十六個目*あの奥義
新しく出会った霊、ナデシコ。
しかし、俺の回りには二匹の病んだ霊を忘れてはいけない。
大人数での食事とは、なかなか居心地が悪いもんだ。
長方形の長テーブルを前に食事をするわけだが、もしも自分の食べたい物が手の届かない、離れた場所にあったらどうしようか?大概の人間は隣の人に伝えたり、また隣の人へと伝言ゲームのように渡らせ取ってもらうことをするが、あれは結構迷惑行為であると伝えたい。だって、言われた側としては、今の食事を楽しんでいるのにそこで横槍を入れられたら、邪魔されたような気分に成りかねないのだから。どうしてお前の要望を聞いて手助けしなきゃいけないんだ?席を立って歩いて取ってこい……少なからずこのように思う奴らはいるはずだ。現に俺がそうだからな……
また、言う側が人見知りの場合だったらどうなるか?きっと自分の欲求を抑え込んで我慢に走るだろう。人間の第一次的欲求には食欲があるのに、そこで我慢などしたら大きなストレスを生み出してしまうに違いない。
団らんとは善く言ったもので、楽しく丸く集まるという意味があるらしいが、俺はこの言葉は現代日本
には適用されないように感じる。中途半端に取り入れた西洋文化の影響で、大人数での丸テーブルなど全く見受けられない。そんな国では団らんと言うよりも、もはや団結と言った方が適切なのかもしれない。要するに、大人数での食事なんて、楽しくないってことだ。
そんなことを考える俺、麻生やなぎは、梨農家の篠塚家で夕食を摂ろうとしているところだ。壁に立て掛けてある丸時計は夜の七時を指している。作業後の湯船に浸かり、身軽な私服に着替えた俺たちは、荷物の置かれた畳十六帖の寝室に集まりって長テーブルを前に座っている。予想はしていたが、やはり今回は俺、水嶋麗那、小清水千萩、篠塚碧、そして担任の九条満の五人で長方形の長テーブルを囲っていた。卓上には御飯、味噌汁、肉野菜炒め、おつけものなど、篠塚の老夫婦が用意してくれたであろう料理が並んでおり、旅館に泊まり込んでいるような雰囲気が漂っていた。
すると、テーブルの端で九条が、片手に缶ビールを持って立ち上がる。
「さぁみんな!!今日は一日お疲れさま!!明日もあるが、今日はパァーッとやろうではないか!!歓喜!!かんぱ~い!!」
既に酔ってやがる……
俺は、顔を赤く染める九条の溌剌とした表情を見て、内心呆れていた。今日の作業で一番仕事してないのはこのアホ担任であり、昼食を食べ過ぎて動けなくなってしまった。その結果、終了まで寝込んでいたらしく、結局午前中のみの活動であった。こんなヤツが指揮を執るなんて、どうかしてなきゃできない。正直、俺は気が乗らなかったが、正面の水嶋、その隣の篠塚、そして俺の隣の小清水がコップを掲げているのを見て、仕方なく空気を読んでコップを持ち上げる。
「「「かんぱ~い!!」」」
「乾杯……」
みんな楽しそうに叫んでコップを合わせて口をつけるなか、俺は笑顔ひとつも見せずに言い、手に持つウーロン茶を飲み干した。みんなは喉の渇きもあったが、それ以上に空腹だったため、すぐに「いただきます」と言って、丁寧に置かれた箸を持って食べ始める。
「美味しい!!篠塚さん家の御飯、とっても美味しいよ!!」
「ありがとう……お爺ちゃんもお婆ちゃんも、二人とも料理が上手いからかも……」
俺の目の前では水嶋と篠塚の和やかなやり取りが行われており、とても美味しそうに食べている。彼女たちの小さな一口に運ばれる食べ物は何だか輝いてるように見え、自然と俺の食欲をそそっていた。
「いただきます……」
俺はボソッと呟いて、まず肉野菜炒めを箸で一握り、御飯の上に乗せて口へと入れた。
「うん……悪くない……」
塩ダレと程好く絡み合った豚肉、シャキシャキ感を残す野菜たちの味は口の中に拡がり、十二分に俺を満たしている。独り暮らしであるため、日常は自炊、若しくはコンビニ弁当の日々であったが、久しぶりの他人が作った料理にとても温かみを感じた。
