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二十六個目*前代未聞の大失態

スーパーを出た俺は、直接家に帰る気になれず、しばらく歩いて道草を食うことにした。

気づけば、俺はフクメとナデシコが消えた場所、そして小清水神社へと立ち寄っていたが、この二ヶ所で新たな遭遇が待ち構えていた。

そして、帰宅した家には、俺の怒りを込み上げらせる憎き存在と出くわすことになる。

 独り暮らしとは、序章である。

 生活費を始め、 その一日を何して過ごすかは、全て自分次第。どんな贅沢をしようとも、どんな質素な生活も続けようとも、それを良いか悪いかを判断するのかは自分自身の見解であり、どっちが良いなど他者が言えたことではない。そんな、わからないものだらけの独り暮らしには、必ず一つの言葉が存在する。それは、決断である。結局どんな行動しようとも、独り暮らしの者には他者の目が行かないのは言わずもがな、その親にだって知れ渡ることはほぼ無いだろう。朝は遅く起きたっていい。日中はテレビやネットを点けてグウタラしてもいい。夜遅くまで起きて録画していたアニメやバラエティを観たっていい。そんなワガママで自分勝手な過ごし方だって決断の一つである。つまり、こういった決断によって、独り暮らしのドラマは一日ずつ進んでいき、未開拓の未来へと向かっていく。その結論は残念ながら、誰にもわからず当の本人すら予想できない。案の定大失敗の人生を送るか、まさかの大成功を修めるか、それとも今まで通り続いていくのか、人間の未来なんて、恐らくあの予言者であるノストラダムスでも難しい判断になるであろう。

 そんな決断という言葉で埋め尽くされた独り暮らしは、まるで人生そのものに代用できる期間でもあり、独りの己に宿る欲望との戦いであると言えるだろう。 こうして戦争状態に陥った者たちは、毎日頭を掻きむしりながら生活しているのである。

 自身の決断が自身の道を切り開いていく。それは、己の人生が始まろうとする序章であり、今まで家族という門番によって閉ざされていた扉が開けられていくのである。 そこから見えるのは光か、それとも闇か、一寸先は闇かもしれない。はたまた越えてみると光かもしれない。つまり、独り暮らしとは、人生の門を開け始める序章なのである。


 そんな独り暮らしをしている高校二年生の俺、麻生(あそう)やなぎは、スーパー特売セールからの帰り道、まっすぐ家には向かわずに道草を食っていた。時刻は昼の三時を指そうとしており、二時頃にスーパーを出てきた俺にとっては過度な運動をしていた。運動嫌いで日々城の中に隠って、ネットやスマホのゲームに労を費やす、いわゆる超インドア派の俺は、ウォーキングなど愚か、普段からこんなに歩いたこともなく、また夏の太陽の影響で体力を存分に消耗している。

 現在は数々の家が並んだアスファルトの歩道を歩いている俺だが、この道路、そしてこの景色は、つい最近見たものだった。

「……なんで、寄りによってこんなところに……」

 ふと立ち止まった俺は、この見覚えのある場所を静かに眺めていた。


 ここは、ナデシコ、そしてフクメが強制成仏された場所。


 現場にはまだ行き着いていない俺だが、あと数十メートルで到着するところだった。しかし、さっきまで自然に動いていた脚はなかなか動かずにおり、握りしめるビニール袋の圧力だけが手から伝わっていた。

 ブゥーン……

 何台かの車が通っていき、それなりに交通量のあるこの道は、片側一車線で一方通行の標識が立っていないのだが、その両幅はとても狭くも感じ、車同士が向かいあったときはお互いスピードを緩めているくらいだ。中でも気になったのは、歩道の傍で立つ電柱付近に、水の入った透明のコップと花束が置かれていたことだ。きっとここで交通事故にでも遭って亡くなった人への贈り物なのであろう。白いガードレールがあるとしても、見た感じ綺麗でまだ新設された感が否めなく、きっとこの被害者が出たから創設されたものに違いない。

「……死んでからじゃ、(おせ)ぇんだよ……」

 ガードレールを見ながら独り言を呟いた俺は、それに対面しているお墓擬きに目を遣る。お盆初日であるせいか、焚かれた線香が数本並んでおり、白い煙がゆっくりと立ち込めていた。この人は、一体どんな気持ちで命を失ったのか。到底わからない問題だが、恐らく望んだ死ではないだろう。

