三十個目*あの変質者はマ~ジでやべぇぞ~
大家さんである九条おばさんとの対話後、散歩をしていたやなぎは怪しげな少年を追っていると、笹浦市にある小さな墓地へとたどり着く。
そこへ足を踏み入れるとついにアカギと遭遇することとなるが、その霊はあの日会ったヤツだった。
最初に言っておくが、ストーカーは犯罪である。
それがどんな理由であろうとも、被害者が不快だと思った時点でタイーホだ。
そもそも、なんでストーカーなんてするのだろうか?
よく耳にするのは、被害者のことがあまりにも好きすぎて行うという事例だが、正直俺にはその心境が理解できない。跡を追って自宅まで見送って何が楽しいのだろうか?そんなことをしているところで、お前には御相手さんは興味を持っていないわけで、恋愛状況はそこで破綻しているわけだ。もうわかりきった未来なのに、なぜそこまでして相手の後ろ姿を見ようとするのか?そんな見た目だけで快楽を求めているのなら、そこらのグラビア写真でも集めていた方が合法的なのに……まぁ俺は二次元愛好家だから、そんなことはしないのだが……
とりあえず言えることは、ストーカーとは道理が理解できない、未知なる犯罪の一つである。本当にわからない。だが……
そんなこんなでストーカーを否定する俺、麻生やなぎは、現在ストーカー真っ只中である。
「俺って、最低だな……」
独り言を漏らした俺は電柱に隠れるようにして、一人の少年の跡を追っている。この暑い八月の季節なのにダウンジャケットを着込む彼はどこか変であり、しかも彼の言葉から霊であることが予想された。
『この言霊、アカギお姉ちゃんに見せよっと!!』
言霊を持っていることから、どうもあの少年は霊である可能性が高い。それに、アカギの名前は予め湯沢純子に警戒するよう聞いているため、そのアカギという霊はどんな存在なのかも気になるところだ。しかし、男子高校生が男子小学生のストーカーしてるって、さすがに聞いたことがない。これを端から見たらどのくらい気持ち悪く見られているのだろうか?いや待てよ……恐らくあの少年は霊だから、一般人から見たら、俺は一人ストーカーごっこをしていると疑われるだろう。それもそれで気持ち悪いものだ。
自分の行いに葛藤している俺は、少年が進んでいく度に前方に並ぶ電柱の後ろへと移動している。真夜中であるため少年の姿が見づらいが、俺はシューティングゲームで鍛え上げた目を凝らして、その後ろ姿を追っていた。正直こんなことはしたくない……だが、アカギのことも気になる。そして何よりも……
この行動の原動力となっているのは、俺にとってただ一つの希望だった。
……カナの情報が手に入るかもしれない……
カナのヤツがいなくなってから結構な日数が経つ。しかしながら、アイツは未だに帰ってこないし、どこにいるのかすら検討がつかない。
あんなに嫌がっていた俺が、今度はこちらから探すことになるとはどういう心境の変化なのか?
