九個目*命持ってかれる……。
七不思議の最後。それは、屋上の歌姫。
しかし、俺は朝からとんでもないヤツに会ってしまう。
そして放課後、俺たち、麻生やなぎ、水嶋麗那、カナとフクメは屋上に向かうことになるのだが、俺の目に視えたものは、なかなか冷酷極まった現場だった。
カラオケの何が面白いというのだろうか?
よくカラオケに行くヤツらを見かけるが、俺には到底理解できない愚行だと捉えている。所詮お前らは一般人なんだから、そんな綺麗な歌声なんて持っているはずがないというのに。
特に、複数の群れを成して通うヤツらはなんなのだろうか? 対して上手くないヤツの歌など聴いて、渦巻き管が苦痛だと感じないのだろうか?
言うまでもなく俺は、CDやDVDを買って家で聴くことが正しいと考えている。
歌とは“楽しむもの”ではない。“味わうもの”なのだから。
前者が正しいと考えているヤツらは、もはや俺の嫌いな自意識過剰民族に違いない。実際に求められているのはお前の歌声なんかよりも、その曲の音響であることをいち早く気づいてほしい。
まぁこんなことを偉そうに語る俺だが、もちろん音楽には一切興味はない。静かで落ち着いた沈黙な雰囲気の方が好ましいからな。
しかしそんな俺――麻生やなぎは珍しく“歌”というものが頭から離れずにいたのだ。
深い夜に覆われた現在、俺は城の中で就寝時を迎えているが、やはり静寂までは訪れない。
「えっと~、ポテチが八十円でしょ~……それとチョコが百円……それからクッキーが~、えっと~……」
俺に取り憑く一匹の幽霊――フクメは何やら、さっきから明日に向けての準備をしているようだ。部屋のテーブルに置いてある、この前からストックしていた菓子類を指差しながら、値段まで一つ一つ確認をしている。
計算を小さな頭で考えている分苦悩の眉を型どっていたが、理系の俺はコイツの手助けなどせず、反って楽しみを阻害してやるよう冷徹目を向ける。
「わかってると思ってないから言うが、お前にやるものは一つもない……」
「え゛えぇぇ!? なんでよ!? だってオヤツは五百円までならいいんでしょ?」
お前、一応中学生だよな? 確かに視た目はアレだが……。
小学校兼地方ルールを繰り出したフクメには、もちろんウンザリ極まりなかった。明日は残る一つの七不思議を観察しに向かうのだが、どうもコイツはそれを遠足として捉えているようだ。しかも物価急上昇中のこの時代、オヤツ五百円ではろくな物を持っていけないだろう。笹浦市のような田舎ならまだ良いとして、都心だったら通用しない限定的御約束だ。
「フクメさん!! 七不思議は遠足ではありませんよ!! たいへん危険なものなんですから!!」
「カナお姉ちゃんまでぇ~」
するともう一匹の女子高校生幽霊――カナが、フクメを必死に説得するよう前のめりで叫んでいた。というか危険だとわかっているくらいなら、いっそのこと明日の予定まで潰してほしいのだが。
「七不思議に油断は禁物です!! オヤツなんて食べる余裕もありませんよ!?」
カナの一方的な注意ばかりが部屋中に広がっていたが、相変わらずあっけらかんとしたフクメは不思議そうに瞬きを繰り返す。
「……でも、カナお姉ちゃん?」
「ダメッ絶対ッです!! 私は意見を曲げません!!」
「工場見学とかでも、オヤツ持ってきていいルールあったよ?」
「け、見学……そ、そうなの、ですか……」
おいおい、なんで論破されてんだよ……?
