二十三個目*録画は消えてない
フクメとナデシコが強制成仏された次の日、麻生やなぎはカナと共に湯沢純子のもとに寄る。
睡眠とは天国並みの安らぎを与えてくれる素晴らしいものだ。一日の疲れを癒してくれるものの代表作としても著明であり、その効果は誰もが知る絶対的なものだ。最近ではエナジードリンクといったもので身体の疲れを吹き飛ばせると謳うヤツラも少なくないが、とっとと睡眠を摂った方が、効率的で健康的であることを伝えたい。人間の体内時計は一日にプラス一時間したもので、この二十四時間と括られた世界では不適合なものだが、そこで体内時計を調節してくれるのも睡眠である。睡眠とは、俺たちの見えないすぐそばで、影ながらものすごい働きをしている。要するに、生物にとって、本当の救世主だ。
そんな睡眠を崇拝する俺、麻生やなぎは、この日の夜はまったく眠れずにおり、目の下に隈を付けて朝を迎えてしまう。昨日の出来事のせいで眠りに着けなかった俺は、夜中ずっと家の壁にもたれながら座っていた。何も考えられず、ただボーッとしていたが、気づけば家に太陽の光が指しはじめており、梨農園の手伝いで疲れているはずなのに、結局一睡も出来ずに夜を明かしてしまう。
時刻は朝の六時。八月のこの時間は、辺りは蝉たちが早速鳴き始めており、もうすでに空は明るい状態で、太陽もサンサン熱血パワーで輝きを放っている。そんな夏の朝を迎えた俺は今、俺の通う笹浦一高の屋上にいた。ここから見える今朝の景色はなんだが神秘的なものであり、昨夜の雷雨の影響もあるのか、笹浦市が太陽の反射で輝いて見える。また、濡れた地面からは靄が発生しており、この郊外の田舎町からは幻想的な美しさすら感じていた。
学校の屋上で太陽に照らされる、上下スウェット姿の俺は、顔を足下に向けており、ポケットに手を入れて俯いている。俺の後方にいる霊のカナも、長い前髪を地面に向けて伸ばしながら、彼女の目が隠されているように立っていた。
そして俺の隣には、屋上の地縛霊、湯沢純子が、目の前の策に右手を置いて町を眺めていた。その表情は陰鬱なもので、辛さのあまり涙を流しそうな顔をしている。
「そうか……フクメ殿が、成仏くなったのか……」
重々しく呟いた湯沢は、顔をしかめて目線を下げてしまい、すぐに隣の俺のような状態になっていた。
フクメが消えてから早十時間近くが経つ。ナデシコと共に強制成仏された彼女は、まだそばにいる感覚がして、まだ現実を見れていない自分がいるようだった。いつもなら真っ先に口を開けて、煩く喧しいあの霊がいないと、こんなにも静けさが増すのかと思いながら、変な違和感を覚えた俺は、この世にフクメはもういないのだと、何度も心のなかで呟いて納得させようとしている。
また、俺の後ろにいるカナも、昨夜から家では泣いてばかりで、やっと泣き止んだ今朝は今のように黙りこくったままである。
フクメがいなくなったことは、俺たちの日常に大きなダメージを与えている。そんな雰囲気はさっきから漂い、俺たちを黙らせ俯かせていた。
すると、俺の隣にいる湯沢は、策を強く握りしめた右手を震わせており、強く目を閉じていた。
「……ワシは、フクメ殿に何も出来なかった……無下なり……」
後悔に駆られた様子の湯沢が言うと、俺はふと思い出したことを伝える。
「……でも、お前にも言ってたぞ……ありがとうって……」
確かに、湯沢はフクメに対して直接的な助けはしていない。だが、フクメにとっては、ただいっしょにいてくれたことが嬉しかったのだろう……一人っ娘のアイツらしい意見だ。最後だってそうだった……ナデシコといっしょに成仏されることが、どこか安らいでいるようにも声で伝わったしな。アイツはああ見えて、いつも虚栄心を抱いた寂しがり屋だったんだな……まあ、今さら気づいても遅いんだけどな。
ため息を漏らした俺はふと空を見上げると、策から手を離した湯沢も同じように顔を上げる。
「……まるで、ギラギラとした太陽が消えてしまったようじゃ……僅かな雲と、大きな青空を残してな……」
静かな声の湯沢が空に向かって呟くが、その言葉には俺も頷いた。幾つかの雲を浮かべる青空から太陽が無くなるなんて、なんとも気味の悪い話だ。影もできず、日光浴もできない……そんな温かみのない空はとても哀しい……真っ青だ。
何度も沈黙が起こるこの屋上。重苦しい空気が続くなか、俺はため息と共に言葉を吐き出す。