そんな自問をしながら自答できない俺は、忍び足を駆使しながら少年を追跡していった。
***
少年をストーカーしてから十分ほど経ったころ、彼は俺の家から少し離れた墓地の入り口へと向かっていく。
「ただいまー!!」
少年はそう叫ぶと勢いよく駆け出して、暗い墓地の空間へと姿を消していった。
回りに電柱がなくなってしまったことから、今度は細い外灯に身を潜めていた俺はゆっくりと歩み出し、少年と同様に墓地の入り口にたどり着く。ここに、アカギがいるかもしれない……どれほど危険な霊だか知らんが、ここまで来たら去る訳にはいかない。
携帯ゲームに課金するときのように決意した俺は一度固唾を飲み込んで、目の前に拡がる真っ暗な墓地へと足を踏み入れた。
地面はサラサラとした砂浜のようになっており、その道の端にたくさんの墓が並んでいる。予想はしていたが、墓地周辺には灯りなど全くないため歩きづらい。すぐに俺の目は夜型にフォルムチェンジしたが、それでも墓石の影を見るのが精いっぱいで、それぞれ墓が一体誰の名前が刻まれているの判断できなかった。
カシャカシャと乾いた足音を鳴らす俺はふと、立ち止まって真っ暗な周囲を確認する。さっきから視線を感じて仕方ない。だが人など見当たらないし、気のせいだろうか。
不気味と言えば確かにそうだが、長年霊を視てきた俺には『怖い』の二文字はない。この世で怖れるものは何かと聞かれたら、俺は担任の名前、九条満を挙げるほど霊など怖れていない。
無音と暗闇に包まれている空間にはいるが、俺は誰もいないことを確認すると、前を向いて足を再稼働させようとした、そのときだった。
「……アカギお姉ちゃーん!!……」
ふと前方の方から先ほどの少年の叫び声が聞こえる。とても清々しい声は俺に充分届いており、その嬉しそうな表情が思い浮かぶ。
「あっちか……」
前方を歩き出した俺はさっきよりも忍び足で進んでいく。アカギという霊がどれほど危険な存在かは計り知れないが、できるだけバレないようにしなくては……
一歩一歩と静かに進んでいく俺は、やはり辺りから視線を感じていたが、少年の話し声が近くなっているのがわかる。推定距離は約十メートルだ。もう少し警戒して進もう。
「アカギお姉ちゃん、見て見てー!!言霊だよ!!」
今度はストーカー行為をしていたときのように、俺は墓石に身を隠しながら進んでいくと、少年のかん高い声が徐々に生音で耳に入るようになり、もうすぐそこまで来ていた。
「へぇ、また見つけたのかぁ」
ふと歓心している女声が耳に入った俺は、どうやらアカギは女性なのだろうと考察する。もうすぐだ……見つからないように移らなくては……
決死の覚悟で次の一基に身を潜めた俺は、ゆっくりと顔を出して前方を覗く。すると、そこにも一基の墓が置かれていたが、その前には大小異なる二つの人影が目に映る。小さい一つはもちろん、さっきまで後を追っていた少年であり、無邪気な笑顔を見せていた。
「道端に落ちてたんだ!偶然拾っちゃったよ~!」
少年らしい喜ばしさを見せている彼は、ふと隣にもある人影から腕が伸ばされ頭を撫でられていた。
「これもショウゴが日頃の行いが良いからだぞ?今後も良い子でいろよな」
「うんッ!!」
少し荒々しい話し方の女性からショウゴと言われた少年が嬉しそうに叫ぶと、俺は改めてもう一つの人影に目を向ける。少年よりも大きな彼女は白の患者服を纏っており、ボサボサとした前髪が右目を隠していた。左目は普通にあることから、彼女が、片目のないアカギとしての特徴を持っているとは言えないが、俺はその姿を見てあることに気づいてしまい、ハッと息を飲む。
あ、アイツ……昨日の……
俺は目の前にいる女性を疑いながら眺めていた。その女性は紛れもなく、昨日フクメとナデシコが消えた現場で遭遇した女子だった。
女子中学生であったフクメと近い身長の彼女は、さっきからにこやかな表情を浮かべながら、ショウゴの頭を撫で回している。
アイツが、アカギなのか?
まだ断定できない俺は二人の様子を墓越しで眺めていると、ふと耳元に小さな風が吹く。
パシッ!!
