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十八個目*夜を共に過ごしていました。

突然の遭遇、突然の告白と、様々な者たちに振り回される俺、麻生(あそう)やなぎは、二日目の作業を開始する。

 愚かな親をもつ少年少女たちには、俺は心から応援したい。

 最近では親から子どもへの虐待などといったニュースをよく見かける。心と体の安らぎの場である家庭ですらも、力無き彼らは命の危機に晒されている。また、親たちが離婚することも決して少なくない御時世で、その子に対する影響はとても大きい。だって、今までいっしょにいた家族が消えるんだ。それがショックだなんて偏差値の低いバカだってわかる。何が「お前の未来のため」だ。子ども自身を真っ先に苦しめているのは、お前たち大人だろうが。こっちの心境も知らないくせに、偉そうに言いやがって。もっとしっかりとした人間になれ。まあ、こんなことを言っても、「子の分際で」とか返されて聞きやしない。責任感をはき違え、堂々とする、そんな大人なんて嫌いだ。


 普段は他人の心境など興味を持つことはない俺、麻生(あそう)やなぎだが、このときはがりはそんな子どもたちに同情を覚えていた。


「あ~……ダメだ~……頭が割れそ~……」

  八月の朝。扇状地にある篠塚梨農家の屋根の下、布団で横になっている九条満(くじょうみちる)の悶え苦しむ声が響き渡っていた。

「二日酔いだ~……ダメだ~……立てん……」

 昨晩、缶ビールを垂れ流すように飲んでいた九条は、篠塚のお爺さん曰く、本人が持ってきた缶を全て開けていたらしく、その量は空き缶で満たされた四十リットルのごみ袋を見れば明らかである。

 俺たち生徒四人はこの青ざめた担任を囲んで見ていたが、少なくとも俺は呆れていた。まさかこいつ、今日の作業も休むつもりじゃないだろうな。昨日だって食べ過ぎで動けなくなるし。一体こいつは何しに来たんだ。

 すると、同じ女子部屋で夜を共にした水嶋麗那(みずしまれいな)が、膝を折って九条の傍に座る。

「先生……大丈夫ですか?」

 その表情は病院の看護婦のように心配しているものであり、今にも息絶えそうな九条の左手を握っていた。

「水嶋~……私はもうダメだ~……あとは頼んだぞ……こくり……」

「先生!!しっかりしてください!!せんせーい!!」

 最後に自分の口でこくり、と呟いた九条は、水嶋から首を傾けて目を閉じてしまい、次の瞬間、うちの生徒会長は、泣き出しそうな様子で叫んでいた。

「はぁ……おい、朝飯行くぞ……」

 俺は大きくため息をついたあとに告げ、このくだらない空間から離れることにした。よくドラマとかで観る、死に際の感動のシーンのようなやり取りが行われているが、内容が内容だけあって、どこにも感動を促す要素など見当たらなかった。強いて言うならば、どう見たってこの女教師はふざけていやがるということだけが見受けられる。しかも今度の理由は二日酔いだとは。俺はもう我慢することができなくなり、朝食が用意された食堂へと向かうことにした。



 朝食を済ませた俺たち四人は、それぞれ作業着に着替えて大きな倉庫に集められる。本日二日目の作業は、梨の箱詰めと聞いており、昨日ほどの重労働ではないことだけを祈っていた。しかし、その倉庫の中には、昨日収穫した梨が入ったコンテナが大量に積み上げられており、俺にちょっとした恐怖感が走る。まさか、これ全部箱詰めさせる気だろうか。いくら四人という人数でも、この量は見ただけでやる気がなくなる。この広い農園から集められた梨の量は、想像するだけでも身震いが発生する。それに、スマートホンアプリのゲームで、ハイスコアを狙うことぐらいでしかやる気を見せない俺にとっては、俄然やる気など無くなっていた。唯一の救いは、この薄暗い倉庫内で作業をするため、あの眩く煩わしい太陽に浴びずに済むことだけだ。

