッと白い歯を見せたアカギが言い終わると、ニコッと笑う老婆の顔は粒子へと分解され、天へとゆっくり上昇していった。

 彼女の後を負うようにして、アカギとショウゴが揃って見上げていると、光の粒子は徐々に見えなくなっていき、目の前にいたはずの老婆の姿は跡形も無くなっていた。

「無事に天国逝けたみてぇだな……」

「アカギお姉ちゃん、本当に良かったの?」

 ふとショウゴから悲しんだ顔を向けられた。ショウゴがこんな顔をするのも無理はない。あと一個で天国に逝けるところだったのに、それが全てを失うこととなってまた振り出しからののスタートだ。ここまで言霊を集めてきた自分を視ていてくれた彼なら、致し方ないのだ。

 ショウゴからの悲愴な思いを理解しているが、アカギは笑いながら目を会わせる。

「お前がかわいそうなんて言うからだぞ?足引っ張りやがって」

「ご、ごめんなさい……」

「まあ、不思議と悪い気分じゃねぇから、許してやんよ」

 無くなってしまったのなら、また集めれば良い。

 今のアカギにはこの言葉だけが頭に残っており、言霊を失っても前向きな気持ちでいられた。誘引型の自分にはいつだって集められる。天国へ逝く時間がまた少し延びただけだ。

 老婆の光が消えていった春空を眺めるアカギはそう思いながら、ショウゴといっしょに再び隣り合って歩んでいった。

 言霊を他の霊に献上することはこれで終わりかと思っていたアカギだが、このような生活は後に続くこととなってしまう。ショウゴと共に言霊を探していると数々の霊と遭遇すこととなり、そのほとんどが無力な浮遊型の霊だった。それぞれに話を聞けば言霊についてを知らない者が多くおり、なかには自身の生きていたときの記憶すら思い出せない者もいた。

 老若男女関係なく徘徊していた浮遊霊をかわいそうに思うショウゴの前で、アカギは無視することができなかった。話を聴いたら最後に言霊を分けてあげる、時には自分の持っている言霊全てを差し出す。

 なぜこんなことをしたいるのかと言われたら、アカギは答えられる気がしなかった。自分で集めた言霊を他の霊に分けるなど自分がやったこともないボランティア活動のようで、もちろん自分の言霊は集まらず貯金できない毎日だった。それは正直、自身を滅ぼす愚かな行動だとすら感じている。

 だが、その愚行は続けることができたのだ。理由があるとすれば、目の前の霊が笑顔になってくれるからかもしれない。そして、それ以上に隣のショウゴが元気でいてくれるからかもしれない。

 そんな陽気な日々は時間と共に進んでいき、ある日を境にアカギの心持ちが変わることとなった。


「ギィ!!グフゥ!……ガハァ……ァァ……」


 誘引型の力を利用して言霊を集めていたアカギたちには、当初二匹が始めて出会ったときのような光景が広がっていた。この笹浦市にある狭く短いトンネルの中で、アカギは一人の袴姿の男性老人に見つかってしまい、彼の首を両手で掴み絞め殺そうとしている。

「や、止めなさい……このまま(わたし)を殺したら、君の魂が(けが)れるだけ、じゃよ……?」

「うるせぇ!!神職の野郎共に哀れみなんざねぇんだよ!このまま死んでもらって、テメェの言霊をいただく!」

 着けていた眼鏡が外れてしまい、素の顔で苦しむ神職の老人に腕を掴まれるアカギは止めず、両手の握力を徐々に増していった。このまま殺せば、一気にたくさんの言霊が手に入る。それに相手は霊を消す憎き神職だ。殺害する迷いなどどこにもない。

 老人の皺が目立つ首をへし折ろうとすら考えるアカギはそのまま絞め続けていると、男性の目の光が次第に消えていくのがわかる。あともう少しで殺せると思いながら、殺し慣れた両手に力を込める。だが、それは続けることができなかった。


「止めて!!アカギお姉ちゃん!!」


 少年の甲高い声に呼ばれたアカギは殺人鬼の表情を変えぬまま首を曲げて、後ろからショウゴに抱きつかれていることに気づく。

「ショウゴ、邪魔すんじゃねぇよ?」

 怖い顔を後ろに向けたアカギはショウゴと目を会わせることができたが、彼はいつにも増して真剣な表情をしていた。

「嫌だよ!!お願いだから止めて!!」

「なんでだよ!?コイツは神職だ!こうでもしねぇと、アタシら成仏()されちまうんだぞ!?」

「それでも嫌なんだ!!だって!……」

 するとアカギには、叫んだショウゴの口許が震えているのが見えた。足を引っ張らないと宣言したはずの少年が今正に自分の邪魔をしていることを腹立たしく思えるが、瞳に涙を浮かべ始めた彼から左目を覗き込まれる。