「ん?」
突如、俺は足首に違和感を感じたため見下ろすして見ると、俺の剥き出しになっている右足首では青白い手らしきものが握っていた。腕はどうやら俺の後ろへと続いているようで、俺はゆっくりと後ろの地面に目を向ける。するとそこには白衣を着た短髪の男がうつ伏せでおり、そっと上げられる顔からは大量の血が流れていた。
「足、ちょうだ~い」
「……」
「あれ?」
無反応だった俺に、その男は不気味な顔をやめてしまう。
「あ、足ちょうだ……」
「……繰り返すな、アホ」
「ヒィッ!!」
俺は再現しようとしていた男の言葉尻を被せると、逆に彼を驚かしていた。
俺から手を放した男は身体を跳ね起こして、地面に尻をつけて座り込み、俺を見上げながら震えている。
「う、うそ……どうして驚かないの?」
歯をカタカタと震えさせる血まみれの男だったが、俺は見下しながら大きなため息を漏らしていた。
「なってねぇんだよ。テケテケの真似でもしてるんだろうがイマイチだ。演技養成所でも行って、もう一回出直してこい」
恐らく思いもしていなかったであろう立場になってしまった男に、霊など怖くない俺は辛口コメントをぶつける。全く、どうして有名な亡霊の真似をするんだ?そんなの在り来たり過ぎて、霊が視えるコッチも退屈だ。それに、足ちょうだ~いって、お前普通に足二本付いてんじゃねぇか。絶対必要ないだろ!文法をメインとした現代の英語教育かッ!!
俺は不満げな顔をして冷たい視線を送っていたが、すると顔面血まみれの男は突然呼吸を激しくしていた。
「ひ、ひ、……ヒィヤァァーーーーッ!!」
「バカ、うるせぇ!」
このままではアカギたちに見つかってしまう。そう思った俺はすぐに男の口を抑えるべく近寄るが、彼は再びうつ伏せになって顔を遠ざけ、物凄いスピードの匍匐前進で逃げていく。
「おい、テメェ!」
身を潜めていた墓から身を出した俺は、彼を追っていこうとした、そのときだった。
「誰だッ!?」
突如雷が落ちたように感じた俺は、女の恐ろしく大きな声で動きを停止させてしまう。しまった、これは見つかったかもしれない。
すぐにしゃがみこんで、できるだけ身を小さくまとめる俺だったが、この緊張感漂う異様な空気は変わらない。くっそ、あの血まみれ男め……今度遭遇したらバケツの水でもぶっかけて、顔面の血を全部洗い流してやる。
「あ、アカギ様!!た、たいへんですーッ!!」
苛立ちが収まらない俺だったが、ふとさっきの男の声が、少年と女子がいる方から聞こえてくる。どうやら回り道をしてたどり着いたようだ。
「何事だ?」
「に、人間ですッ!!し、しかも驚かない人間なんですよ!!あの墓の後ろにいますッ!!」
「んだとぉ?」
余計なことをしゃべりやがって……
小さく舌打ちをしてしまった俺は踞るようにして身を隠していたが、すでに無駄な行為だと判断し立ち上がる。仕方ない、表に出よう。
一度深呼吸をして足を動かした俺は、墓の後ろから姿を現して女子たちの前へと向かった。数歩進んだところでヤツらの顔と対面することとなり、すぐに立ち止まる。
「よぉ……」
とりあえず一言放った俺だったが、ショウゴと呼ばれる少年は女子の後ろに隠れ、さっきの男はうつ伏せのまま震えており、そしてアカギと呼ばれる女子は、俺に鋭い視線を向けながら威嚇しているように見えた。
「テメェ……ん!?まさか、あのときの?」
ふと何かを思い出したように、厳しい顔をやめた彼女は俺を睨んでいた。
「そうだ、昨日遭遇した男だ。一日ぶりだな、まぁ望んではいなかったけど……」
俺は淡々と言葉を放つが、目の前の女子の表情はいっこうに変わらなかった。
何をそんなに不思議がっているのかわからなかったが、彼女は少し間を置いて口を開ける。
「……いや、確かに昨日も遭ったが、その前にもテメェとは遭ってるぞ」
「はぁ?」
俺は思わず疑問の言葉を漏らしてしまった。その前にもって、一体いつだ?俺は昨日がお前との初対面だと思っていたが、違うのか?