「まあ、アイツは最後には笑ってた。不幸中の幸だったんじゃないか?暴走したナデシコを戻すこともできたし……なんだかんだハッピーエンドなんだろう」
本当の妹であるようにナデシコを可愛がっていたフクメは、実の姉であるような姿で消えていった。そこからは、俺は彼女が長い苦悩から放たれたようにも感じてしまい、これはこれで良かったのかなと妥協しそうになっていた。
俺の言葉にため息を混じえて頷く湯沢は、再び目を開けて目の前の町並みの風景に視線を送っている。フクメがいなくなったショックをやはり隠せていない様子であり、その瞳はどこか虚ろなものだった。
「……どうして、あの小娘が暴走したのか、ワシには検討がつかぬがな……」
朝日を浴びる町並みを眺める湯沢が答えると、隣にいる俺にはカナから聞いた話を思い出していた。ナデシコがあんな恐ろしい者に変貌した理由は、確か言霊を食べて体内に取り込んでしまったかららしい。人間にとってアルコールのような性質を持つ言霊は、幼い少女には抑えることができず、あのような暴走行動に発展させてしまった。
それにしても、どうしてアイツは突然言霊を口にしたのか。梨農園で出会った頃は言霊を農園にばら蒔いていたことから、ひたすら集める物だと認識していただろうし、ここに来てどうして……
疑問を重ねる俺はふと、後ろにいるカナに振り返ろうとした。
「……アイツに決まってる……」
俺が振り向くと同時にカナの重く低い声がし、俺の動きを止めると共に目を見開かせる。気になった様子の湯沢も俺と同じように身体ごと向けるが、いっこうに目を会わせようとしないカナが視えるなか、固まる俺は再び動く女子高校生の口許に目を向けていた。
「……こんなことになるなら、早々に消しておくべきだった……ならば、致し方ない……」
何とか聴こえる小さな声で話したカナは、言葉を終わらせると俺と湯沢に背を向ける。カナが纏う、どこの学校のものだかわからない制服のスカートがヒラリと舞い、共に彼女の長い髪も風に靡いてる。
「カナ嬢!!」
すると、俺の隣で湯沢が突然大声をカナの背中にぶつける。その表情はどこか焦りを見せるものであり、唇を噛んでいるのがわかる。
「お主、良からぬことを企てておらぬか?」
顔をしかめて神妙な様子で言った湯沢だが、カナは微動だにせず背中を向けたままである。
「良からぬことが起きたのですから……当然ですよ」
「良いのか?それは、お主が思い描いていた未来と異なってしまうのではないのか?」
「ええ……どうやら私は、宿命からは逃れられないみたいですから……」
「おい、ちょっと待て!」
二匹の重苦しい会話を聴いていた俺は、ついに声を荒くして横槍を投げ入れる。黙って聴いていれば、コイツらは一体何を話しているんだ。ここにきて俺に隠し事など許さんぞ。
「カナ!」
俺の怒りを込めた言葉は、カナを振り向かすことができず返答もなかったが、俺はそのまま言葉を続けた。
「何か隠してるよな……言え」
カナと湯沢の会話からは、俺の知らない何かをこの二匹は知っていると予測し、一番口の緩そうなカナに問いただした。俺に隠し事なんて言語道断だ。ミステリー小説じゃ有るまいし、とっとと吐き出せ。
風に揺られるカナの背中を、鋭い目付きで見ていた俺だが、すると彼女はゆっくりと踵を返し始める。その表情はさっきと至って変わらず、俯いた様子で再び前髪で瞳が隠れていた。
「……実は……」
重そうな口を僅かに動かしたカナに、俺は固唾を飲んで次の言葉を待っていた。カナの目線は徐々に上がっていくと、自然と俺と目が会うようになっており、突如として真剣だった顔が困り顔に変化する。
「麻生さん家のブルーレイデッキで録画したドラマを消し忘れてしまって、毎晩楽しみに観ていたんですけど、ある日容量オーバーになって今週の回が録れていなかったんですー!!」
「……はぁ?」
目を潤ませて悲しんだ様子のカナからは、俺は開いた口が塞がらなかった。何でこんなところでそんなことを考えているんだ、この唯一無二のバカは……そうか、通りでおかしいと思ったんだ。この前、俺が観たかった、アニメ原作が元になったドラマ、ゲスノートの録画が途中までしか録画できていなかった。それに、最近は何故だか俺の城の電気代が増えたと思ったが、恐らく今の話から、コイツは俺が寝ているときにこっそりテレビをつけていやがったんだ……全部お前の仕業だったのか、この悪霊が!!