 数々の霊を目の当たりにして、しかも日常生活を共に過ごしてきた俺は、そんな死者への哀れみを込めながら膝を折り、目を閉じ両手を合わせて一拝していた。ここにいないのはわかっていながらも、もしも遠くから俺を見ているなら、と思い小さく声を鳴らす。

「……悪霊なんて、なるなよ……」

 一言遺した俺は目を開けると、再び立ち上がりこの場を去っていく。

 自然と力が入るようになった俺の脚は、徐々にフクメたちの消失現場へと向かわせていった。アイツらが居なくなってから数日が経つ今日、やはり成仏()された実感はまだ無く、今にもフクメがナデシコを連れて、やなぎ~ただいま~ と帰ってきそうな気がしてならない。だが、今帰って来られても正直困る。何故なら、お前たちの好きなカナもいないんじゃ、俺がお前らの世話をしなくてはいけないからな。それだけは、御免だ。

 見慣れた風景に溶け込みながら、歩き続ける俺はカーブを曲がったところで隠れていた現場が見えてきた。

「ん?」

 すると、その現場には見慣れないものが一つ目に映った。そこは確かにフクメたちが成仏()されたアスファルトの道路上であるが、そのすぐ傍で肩を落として座り込む者がいた。

 車も通るこの道で何をしているんだ。

 危険極まりないその者に、俺は早足になって近づいていく。白の患者のような服装をした、背中まで垂れ下がったボサボサの髪の毛から、道路で座り込む者が女の子だと考察した俺は、あと数メートルの近さまでたどり着く。肩を上下に微動している彼女の後ろ姿に目を向けると、フクメと同じくらいの身長に見え、何故か僅かにすすり泣く音が聴こえてきた。

 ついに道路上に立って、彼女のもとにたどり着いた俺は、静かだが泣き止まない少女の背中から声を鳴らす。

「おい、危ないぞ?」

「クッ!?」

 俺の声に驚いたように急に振り返った少女は、顔を半分だけ見せて睨み付けていたが、その瞳からは涙が滴り落ちていた。

「テメェ、今誰に言った?」

 不良口調の彼女は、微かな声を鳴らして俺に鋭い視線を送っている。

「誰って、そんなのお前しかいないだろ?」

「……そうか……会話が通じるってことは、視えるんだな……」

「はぁ?……!?」

 最後に顔を背けた彼女からは華奢な背中のみが見える俺だったが、刹那、少女は突如全身から光を放ち、徐々に小さな球体へと変わっていく。ソフトボールぐらいの大きさになり、薄い桃色の発光体となった彼女は、すぐに上空へと昇っていった。

「お、おい!待ってく……れ……」

 俺が言葉を出した次の瞬間、空飛ぶ球体はまるで瞬間移動をしたかのように、忽然と姿を消してしまった。

 音もなく消え去った白衣の彼女がいた空を見上げている俺は、しばらく動かずにいた。

 今のは、霊だったのか……何だろう、初めて視た気がしないんだが……

 結局彼女は霊であることしかわからなかった俺は、空を見るのを止めて、フクメとナデシコが消えたアスファルトの道路上に顔を向ける。

 さっきのはお前らの知り合いなのだろうか。でも、あんな奴とつるんでいたなんて聴いていなし、一体誰だったのか。

 夏の太陽のせいで、生卵を落とせば目玉焼きが出来そうなほど高温となっているアスファルトを見る俺は、自分がした一連の行動がふと不思議に感じていた。今までなら、例え道端に花束が添えられていてもすぐに立ち去っていたし、見知らぬ女の子に声をかけるナンパのようなことなんて尚更したことが無い。彼女が霊であったとしても、きっと無視して去っていくはずなのに……

『今までの自分』を考慮すると、今回はなかなか奇怪な行動をしていたことに気づいた俺は、道路の上で寄りそう、二つの小さな石ころに視線を向かわせてしゃがみこんだ。

「お前らが、そうさせたのかもな……」

 フクメとナデシコがいないとわかっていながらも、俺は最後に目を閉じて再び一拝した。もうあの二人の魂は、どこにも存在しない。そう言い聞かせながら目を開けた俺は立ち上がり、この場を去ろうとした、そのときだった。

 プップー!!