一方隣にいる、神社の神主である小清水は、さっきから静かに食べており、一噛み一噛みじっくりと味わっているようだった。
「神主って、食事制限とかはあんの?」
俺はふと気になって、小清水に聞いてみると、
「日常では特にない。あるとすれば、特別な祭の前日とかだ……火を通す物が食べられなかったり、食事中の会話ができなかったりとかだな」
と、口に含んだ食べ物を飲み込んでから答えていた。
「へぇ~。神主って結構面倒なんだな」
「別に不自由は感じていない……宮司と比べたら大したものではない……あと、俺は神主ではなく神職な」
「宮司?神職?」
俺は聞き慣れない言葉に疑念を抱いて更に聴くことにした。どうも、宮司とはその神社の代表者を示す言葉であり、実際に小清水のお祖父さんである、小清水一苳がそうだったらしい。また、世間で言われる神主とは、役職名としては存在せず、一般的には神職と言われているらしい。どうやら神職は直接的に神社の代表者を指すものではなく、その宮司になるためにはそれなりの修行を積む必要があるらしい。このときばがりは俺も、幼い頃から神職への修行をしていた小清水に同情していた。一苳のじいさんが亡くなってたからといっても、エレベーター式に簡単になれるものではないらしい。
「神職と宮司は別物だからな……俺はまだ神職の見習いにすぎん。お祖父様のような立派な宮司になってやるさ」
小清水は小さく言い残すと、御飯が盛られた茶碗を持って口の中へと掻きこんでいた。
「くんくん……はぁ~いいにおい~」
「はい。温かい御飯と御味噌、そして炒め物のさっぱりとしたにおい。癖になりそうです」
一方、周りの人間には視えていないが、霊のフクメとカナは俺のすぐ脇で顔をつきだしており、においを嗅いで楽しんでいた。
「はぁ~カナお姉ちゃん?」
「はい?」
「やっぱり、いいにおいってサイコーだよね!!」
「!?」
次の瞬間、カナは俺たちに背を向け始め、体育座りをしてこじんまりと顔を伏せた。
「どうせ私は臭いですよ……どうせ……どうせ私ですもん……」
カナの背中からはドス暗い闇のオーラが放たれており、俺たちはただ見守ることしかできなかった。
アイツに言われたこと、結構引きずってるんだな……
午後の作業開始直前、俺たちは新たな霊、ナデシコという幼女に遭遇していた。篠塚碧の妹であった彼女はもちろん生きていたときの記憶はなく、自身の名前である翠すら覚えていなかった。霊となった彼女は、篠塚のお爺さんにナデシコと命名されたそうだが、お爺さんは俺のように霊が視えるわけでなく、内心幼女への疑いが晴れていない。いろいろと聞き出そうとも思ったが、上空の鳥に反応して、
「わぁ!!鳥ちゃんだぁ!!待ってー!!」
と、はしゃいだ様子宙を舞っていき、俺たちのもとから離れ去った。その後、ナデシコは俺たちのもとに帰ってこなく、いつも通りの二匹の霊だけが俺の視界に映っていた。
そのナデシコに、においが臭いと言われたカナだったのだが、案の定それは大きな心の傷となっているようで、さっきからぼそぼそと自虐的な言葉を漏らしていた。フクメは側に寄って励まそうと試みるも、その声はカナの心に届いていない様子であり、面倒に思った俺は無視して温かい味噌汁をすすっていた。
夕食を終えた俺たちは、使った食器をしまうためにそれぞれ片付けを始めていた。小清水と篠塚は、洗い終わった食器の水を拭き取って棚へとしまっており、篠塚は手慣れた様子で次々に並べている。しかし隣の不器用な男は作業が遅く、時折持っている皿や茶碗を落としそうになっており、端から見ていて情けないと思った。一方、俺と水嶋は広い台所に立って食器を洗い、洗剤とスポンジを駆使して多くの汚れを落としていた。
「麻生くん、こういうの得意なんだね」
「独り暮らしだから、これぐらい当たり前だ……」
「家事ができる男子ってステキだなぁ……もしかして、そういうのも意識してるの?」
「カピカピになった白米や固まった油のことしか意識してねぇよ……」
「出ました、麻生くんジョーク!」
なんでそんな楽しそうなんだよ?