徐々に怒りが込み上げる俺は、歯軋りをしながら目の前のアホ霊を睨んでいると、カナはそっぽを向いて悲しげな表情でため息を漏らす。
「……帰ったら今まで録ったドラマを整理しなくては……」
「もうお前は家から出ていけ……」
「そ、そんなぁ!!」
悲壮に満ちたカナは俺の片腕をギュッと両手で掴んで、どうか家に置いてくれと懇願していた。
「お願い致します!!来週の第三話では、ニートの主人公が総理大臣になる神回なんですからー!!」
「知るか、そんなこと!ていうか、いったいどう転んだらニートが国のトップに立てるんだよ!まずは選挙から出直してこい!」
涙を浮かべながら必死に説得しようとするカナが、俺を襲うかのように服を引っ張っていたが、内心、俺たちの日常が少し戻ったようにも感じた。コイツに対してイライラしない訳ではないが、それはどこか懐かしくて、荒れていた俺の言葉も次第に止んでいく。
『お兄ちゃん!!』
突如として俺の脳内にかん高い声と曇った映像が再生されていた。それは、見覚えのある明るい部屋の中、茶色のフローリングにいる幼い子供の声であり、顔までは確認できなかったが、その子が嬉しそうに話しながら、両手を開いて近づいてくるのが観えた。あと少しで抱きつかれそうになったところだが、その後は目の前が真っ白になって何も見えなくなってしまう。お兄ちゃん……妹……これは亡くなった妹の声?だったら、なんでこんなときに……
「ん?麻生さん?」
呆然自失となっていた俺に、不思議そうに尋ねたカナにより、ハッと気がついた俺は自我を取り戻す。首を傾げて正面に立つカナが視えるなか、俺は彼女の大きな瞳と目を会わせていた。
「どうか、しました?」
「……いや、なんでもない……」
やはり、コイツが俺の妹だなんてありえない。姿は俺と同い年くらいの女子高校生である時点で、幼いときに亡くなった妹との年齢差は広い。それに、目付きといい顔付きといい、兄妹であるならばどこか俺と似た場所があってもいいはずだが、そんなものはまったく見受けられない。それはもちろん外見だけでなく、中身もそうだった。
不思議そうなカナの顔をマジマジと見ていた俺だが、彼女は目の前で優しさを示す微笑みを見せる。
「きっと、疲れているんでしょう。まだ朝早いんですから、帰って寝ましょう」
実の姉のように和やかにいいかけたカナに、口ごもる俺はつられて頷いてしまった。
「じゃあ、帰りましょう!」
フクメがいなくなったことをもう気にしていないのか、今までのように明るく振る舞うカナは俺の前から離れて、屋上の非常階段からの入口に向けて歩み出す。
「お、おい待て、よ……」
カナの背中を追うように、俺も目線を変更させようとしたが一度元に戻ってしまう。カナが退いて見えた奥の方では、地縛霊の湯沢純子がこちらを、唇を噛んだ様子で見ており、何かを警戒するようにも視えた。カナの背中を目で追う湯沢は顔を俺には向けず、彼女の横顔が目に映るなか、疑問が浮かび上がる俺は黙って、屋上の地縛霊の様子を観察していた。
「麻生さん!早く帰りましょう!」
既に屋上の入口にいたカナは、ふと振り向いた俺を見て言葉を放っており、ニコッと笑う顔が視える。
「お、おう……」
まるでカナの操り人形と化した俺は、彼女の背中に向けて早歩きで向かっていく。どうしてあんなヤツのいいなりになっているのだろうか……きっとカナの言う通り、俺はたいへん疲れていて冷静な判断ができていないのだろう。
自身のおかしな行為を考察した俺は、すぐにカナの隣へとたどり着き、今は地に足を着ける彼女と階段を降りていく。しかし、相変わらず湯沢からの睨み付ける視線を受けながら、俺たちはこの屋上から姿を消したのだった。
