十四個目*シード権 なんてどうだ?
七不思議の件を無事に終えた俺、麻生やなぎは満を持して夏休みを迎えた。
しかし、今日からはとある田舎の町での梨の収穫作業をやることになっている。しかも奴らといっしょに……
まったく、とっととお家に帰りたい……
そんなことを思いながら作業するなか、俺の目の前で不思議な現象が起こるのだった。
新章、梨農家の浮遊霊編スタート。
夏休みは、年を取れば取るほど苦痛になる。
一番満喫できたのは小学生までだった。あのときは何も考えず、ゲームをしたり漫画を読んだり脳内戦闘妄想をしたりと、習い事がない限り全てが自由となっていた。
しかし、中学になると、宿題という大量の異物が俺たちを襲ってくる。学校のワークを初めやたらと分厚いプリント集や、自由研究などをまとめるレポート。特に受験時の三年生の時なんかは、もはや言うまでもない。
そして、高校に入ると夏休みの概念が変わる。
俺は進学校に入学したのだが、修了式を終えたのに次の日も学校へ行き、課外授業という名目で平気に授業が開講される。内容としては前期の復習、そしてこれからの予習といったものだが、明らかに以前の授業よりも労力を費やすものだ。
正直、高校生の夏休みは八月から始まると考える方が妥当だと思う。しかし、この課外授業という未確認生命体は、追い打ちを駆けるように夏休みの終盤にもやって来て俺たちに反撃の狼煙を上げる。
こんなの夏休みではない。
サマーバケイションではない。
ただのホリデーズに過ぎない。
そんなことを思う俺は、とある車の助手席に乗って、照り輝く青空を見ていた。
八月の上旬。
お盆前のこの時期では、まだ道端で遊ぶ子どもたちがよく見られる。また、仕事をする大人たちも、この炎天下のなか、汗を流して働いている。蝉の声も大きく、喧しさが充分に発揮されていおり、これからまた面倒なことが起こると知らせているように感じた。
面倒なことといえば、この前の七不思議の件だってそうだった。
どうやら、俺の通う笹浦一高には随分昔から、地縛霊の湯沢純子という、たいへん生意気な少女がいたもので、ソイツがあわや、悪霊を憎む将来神主の小清水千萩に消されるところだった。
しかし、俺と小清水の間にあった腐れ縁というやつが、この事件を収束させ、湯沢はまだ学校の屋上で存在している。
ちなみに、現在の湯沢についてだが、湯沢は毎日訪れてくる、言霊を集めて幸せな成仏を夢見る霊たちの相談役になっており、なかなか言霊を集められない悩みを聴いたり、言霊を手に入れる方法やアドバイスを教えたりと、結界がなくなってから大忙しの日々である。三日前なんかは、朝から霊の長者の列が発生していたくらいだ。一匹一匹真剣に受け答えをする湯沢だったが、その様子は正しく、行列のできる成仏相談所だった。しかし、この大業も湯沢の、
「霊を絶対に悪霊にさせない……」
という、かつて小清水一苳から受け継いだ、強い想いがあるからこそ続いているのだと俺は思う。
そして、一方で俺たちはとある田舎町へと向かっているところだった。
俺は、この状況と夏の暑さに対して大きくため息もついた。
どうして、こんなことになってるんだ?