俺は水嶋とのやり取りを行いながら皿洗いを進めていき、頑固な汚れと水嶋の応答を蹴散らしていた。
しかし、協同作業とはなかなか大したもので、あんなに山積みになっていた食器が猛スピードで消えていく。まあ隣の水嶋の活躍もあってか、五人分の食器は十分程度で洗い終わってしまい、俺たちは無事に終えることができた。普段はなんでも独りでやる俺にとってはなかなか体験したことがないものであり、改めて団結という言葉の強さを実感していた。それにしても、あの九条はどこに行ったのだろうか?俺たちに仕事だけ押しつけて、さっきから姿を見せていない。どうせ酒にでも酔いつぶれて再び寝込んでいるに違いないと、思っていたときだった。
突如、俺たちのいる台所の空間に廊下を走る音が聞こえてくる。するとすぐに、ビール缶片手に持った九条が姿を現した。
「お~終わったか?じゃあ花火やろうぜ!!」
あまりの唐突さに俺たちは言葉を失っていた。どうも、九条は酔いのせいで頭がおかしくなっているわけではないようで、ただ楽しそうな表情をしていた。
「花火か~……ねぇ篠塚さん、行こう!!」
「う、うん」
水嶋と篠塚はそう言うと、九条につられてか笑顔を見せており、テンションの高い九条の背中を追っていった。
残された俺と小清水だったが、
「やなぎ行くぞ。このまま二人でいると画的にマズイ。お前の心境はともかく、俺は御免だからな」
誰がゲイだと!?
俺は小清水の言葉に怒りをぶつけたかったが、小清水もみんなの後を追うように歩きだしていく。内心的に花火などやらず、とっとと布団の中に入りたかったが、カナとフクメは目を輝かせて、
「行きましょう!!麻生さん!!」
「わぁい!!花火だぁ!!」
と、煩くて寝られたものではなかったため、渋々俺も外へと出ていった。
時刻は夜の八時を過ぎ、俺たちは正午に流しそーめんを行った縁側へと出向いていた。静かな夜のなか、あちらこちらから聴こえる鈴虫の鳴き声が、夏夜の涼しさを顕著にしている。また、俺たちの目の前には水の入ったバケツと大量の花火セットがあり、恐らく九条が持ってきたのだろうと予想できた。そんな九条は自身のポケットからライターを取りだし、花火セットに付属されていたろうそくに火を灯す。
「さぁみんな!!じゃんじゃん楽しめよー!!」
すると九条は一本の棒花火を持って、先端をろうそくの火に当てる。ゆっくりと赤く燃える火種は徐々に広がりを見せて、ついに白色の明るい光が飛び出した。その綺麗な様子に見とれていた水嶋と篠塚も、早速同じ棒花火を手に持って火を着けていた。
「ほれ……お前の……」
小清水は俺に花火を手渡して、この状況を楽しめと暗に言われているように感じた。小清水が火を着けたあと、俺は短い息をついて仕方なくろうそくに近づいていった。
さっきまでの夜の暗さは嘘のようで、様々な色花火が俺たちを包み込み明るみを帯びている。花火の種類も様々で、みんなが持つ棒花火、噴水のように飛び出す噴き出し花火、夜空を高く舞う打ち上げ花火とあり、様々な色彩で彩られていた。
そんななか、俺は一人離れて、しゃがみこんで線香花火を眺めている。こじんまりとして静かに弾けるこいつには何だか好感が持て、ただじっと見つめていた。
すると、俺の隣に霊のフクメが静かに寄って、同じようにしゃがみこむ。打ち上げ花火を見てはしゃぐカナとは違って、俺の持つ線香花火を物寂しげに見ていた。
「珍しいな……お前がはしゃがないなんて」
「うん……花火見ると……思い出すからさ……」
夏祭りの浴衣姿の中学生は、無理矢理の微笑みを見せて言っていた。
そうだよな……
フクメは今から五十年前、夏祭りの夜に亡くなっており、最愛の相手、神崎透と別れることになってしまった。俺たちと出会ってから、天童彩としてフクメは神崎と意思疏通を謀ることができた。しかし、彼女には、もうこの現世では見てくれないと、更なる哀しみが押し寄せたのか、夏祭りの打ち上げ花火の下、当時から着けていたお面で顔を隠して号泣してしまったのだ。そんなフクメにとっては、花火に対して良いイメージなど持っていないのだろう。全く、気の毒なやつだ。
「成仏に成功すれば、また会えるのかな?」
「さあな……でも、可能性はあるんじゃないのか?」
俺は、いつもと違う雰囲気のフクメに違和感を感じて反って居心地が悪く、いつものお転婆娘に戻ってもらいたかった。
「ほら……透も結構歳じゃん?先に逝った者として、天国で待っててあげたいなって思ってるんだ……」