「おいガキ!!退()けゴルァ!!」

 罵声を浴びた俺はふと顔を声の主に向けると、目の前のトラックから(いか)つい男が首を出しており、その後ろには車の長蛇の列が発生していた。

「す、すんません……」

 すぐに歩道に戻った俺は、渋滞していた車たちを見送っていた。トラックの運転手からは舌打ちが聞こえきたが、俺は敢えて無視することで、ヤツを弱者として扱った。

 渋滞はすぐに無くなり、すぐに車のない道路と戻ったアスファルト。俺はふと目を向けてみると、さっきまであった二つの石ころはどこかに消えてしまっており、何もない、ただの狭い道路となっていた。

「……じゃあな、フクメ……ナデシコ……」

 静かに言葉を漏らした俺は、まだ太陽の明るみで照らされる道中、深夜のような暗い顔をしたまま、この場をゆっくりと立ち去ることにした。



 シャッシャッ……

「ん、やなぎ?」

「よぉ……」

 毛先が尖りをみせて広がる長箒(ながぼうき)が音を経てる小清水神社にたどり着いた俺は、赤い鳥居の下で掃いていた小清水千萩(こしみずせんしゅう)と遭遇していた。上半身は白で下半身は無地な紫の袴姿となっており、それは彼が神職身分二級という素晴らしい功績を示している。そんなまだまだ若僧の小清水は、この自宅でもある小清水神社の代表者である宮司(ぐうじ)を目指して、現在は補佐役である禰宜(ねぎ)として、亡き叔父、小清水一苳(こしみずいっとう)の跡を継ごうと努力している。が、あいさつした俺には不審に思う視線が送られていた。

「どうした、気持ち悪い顔して……いや、もとからか」

「神社に火つけるぞ……」

 いつもの何の意味もないやり取りが始まるが、小清水は咳払いで場を整えると、改めて真剣な表情をして口を開ける。

「ところで、やなぎ。新しくここに派遣された宮司(ぐうじ)の人から聴いたんだが、この辺りで不可解な事件が起きているらしいんだ。お前、何か心当りはないか?」

 彼の真面目な言葉を聴いた俺の頭に真っ先に浮かんだのは、残念ながら殺人を犯してしまったナデシコの暴走していたときの顔だった。瞳が見えないくらい両目を真っ赤にしながら、人間の首を絞めてへし折っていたあのシーンは今思い出しても鳥肌が立つ。

「殺人関係か?」

「少し違う……」

「じゃあ、何?」

「それがな……霊が霊を殺す事件らしい……」

「はぁ?なんだよ、それ……」

 一瞬、小清水の言葉を聞き間違えた気がした俺だが、彼曰く、最近この笹浦市では霊が霊を殺すという、まるで共食いのような出来事が起きているらしい。それは一件や二件で止まらず、昨日だけで十件近くも起きているという。何よりも一番ピンとこなかったのは、霊が霊を殺す、つまり死なないはずの霊が殺されているという内容だ。魂を具現化したものに過ぎない霊は、一度負った傷は癒えないらしく、例え粉々に切り刻まれたとしても、成仏されるまでずっとそのままであると、以前にカナから聴いたことがある。よく心霊特番とかで(うつ)された首だけの霊が何よりの証拠であろう。

 そんな生きているようで死んでいる霊を殺すなんて、一体どうやって()っているのか。

 検討がつかない俺は黙りこみ、顎を親指と人差し指で挟みながら頭を回転させていた。

「……ソイツは、人間を殺したりは、しないのか?」

「今のところはない。霊だけを殺すだけで、直接的には、人間に害はないようだから、俺たち神職の間でもあまり問題視はされていないんだ。ただ俺としては、どうにも無視できなくてな……」

 下を向いてしまう小清水からは、俺はコイツが昔と変わらない誇り高き正義感を持つ青年であると確認できた。悪事を決して許さないコイツの性格は、小学生のときから見てきた俺にはよくわかる。道端でポイ捨てするケバい大人にだって物申すことがあった小清水は、正直言うと鬱陶しいくらい生真面目だが、それを絶対に曲げない心だけは尊敬に値していた。

 そんな小清水が気にする、霊を殺す霊とは何者なのか……霊が視える俺は視たことがあるのだろうか。正体のわからない非現実的な存在を考え込む俺たちには、互いに黙り混みながら鳥居の下に敷かれた石畳を目に映させていた。


「おぼっちゃま。お務めご苦労様です」


 無言の空間に溶け込んでいた俺たちのもとに、一人の高い男声が放たれる。耳に入った俺はふと、その声の主へと顔を向けてみると、高台にある小清水神社の階段を下りきった、全身白の袴姿で、眼鏡の若々しく見える大人が、こちらに微笑みを見せながら近寄ってくる。

 徐々に歩み寄る細身な男の身長は、俺より少し大きい小清水よりも頭一つ分大きいようで、彼の特徴とも言える、秀才放つ眼鏡からは、心を許せる親のような優しさが溢れ出ているようだった。

 小清水の隣にたどり着いた男と目が会ってしまった俺は、笑顔で答える彼に対して、首を少し動かして会釈をする。

 この人は、一体誰だ?