俺はこの車内を見渡して思っていた。
実は、今日から梨農家の手伝いが始まるのだった。
以前学校で、同じクラスの水嶋麗那という、たいへん魔力の強い女と、担任の九条満という、たいへん恐ろしく凶暴な女がタッグを組んで、俺はこの手伝いに嵌められてさしい、今こうして向かっているところだ。
話を聴いたところ、この手伝いは二日がかりで行うらしく、ただでさえ、眩い夏の空の下が嫌な俺は、テンションが最高にローってやつだった。
さて、ここからはメンバー紹介でもしよう。
ちなみに、俺が乗っているこの車はいわゆるファミリーカーと呼ばれるワンボックスカーであり、後部座席が二列ある車だ。
まず、後部座席の一列目には、学校の生徒会長でありこの出来事の主犯、水嶋麗那が楽しそうな表情で座っていた。
またその隣には、水嶋の友だちらしき女子、共犯とも呼ぶべきか、同じクラスの篠塚碧が何だか恥ずかしがった様子でいた。篠塚は水嶋とはまた異なった人種であり、背は低く髪も短いショートヘア。女子高校生特有のオシャレ感は全く感じず、一言で言えば田舎娘といったところだ。
「水嶋さん……わざわざ来てくれてありがとう……」
篠塚碧はもぞもぞしながら、小さな声で囁くと、水嶋は笑顔で、
「ううん。私は楽しみだから、全然苦とか感じてないよ」
と、明るく振る舞っていた。
まあ、メンバーとしては百歩譲って、ここまでは納得できる。しかし、
「なんでお前までいるんだよ?」
俺は、一番後ろの席で荷物の隣で座る男、小清水千萩を見て言った。
「なぜって……誘われたからだよ」
小清水は俺のように無表情のまま返す。
「お前、神社の経営とかいいのかよ?今のとこお前が小清水神社を仕切ってるんだろ?」
「ああ。今日と明日は閉めているから問題ない。それに、俺がいなきゃ、お前はハーレム状態になって捕まるおそれがあるからな。こっちの方が何よりの問題だ」
小清水は淡々と言っていたが、俺は、
「俺はいつからそんなスケベ祭り人間になったんだ?」
と、冷たい突っ込みをふてぶてしくいれた。
「まあまあ……良いではないか?人数は多いことに越したことはないだろ?」
すると、俺の隣で運転する女性が言葉を投じる。
そう……メンバーにはコイツもいるんだ……
「なんで先生まで来たんすか?」
俺は、独身なのにさっきからファミリーカーを駆使する九条満に、嫌々ながら言った。
「そりゃあ、手伝いがしたいからだよ。何てったって、うちのかわいい生徒の農家なんだからな」
「生徒の農家?」
俺はそう呟くと、水嶋の隣にいた篠塚碧が口を開く。
「じ、実は……これから向かうのは、私のおじいちゃんとおばあちゃんの家なんです……」
小塚は未だに緊張した様子で話していた。
「みなさん……今日は本当にありがとうございます……」
篠塚は乗車した俺たちにそれぞれ向かって言っていた。しかし、俺にだけやたら直ぐに視線をそらし、水嶋、小清水の方をじっくり見ていた。
確かに……今日俺たちが行く場所は『篠塚梨農園』と言われていた。水嶋の親戚って、コイツのことだったのか……もう早速嫌われてるように感じるが……
俺は、さっきから俺から視線をそらそうとする篠塚の様子を見て思った。
しかし、まさかこのメンバーで二日を過ごすことになるとは……
俺は未だに、この残酷な現実を直視できずにいた。
「うわぁ!!見て見てカナお姉ちゃん!!田んぼ!!田んぼだらけだよ!!」
「はい!!田んぼだらけですね。自然の美しさが眺められますね」
あ、忘れてた。
今、荷物の近くでしゃべったのが、霊のフクメとカナ。自身は悪霊だとか抜かしているが、これからはただの霊と呼ぼう。コイツらはただの霊であるため、一般の人間には姿も声も認知されないため、コイツらも不自由なく参加していた。
そして車は田舎道を走り続け、高く聳える山の方へと向かっていった。
時刻は九時。
俺たちは遂に、篠塚梨農園に到着した。
「うわぁ!!広ーい!!」
「うわぁ!!美しいです!!」
ただの霊のフクメとカナは目を輝かせて、この梨農園を見ながら言っていた。