その後、誰もいない笹浦ー高を離れた俺たちは、黙ったままで道中を歩いていき、あっという間に俺の城にたどり着き中に入る。ワンルーム八畳で家賃が三万という、なんとも快適且つお手頃な城の空間は、入口玄関のすぐ右側にはカセットコンロが置いてあり、左側にはトイレ別のシャワールームが設置されている。靴を脱いで上がると、そこは黒に近い茶色のフローリングが敷かれており、少し歩けば左にトイレ、右に洗面台が向かい合っている。その奥にはもうひとつの扉がありそれを開けると、そこには待ちに待った俺の部屋が広がっており、正面のバルコニーからは朝陽がガラス越しに差し込んでいた。床には主にテレビゲームやノートパソコンの配線、延長コードなどが這っており、初心者にはさぞ歩きづらいトラップ形式となっている。しかしそれを乗り越えれば、部屋の中央にある折り畳み式ソファに座ることができ、目の前には黒のテーブル、その先には液晶テレビが歓迎していた。
ソファにドスッと座った俺は、背持たれに全体重を乗せるようにして、腕をダランと下げて天を見上げていた。白い天井にため息を漏らして、ふとテレビのすぐ後ろの壁に架けられた丸時計を見てみると、既に午前八時を回っており、昨日目覚めてから二十四時間以上ずっと起きていることを知り、より目蓋が重くなるのを感じていた。夏には開けっ放しにしている窓からは煩い蝉の鳴き声が響いているが、このときばかりはそんな騒音も俺には届いていなかった。
徐々に俺の意識が遠退くなか、霊のカナは部屋の隅にある、小さな折り畳み式テーブルの上に飾ってある一つの写真盾を眺めていた。その写真には一人の女性の、遺影のような絵が描かれており、俺の妹、麻生はなという名前が下に黒ペンで刻まれている。現在は、俺がかつて通っていた中学校の制服を着た少女は、写真のなかで口を横に伸ばしており、その黒き髪の毛を後ろで結んだポニーテールという髪型をしていた。
微笑ましい表情のカナは、その写真を手に持ちながらそっと口を開ける。
「それにしても、麻生さんの妹さんって可愛らしいですね……」
なぜだか嬉しそうに微笑むカナが俺に視えるが、俺もふとその写真に目を置いていた。この写真は俺が直々に描いたものであり、いわゆる妄想した似顔絵といったところだ。年に一度、この妹の誕生日である八月三十一日に更新している。今は亡くなってしまったが、一応俺の二つ下の年齢という設定で描かれていた。
「まあ、実際の顔はわからないがな……」
「本当に、覚えていないんですか?」
「俺が幼稚園入る前に亡くなったんだ……実際の写真も火葬といっしょに燃えちまったから、思い出すきっかけもねぇんだよ……」
「そうですか……」
俺の部屋のなかでは、妹の写真を眺めるカナとの静かな会話が繰り広げられるが、自称悪霊はふと振り向いて、俺に優しい微笑みを見せる。
「妹さんとは、会いたいですか?」
「……どうだろうな……仮に会えたとして、こんなひねくれた性格の兄貴じゃ、こいつも嫌がるだろうし……まぁ、会うべきではないっていうのが結論だよなぁ……」
頭が働かない俺の言葉は支離滅裂なものだった。結局、自分がどうしたいかなどわからなかったからだ。相手の様子を伺って行動する……これは兄や姉である人間が持つ、自己よりも他者を思うというスキルなのかもしれない。
「フフ、麻生さんはやっぱり優しい方なんですね」
すると、すすり笑ったカナは頬を緩ませて、疲れて不機嫌な俺に目を当てていた。
「急になんだよ……」
「いいえ、率直に思っただけですよ」
笑顔を見せ続けるカナには、俺は欠伸混じりの大きなため息を漏らして呆れていた。
「バカらしい……あぁ眠い、今更だか布団に入るか……」
「本当ですか!?これで録画したドラマを視聴することができます!」
目を輝かせてたいへん嬉しそうにカナは言っていたが、部屋の入り口近くに敷かれた布団に入った俺は背中を向けながら言葉を送る。
「三十分以上の電気使用は許さないからな……」
「えぇ!?そ、それってドラマ一話分にも満たないじゃありませんか!」