 篠塚のお爺さんの登場により、居たたまれない心境俺と小清水千萩(こしみずせんしゅう)、九条のことを未だに心配し続ける水嶋と篠塚碧(しのづかみどり)の、それぞれ男女二人組に分かれて箱詰めの作業を開始した。

 篠塚のお爺さんの指示通り、机上に置かれた一つの箱に丁寧に並べ、また虫食いや形が歪な物は取り払い、倉庫内は自然と沈黙の空間となっている。

 俺も梨一つ一つを確認しながら箱に入れており、ただ黙々と作業を進めていた。

 しかし、昨日はたくさんの出来事があった。

 梨を見るたびに昨日の記憶が甦ってくる。まずは何と言っても、篠塚からの告白だ。あまりの突然の出来事であったため、俺は言葉を返すことができず、今日になってもまだ彼女と会話していない。時折、詰め終わった箱を、外にあるトラックに運ぶ際に篠塚とすれ違うが、彼女は下を向いて顔を赤くしているのが何度も伺われる。そうか、これまで俺から目線をそらしていたのは、このためだったのか。今さら気づいた俺は自身の鈍感さを哀れんだ。実際、俺は今まで、この篠塚碧のことを好きだとか、嫌いだか、全く思ったことがない。言い方は悪いかもしれないが、彼女は俺の人生においてモブ的な立ち位置に過ぎなかった。

 そして何よりも気になっているのは、あのナデシコという霊だ。昨日の作業から会ってはいないが、深夜の月空で見かけたのはナデシコにしか見えなかった。シルエットとなって光の粒子を出しながら浮遊していた幼女については、傍にいたカナも同意しており、あんな真夜中に一体何をしていたのだろうか。そんな梨の神様と崇められる彼女には気になることだらけであり、もう一度会って話をしたい想いが募っていた。

 あまりの多くの出来事に振り回されている俺は、何度もため息をついて作業をしている。こんなところ来るんじゃなかった。早く城に帰りたい。

「はぁ……」

「隣でそんなため息をつかれると困るんだが。作業に集中できん」

 俺の隣で作業をしている小清水が話しかけてき、その素っ気ない様子からは僅かの苛立ちを覚えさせる。

「仕方ねぇだろ……昨日から色々あるんだからよ……」

「どうせお前のことだ。オンラインゲームを無課金で最強になりたいが、こんな作業ばかりだとログインできず、スタミナが無駄に貯まる一方だ、とかだろ?」

 まぁ間違ってはいないが、今はそのことなど考える余地は無かった。人の一生は曲がり角だらけだ、という言葉を聞いたことがあるが、俺はそれが確かなものだと実感している。曲がり角だらけで何回転もしてしまい、今どの方角を向いているのかわからない、そんな境地に立たされた気分だ。

 俺は小清水にはあえて返答せず、再び肩と共に大きく息を吐いていた。

「全く情けない。同い年でありながら、そのアンニュイな性格はどうかと思うぞ」

「他者の心境をしっかり理解せず、モンスタークレーマーのように言葉をぶつけるお前だってどうかと思うぞ……」

 たわいのないやり取りが俺と小清水の間で行われているなか、俺は新しい箱を組み立てて梨を詰めているときだった。

「なあ、やなぎ……」

「あん?」

 俺たちの目線はそれぞれの前方の机にある箱に行ったままだが、小清水は続けて手と口を動かす。

「この地に来て、何かおかしなことはなかったか?」

 小清水の突拍子のない発言は、梨を並べる俺の手の動作を止めた。思い当たることはいくらかある。まあ、そのほとんどはナデシコ関係のものばかりだ。しかし、なぜ突然小清水はそんなことを俺に告げたのかは到底理解できなかった。