意気込んだいたカナも束の間、フクメの幼稚な投球に打ち返すことができなかった。終いにはどこか納得した様子で頷き始め、それでは仕方ありませんねと完全に受け入れてしまう。
どっちが歳上なんだよ、ったく……。
まぁ最近の俺の城では、こんな騒がしいやり取りばかりが起きている。この二匹にはとっとと出ていっていただきたいばかりで、もう一度優雅な独り暮らしを嗜みたいものだ。
「七不思議知りたいヤツらもどうかしてる……」
俺はため息を交えながら呟き、ドサッと座布団に座り込む。いつしかカナもフクメの愉快さに圧倒され悩ましげだったが、ふと今日一日の出来事を振り返り、共に明日に訪れる最後の一つについて考えてみた。
本日俺たちは、学校の七不思議を体験してきたのだ。そのうちの六つは解決してやったのだが、まだ体験していない七不思議はもう一つある。
それは、屋上の歌姫。
太陽が消え入りようとしていた下校間際、俺はとりあえずその内容を水嶋麗那から聞かされた。
今からだいぶ昔――百年近くもの過去に、一人の女子高校一年生がいた。その女子は歌がとても上手く、美声の持ち主とまで評判だったらしい。暇さえあれば、当時開かれていた屋上へ何度も向かい、音楽室から響かされる歌を風と共に口ずみ奏でてでいたという。
しかしある日、その女子は一高の屋上から飛び降り転落死してしまったのだ。
十六歳にも満たないまま亡くなった訳だが、彼女の悲壮たる生い立ちから自殺だと結論着けられたらしい。
すると彼女の自殺をきっかけに、学校側は屋上を全面立ち入り禁止へ動き出した。もうこんな悲惨な事故を起こさせたくないと、生徒の命を守ることを建前に、自身らの名誉を護るために。
こうして誰も行けなくなったはずの笹浦一高の屋上。高いフェンスも張られ、外部からも侵入できない異空間のような姿に変貌した。
しかし彼女の死から数日後、こんな噂が流れたそうだ。
――屋上から女性の、綺麗な歌声が聞こえる、と。
もちろん学校側の人間は、誰かに鍵を開けられたのだろうと疑い、屋上の入口や鍵倉庫をすぐに見に向かった。が、やはり全ての入口は冷たい南京錠で閉ざされたままで、また倉庫から盗まれた形跡も皆無だったという。
もはや生徒の勘違いだろうと、原因追求の幕は下ろされたものの、やはり何人かの生徒たちからは“声が聞こえた”と永続し、そのツイート数は増えていったそうだ。
あまりにも奇妙に感じた当時の校長は、実際に神職を呼んでお祓いまでしてもらったのだが、それでも屋上の歌姫の声は閉ざされることなく開演されていたらしい。
「……結構、面倒かもしれねぇな」
考えていた俺は水嶋から教わった内容を独り言で終わらせ、ふと白い天井へ目を送る。
そういえば昨日も、こうして学校の天井を覗いたような覚えがある。
――みへ♪
僅かな音量だったが、俺の耳に訪れたのは確かだった。か細いな ら麗しく、一方でどこか儚さまで感じ取らせる、そんな静かな歌声だった。
だが俺が見た場所は最上階。誰もいないはずの屋上から聞こえるなど、魅了よりも奇妙で仕方なかった。
また今日の帰りにも、俺は学校の屋上に誰かがいた気配も感じた。もう一度確認しようと凝らした瞳を放ったのだが、すでに人影は見当たらなかった。俺と同じくらいの背格好で、長めの髪だった気がするが。
「……ダメだ、わからん。もう寝るぞ……」
考えても結論が見えそうになかった俺は立ち上がり、押し入れから布団を取り出して床に敷き始める。くだらない七不思議のことに時間を割いて寝坊する、そんなバカバカしい未来なんて体験したくないからな。
「えぇ~もう寝るの!? まだ夜の十時だよ!?」
するとフクメが俺の目前で騒ぎ立てる。
「テレビはこれからがゴールデンタイムなんだから!」
「録画でいいだろ……」
「録画じゃヤダァ!! 生で見るからこそ、テレビは明日の女子トークを盛り上げてくれるんだよ!?」
幽霊のお前が誰とトークすんだよ……?