疑問を重ねる俺は患者服の彼女と目を会わせていると、再び青白い口が開けられる。
「……ほら、テメェがアタシの顔を見ても驚かなかったときだ。たしか、今年の春じゃねぇか?」
「今年の、春?」
ボサボサ女子の言われるがままに、俺は高校二年生の春を思い返してみたが、正直言うと、その期間はカナとの遭遇、そして水嶋麗那の兄貴のことでいっぱいだった。
なかなか思い出せない、若しくは勘違いしているのではないかとも考え始めた俺だったが、すると女子は、長い前髪で隠れていた右目を見せようと手でかき上げる。
「マジか……片目がない……」
彼女の右目は抉り取られたように眼球がなく、穴を開けたように真っ赤なものとなっていた。コイツは間違いない、アカギだ。湯沢が言っていた特徴と一致している。
改めて彼女がアカギであると判断できた俺だったが、アカギは前髪を下ろさず左目を尖らせていた。
「この顔だよ。どうだ?もういい加減思い出せよ」
ここまで押してくるなら、実際に遭遇しているのか?
俺は再び春先の期間を、アカギから伝わるキーワードを呟きながら思い出していた。
「片目がない……髪がボサボサの女子……白い服……」
「あのときも、墓場だったな」
「墓場……!?」
アカギの一言で、俺は細い目を大きく開けてしまう。
「お前、あのときの!!」
アカギに指差して叫ぶと、彼女はため息を漏らしながら頭を掻く。
「やっと思い出したか、この人間ごときが……」
今から遡ること約四ヶ月前の春、それはまだ俺がカナと遭遇した夜の前だった。高校二年となった俺はいつも通り独りで帰宅していたのだが、自然と帰路から外れていた俺は吸い寄せられるようにしてこの墓地に来てしまう。そこでは泣いていた少女がおり、片目がない顔を見せて俺を突然驚かした。もちろんそのときも俺は驚かなかったが、彼女は、この人間ごときがと言って、人の姿からオーブとなって消えてしまう。詳しくは一話の最初の部分を読んでくれ……
その彼女の正体は正しく、今目の前にいる少女、アカギだったとは……
やっと思い出した俺は固まっていると、アカギは鼻で笑っていた。
「テメェ、やっと驚いたな。まぁ、その程度じゃあ言霊は出て来ねぇけどよ」
片手を腰に添えて片足に重心を置くアカギからは、挑発だけでなく不気味な笑みが向けられていた。まさか、カナと遭遇する以前にコイツと出会していたとは思っていなかった。あの日の記憶はカナのことで容量オーバーだったためすっかり忘れていたが、あのとき墓で見かけた少女は確かにコイツだ、間違いない。
闇のなかでもしっかりと姿を視ることができている俺は、不敵な笑みを浮かべているアカギと無言の対峙を繰り広げていた。たが、ふと俺たちの間に小さな影が入り込み、俺には少年の怒涛の顔が向けられる。
「あ、アカギお姉ちゃんに何するつもりだッ!!この変質者めッ!!」
「はぁ?」
アカギの前で、震えながら両腕を横に伸ばして死守しようとしているショウゴから言われて、俺は思わず聞き返していた。変質者って、このガキは俺のことをなんだと思ってるんだ?