「まあ……無いって言ったら嘘になるが……突然なんだよ?」

「いや、気になることがあってな……」

 小清水は表情も梨を移す動作も変えぬまま答えていた。この俺に聴くということは、何となくその内容は予想できる。

「霊がどうとかの問題か?」

「断定はできないが、もしかしたら、そいつらと関係しているのかと感じたんだ」

 小清水は詰め終わった箱をガムテープで蓋を閉じ、また新たな箱を形成していた。貼ったガムテープの先がギザギザになっていることから、彼の不器用さは十分伝わるが、作った空き箱に新たな梨を置きながら口を開く。

「最近、この辺で妙な事故がいくつか起きていてな。それが気になって、今回参加したと言っても過言ではない」

 お前は、日曜の朝方に放送されてる特撮の主人公か。そんな想いを持ちながら、隣で梨を確かめる小清水を見ていた。

「ちなみに、事故ってどんな類い?」

「ごく一般的だ。交通事故や火災事故。高齢者による徘徊だってある」

 ふと、俺は昨日出会ったナデシコの様子を思い返していた。見た目も頭の中身も幼稚園児のままだが、正直、あんな幼女が悪さをするなど考えられない。

「だったら、全部偶然なんじゃねぇの?全部、人が関係した事故だし……」

 俺は、ナデシコとは関係なく、他の人間が犯していることを念頭に話すと、小清水は一度頷き、作業していた手を止めて固まる。

「俺も最初はそう思った。だが、全ての事故にある一つの共通性があるんだ」

 俺は、何とも重々しい空気を感じてしまい、固唾を飲み込んで小清水の言葉を待っていた。

 そして小清水は、俺と目を合わせて声を放つ。

「全て、原因が不明なんだよ……」

「は?証拠がないってこと?」

 真面目に答えた小清水が、俺にはバカバカしく思えた。犯人が証拠を残さずして罪を犯すことなど、誰だって理解できる。それをあたかも閃いたように発言したこいつは、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだった。

「そりゃあ、普通なんじゃないか?犯人だって、証拠を隠してナンボみたいなところあるし」

 俺は言葉を返したが、小清水は目線をそらして大きくため息を吐く。

「俺の話を聞いていたか?これは事故であって事件ではない。だからお前は国語で赤点ばかりなんだよ」

 今それ言うか。呆れたように発言する小清水に対して、俺はたいそうな不快感を覚えていた。まあ確かに俺は国語が苦手だ。答えで四つの選択肢がある問題では、二つまで絞ることはできるが、あと一つ絞りきれないがために間違えるのが多々ある。しかし、この男に言われる筋合いはない。お前だって、物理のテスト赤点だったくせに。図をきれいに描けないからそうなるんだ。

 俺は不満が募る一方だが、小清水は関係なしに言葉を放つ。

「警察も一連の事件と疑って調べたらしいが、どの事故にも人為的な原因がない。機械の故障でもないし、当事者のうっかりミスでもない。全ての事故は、この点が一致しているんだ偶然だとは俺も思ったが、こんなにも重なりあうと、もはや必然性を感じる。じゃあ、こんなことをできるのは一体誰か……」

「悪霊ってわけか……」

 俺は話し続ける小清水に言うと、深々と頷いていた。

「もしそうだとしたら、一刻も早く見つけて成仏()したいんだがな……」

 小清水の使命感溢れる言葉には、俺は返答することをしなかった。実の祖父、小清水一苳(こしみずいっとう)、そして両親までもが悪霊によって殺された小清水千萩。こいつが悪霊を嫌う理由は、この経歴からして痛いほどよくわかる。自分に関係ない悪霊に対しても、その想いは変わらないのだろう。そんな小清水を、俺はただじっと見守ることしかできなかった。