フクメはシーツを整える俺を邪魔しようしたが、幽霊の都合で一切触れられず、今度は苛立ちの歯軋りで騒音を続けていた。
無論俺は一声も挙げず完全無視し、さっさと眠ろうと電気スイッチに手を伸ばす。
「ガルルゥ~やなぎメ゛ェ~……そんなんだから彼女もできないんだよ~」
別に欲しいだなんて思ってないし、むしろ独りを愛する俺にはありがたい御言葉だ。
「ふ、フクメさん。いっしょに寝ましょ?」
「ん? カナお姉ちゃん」
すると白い目だったフクメは、おどおどしたカナに抱き着かれ、瞳の色を取り戻す。
「暗いの、ちょっと怖くて……だからお願い致します、フクメさん」
「……まったく、しょうがないな~!」
カナの願望を心から受け入れたように、フクメが平たい胸を張った。
こんなヤツらが悪霊やってんだもんな。世も末なのだろう……。
二匹の姉妹感溢れる穏和なシーンが流れされたが、俺は呆れて物も言えず、大きなため息をついてから消灯してやった。
***
次の日の朝。
笹浦第一高等学校。
珍しく早めの登校をした俺は昇降口に着くと、 まっすぐ屋上に続く階段へ向かった。そこの階段は、俺が昼休み毎日過ごすベストエリアで、唯一独りになれる素晴らしき空間だ。
「あ、朝から見に行くんですか……?」
すると俺の背後で浮かんだいたカナが、今からオバケ屋敷にでも入るのかと言わんばかりに声を震わせていた。しかし一方のフクメは真反対の明るげな様子だ。
「もぉ~、やなぎも御子ちゃまだなぁ~」
正直、お前にだけには言われたくなかったが……。
二匹のアホ霊に苛まれながら、俺は強めの足踏みで階段を上っていく。
今日は朝からベストエリアに訪れた俺だが、もちろん屋上の七不思議に興味を抱いたからではない。放課後水嶋に残されるのが嫌なだけで、すぐにでも解決したかったからだ。
最上階まで身を運んだものの、やはり目の前はいつもの景色が拡がっていた。人気など皆目見当たらず、並べられた数々の机で屋上への道を封鎖されている。が、俺は手慣れたように潜り抜け、ついに屋上扉が垣間見えてきた。
「……あれ、か」
俺は思わず立ち止まり、固唾を飲み込んでしまう。屋上扉からは生徒たちが立ち入りできないよう厳重に閉ざされていると聞いていたが、まさかここまでやるとは思っていなかったからだ。
実はこうして扉を見るのは初めてで、どのように施錠されているかすらも知らなかった。だからこそ驚きに満たされ、しばらく黙りながら見つめてしまった。
その扉は前後に開け閉めできる、いわゆる開き戸が二枚対称にある一般的な門のようだ。しかし取っ手には何重もの鎖が巻かれ、数えきれないほどの南京錠が冷酷さを強調している。またそれだけに止まらず、扉の周りの隙間にはガムテープのような強い粘着テープも貼られおり、まるで屋上という世界と俺たちの世界を完全に遮断しているように感じさせる光景だ。
「なんか、オーバーだね……」
フクメも珍しく俺と意見が合い、不審な様子で扉を睨む。確かにやり過ぎという言葉が相応く、屋上扉には目を奪われがちだ。
「でも、仕方ないのかもしれませんね……」
「「え……?」」
しかし、さっきとはまるで違う冷静さを保ったカナが呟き、俺とフクメを疑念に結びつける。
「どうして、そう思う?」
「そうだよカナお姉ちゃん?」
「あれです。見てください……」