俺たちも車から降りて、両腕を上げてリラックスする九条、ただの霊共と同じように見る水嶋、ひさびさにこの景色を見てホッとしている篠塚、欠伸をしながら景色を眺める小清水と、皆様々な表情をしていた。
そんな俺たちの目の前には、高く聳える山を脇役に、緑溢れる芝生と木々に囲まれて、優しい山風が吹く広大な広さの梨農園がある。
この篠塚梨農園は二人の老人で経営されており、以前まではこれほど広くはなかったらしいが、ここ数年で出荷数が突然大幅に上がったらしく、現在では、俺の好きな東京国際展示場の屋内展示場面積に匹敵するそうだ。
「こんな……広いのか……」
俺はこの梨農園のあまりの広さに恐怖と絶望に満たされていた。この広さの梨をたった二日で駆逐するとは、正直無理難題だと感じる。
しかし、俺の気持ちは誰からも理解されず、皆は車のトランクから宿泊用の荷物を取りだし、直ぐに梨農家の家へと向かった。
すると、俺たちは一階建ての小屋のような家の前に着いた。古き善き木造建築で何年も前からあるような年忌が入っている。
「おじいちゃん!!おばあちゃん!!来たよー!!」
家の入り口に着くと、さっきまで静かな様子でいた篠塚碧が、辺りで騒音を撒き散らす蝉に負けない大声で叫ぶ。
すると、家の戸はゆっくりと開けられ、中から二人の老夫婦が現れた。
「おー、これはこれは皆さま。お待ちしておりました」
「わざわざ遠いところから来てくださり、本当にありがとうございます」
最初に老夫が話したあと、次に老婦が続けて話した。白髪混じりの二人は優しい微笑みを浮かべて話しており、晴天の下うれしそうに俺たちを歓迎していた。
確かに遠かった……
今現在の時刻は朝の九時で、今朝の集合時間は七時だった。正味二時間かけて来たことを考えると、俺たちはなかなか立派な人格を備えているように感じる。そうだ、もっと誉めろ、もっと讃えろ。
俺はそんなことを考えていたが、九条は、
「いえいえ。二時間しかかかってないですから。予定より一時間近く早く着きましたよ」
と、胸を張って得意気に言っていた。
確かに早かった……
俺たちはこの九条のワンボックスカーに乗せられて来たが、その運転内容はそこらのヤンキーすら圧倒させる。現に、高速道路で来た訳だが、その道中は恐ろしい速さで疾走しており、何台もの車をはね除けながら進んでいた。また、途中でスポーツカーに追い越されたときがあったが、九条は何に苛ついたのか、そのスポーツカーに負けじと追いかけ、最終的に煽りをかけて追い越し喜んでいた。まさかその運転手も、相手が高校女性教員とは思っていないだろう……
俺はそのときばかりは、この女が一人だという理由が何となくわかった気がした。
すると、俺たちをまず家の中に入り荷物を置くことにした。この家の老夫婦の孫にあたる篠塚碧を先頭にこの家の中に誘導されていく。入り口から玄関に上がると、まず見えたのは畳の居間だった。大きな障子が解放されており、そこから梨農園の景色が入ってくる。
俺たちはそこを通りすぎ、廊下を歩いて行く。すると、俺たちを待っていたのは、その居間の隣であろう広い寝室に着いた。広さは俺の城と比較して考えると約十六帖の畳で、それなりに快適な空間だったが、俺は恐ろしいことに気づいてしまう。
「クーラーが……ない……」
俺はこの世の終わりを知らせるように言うと、荷物を置く水嶋は、
「でも、全然暑くないよ?ねぇ篠塚さん」
と、笑顔で隣の篠塚碧に話を振る。
「うん。ここら辺は扇状地になっていて、地面には山からの水が流れてて、その影響で風も涼しいし気温もそこまで高くないの」
「そっかー。どおりで風が涼しいと思った」
篠塚のゆっくりとした解説に水嶋が笑顔で答えると、続けて九条と小清水も口を開く。
「普段は味わえない、自然の力ってやつだな。空気もおいしいし、学校のエアコンとは大違いだ。麻生、良い体験じゃないか?」
「まったく……どうしてお前はいつもクーラーのことしか考えない?そんなことだから、肌は色白で血が流れてるのかわからない顔になるんだよ」
そこまで言うなら見せてやろうか?
俺の鮮明かつ神聖なスカーレットブラッドを!!