「……優しいアカギお姉ちゃんに人殺しなんて、もうしてほしくないんだよ!!」


 次の瞬間、我に返るように左目を大きく開けたアカギは、徐々に両手の力が削がれるようになって力みが取れていく。

「ショウゴ……」

 抱き付く彼の訴えが心に響いてしまったアカギはついに老人を解放してしまい、背中にいるショウゴに全身で振り向いた。

 彼の円らな瞳からは多くの涙が零れ落ちており、それを自身のダウンジャケットでなんとか拭いながら鼻を啜っていた。自分が優しい霊など思ったことがない。今では平気で人を殺せる悪霊だとしか自覚していなかった。なのにどうして、この少年は優しいなどと嘆いたのか。

 泣き止まないショウゴの前で、アカギは膝を畳んで彼と目線を合わせる。

「余計なこと言うんじゃねぇよ。気が散るだろうが……」

 ダウンジャケットの袖で両目を隠していたショウゴにアカギが小さく問いかけると、少年は腕を下ろして涙ながらの瞳を向ける。


「もう嫌なんだもん……大好きなアカギお姉ちゃんが、悪いことしてるのを見るの……」


 何度も鼻を啜る少年に対して、アカギは下を向いて目を会わせられなくなってしまう。ショウゴの前では今日まで何度も人を殺す一時を見せてきた。その分言霊は集めやすかったが、代わりに大切な何かを失っていた気がする。

「大好きな、じゃねぇよ。うるせぇなぁ……」

 俯きながら呟いたアカギの頬は少し赤みを帯びていた。大好きと言われたのはいつ以来だろうか。恐らく自分がまだ生きていたときに、家族から言われたときからだろう。父母に愛され、妹に慕われ、それが今度は赤の他人である少年から言われることとなるとは。

 すっかり殺害感情が失せてしまったアカギは、ショウゴの小さな両肩に手を置きながら自嘲気味に笑っていた。

「どうすんだよ?これでアタシら、もう終わりだぜ……?」

 後方にいる神職の男に成仏される。

 これでおしまいだとアカギは諦めながら笑っていると、ショウゴが勢いよく胸に飛び込み、今度は正面から抱き着かれる。

「おれはかまわない!もうアカギお姉ちゃんが悪い人にならないで済むなら!」

 まだまだ泣き続けているショウゴの震え声に、アカギは彼の耳元で鼻笑いを飛ばす。

「冗談じゃねぇよ。アタシはお前と違うのによ……」

 天国に逝きたかった。

 死んでからはただそれだけを目標にして、霊として、時には悪霊として言霊を集めてきた。

 だが、それも今日で終わりだ。

 今にでも成仏されて、この世にもあの世にも存在しない存在になってしまうのだろう。それはどことなく切ない未来が想像できる。


 しかし、なぜだか心は安らかである。


 これはきっと、ショウゴに抱き締められているからだけではないはずだ。この少年と出会ったことで、相手を思いやれる心を手にしていたようだ。言霊を分け与えるなど、当時の自分には考えられない行動だ。だがそれをさせたのは、この小さな存在がそばにいたことが原因だ。コイツのせいで、変な温かさをもらってしまったみたいだ。

「バカ野郎……こんなことになるんだったら、お前を突き放しておけば良かったなぁ……」

 アカギは顔を隠すショウゴに囁くが、彼女の表情は柔らかく頬を緩ましていた。

 するとアカギの後方からは草履とアスファルトの接触音が近づいてくる。恐らくさっきの神職が自分たちを消そうと寄っているのだろう。だが仕方ない。殺らなきゃ殺られる世界で存在()きてきた自分にはよくわかる。

 抱き着きを止めないショウゴを、アカギはさらに強く抱き締め返していた。


「終わりだ。全部、何もかも……」


 アカギは目を閉じて呟いた。だが、その諦めは叶わなかった。


「まだまだ続くよ。これからもね」


 ふと後方から声を投げられたアカギは左目を開けて、驚くようにしてすぐに後ろを振り向く。そこには先ほど殺害しようとした神職の老人が地面に転がっていた眼鏡を拾って、顔に着用して目の前まで近寄ってくるのが見えた。