「ほら、そこ!!動き停まってるよ!!」

 突如、固まる俺たちに向かって、梨箱を抱えた水嶋が声を上げる。その後ろには篠塚もおり、二人並んで箱をトラックへと運んでいるところだった。

「男の子なんだから、しみじみやりなさい!!ねぇ篠塚さん?」

「う……うん。二人とも……頑張って……ね」

 生徒会長らしい威厳な表情で物言いをつける水嶋は、後ろにつく篠塚に聞いていたが、下を向いたまま小さな声で答えており、最後に俺と目を合わせて顔を赤くしていた。

「す、すまん……」

 俺はとりあえず水嶋たちに謝罪をしたが、篠塚から目線をそらしてしまう。

「申し訳ない。こいつがゲームの話などするからだ」

「動きを停めたのはお前だろ?」

「ふん。停まったのはお前だ。相変わらず幼稚なやつだ」

 はいはい、引っ掛かる方が悪いっていうお約束ね。俺は隣の男を睨み付けながら、心の底で様々な愚痴を溢していた。

「もう喧嘩はダメ!!男の子って、どうしてこうなのかな~?行こう篠塚さん」

「う、うん……」

 水嶋は呆れた様子でその場を去っていき、次いで篠塚もその後をついていく。

 気を取り直して作業を再開する俺たちだったが、ここにきて背後のアホども二匹が口を開く。

「どうしたんだろ?夫婦喧嘩でもしたのかな?」

「それもそのはずです。浮気をしてはいけないと、あれほど言ったのに……」

「ええ~!?やなぎのやつ、やっぱり浮気しちゃったの~!?」

「はい。篠塚さんと、夜を共に過ごしていました」

「ええ~!?やなぎが!?あの、やなぎが~!?」

 小清水、悪いことは言わない。まず、俺の後ろにいるやつらから成仏()してくれ。

 悩ましく話を続けるカナの隣で、「それでそれで!?」と、なぜだか楽しそうにオーバーリアクションをするフクメ。この二匹の声が、俺の脳細胞を確かに破壊していった。


「ふぅ……やっと終わった」

 俺は最後の箱に梨を敷き詰め、ガムテープで箱の口を閉じる。ここまで無言のまま続けられた箱詰め作業は、時が経つのを忘れさせるものであり、いざ腕時計を見てみると既に午後の一時になるところだった。途中で腰が痛くなったり肩が凝ったりと、様々な病に襲われたが、無事に終えることができて内心ホッとしている。女子組の方も同時期に終わったようで、水嶋と篠塚が輝かしい笑顔でハイタッチをしていた。特に水嶋の方は、普段やらない作業のせいかとてもうれしそうであり、それに篠塚が合わせているようにも見える。一方、隣の小清水は、箱を載せていた机の上を手で払い掃除していた。隣で見ていたが、ガムテープもろくに切れないこの男は、不器用ながらよく頑張った方だと思う。

 始めにあったコンテナは全て姿を消しており、倉庫内は広々としていた。すると、入口の方からは篠塚のお爺さんが、頭に手拭いを纏った作業着姿で登場し、微笑みを見せながら、お疲れさまと言葉を放つ。

 お爺さんの終了の合図に、みんなで昼食に向かうところだが、俺は最後に残っていた梨箱を運んで、トラックに積んでいた。

「ああ……疲れた。もう二度とやりたくない」

 一人を良いことに、本音をあえて口にする俺。トラックの荷台に梨箱を置いて、両腕を高々と上げて背伸びをしていた。お腹も空いたことだし、さっさと食堂に向かおうと思い、この場から離れようとしが、そのときだった。