するとカナは扉に向けて人差し指を向け、俺とフクメの視線を誘導する。
俺にうっすらと見えたのは、鎖で閉ざされた両扉の間に、何か紙らしき物が張られていたことだ。鎖とちょうど重なって見辛いが、確か何か見慣れない紙が存在している。
俺は確認するため扉に近づき、ついに目の前まで身を移す。その結果、鎖に隠れていた紙の正体が判明した。
「――悪霊緊縛……御札だ」
それは“悪霊緊縛”と達筆で記された、星付きの縦長御札だったのだ。なぜ“悪霊退散”の文字ではないのか気になるところだが、カナは得意の返事を繰り出す。
「はい。これは緊縛、いわゆる縛りの御札です。あまりにも念力が強く、成仏を拒む幽霊を制御できる一枚なのですが……」
普段からこうあってほしい落ち着きを見せるカナは、俺の隣から御札に顔を近づけ、何かを察したように頷く。
「……きっとこれは、最近貼られた物のようですね」
冷静さを保つカナに説得力を感じた俺ももう一度、悪霊緊縛の御札を目に焼き付けてみる。確かに見る限り、新品思わせる白く汚れなき一枚だとわかり、カナの言ったことは間違いなさそうだ。
しかし、なぜ最近になって貼られたというのだろうか。
仮にこの御札が屋上の幽霊に対する物だと考えるならば、最近ではなく以前からあるべきなのでは。御札にも賞味期限的な概念があるから張り替えたというのか。
「ねぇねぇカナお姉ちゃん。それにやなぎも、見て……」
ふと声を鳴らしたフクメは、扉周りに貼られたテープを指差した。改めて近くで観察するとガムテープでないことが窺え、どうやら数々の短いテープを張り合わせたもののようだ。
「……え、これ……」
しかし、俺は言葉が詰まった。隣のカナも息を飲んだように驚きを示す中、フクメがらしくない真剣な眼差しで頷く。
「――やっぱこれ、緊縛の御札だよ。しかも端から端まで、全部さ……」
フクメは素っ気なく説明したが、俺は正直驚いた。扉の全ての隙間には、何枚もの悪霊緊縛の御札が貼られていたことに気づいたからだ。しかも鎖で隠れていた一枚と変わらない姿で、こっちも最近貼られた物だと推測できる。
「マジか……」
これ以上でもなくこれ以下でもない言葉を発した。
一体なぜ、これほどまでの枚数が――しかも最近――貼られているのだろうか。
それだけ怨念が強い幽霊が、この屋上にいると意味している訳か。美しい歌声を奏でてきた歌姫の正体は、とんでもない怨霊だったのか。だとすれば、ヤツはどれほどまでの悪霊なのだろうか。
七月にも関わらず、嫌な汗が俺の額に浮かんだ、そのときだった。
――「そこで何してる?」
突如俺たちの背後から男の声を投げられた。しかしそれは聞き覚えのある音で、“見つかってしまった”など考えずすぐに振り返ってみる。するとやはり、階段下にいたアヤツと視線が交わり、会いたくなかった想いをため息で表す。
「こ……いや、ゴミクズ」
「小清水だ!! わざわざ言い直すなァ!!」
うっせぇのがまた現れた……。
俺と同じクラスに所属する同級生――小清水千萩。クールな顔立ちに長い髪を一つに束ねた、通称イケメン二年生。
世界代表級で俺の癪に障る、高所得者の累進課税制度並みに腹立たしい一人だ。