 見たことのない人である男は、まるで俺を歓迎しているように、頬を緩ませながら口を開ける。

「おやおや、この方は、おぼっちゃまのお友だちですか?」

「いや、これは知人以上友だち未満の人間だ」

「今夜、ぜってぇ燃やすからな……」

 愛想浮かべる男性に胸を張って答えた小清水には、俺は苛立ちを覚えて怒りの視線を送っていた。小清水の正義とは何なのかを考えながら睨む俺は、少なくともコイツはダークヒーロー的な存在であることを認識していた。

 すると、小清水は珍しく俺に微笑みを見せ始めると、見知らぬ男の前で(たなごころ)を添える。

「紹介する。この方は、先週から小清水神社の臨時宮司を務めることになった方なんだ」

 俺の前で紹介された男は、俺にニカッと眩しい笑顔を見せていた。

「はじめまして、橋和管(はしわくだ)拓麿(たくまろ)と申します。以後、お見知り置きを」

「あ、麻生、やなぎです……」

 最後に頭を下げた橋和管(はしわくだ)拓麿(たくまろ)から、あまりにも丁重な振舞いをされた俺は、自然の流れで自分もたどたどしい自己紹介を済ませて、再び小さく会釈した。

 見た目はそれほどきらびやかでないが、いかにもセレブリティを感じさせる彼の珍しい名前には、俺は羨ましい限りにうちひしがれていた。どうやら、この橋和管という男が、周りから神主と呼ばれていた神社の代表者、小清水(こしみず)一苳(いっとう)の代わりとしてこの神社をしばらく仕切ることになるのだろう。

 いくら自宅だからと言っても、まだ高校二年の小清水には荷が重いはずであり、俺は橋和管がこの神社に派遣されたことに納得していた。

 さっきから見せる彼の笑顔からは、とても安らかな感じがし、橋和管という男がいかに心ある人間なのかが伝わってくる。そんななか、少年のような小清水は橋和管の紹介を続ける。

「橋和管さんは、本当にスゴい人なんだ。まだ二十代なのに、神職階級の最も高い特級クラスに属する方なんだ!お前みたいな人間が、容易く関われるような方じゃないんだからな!」

 関わろうともしていないし、関わってほしいとも思っていないんだが。

 完全に俺のことを見下している小清水が偉そうに腕組みをしているなか、橋和管は苦笑いを浮かべていた。

「ぼっちゃま、大袈裟(おおげさ)ですよ。ワタシだって、あと少しで三十路(みそじ)なんですから」

 二十代後半だとしてもより若く見える橋和管が言うと、小清水はまだ我が物顔で彼について話し続ける。

「橋和管さんのスゴいところは、たくさんあるんだ!神職になる有名国立大学を首席で卒業!その後は神職に就いて僅か数年で特級階級まで登り詰めたんだ!それから……」

 長話に付き合うほど、精神のスタミナなどない俺にとっては、まだまだ続きそうな小清水の話には興味を持てずにいた。いっそのことテキトーに聞き流して、この夢中になっているガキから離れよう。

 腕時計を見て時刻が四時を回っていることを確認した俺は、煩わしい同い年の少年に冷たい視線を送りながら、耳に入る音を反対の耳へと流出していた。

「……だが、橋和管さんのスゴいところは、これだけじゃない!実はな……」

 本当によく喋るガキだ。将来、芸人にでもなって、テレビのバラエティ番組の司会者にでもなった方がいいんじゃないのか。話の合間に関西弁と引き笑いでも加えれば、コイツなら『お笑いBIG3の一人』と間違いなく言われる存在になるだろう。

 お喋りモンスターと化した小清水の口に、ガムテープでも貼って黙らせたかった俺は、さきほど行ってきたスーパーでガムテープを購入しなかった自分を心から恨んでいた。

 コイツの口の動きいっこうに止まることなく続くなか、一拍置いた小清水は再び声を鳴らす。


「……橋和管さんは、霊を視ることができる人なんだ」


 最後に放たれた小清水の言葉を、俺は素直に聞き流すことができず脳にインプットしてしまった。あまりにも突然のことで、驚きを隠せなかった俺は、目を大きく見開いて橋和管の顔を覗きこむ。

「まあ、生まれつきのことですからね~」

 頭を掻きながら照れ笑いで返す橋和管を、俺は下から見上げるように眺めていた。

 コイツは、俺と同じ霊感を持つ人間だってことなのか……だとしたら、なんでこんなに明るく人間と振る舞えるんだ?