「ああ!!フクメお姉ちゃんだぁ!!」

 俺たちのもとに聞き覚えのある幼女の声が響き渡る。

「ナデシコ~!!」

 俺の傍にいたフクメはうれしそうに叫び、青空から向かってきたナデシコと抱き合っていた。

「ナデシコ~どこ行ってたんだ?突然いなくなるから心配したんだぞ」

「ごめんなちゃい、お姉ちゃん。ワタチもフクメお姉ちゃんに会いたかった」

 フクメの匂いが好きなナデシコは、顔をフクメの胸元でスリスリと動かしている。姉と妹の感動の再会と言わんばかりの表情で、二人はきつく抱き締めながら微笑み合っていた。

 一方、カナは俺の隣で固まったまま、怪訝な表情を浮かべて立ちすくんでいる。自分を臭いと言った真犯人を警戒するその顔からは、この状況に対する戸惑いを感じさせる。

 俺はナデシコとフクメの方を見ていたが、ナデシコが顔をこちらに向け、無邪気な笑顔で口を開く。

「ああ!!クチャいカナお姉ちゃんもいっしょなんだ!!」

「ガーン……やっぱり……」

 カナは両手を頬に当てて顔面蒼白になっていた。

 これは、マズイことになってしまった。昨日においても同じことを言われたとき、駄々をこねる子どものようにウジウジしていたことが記憶に甦る。また、ナデシコ本人から言われなくても、『臭い』というワードを聴いただけで彼女はショックし、鬱病にかかったのではないかというくらいだった。ただてさえ頭のおかしいカナを、またさらにおかしくさせてしまうのではないか。案の定、隣の悪霊さんは膝を折って踞っており、右手の人差し指で地面をなぞっていた。

「どうせ私なんか……私……なんか……」

 泣いているのではないかと思わせる声の震えは響くが、フクメと楽しそうに会話をしているナデシコには届いていないようだ。

「ねぇお姉ちゃん!!いっチょに鬼ごっこチようよ!!ナデチコ、逃げるの得意なんだよ!!」

「あ~……ゴメンな。私はあの男から離れることができないんだよ。鬼ごっこはできそうにないな」

 俺を指差すフクメは眉をハの字にして答えると、それにつられてナデシコも俺に視線を向けて表情を変える。

「ああ!!昨日の恐いお兄ちゃんだ!!いつの間にチョこにいたんだ~!?」

「え、今気づいたの?」

 いつもは心の叫びで終わる俺だが、発見したと言わんばかりに驚嘆したナデシコに、乗せられてついつい声を出していた。また怯えられるのではと感じたが、ナデシコはフクメの後ろには隠れず、前に出て俺に指差して口を開く。

「今度こチョは、ワタチがこの農園を守ってみチェる!!チャあ、オカクゴは、よろチくて!!」

 すげぇ……今日は日朝キッズメドレーだ。決め台詞を放ったナデシコは、俺の目の前で戦闘ポーズをとっており、完全に俺を敵だと思い込んでいやがる。

「フクメお姉ちゃん、ワタチの後ろで隠れててね。今度は、ワタチが絶対に守るから!!」

「……おう!!頑張れナデシコ~!!」

 いやいや、止めろよ!!なんでお前まで悪乗りしてんだよ!!

 強気の表情を浮かべて、応援するようにフクメが返すと、ナデシコは俺に体を正面に向けたまま、両手を開いた状態で呟く。

「大地の生きとチ生ける者たちよ……今、ナデチコに勇気の力を!!」

 ナデシコは次の瞬間、大きく目を見開いて、俺に両掌を勢いよく差し出した。

「ナデチコ~、チャイニング~マチンガン!!」

「……」

 必殺技の如く叫んだナデシコであったが、その両手からは何も出てこず、涼しい風がなびく音だけが響く。いきなり必殺技から繰り出すのかよと思った俺も、このときは口を開くことができず、この状況をどう切り抜けば良いのか、全く検討がつかず固まっていた。

「やなぎっ!!」

 すると、ナデシコの後ろでフクメが怒りに満ちた表情をしており、空気を読めと言わんばかり睨みつけている。

 具体的にどうすれば良いのかわからなかったが、この状況は、俺が悪党でありナデシコがヒーローであろう、という予想を立てることができ、とりあえず最近見かけた、悪党がやられるシーンを参考にしてみた。