 微笑みを見せ始めた男に、アカギは不信感を募らせながら眺めていた。

「悪霊を成仏しねぇのかよ……?」

 ショウゴを抱きながらアカギが恐る恐る呟くと、神職の男は笑顔のまま頷く。

「どうやら君は、善き心の持ち主のようだ。悪霊でもない君たちを成仏する理由なんてないよ」

 アカギは不思議に思いながら左目で男を見ていた。神職なのに、霊である自分たちを消さないとは何を考えているのだろうか。

 疑問によって口を開けられなくなったアカギはただじっと男を眺めていると、神職は最後にニコッと微笑んで背中を向ける。

「おい、待てよ!?」

「はて……?」

 神職を呼び止めるなど、霊にとってはあるまじき行為。しかしそれを咄嗟にしてしまったアカギは眼鏡の老人を振り向かしていた。

「なんでだよ?テメェ神職だろうが!霊を消すのが仕事だろ!?」

 もはや自分の言っていることがおかしいことすら気づけないアカギが嘆くと、神職の男は再び頬を緩ます。

「違うよ。神職は、悪い霊を浄化し、魂を救うことがお仕事だよ。だがそれは、君たちには必要なさそうだ」

「テメェを殺そうとしたんだぞ!?充分悪霊だろうが!!」

「いいや、君は善き霊だよ。悪霊だなんて、微塵にも思えない。だってねぇ……」

 すると老人はアカギから視線を反らして、抱き着きながら泣いているショウゴに目を向ける。


「だって、心無き悪霊は、相手を愛で泣かせはしないからねぇ」


 老人の優しいはずの言葉が痛いほど突き刺さるのを感じたアカギは大きく左瞳を開けて、抱き締めているショウゴの泣き止まぬ顔を覗き込む。確かにショウゴは涙を流している最中だ。しかしこれは、愛による涙なのか。今にも成仏されて消されることを恐れる悲しい涙ではないのか。

 アカギは不審に思いながら少年を眺めていると、ショウゴはさらに強く抱き締める。

「おれはアカギお姉ちゃんが大好きなんだ。だって、おれを独りから救ってくれた、ヒーローみたいな存在だから。だから、悪いことをしてほしくない。これからもずっと、ず~っと……」

 自身の患者服に顔を埋められたアカギは、そっとショウゴの小さな頭に(たなごころ)を添える。


 この締め付けの強さこそ、ショウゴからの愛の印なのか。


 愛なんて、死んでからは味わえない、人間のみに関わる概念だと思っていた。霊とは存在自体を意味嫌われているため、そんな愛という言葉とは無縁の存在だと考えていた。

 だが、それはどうやら存在したようだ。それも、こんな近くに。

「ショウゴ……」

 アカギは左目を閉じながらショウゴを抱き締め返す。

「アカギお姉ちゃん……?」

 アカギが瞳をゆっくり開けると、目の前にはまだ涙目を見せるショウゴがいる。そしてアカギは最後に微笑み、小さな言葉を囁いた。


「アタシが貯金できないのは、全部お前のせいだからな……」


 神職の老人も見守るなか、二匹の霊たちはまるで温度を持ったかのように、周囲には温かな雰囲気が漂う。確かにアタシは言霊を貯金できない霊だ。でもその代わりとして、なんだか温かくて、上手く言葉では表せない何かを集めることができたようだ。もしかしたらそれが、アタシにとって一番大切な物なのかもしれない。

 アカギの安らかな声に笑顔を向けたショウゴは頷き、しばらくの間二匹はお互いの身を寄せていた。



 ***



「それからその神職の野郎に言われて、アタシは湯沢(ゆざわ)純子(じゅんこ)とはじめて出会ったんだ」

「やっぱり、そのおっさんは一苳(いっとう)のじいさんだったんだな……」

 アカギの長話は冒頭部分から飽き飽きしていた俺だが、最後に小清水(こしみず)一苳(いっとう)の話題が出てきたことで興味を向けていた。

  「……てか、お前一苳のじいさんのことも知ってるんだな?」

 俺はアカギにそう尋ねると、彼女は頷いていたが最後には暗い表情をしていた。

「……この前、亡くなったらしいがな……」

「そう、だな……」

 俺はアカギの陰鬱な気持ちが移ったかのように下を向く。俺が一目視たときでも悪霊だと感じさせるアカギから殺されかけても、彼女を成仏しなかった小清水一苳はそれだけ善い人格者だった。小学生のときはよく小清水(こしみず)千萩(せんしゅう)と共に遊んでいたときはよく世話になったもので、彼の突然の死には正直驚いた。あの優しいじいさんがいないと、この世界も寂しいものになるだろう。そう思えるほど、俺にとっては大きな存在だった。