「だったら、さっさと言霊を集めろ……俺だって、いつまでも隣に居られちゃ困るからな……」
「うん……ありがとう、やなぎ……」
最後にフクメは、重荷から解放されたかのように少し微笑みを見せ、彼女の目には線香花火の赤い光が輝きを持って反射されてた。俺たちの会話は、この空間には不似合いだった。しゃがみながら線香花火を眺めて小さく話す俺たちは、端から見たら病んでいるようにも見える。しかし、俺は普段の様子と相反するフクメに、何だか頑張ってもらいたかった。普段はあんまり他人の心境に興味など抱かない俺だが、唯一コイツが視える人間としてか、見届けたいという気持ちが生まれていた。そして線香花火は俺の足元にポトッと落ち、また俺たちを暗闇が包み込んだ。
「落ちちゃったね……」
「また、新しいので楽しめばいいさ……」
俺は再び別の線香花火を手に持ち、火花を散らせる。俺たちの間には沈黙が流れると共に、何だかホッとさせる線香花火の音が響き渡っていた。
「あの……麻生くん……」
すると、俺が一人しゃがみこむ姿がかわいそうだと思ったのか、篠塚碧が前に立って現れる。彼女は両手を後ろに隠していたが、棒花火の先端が丸見えであり何を持っているのかは検討がついた。
「なんだ?線香花火で火渡しはできねぇぞ?あっちのろうそく使えばいいじゃないか?」
俺はいつも他人と話すような口調で言い、相手に決して心境を明かさないよう話していた。しかし、篠塚は恥ずかしそうに立ち止まったままであり、ゆっくりと重い口を開く。
「麻生くんも……よかったら、みんなでやろうよ……」
篠塚は最後に俺と目を合わせて、困ったような表情で言っていた。ぼっち民族の俺としては、余計なお世話だとでも言い放ちたかったが、ちょうど線香花火は消えてしまったため、他に誘いを断る理由が見当たらなかった。俺は一度ため息をついて、仕方なく立ち上がって篠塚から一本の棒花火を受けとり、人間どもが楽しんでいる空間に誘われる。とりあえず棒花火に火を着けて、光が飛び出すのを待っていた。するとすぐに、先端から赤色の光が噴き出し、俺を優しく照らし始める。
「きれい……だね……」
俺の隣で篠塚は小さく言い、花火の光を目に映し出していた。
「ほれ……お前のも着けるから……」
「あ、うん……」
俺は、まだ篠塚が持つ棒花火に火が着いていなかったため、渋々火渡しを行うことにした。それぞれの棒花火の先端を寄せるが、なぜだが篠塚の手は震えており、なかなか火が着かずにいる。
「……お、やっと着いた……」
「あ、ありがとう……」
篠塚の棒花火もやっと火が着き、俺たちは始めて隣り合っていた。これと言って話す内容もないし、多分コイツには嫌われていると思うため、俺は無言を突き通していた。
「あのね……実は、私……妹がいたんだ……」
突然篠塚は、棒花火の光を見ながら口を開いた。俺はあえて何も言わなかったが、隣の田舎少女はさらに口を動かす。
「でも、死んじゃったんだ……ゴメン、変なこと言って……」
「それは、気の毒だな……」
あまりの重い会話と感じた俺は、仕方なく篠塚に応答した。でも、どうしてそんなことを俺に言ったのだろうか?やはりコイツも、俺が霊を視ることができると知っているからなのか?だったら、俺に何を要求する気なんだ?俺のなかでは様々な疑問が廻っており、とても目の前の花火に心を移すことができなかった。
「けど私は、ここにくると、いつも妹がいる感じがするんだ……ずっといるわけではないけど、時々私の近くにいるような気がするの……」
篠塚の意外な言葉に俺は驚きが隠せなかった。彼女の言っていることは正しく、現に俺はコイツの妹、翠に会っている。側にいたフクメには反応しなかったため、霊を視ることができるわけではなさそうだが、俺は篠塚の恐るべき考えに黙れずにはいられなかった。
「どうして……そんな風に思う?」
「なんとなく……私の勝手な予想だよ」
篠塚は俺に顔を向けて始めて笑顔を見せた。なんだコイツ……俺のこと嫌いだったはずではないのか?俺の頭には変な疑問が生まれていたが、俺たち二人のもとに水嶋が楽しそうに駆け寄る。
「篠塚さんの予想は、スッゴく当たるで有名なんだよ!!」
「もう……水嶋さん止めてよ!恥ずかしいってば……」
水嶋の明るい言葉に、篠塚は困惑した様子で顔を赤くしていた。水嶋が言うには、篠塚は学校で天気の予想や、教科担当の遅刻の予想などが当たると、どれもどうでもいい予想が当たると言っている。しかし今回、彼女が言ったことは紛れもない事実。俺は、篠塚の予想的中率の高さを確かなものであると、畏れ多いながらも噛み締めていた。