「……う、うわあ……頭が割れそう……ダメだ~、私はもうダメだ~……こくり……」

 俺はその場で座り込んで目を瞑り、顔を下に向けて見せる。

「やったぁ!!たおチたよ!!フクメお姉ちゃん!!」

 ナデシコは万歳して喜んでおり、後ろのフクメに勢いよく飛びついていた。

 それに従ってフクメは、抱き締めるフクメの頭を、優しく撫でながら口を開く。

「よくやったな、ナデシコ。これであのお兄ちゃんは、操られる前の、普通の人間に戻ったぞ。ナデシコのおかげだ」

 なるほど。俺は悪魔に乗っ取られた犠牲者だということか。しかし、昨日の俺の行いが全て悪に満ちているとも聞こえてしまい、俺は渋々目を開けた。

「ほら、ナデシコ見てみろ!!目付きは相変わらず悪党そのものだけど、心はきれいになってるぜ!!流石はナデシコだ!!」

「やったぁ!!お姉ちゃんに褒められた~!!」

 大いに喜び合うフクメとナデシコ。だが、中学生と幼稚園児のツーショットは、抱き合うのを止めて話題を変えていた。

「やっぱりお姉ちゃんといると楽チい!!ねぇねぇ、あチたも、あチャっても、ジュっとあチョぼうよ!!」

 満面の笑みを浮かべながら、フクメを見上げるナデシコだったが、一方フクメは、気まずそうな感じに頭を掻いていた。

「いや~……実はさ。私たちは、笹浦市っていうところに住んでるんだけどさ……」

「チャチャうらチ~?」

「うん。だから、今日には帰らなきゃ行けないんだ」

「えっ……チョれって、もうお姉ちゃんと会えないってこと?」

 すると、ナデシコはさっきまで明るかった笑顔を消し、悲壮な表情を浮かべ始める。

 それに対してフクメは小さく頷き、重そうな口を開ける。

「だから、今日でお別れなんだ」

「チョ……チョんな……」

 ナデシコは、あまりの衝撃的な出来事に直面してしまったようで、目を大きく見開いて黙りこむ。すると、ゆっくりと地面に寝転んで、仰向けの状態になると、次の瞬間、急に手足をバタつかせる。

「ヤダヤダヤダヤダ~!!フクメお姉ちゃんとチャよならなんて嫌だ~!!」

 地面にからは全く砂ぼこりは舞わず、質量を持たず存在しない霊らしく暴れていた。

「そんなこと言われてもなぁ……」

 困り果てたように、ため息混じりにフクメが言うと、ナデシコは泣きべそをかきながら起き上がる。

「ヤダヤダヤダヤダ!!ヂぇったいに嫌だからね!!」

 すると、ナデシコは突然空を舞ってしまい、昨日のようにどこかに飛び去ってしまう。

「あ、まっ……」

「待って!!ナデシコ~!!」

 俺の言葉が終わる前に、フクメは飛び去るナデシコに手を向けていたが、儚くもその声は届いていないようで、すぐに幼女の姿は空へと消えてしまった。俺としても、彼女からは色々と聞きたいことがあったのだが、本人がいないのではどうしようもない。茶番に付き合うべきではなかった。潔く諦めよう。

「ナデシコ……」

 フクメは、自分の言葉で飛び去ってしまったというニュアンスも込めて、彼女の名前を小さく呟き俯いていた。

「仕方ねぇよ。また会えることを祈ろうぜ」

「うん……」

 俺はフクメを後押しするよう伝えるが、様子は変わらず暗いままだった。

「麻生くーん!?」

 俺は声が鳴った方を振り返ると、家の縁側の方で水嶋がこちらを見ており、手を振りながら叫んでいた。

「ご飯冷めちゃうよー!!早く早くー!!」

 水嶋に言葉を返さなかった俺だが、その指示通り昼飯を頂きに行こうと考える。

 最後の梨箱をトラックの荷台に積み、その場を離れようとしたが、俺の視界には禍々しき闇のオーラが映った。

「どうせ臭いですよ……私は臭いお姉ちゃんですよ……」

 まだ引きずっていたか。踞まるカナは地面と顔を合わせながら、ブツブツと呟いており、鬱病患者のような様子でいた。昨日今日と、ナデシコに臭い呼ばわりされたこいつだが、心のダメージは相当大きいようだ。