前述したが俺とコイツは、小学校からの腐れ縁で結ばれた関係である。また小清水家は神社を運営しており、最近では家業を継ぐための修行で学校に顔を出さない日が多かった。遅刻や早退を繰り返すコイツへのイメージは、俺にとってはもはや不良ばかりに彩られている。
しかし、なかなか学校に現れない小清水が――思い返せば昨日も――こんな朝早くから存在していることに、僅かながら俺には意外の思想が生まれていた。なぜヤツが足しげく一高に登校したいるのだろうかと。
すると小清水は険しい表情のまま階段を上り、俺の元に近寄ってくる。
「何をしていると聞いてるんだ……答えろ」
偉そうな男だ。だから俺様開催――いけ好かないンピック優勝者に選ばれたのだ。
俺だって小清水のことを友だちだと思っていないが、瞳の尖りには不快な圧力を感じてしまい、口がどうも動かしづらかった
小清水はついに俺の前に立ち止まり、鋭く細めた目を直射させる。
「何をしているんだ? 答えろ」
「……け、見学だ……あ」
「はぁ?」
横柄な小清水に言い返してやろうとしたのだが、脳みそをフル回転させた俺は最低の失言を発してしまった。これでは昨晩のフクメと同じではないか。なんだよ、七不思議の見学って。何を学べっつうんだよ……。
やってしまったと大きな後悔に染まっている俺は目を逸らすが、一方で疑いの姿勢だった小清水は呆れたようにため息を溢し、再び真剣な眼差しで刃向かう。
「……もう、ここには近づくな。いいな?」
「な、なんでだよ?」
小清水が冷徹でサイテーな人格者であることは知っている。が、今回ばかりは日常では遭遇しない重さを感じ、俺はつい首を傾げた。
「なんかマズイのかよ?」
「いいな? と聞いてるんだ。早く頷け」
まるで脅迫させるようなやり取りだ。理由も伝えず指示するという、悪徳業者ならではの特技の一つだろう。
しかし、ここで抗うのが麻生やなぎだ。性格がビーチ用ストロー並みにねじ曲がっている俺は頷かず、反って理由を探ってやろうと睨み返す。
「なぜだ? ひょっとして、この屋上のことで何か知ってるのか? 俺にも知る権利があるはずだぞ?」
いつも通りの冷静かつ冷徹さを取り戻しながら尋ねたが、小清水も俺に対抗するよう鼻で笑う。
「お前には関係ない。コッチは教える義務なんてないからな」
「教育を受ける義務はあるが、逆に教える義務なんてこの国では科されていない。ならば権利を持つ俺の方が正しいはずだぞ?」
「だったら黙秘権の行使だ。お前がどうしようと、オレは教える意思などない」
「……あぁそうかよ……」
めんどくさがり屋の俺はとうとう諦めてしまい、小清水との論争を閉ざしてしまう。もともと理系の俺には法の内容など一部しか知らないし、長々と語らる語彙だって備えていない。不満はあれど、今回は静かに退こう。
小清水は背を向け、階段を下りて俺たちのもとから離れていく。結局屋上の内容、そして数々の貼られた御札にも触れなかったアイツ。
しかし俺は、アイツの後ろ姿が見えなくなった直後、なるほどと思わず口ずさむ。
――つまり小清水は、屋上の“何か”を知る関係者だ。
そうでなければ、アイツが屋上立ち入り禁止と豪語する訳がない。ただでさえ生徒会長の役柄を抱く水嶋ですら、たかが七不思議のために向かおうとしてのだから。むしろ俺ではなく、まず水嶋に注意を向けて欲しいところなのだが。
だとすれば、小清水と屋上……一体どういう繋がりがあるのだろうか?