俺からの冷たい視線のせいか、未だに恐怖心と戦っている様子のショウゴは、震える口先をなんとか動かして声を鳴らす。
「俺、知ってるぞ!!変質者っていうのは主に夜中に徘徊していて、メッチャ顔つきが悪くて、基本的に黒い服着てるってッ!!」
必死な少年が叫んだ内容は確かに間違ってはいない。今は夜の九時頃だし、顔つきが悪いとかはよく小清水千萩のヤツにも言われているし、昨日と同じく服装は半袖短パンの黒姿だ。
だが、俺はただの高校生であり変質者などではない。勝手な勘違いをされては困る。
「いや、あのなぁ……」
「……と、特に!!……」
呆れて一度黙っていた俺は呟くが、言葉尻をショウゴの叫び声で被われてしまい、少年の野次が再び向けられる。
「……特に、アカギお姉ちゃんのような素敵な女の子に手を出そうとしているし、やっぱりお前は変質者だッ!!」
「……」
だから違うってと言おうとしたが、それ以上に目の前の少年からの怒号が俺の喉を潰すように叫んでいたため、俺は苦い顔を浮かべたまま喋られなかった。このガキ、完全に俺のことを変質者だと思い込んでいやがる。なんて言ったら俺がただの凡人だと認めてくれるのか?なんて話したら少年は黙ってくれるのだろうか?
唇を噛み締める俺がショウゴの鬼のような顔を眺めて考えている、そのときだった。
「フフ……まぁ落ち着け、ショウゴ……」
すると、ショウゴの後ろにいたアカギは笑いながら歩み出し、少年の低い肩に手を置いて踏み出す。
「あ、アカギお姉ちゃん……」
茫然と呟いたショウゴの前にはアカギの背中を見せられており、俺からも少年の姿が見えないように立っていた。腕組みをしながら俺に、左目だけでも充分な恐ろしい視線を送る患者服の女子は、少し頬を緩ませ始め口を開く。
「相手はたかが人間だ。少しでもおかしなことしてきたら、アタシが殺せばいいさ」
笑いながら恐ろしいことを呟いた彼女に、さすがの俺も少しだけ驚いてしまう。湯沢のヤツがコイツを危険視していた理由が何となくわかった。このアカギという霊は、平気で人を殺す、正真正銘の悪霊だ。
アカギのおぞましい顔を見せられている俺は厳しい顔を向けていると、片目が無い彼女は不気味な笑みを続ける。
「まずは自己紹介からだなぁ。アタシは……」
「……俺は麻生やなぎ。お前はアカギっていうんだろ?」
アカギの言葉を途中で止めた俺が尋ねると、みすぼらしい彼女からは笑いながらも鋭い目付きが向けられる。
「へぇ、話が省けていいねぇ。どっかで聞いたのか?」
お前さっきからそのガキに、アカギって何度も呼ばれてただろ!?普通に予想が着くっつうの!!
そんな突っ込みでも入れたい気分にもさせるアカギの発言だったが、俺は彼女に頷き質問に答えることにした。
「湯沢純子っていう霊から聴いたんだ。お前に注意しろってな」
「なにッ!?」
ふとアカギは意外そうな顔を見せると、再び禍々しい笑顔を放つ。
「へぇ……テメェ、あの地縛霊と知り合いなのかぁ……」
アカギの左目で身震いが止まらず言葉が止まる俺だったが、すると彼女は視線を逸らしてゆっくりと俯く。
不思議に思いながら中学生の悪霊を眺めていると、ボサボサの髪型を垂らす少女は小さく肩を揺らして笑う。
「……成仏されそうになったらしいが、無事で何よりだ……」
小さく囁いたアカギからは、俺は本日コイツと出会って初めて温かみを帯びるものを感じた。一瞬この少女が悪霊ではないことも思わせる優しさが突き刺すが、笑みを溢している彼女はゆっくりと顔を上げて、再度俺に挑発気味な視線を送る。
「麻生やなぎ……なぜここに来た?」
元の姿に戻ってしまったアカギに対して、俺はもう一度気を引き閉めて眉間に皺を寄せる。
「その少年の姿や独り言が気になってな。だからソイツを追いかけてここに来たんだ。同じ霊から危険視されているお前の顔が視れると思ってな」