 同じ霊感を持つ同士でも、陰陽道の陰と陽のように、どうも人間性が一致しないと感じた俺は、自分の生き方はいつ間違った方向に行ってしまったのかと頭を抱えていたが、ふと頭に別の言葉が過っていた。


 もしかしたら、コイツはカナのことを知っているかもしれない……


 突如姿を消した霊のカナは、未だに帰ってくることもなく、彼女からの音沙汰すら全くない。今どこで何をしているのかすらわからない俺は、ここ数日間ずっとカナのことで頭がいっぱいだった。

 これは、カナの手がかりを掴めるチャンスかもしれない。

「あ、あのぉ!?……」

 大声を出し慣れていない俺の叫びは裏返ってしまったが、目の前に立つ橋和管には充分伝わっているようで、面と面を向かわすことができた。緊張で震えを見せる俺だが、勇気を振り絞って再び口を開ける。

「ここら辺で、女子高校生っぽい霊って、視たことないっすか!?身長は俺と同じぐらいで、髪は結構長めで、夏服のセーラー服を着たヤツなんすけど……」

 我を忘れながら必死に話していた俺には、小清水と橋和管から意外だと感じさせる視線が送られていた。それに気づくと同時に、俺は自我を取り戻して落ち着くことができたが、最後に声の大きさは小さくなってしまい、俯いて言葉を切っていた。

 きっと俺のことを、変なヤツだって思っているに違いない。そりゃあそうだ。さっきまでは顔色一つ変えなかった俺が、突然エキサイトして叫び始めたんだから……これはよくある、マイナスからのスタートかもしれない。

 初対面である橋和管を素直に顔向けできなくなった俺は黙りこくるが、秀逸な高い声が鳴らされる。

「さぁ……申し訳ありませんが、ワタシには視覚えありませんねぇ。しかし、どうしてでしょうか?」

「い、いや!気にしないでください。女子高校生に興味が、ありまして……」

 これは前代未聞の大失態だー!!

 いかにも自分は変態である、と告げていた俺は、一度は顔をあげて橋和管の優しさを秘められた不思議そうな顔が目に映ったが、あまりの恥ずかしさにすぐにそっぽを向いて逸らしてしまう。

「……わりぃ小清水……俺、帰るわ……」

 場の空気が悪く感じてしまい、速やかにここを離れたい一心となった俺は、小清水にも顔を向けず背中越しで話し、返答を待たずそのまま歩きだす。自分が言ってしまった、放送事故のような言葉による恥じらいが徐々に消えていくと、俺はどうして橋和管に質問したのか、改めて後悔の念に駆られていた。

 いくら霊が視えるからって、そんな名前もないヤツを覚えている訳がない。

 自分のした質問がいかに愚かなものだったか噛み締めながら、俺は早足で石畳を踏んでいく。

「麻生やなぎくん!」

 ふと、動いていた脚は後方からの声によって止められてしまう。踵は返さず、ゆっくりと首を動かして顔の位置を変えた俺は、少し離れた鳥居の下で、橋和管が微笑みを保って立っているのが見えた。

「是非、またここに来てください!お待ちしております」

 俺も霊が視える人間だと思われたのか、それともコイツも変態なのか、変に親近感を湧かせるように話した橋和管には、俺は声を出さず会釈で返した。顔は再び前方へと位置を戻し、赤い鳥居に背を向けて静かに立ち去っていった。



「はぁ……もうこんな時間か……」

 人通りが少なく狭い路地裏、周りに聞こえるようなため息を出した俺には、腕時計が既に五時を指そうとしているのが見えた。八月のこの空は、まだ青さが広がり僅かなオレンジ色が見受けられるため、時間の割には時を遅く感じさせるものだった。