取り残された俺は腕組みをして少し考えていたが、すると背後で浮遊しているカナが沈黙を破る。
「あの人……」
「あん?」
「あの人からは、強いパワーを感じます……」
「パワー?」
疑問に疑問を被せられた俺はカナに振り向くと、普段視せない眉間の皺が浮かんだいた。
「はい。私にとっては、ちょっと恐ろしいくらいに……」
「恐ろしいって、あの小清水が?」
「はい……」
「カナお姉ちゃんの言う通りかもね……」
するとフクメも、暗所に包まれた会話の輪に踏み入れる。
「アイツさ……アタシらにとって、そのうち面倒なヤツになるかもね……」
「そうですね……」
こんな二匹の真剣な姿など、俺は視慣れていないせいで口が竦んだ。やはりコイツら幽霊にとって、神職見習いである小清水千萩とは敵対関係なのだろうか。確かに神職は幽霊の魂を消滅させてしまう成仏ができる。それはカナとフクメにとっては、永遠の死をもたらす、殺める意外形容できない行為に違いない。
しかし俺は、小清水が嫌いでも、神職という存在を否定したくなかった。
なぜなら神職には、立派な人格者だっていることを、幼い頃から知っているからである。
「――アンタが残酷なことするとは思わねぇんだけどな……一苳のじいさん」
「「え?」」
俺のふとした呟きにはカナとフクメが反応していた。しかしコイツらの知らない相手のことなど説明しても仕方ないだろう。敵対視している神職の人間なのだから。
それにもうじき始業の鐘が鳴る頃だ。腕時計で確認した俺は一度屋上扉に振り向いてから、地獄の門に構える邪神――九条満が待つ教室へと向かった。
***
俺の教室。
俺たちは朝のホームルームの時間が近かったため教室に向かった。
いつも通り、男子や女子はしょうもない会話を繰り広げられている。
しかし、朝からはなかなか姿を見せない小清水千萩が俺の目に映り、なんだか自分の教室ではないように感じていた。
俺はしばらく教室の入口で立ち止まっていると、一人の女子が俺のもとに来る。
「おはよう麻生くん」
その女子は水嶋麗那。俺を七不思議のパシリに使う最重要罪人物。そんな水嶋はうれしそうに俺に挨拶をしてきた。
「今日の放課後、最後の七不思議よろしくね」
水嶋は笑顔でそう言ったが、俺はさっき小清水に言われたせいか、水嶋の話には昨日以上に気がのらない。
俺は黙ったまま自分の席に着いて今日使う教科書やノートをカバンから取り出す。気づいたときには、水嶋も自分の席に戻っており、俺は一安心していた。
あっという間に放課後。
今日の授業中も後ろの悪霊どもがうるさかったため、俺は非常に疲れて机でうつ伏せになっていた。
教室の生徒たちは、部活やら下校やらで徐々に外に出て行ったが、一人、水嶋麗那は元気な子どものように俺のもとに来た。
「麻生くん!!早速行きましょう!!」
うつ伏せの俺に、水嶋は関係なしに引っ張るように言った。
しかし俺は、今朝屋上の扉を見たことで、一体どうやって屋上に行くのかが見当がつかなかった。
恐らく、扉の前まで行って終わりだろう……
俺はそう思ったが、一応水嶋に聞いた。
「なあ水嶋……屋上にはどうやって行くつもりだ?」
俺はそう言うと、水嶋は「そうなんだよね……実は、屋上への階段は全て立入禁止なんだよね……」と困った表情で笑っていた。
「じゃあ中止だな……」
俺は顔を上げて言い、自分のカバンを肩にかけて帰ろうとした。
正直、今回はマジで面倒くさそうだ。
俺はそう思って立ち上がるが、水嶋は俺の肩に手を置いて俺を引き停める。
「でもね……唯一屋上を見られる場所を見つけたの!!」
水嶋はすこぶるうれしそうに言い、最後にニッと笑う。
お前、キャラ崩壊してないか?
いつも淑やかで優美な水嶋が、俺はこのときばかりは幼い女の子に見えていた。
まあ、一応俺は顔を聞いてみた。
「で……どこ?」
俺はいつもの気だるい感情を込めて言うと、水嶋は「それは……非常階段よ!!」とアニメの主人公のように胸を張って言いきった。
俺の後ろにいる二匹の悪霊どもは訳のわからない関心を持ってしまい、カナが「ほう~さすがは政党会長です!!」と言い、フクメが「マジマジ!?早く行こう!!」とはしゃいでいた。
朝のお前らは何だったんだ?