長話が嫌いである俺は、省略を何度も重ねた言葉で、目の前の不審がるアカギに伝えた。
「なるほど……」
どうやら伝わったらしい。コイツ、意外と話がわかるヤツなのかもしれない。俺が国語の教師だったら成績を水増ししてやりたいぐらいだ。
アカギに感心を覚えながら顔を向けていると、彼女はふと白い歯を見せて口を横に伸ばす。
「やっぱりテメェは、とんでもねぇ変質者だなぁ」
「はぁ?」
再び変質者呼ばわりされた俺は呆気に取られてしまう。今の言葉でどこが変質者的な内容だと思ったのか……なんか嫌な気がする……
悪寒を感じた俺がいるなか、前方で奇妙に笑うアカギは膝を折り、背後に隠れていたショウゴの耳元に口を寄せていた。しかし、それはこそこそ話ではなく、俺にあえて聞こえるように話している。
「おいおいショウゴ。あの変質者はマ~ジでやべぇぞ~」
「そ、そうなの?」
ショウゴの不思議がる様子を確認したアカギは深々と頷く。
「なんてったって、あの男はお前のことを追いかけてたんだからよ~」
ふと俺と目を会わせたアカギは笑顔を見せていたが、それは悪のりしている卑屈さを感じる。コイツ、ふざけてやがる……
もう止めてほしい想いでいっぱいの俺の前で、まだ理解できていない様子のショウゴに、アカギは再び笑いながら言葉を紡ぐ。
「つまりなぁ、あの男は男のくせして、男好きってわけだよ~。それも小さい男の子だ」
「え゛ぇぇーーーー!?」
「やめろやめろーー!!」
ショウゴが目を飛び出しそうになって驚くなか、俺は負けないくらいの大きな反撃の狼煙を上げて話を止めさせる。これ以上ボサボサ娘が話しても誤解が増す一方だ。さっきは話がわかるヤツだと思ったが撤回だ。お前もただのアホ霊の一匹だ!どうして霊であるヤツらはこんなにもバカばっかりなのか……
会話をやめたが未だに驚きの顔を見せるショウゴと、小バカにするように笑っているアカギに顔向けされている俺は、とりあえず話を止められたことに安心するが、心から満足ができず大きなため息を漏らす。
「わかったわかった。省略せずに話してやる……」
気が乗らない俺は二匹に仕方なく説明することにし、辺り静かな墓地空間では俺の声がしばらく響くこととなった。
***
「……ということだ。だから俺は決して男の子が好きなわけではないし、女子中学生にも興味は断じてない」
ショウゴの口からアカギと聴いたことで彼を追い、彼女がどのような霊だかを知るべくこの場に来たことを伝えた俺だったが、二匹からは相変わらずの疚しい目が向けられており、うつ伏せで倒れている顔面血まみれ男からも突き刺す視線を受けていた。するとアカギは一度鼻で笑うと、俺を蔑む左目に変える。
「とか言って、結局は性欲目的で来たんだろ?」
「だから、ちげぇって言ってんだろッ!いい加減変質者から離れろッ!」
怒り気味に返した俺だったが、なんとか荒ぶる気分を抑えて落ち着き、ため息をついて再び口を動かす。
「湯沢のヤツが危険視するくらいだ。どれ程の者かと思ったが、まぁだいたいわかったよ……」
平気で人間を殺せるという彼女の言葉を聞いた俺には、アカギとは殺人を犯すとんでもない悪霊であることはすでにインプット済みだ。不敵な笑みからはもちろん、右目が無い分余計に不気味なオーラを見せる彼女には近寄りがたい想いである。
心的な震えがある俺は立ち竦んでいると、アカギはへぇ~と漏らしながら奇妙に睨む。
「理由は、それだけか?」
すぐに頷こうとした俺だったが、ふと脳裏に一匹のアホ霊の笑顔が過る。
カナ……
確かに、ここに来た理由はアカギという存在を確かめることだった。しかし、目的はもう一つある。それは、この間から姿を視せなくなってしまった霊、カナの情報を少しでも手に入れようと考えていたことだ。