俺はこの場でリストカットをしてやろうと考えたが、すぐに篠塚が作業への着替えをするよう伝えた。
十分後。
俺たちは学校のジャージを着こんで、さらに麦わら帽子とゴム手袋をはめていた。暑苦しい格好だったが、梨農園の木陰と風が俺たちを優しく包み込んでいた。
「篠塚さん似合ってるね。かわいいし、本当の農家の人みたい!!」
すると水嶋は、篠塚碧の誰よりも格好慣れした作業着姿を見て感激していた。篠塚は、水嶋とは頭一つ分小さい短身であり、クラスでもあまり注目を浴びるようなオーラは無いが、このときばかりはどこか異彩を放っているように見えた。
「そんなことないよ……水嶋さんだって似合ってるよ。私なんかよりずっと華があるって感じだよ」
篠塚は顔を赤くしたあと、水嶋を見上げて言っていた。水嶋もそれなりに着こなしており、長い黒髪をゴムで結んで麦わら帽子を被っていた。その優美さと上品さからは、テレビに出ていそうな有名女優のようにも見えた。
「おいおい……やなぎのやつ、完全に見惚れてるじゃん。まったく、アツアツの夫婦はこれだから恥ずかしい」
「うぅ……麻生さん……祝儀は必ずやお贈りしますね……グスッ……」
……面倒くせぇ……黙ってよう……
俺は、後ろでからかうフクメと涙を浮かべるカナを見向きもせず無視した。
すると俺たちの前には、荷台にたくさんのコンテナを積んだ一台の軽トラックが現れ、中から作業着姿の老夫婦が出てくる。
「それでは皆さま。今日と明日、よろしくお願いします。収穫する梨は袋に覆われた物ですので、それをこのコンテナに集めてください」
老夫は俺たちにそう言うと梨の収穫方法を教え始める。近くの木にあった、白い袋に被された梨の実に指差すと、まず梨をそっと持って、次に上方へと上げる。すると、梨の軸が音を起てて簡単に木から外れた。
「お前ら、間違っても引っ張らないようにな」
すると、工事現場にいそうな九条が俺たちに向かって言った。
「引っ張ると何かいけないんですか?」
水嶋は不思議そうに言うと、その隣にいた篠塚は、
「引っ張ると新芽に傷がついちゃうの。そうすると、来年の収穫に影響しちゃうんだ……」
と、静かに水嶋の顔を見ながら言い、水嶋は「へぇ~」と初めて知ったという様子だった。
「あの女もなかなかおもしろいかも……これはやなぎの結婚相手と白熱のバトルを繰り広げそうだな」
「麻生さんダメです!!浮気はダメですよ!!絶対!!」
堪えろ……麻生やなぎ……堪えるんだ……
俺は再びフクメとカナからの言葉を、怒りの拳を震わせながら無視して耐え忍んだ。
「さあて!!じゃあ生徒たちよ!!来たからにはしっかり働いてもらうぞ!!」
大工の棟梁にも見える九条が俺たちにそう告げると、それを聞いて今まで黙っていた小清水が挙手して、
「先生、梨を多く獲ったら何か褒美とかはありますか?モチベーションを高く持ちたいですし、個人的にはそういうのがあると助かるのですが……」
と、突然勝負を持ちかけるような内容を話した。
「褒美?……ん~そうだなぁ……シード権なんてどうだ?」
はぁ?
九条の口からは再び俺の理解を越える言葉が飛び出した。
「シード権ですか?」
「ああそうだシード権だ。勝負に勝ったらシード権は付き物だろ?シード権の内容は後で教えるから、皆はシード権獲得を目指して頑張ってくれ!!」
絶対にテキトーだろ!?