「んで、お前は俺に何を知ってほしかったんだ?話が長すぎて、どこが伝えたいことなのかわかりづらいんだが?」

 俺は首を傾げながら聞くと、アカギは真剣な表情に変えて辺りを見回す。

「おい!もう隠れていなくていいぞ!?この人間は危険な存在じゃない!」

 叫ぶアカギが一体誰に話しているのかわからなかった俺は気になり、彼女のように周囲へ目をやる。すると、俺はさっきから感じていた視線の理由をやっと理解した。

「え?こんなにいたの……?」

 あちこちと並ぶ墓地の後ろからは数々の霊たちが、こちらに目を向けながら姿を現してくる。老若男女問わず様々な姿をした霊たちの数は、俺が視ただけでも軽く五十は超していた。

 霊たちの数に圧倒されがちな俺だが、アカギは自嘲気味に笑ってみせる。

「コイツらも、ショウゴと同じ浮遊型の霊だ。アタシはコイツらにも言霊を分け与えたら、ショウゴみてぇについてきちまったんだ。あれほど来るなと言ったのによ~」

「だからって、この数を?」

 仮にこの全て霊に言霊を一個ずつ分け与えたとして、その数は目標の四十四個を軽く超すことができる。そう思いながら俺が尋ねると、アカギは頷き返す。

「コイツらもショウゴみてぇに、毎日言霊をあっちこっち探し回ってんだぜ。まぁ、アタシの言霊はすっからからんだけどなぁ」

 飄々と告げたアカギに俺は顔を向けると、彼女からは自信に満ちたような輝く左目を見せられる。

「アタシがテメェに伝えたかったのは、浮遊型の霊がどれほどかわいそうな存在かっていうことだ」

アカギの声を聞き届けた俺は、彼女の思いをしっかり受け止めることができた。無力で何もできず、まるで貧困という言葉に当てはまるような浮遊霊の存在の儚さは計り知れないものだ。

すると俺には、前にいるアカギが下を見ながら頬を緩ませているのが視えた。

「ちなみに、このケテケテはなぁ、言霊を一個体内に取り入れてるから、さっきテメェに触れることができたんだ」

 コイツの存在をすっかり忘れていた。

 確か言霊を食べると質量を得ると、カナと湯沢から聞いた覚えがあり、アカギの話には納得がいく。

「じゃあ、ソイツみてぇに言霊を食べたりしねぇと、浮遊型の霊は人間を驚かして言霊を得るのは難しいってことか?」

 俺は顎を指先で挟みながら問うと、アカギは深刻そうな顔をして頷く。

「だが、言霊を体内に取り込むことは副作用がある。突然自我を忘れ性格が変わっちまって、最悪の場合は二度ともとの状態には戻れねぇ……」

 アカギの重々しい言葉の内容は実際に俺も目の前で視ていることだ。

 その名を発言しようとした俺の前で、まだ言葉を終わらせていなかったアカギが続けるが、次の瞬間俺は耳を疑うこととなる。


「……ナデチコみてぇに……」


俺の脳内にはふと嫌な電気が流れた。

「今、なんて……?」

 俺は聞き間違いだと信じたかった。コイツがなぜナデシコのことを知っているのか。まさか、コイツは……

 するとアカギは表情を格段と暗くして俯く。

「ナデチコだ。この前、アタシが言霊を取り込ませた、まだ幼い浮遊霊の女の子だ……」


 バシッ!!


 一度頭のなかが真っ白になった俺は迷いなく突き進み、無意識にアカギの胸ぐらを掴んでいた。

「ちょ、やなぎお兄ちゃん!?なにし……」

「……テメェだったのか、ナデシコをおかしくしたのは!言霊を食わせたのはッ!!」

 止めようとしたショウゴの言葉尻を被せた俺は叫び、静かな墓地に広く響かせた。あれはアカギだったんだ。ナデシコを暴走させたのは!そしてフクメの存在をも巻き込んだのは!!

 驚いているアカギに俺は怒り顔を近づけていると、彼女はしかめ面を表してそっぽを向いてしまう。

 周囲にいる無力な浮遊霊からは止めるようにと叫ばれる俺だが、それ以上に燃え盛る怒りの炎が俺を突き動かしていた。


 墓地での長い夜は、まだ続く……


皆様、こんにちは。突然投稿するワガママフェアリー田村でポンです。

どうにか年内には終わらせよう考えており、今回は間の木曜に投稿させていただきました。急ぎで作成しているため内容が薄いかもしれませんが、今後の編集活動で修正していきます。

次回は通常通り日曜夕方四時に投稿します。

どうか最後までお付き合いください。よろしくお願いいたします。


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