「まぁ、無いって言ったら嘘になるが……」
「じゃあ話せ」
頷きの途中で止まっていた俺は下に向けていた顔をゆっくりと上げて、真剣な表情を視せるアカギに目をやる。
「一匹の霊について、何かしら情報を得たかったんだ」
「一匹の、霊?」
首を傾げたアカギに、俺は先ほどできなかった頷きを見せる。
「お前とはじめて遭遇した日の夜、俺はソイツにとり憑かれたんだ」
「……憑依型の霊か?」
「ああ、そう言ってたな。または人憑き型だったけなぁ」
顎を摘まむ俺は、眠ろうとしていたときに金縛りをかけられたあの日、はじめてカナに会った日の会話を思い出しながら口ずさんでいた。そして彼女の特徴を話そうとしたが、思わず自嘲気味に笑ってしまう。
「ビビりで、臆病で、泣き虫で、返事だけは達者なヤツで優しい性格の霊だった。ソイツにはこの前まで憑かれてたんだが、家で目を覚ますといなくなってたんだ……それから今日までの数日間、もうすぐ一週間が経つがソイツからは音沙汰が全く無いんだよ……」
前方のアカギから不審そうな目を向けられている俺は、陰鬱な顔を上げて夜空に向ける。俺と違って雲一つない星空には、デネブ、アルタイル、ベガで型どった夏の大三角形が輝いており、それを周りの小さな星たちが応援するように瞬いていた。
どこ行っちまったんだよ、カナ……
もはやカナのことしか考えられなくなった俺には、星たちの弱々しい光すら眩く感じる。どこにいるのかもわからない、何をしているのかも検討が着かない。お前は今、どこで何をしているんだ?いい加減顔出せよ、アホ霊……
「テメェ、言ってることが滅茶苦茶だな……」
突如ドスの効いた女子の声が耳に入った俺は、すぐに夜空から顔を反らしてアカギに向ける。彼女の表情からは苛立たしさが垣間見え、鋭い視線を受けることとなってしまう。
「な、なんでだよ?」
「テメェが寝てるときにいなくなった、ってことだろ?」
「あ、ああ。憑依型のソイツは朝には消えていて……」
「……だったら、尚更おかしな話だ」
「はぁ?」
言葉尻を被せてきたアカギに、否定され続けた俺は困惑してしまう。なんで滅茶苦茶だと言われたのかがわからない。俺はただ、カナから聞いたことをありのままに話しているだけなのに。
疑問の顔を見せている俺だったが、するとアカギはその場に突如座り込み、胡座の姿勢をとって尻を着ける。
「どうも、テメェは勘違いしてるなぁ」
「勘違い?」
片肘を太股に載せながら、顔をその手で支えるアカギは猫背のまま頷く。
「折角だ。テメェにちゃんと教えてやるよ、霊の種類とその特徴をな」
アカギが座り込むなか、依然として立っている俺は彼女を見下ろしていた。だが、そんな患者服の少女からは動くことができず、微動だにせず固唾を飲み込む。
「霊の、種類、特徴だと?」
「そうさ。それを知れば、テメェがいかに変なことを言ってるかに気づくと思うぜ……」
前髪が右目を覆い隠すなか、アカギは不敵な笑みを浮かべたのを目の当たりにした俺は、ここは黙って彼女の話を聴くことにして、両目で片方の左目を眺めていた。
皆様こんにちは。最近、読売新聞の定期講読者になった田村です。
本日もありがとうございました。久々にコメディっぽい話になって良かったです。それに今回でめでたく第30話を迎えることができて、内心快く感じております。応援してくださる方々に感謝の意を表しま。
アカギとは確かに人を殺す悪霊ではありますが、決して憎めない存在でもあるため、短い期間ですが彼女をよろしくお願いします。
来週は霊の種類とその特徴について書いていきます。どうしてやなぎはおかしいとばかり言われてしまうのかが明らかとなります。
ではまた来週お会いしましょう。