俺は九条の言葉を全く信用していなかった。しかし、皆の様子はかえってやる気が奮起しているようだった。
「シード権って何だろう?篠塚さん、お互い頑張ろうね!!」
「うん。良くわからないけど、いっしょに頑張ろう」
水嶋の言葉に、篠塚は安らぎを露にするように話していた。
一方小清水は、さっきから俺の方を向いて睨み続けている。
「負けんぞ……やなぎ。男と男の仁義なき戦いだ……」
小清水は俺にだけ聴こえるような小さい声で言い、めらめらと闘志を燃やしているようだった。
そういえばコイツは、小学生のときから何かと勝ち負けにこだわっていたな……それがまさか高校生になっても変わってないとは……
俺は、脳の成長が小学生のときから止まっている小清水をそう思いながら、大きくため息をついた。
すると無情にも、梨農園の収穫作業は九条の掛け声と共に始まった。この広大な面積に放たれた俺たちはそれぞれ分かれて、森がある方は水嶋と篠塚碧が共に、山際の方は小清水と九条と篠塚のお婆さん、そしてその間の空間は俺と篠塚のお爺さんと共に収穫することとなった。それぞれにはこの農園の土地勘を持つ者が一人ずつ置かれ、誰も迷子にならないようにすることが目的だと篠塚の老夫婦に言われた。水嶋と篠塚のグループは楽しそうに収穫しており、二人とも夏の太陽のように明るい笑顔を溢れさせている様子を見せる。一方、小清水と九条の凸凹コンビは、不器用なあまりなかなか作業が進まず、篠塚のお婆さんに教わりながら必死に汗を流しながら行われていた。
そして俺も、篠塚のお爺さんと共に梨の収穫を黙々と行い、すぐに一つのコンテナが梨一杯に満たされた。
俺はまず一段落と思い、額に溜まった汗を袖で拭い大きく深呼吸をしたあと、篠塚のお爺さんは、
「おお、君はなかなか手が早いね。新しいコンテナ持ってくるね」
と、俺を見てうれしそうに言い、梨一杯のコンテナを持ってこの場から去っていった。
意外と梨の収穫とは簡単なもので、俺はスラスラと収穫することができていた。どっかの凸凹コンビは苦戦しているようだが、正直どこが難しいのかは俺に理解する余地はなかった。
「わぁ!!でっかい梨!!カナお姉ちゃん、あれ獲ろうよ!!」
すると、俺の半径五メートル以内にいたフクメが、木にぶら下がった大きな梨に指を差しながら言うと、カナは笑顔でその梨に手を添えてゆっくりと持ち上げ、プチッという小さい音を起てて取り外した。
「わぁい!!ゲットだぁ!!カナお姉ちゃんすごい!!」
「エヘヘ。梨の収穫なんて初めてやりました。とても楽しいですね」
小さな子供のように大はしゃぎして喜ぶフクメのあと、その保護者のようなカナはうれしそうに梨を両手で持ちながら話していた。
「おい……その梨を早く置け。お前らの姿は視えないんだから、周りの人からは梨が宙に浮いてる状態なんだから……」
俺はさっそく、梨を持ったカナにそう言葉を投げかけ、まだ満たされてない傍のコンテナにそっと置いた。
「頼むから、周囲に人がいるときはやるなよ。面倒事になると嫌だからな」
「はい。わかりました」
「カナお姉ちゃん!!そこにも大きいやつあるよ!!」
俺の冷静かつ的確な言葉にカナは笑顔で頷いたが、フクメは聞いていたのかわからずすぐに別の梨に人差し指を向ける。
するとカナも笑顔でフクメのもとに寄り、再び梨をまじまじと見ていた。
まったく……喧しいのは蝉だけじゃないよな……
俺は、この夏空の下で聞こえる蝉の鳴き声とともに、二匹の様子を見ながら思っていた。
『いいなぁ!!楽ちそう!!』
!?
俺の耳に突然聞きなれない声が聞こえた。すぐに辺りを見渡したが、俺の目に映るのは白い袋に被された数々の梨と、木陰から太陽の陽を漏らす緑の木々だけだった。
何だろう?今の声……幼い女の子の声だった……
「麻生さん?どうしたんですか?」
するとカナはそう言って、フクメといっしょに俺の様子を見て不審そうに尋ねる。
「お前ら……じゃないよな……」
俺は二匹のただの霊を見ながら口を動かした。
さっき聞こえた声はカナでもフクメでもない……日々コイツらの声を聞いている俺だからこそ断定できる。そうなると、じゃあ誰が話したんだ?