「おいカナ。行くぞ」

「どうせ私なんか……」

 どうやら俺の声は、傍にいるカナに届いておらず、病みツイートは(とど)まるところを知らない。ため息をついて考えるが、確かこいつらは、俺の半径五メートルを中心とする結界から出られないことを思い出し、俺はその結界で無理矢理引きずってやろうと思いだった。

 俺は早速一歩を踏み出したが、するとフクメがカナの前にしゃがみこみ、二匹、目を合わせるようにしていた。

「カナお姉ちゃん、元気だして」

「う~……フクメさん。やっぱり、私は臭いのでしょうか?」

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべるカナであったが、フクメは優しく微笑みかけて、浴衣の胸ポケットに手を入れる。その中からは一つの、掌サイズの淡い赤色をした巾着袋が取り出された。

「これ、カナお姉ちゃんにあげるよ。良い匂いするから香水代わりに使ってるだ。これどうぞ」

「えっ!?そ、そんな大切なものを私にですか!?」

 巾着袋を差し出されたカナは驚きを隠せずにいると、フクメはニコッと笑いながら、カナの右手を握ってその掌に袋を置く。

「この色は私の好きな色なの。それにカナお姉ちゃんにも似合いそうかなと思ってさ。だから、あげる」

 最後にニッと白い歯を見せるフクメは両手で、巾着袋を持つカナの右手を優しく包み込み握らせた。

「本当に、いいんですか?」

「勿論!!女に二言はない!!」

「あ、ありがとうございます!!」

 次の瞬間、カナは目の前にいたフクメに飛びついており、その目からは僅かな水滴が乱反射していた。よほどうれしかったのだろうか、何度もありがとうと叫びながら抱き合っており、ついには泣き出してしまう。

 そんなカナをフクメは、よしよしと頭を撫でており、もうどっちが姉貴分なのかわからなくなっていた。

「あ、そうだ!!カナお姉ちゃん!!」

「はい。なんでしょうか?」

 抱き合っていた二匹はお互い開放され、目を合わせながら立っている。

「その巾着の中身は、絶対に開けちゃダメだからね!!メチャメチャ悲しいことがあったときだけ開けていいけど、それ以外は絶対にダメだよ!!」

「は、はい。わかりました……」

 叱りつけるように叫ぶフクメであるが、一方カナはポカンと、不思議そうな表情を浮かべていた。

 確かに俺も不思議に感じる。開けてはいけないことは兎も角、なぜ、メチャメチャ悲しいことがあったとき限定なのか。いや、考え過ぎか。フクメの考えることだ。どうせ、ろくでもない理由に違いない。

 俺は、カナがうれしそうに制服の胸ポケットに巾着袋をしまうのを見て、もとに戻ってくれてホッと一安心した。

 さて、空腹が俺を襲っている。謎だらけの梨農園の仕事を終えた俺は、みんなが待つ食堂へと向かうことにした。

 

皆様こんにちは。最近の食事はカップ焼きそばの田村です。今回も見ていただきありがとうございます。

伏線を散らし過ぎたせいで、もうネタバレに近いようにはなってしまいましたが、どうかこれからもよろしくお願いします。

学生の方たちはもうすぐ新学期。九月の始めの週は、生徒の自殺率が高いらしいですが、こんな悪霊にならないように生きてください。

では、また来週もよろしくお願いします。

ナデチコ~、チャイニングマチンガン!!

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