九条が持ってきた花火の本数は徐々に無くなり、俺たちの花火タイムは終了を告げる。燃え尽きた花火は水が入ったバケツへと送られ、外は花火が始まる前の空間へと戻っていた。後片付けを済ませた俺たちは、ゆっくりと家の中へと戻ろうとしていが、傍にいたフクメの様子が気になっていた。
「言霊……これはチャンスだ……ニッヒッヒッヒ~……」
フクメは変な悪巧みをしているように目を輝かせており、俺は、どうせ大したことはないだろうと思いながら呆れていた。
「ふ、フクメさん!!一体何を!?」
さっきまで子供のようにはしゃいでいたカナは、これから悪行をするであろうフクメを、必死で止めるよう話していた。
「カナお姉ちゃん……私、良いこと思いついちゃったの……」
「な、何をするつもりですか?」
カナは冷や汗を流しており、身震いをしながらフクメの闇発言を待っていた。
「ほら……言霊が落ちてたでしょ?それを今晩中にかき集めるってことさ……悪い話ではないでしょ?」
「い、いけません!!誰の物なのかわからないのに、猫ババするなんて良くありませんよ!!きっと事件に繋がります!!今ごろ、警察の方々が会議を開いていますよ!?」
「ニッヒッヒ~。カナお姉ちゃん、事件は会議室で起きているんじゃない……現場で起きているんだよ?でも、現場で警察も誰もいなければ、問題ないでしょ……」
犯人のお前が言うな……
俺は、二匹の支離滅裂なやり取りが、何とも幼稚に見えて仕方なかった。まあ、フクメがいつも通りの性格に戻っていて少し安心はしているが、やはりこの煩わしさは慣れたものではない。
するとフクメは俺の方に、よく時代劇とかで見る悪代官のような顔をして言葉を放つ。
「さぁ……やなぎくん……行こうではないか?」
「カナ、行くぞ……」
俺はフクメの発言を完全無視して、カナと共に家の中へと向かって歩き出す。フクメは俺の半径五メートルから離れられないことを知っていたため、フクメには背を向けていた。するとフクメは俺たちの目の前で突然仰向けに寝転ぶ。
「ヤダヤダー!!行きたい行きたいー!!おねがいー!!」
フクメは両手足をばたつかせて叫んでいた。幼い子供が、欲しいオモチャを買ってもらえなかったときによくする、あの奥義。しかし、俺は歩みを停めず、フクメの横を通り過ぎていった。冗談じゃない……なんで俺がこんな夜中に出向かなきゃいけないんだ……俺はもう寝たいのに。俺は縁側に上がろうとしたが、再びフクメが目の前で奥義を発動する。
「ヤダヤダヤダヤダー!!行きたい行きたい行きたい行きたーい!!お願いだから連れてってよ~!!」
俺はため息しか出なかった。振り返って広大な面積の梨農園を眺めると、絶望感しか味わえない。こんな広いところで小さな言霊なんて探してたら、朝が来てしまう。俺はこんな小娘に、少しでも元気になって欲しいと思った自分が愚かに感じていた。
「あ、麻生さん……あそこに人がいますよ」
するとカナは不思議そうに指を指しており、俺はその方角に目を移した。確かに、この梨農園の入口に、人影らしきものが見える。時刻はもうすぐ九時だというのに、一体誰なのか?フクメのこと以上に気になった俺は、目を凝らして焦点を当てる。すると、その人影の正体は、篠塚のお爺さんであることがわかった。さっきから動かず、じっと農園を見つめているようだが、何かあったのだろうか?
『ワタチはおじいちゃんに付けてもらったよ!!』
俺はふと、午後の収穫作業のとき、ナデシコという霊は篠塚のお爺さんによって名付けられたことを思い出す。霊が視える訳でもないのに、一体どうして名付け親になんてなったのだ?俺の頭の中は疑問が浮かぶばかりで、考えずにはいられなかった。別にフクメの要望に応えた訳ではないが、俺たちは家に上がらず、篠塚のお爺さんのもとへと向かった。
一体、お爺さんとナデシコは、どういう関係なのか?どうして彼女を実の名である翠と呼ばないのか?
俺たちは、この静かでほぼ真っ暗な農園へと、足を踏み入れることにした。
皆様こんにちは。甲子園よりもコミケに注目する田村です。今回はいかがでしたか?
ナデシコちゃんが直接的に登場することはありませんでしたが、カナとフクメの心情をメインにしてみました。
それではまた次回御会いしましょう。