俺は再び辺りを見渡した。しかし、映るのはやはり同じ景色であり、緑溢れる農園だけだった。
「何だよ?そんなに見回して……お前の結婚相手は近くにいないぞ?」
「うう……麻生さんもついにアクションを起こすようになったのですね。水嶋さんとは、きっと未来永劫良い関係が築けることでしょう……」
未来永劫黙ってろ!!
俺は二匹にそんな想いを寄せていると、少し離れたところに何か光輝く物が見えた。俺はゆっくりとその場へ向かい、黄色く光る発光体の正体を確認しようとした。
「なんだこれ……ビーズ?どこかで見たことあるような……」
俺はその発光体をしゃがみこんで言うと、
「「こ、言霊ー!!」」
と、カナとフクメは大声を出して驚き始めた。
言霊とは、霊が無事に天国に逝くために必要なもので、大きさは五百円玉くらいのビーズのような球体で、様々な種類の色がある。言霊は、基本的に人間が驚いて叫んだときに、その口から飛び出るらしく、勿論一般の人間には視ることはできない。この言霊は一匹の霊に対して四十四個必要とされ、霊たちは日々この言霊を集めることに奮闘していると言われてる。現に、コイツらカナとフクメもその一味である。二人合わせて三つだがな……
しかし、なぜこんなところに?
俺は地面に落ちている言霊を見ながら思い、少し嫌な予感を感じていた。
「もしかして、この地にも霊がいるのか?」
俺は独り言のように口を動かすと、ただの霊であるカナとフクメは驚いた表情をする。それからしばらく、俺たちは地面に転がる言霊を黙りこんで見ており、涼しげな風が起こす木の葉の音だけが響き渡っていた。
すると、俺たちのもとに突如強い風が吹き付け、カナとフクメは目を閉じ、俺は掌で顔を隠すようにして言霊を見続けていた。
その言霊は風で宙に舞い上がると、一本の梨の木に向かって飛んでいく。梨の木にぶつかろうとした次の瞬間、
ピチャッ……
と、言霊は梨の木との接触時に音を起てて姿を消した。
俺たちを襲った突風は止み、カナとフクメはゆっくりと目を開け始める。
「あれ!?言霊が無くなってるー!!」
最初に気づいたのはフクメだった。続いてカナもそれに気づき、二匹は手に入れられず残念そうにため息をついていた。
一方俺は、二匹とは異なった方向を見ていた。それは言霊を吸収した梨の木。俺は、先ほどの瞬間は見間違いだとも思ったが、水面に水滴が落ちたような音が聴こえ、白い波紋すら見えたため確信していた。
「麻生さん?どうされました?」
すると、カナは俺の様子を見て再び質問を投げかける。
「なあ……言霊の性質とかって、何か知ってるか?」
俺は梨の木への視線を変えずに、カナにそう聞くと、
「はい。まあ、それなりに……」
と、予想していなかった質問が来たことで少し驚いた様子でおり、その内容を俺に話そうとした。
「やあ~お待たせ~」
すると、俺たちのもとに篠塚のお爺さんが、先ほどの梨で満タンになったコンテナを運び、新しく空のコンテナを持って帰ってきた。
俺に言霊について説明しようとしたカナだったが、篠塚のお爺さんの出現で話を中断させてしまう。
お爺さんの優しい笑顔のもと、俺は再び梨の収穫作業に入ることになった。しかし、俺はその作業に集中できずにいた。
どうして、この場所に言霊が?
なぜ言霊は梨の木の中に消えていったのか?
そして、声の正体は?
俺はそんな疑念を抱きながら、この涼しい梨の木の下で作業をし、一つ一つ獲る梨にただならぬ重みを感じていた。
皆様こんにちは。近所の夏祭りには参加せず、家で妄想ばかりしている田村です。
本日から新しい章を開始しました。
徐々にコメディーから離れている気がしますが、どうかこれからもよろしくお願いします。
それでは、また来週この時間で……