「コマーシャル飛ばして『1.5倍速』のボタン押して観ろ。それが嫌なら二度と観るな」
「トホホ……」
カナの悲しんだ声が耳に届いたところで、タオルケットを腹に乗せた俺は目を閉じる。 今日を含めてこの三日間は色々なことが起きすぎだ。頭が着いていかない日々でより疲労感が増す一方だ。取りあえず寝て、もう一度頭を切り替えてみよう。
「おやすみなさい、麻生さん」
俺の耳元でカナの静かな声が聞こえたが、俺は目を開けずに聞き流している。その後も何かを話していたようだったが、俺の脳はシャットダウンを開始しており、聞こえていないと言っても過言ではない。
「…………した……」
次第に意識が無くなっていく俺は、世界で最も愛する睡眠の時間に移っていった。
「……あぁ……魘された……」
ふと目を開けて起きた俺は、部屋にある丸時計に目を遣ると既に夕方の五時を指していた。クーラーもつけ忘れたせいか、睡眠中では二本の角を生やして金属バットを担いだ、担任の九条満から襲われる夢を見ていた。鬼なのかヤンキーなのかわからない彼女からは、低く恐ろしい声が放たれており、完全な悪夢と化したものだった。
まだ眠気が残る俺は、ふと身体を起こして静閑とした部屋を見渡してみると、そこは誰もいない独りの空間が拡がっていた。
「おい、カナ?」
いつもなら目を開けると真っ先に視える彼女の顔はどこにもなく、俺の問いかけた言葉は独り言と変わってしまう。
ため息をついて立ち上がった俺は、ふと違和感のある物が目に映る。それは、俺の妹の似顔絵が描かれた写真盾の傍に、鬼の覆面と髪を束ねるヘアゴムが置かれていたことだ。確かこれは、フクメとナデシコが身に付けていたもの……恐らくカナのやつが置いたのだろう。まったく、縁起でもない……
そう思いながらも二匹の遺品をそのままにした俺は、テレビの前のソファに腰をかける。この時間になれば、夕飯の買い出しにも行かなくてはいけないと思いながら、夏休みなのに時間に縛られていることに呆然としていた。
俺はふとテレビのチャンネルを手に持ち、電源を入れてみた。梨農園の手伝い中で観れていなかったドラマ、ゲスノートの録画を確認しようと画面を録画画面に切り替えてみたが、その画面では俺の知らないドラマの名前がズッシリと並んでいる。ほとんどが恋愛ものだったが、少し気になったのは、どのドラマにも『NEW』と記されており、まだ視聴していない証拠が残されていた。
「カナのやつ、結局観てないのか……」
レコーダーの容量も残り少なくなっていたため、内心は、早く観てもらって録画ドラマを消してもらいたかった。
それにしても、さっきからカナの姿が全く見当たらない……一体どこにいるんだ?
俺の半径五メートル内にいるはずの霊が見当たらない。部屋中に首を曲げて調べていたが、そんなとき、俺の頭にふと言葉が過る。
『ありがとうございました……』
俺の動きは止まってしまい、一人目を大きく開いていた。これは、俺が眠りに入る前の、カナが言った言葉……今思えば、それはまるで別れの挨拶のようにも聴こえる。
驚いた俺はそっと立ち上がり、裸足でバルコニーに出向いていた。夏の夕陽を感じさせる空が見えるが、俺の心はそんな明るいものではなかった。
カナが、いない……
どこに行ったのかはわからないが、恐らくカナはすぐに戻ってくるであろう。俺はそんな祈りの夕陽に気持ちを投げていた。しかし、その日から数日間彼女は、俺の目には決して視えなかったのは、もはや言うまでもない。数ヵ月間憧れていた独りの時間が、こんなときに再度流れてしまうのであった。
皆様こんにちは。昨日は地元で花火大会でしたが、案の定バイトを強いられた田村です。
次回はついに最終章……真の悪霊編を書いていこうと思います。年内に終わるか終わらないかわかりませんが、またこれからもよろしくお願いします。
もう、コメディではないですね……