 朝から外出して夕方に帰るという、いかにもアウトドア的な一日を過ごした俺は、この外の活動を改めて振り返っていた。

 湯沢純子(ゆざわじゅんこ)からは言霊についてを教えてもらい、何故かアカギという少女に気をつけろと言われた。水嶋麗那(みずしまれいな)篠塚碧(しのづかみどり)たちとは和解でき、また学校で絡まれそうだ。小清水神社に新しく来た宮司の橋和管(はしわくだ)拓麿(たくまろ)と話すことができた。でも、一番不思議だったのは、フクメとナデシコが消えたあの場所で、泣いていた見ず知らずの少女の霊。彼女は一体何者であり、フクメとナデシコたちとどういう関係なのか……そして……

 最後には光の球体となって空へと消えてしまった霊を考える俺は、進めていた脚を止めてしまう。


 そして、カナの情報は何も得られなかった……


 多少の心安らぐ瞬間があったものの、結局カナのことを考えてしまう俺は、一番目的にしていた、カナ捜しの手がかりは何も見当たらず、この一日が無意味であったと感じていた。

 カナは、一体どこへ行ってしまったのか。はたまた、もう帰ってこないのか。だったらどうして、突然姿を消してしまったのか。

 疑問ばかりが浮かび、何一つ結論を見いだせない俺は、誰一人としていないこの路地裏で、まだ青く澄み渡る空を見上げていた。雲一つない、今にも吸い込まれそうな青空には何もなく、空っぽといった言葉に近いものである。

 まるで俺の心中を表しているような天へ、俺は一つため息を漏らして再び歩くことにした。もうすぐにたどり着く大好きな城が姿を現していくが、俺はあまり浮かない顔をしながら進んでいる。あれほど愛していた、独りという時間を素直に好めなくなった俺は、城前の駐車場にたどり着いた。

 狭い路地裏に続く、あまり広くないこの駐車場は、全部で八台くらいの車を敷き詰めることができるが、普段はこのアパートの住人が所有する車が置いてあるため、来客者が来たとしても中々停めづらい駐車場であろう。宅配便を運ぶ運送会社の大人は、いつもどこに停めたらよいかと困っている姿が見られることから、まるでこのアパートには住人以外を寄せ付けないというメッセージが告げられているようにも感じる。

 そういう点でも気に入って入居したこのアパートであるが、俺はふと、駐車場には最近では見慣れない一台の車が置いてあることに気づく。シルバーのタクシーのような形をした高級車には傷どころか汚れ一つ無く輝いているが、俺はその車に見覚えがあった。

「なんでだよ……」

 片手で持っていたレジ袋をギュッと握りしめて、怒りが込み上げてくる俺は、銀の高級車の後ろ姿を鋭い目付きで睨んでいた。

 ガチャ……

 すると、その車の運転席のドアが中から開けられると、続いて助手席の方も開き始める。右運転席からは男性スーツを纏った脚が飛び出し、左の助手席からは女性の素足が現れ、徐々に人体が形成されていくなか、正体を知る俺は黙って目を尖らせていた。

 いよいよ姿を現した四十代の男女は、すぐに俺へと顔を向けてしんみりとした表情を浮かべていた。

「や、やなぎ……」

「げ、元気だったかしら?」

 心配した顔で俺に言葉を放った老け顔の二人は、車のドアを閉めて徐々に俺へと近づいてくる。

「来んなよ……」

 怒りと憎しみがこもった俺の声に、前方のスーツを纏った二人は歩みを止め、鳴らしていた革靴の音が止む。

 なんでこのタイミングで、しかもなんで勝手に来てんだよ。

 怒りを抑えきれない俺は、全身を震わせながら二人を睨んでいた。いっそのこと、怒鳴り散らしたかった俺だが、辺りの住民に注目されるのは嫌だったため、なんとか声を小さく抑えながら鳴らす。


「帰れよ、このクソ親……」


 スーパーを出たときに電話してきた、この世界で最も憎む父母に、俺は殺意を込めた視線を送り続けていた。



皆様こんにちは。グーで壁ドンしたら骨折してしまった田村です。良い子達は真似しないようにね!

今回は新しく四人のキャラクターを出して見ました。最初の霊は、皆様予想がついていると思いますが、橋和管拓麿については、今回はあまり期待しないでください。そして今ま登場しなかった、やなぎの父と母。やなぎがどうしてこの二人を憎むのかは、次回書いていくので、またよろしくお願いします。

物語は着々と終わりを迎えております。どうか最後までお付き合いください。

では、また来週この時間でお会いしましょう。

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