俺は渋々水嶋に非常階段へと連行された。
笹浦一高非常階段前。
時刻は十六時半。
俺たちは七不思議の一つで行った、外付けの非常階段の前に立っていた。
階段は校舎の最上階を越えて屋上まで続いて入るのが見える。
俺たちは、水嶋を先頭に階段を上っていった。
非常階段は辺りに錆が着いており、俺たちが一歩一歩歩くごとにキーキーと音を鳴らしている。二階、三階、最上階の四階まで来た。この先は立入禁止になっているため、先生などの大人たちに見つかると厄介だ。しかし、この通りは校舎や建物で囲まれているためか、ほとんど人が見られなかった。
すると、先頭にいた水嶋は四階に着いたところで足を停める。
俺もつられて止まったが「どうした?」と水嶋に問うと、水嶋は不思議そうな表情をしている。
「鍵がかけられてない……」
水嶋はそう言い、階段の上にある屋上の入口を見ている。
たしかに、この階段から屋上に続くのはドア式の柵だが、どうも鍵がかけられていない。むしろ、柵は開けられているのが見える。
誰かいるの?……
俺はそう思い屋上の柵を見ていると、水嶋は「ねぇ、行ってみましょう」と小さく言った。
「怒られても知らないぞ……生徒会長のお前がこんなことしてタダで済むと思ってるのか?」
俺は水嶋を心配しているのではなく、今後俺の日常生活に支障をきたすのではないかと心配した。
こんなこと、うちの担任である九条満なんかに見つかったら取り返しのつかないことになる。
俺は頭の中で、九条満が角を生やし閻魔大王のような姿になったものを連想していた。
やべぇ……命持ってかれる……
俺は九条に何よりも恐怖していた。
すると、水嶋は足を動かし始め、階段を一歩、また一歩と上っていく。
「おい、マジで行くのかよ?」
俺は呆れたように言うと、水嶋は振り返って俺を見て「大丈夫。見つかったときの策はしっかり練ってあるわ」と言い俺にウィンクした。
俺は大きくため息をつき、仕方なく階段を上ることにした。
俺たちは再び階段を上り始め、一歩また一歩と進んでいく。
階段は俺たちが歩く度に音を鳴らし、まるで屋上への立入を妨げているようだった。
そして、俺たちはついに階段を上りきった。
まず見えたのは扉が開けられた柵。
南京錠の鍵が解かれており、誰かが屋上にいることを示している。
次に見えたのは屋上の広大な床と煙突のような物体。
ねずみ色のゴム質でできた床であり、辺りは黒ずんでおり、普段誰も立入っていないようすだった。また、床からは換気のためか、俺の膝くらいの高さまである換気口がいくつも並んでいた。
そして、屋上の四隅には、実際の入口が小屋のように見えた。
「屋上……始めて見たわ……」
屋上の風景を見て、水嶋は茫然と立ったまま呟いた。
勿論、俺も屋上に来たのは始めてだが水嶋のように落ち着けない。
理由は九条に見つかったらマズイということ……のはずだったが、よくわからない胸騒ぎが俺を襲っていたためだ。
「麻生さん……」
すると、後ろにいた二匹の悪霊のうち一匹のカナが口を開いた。
俺は顔を見て「どうした?」と口では言わず信号を送った。
「います……誰かいます……人間と……霊……」
カナは朝のような真剣で少し恐れを示す顔で言っていた。
すると、その隣にいたフクメも腕組みをしながら口を開く。
「間違いねぇ……片方はアイツだ……」
フクメも朝のように低いトーンで目を細めて言っていた。
普段はデタラメで信用なんかおけやしない二匹だが、このときばかりは、俺はコイツらの言葉を真剣に受け止めた。
「あれ?あっちに誰かいるよ……」
次に水嶋が、屋上の奥の方にある小屋型の入口を見ながら言った。
「うちの制服を着ているみたいだけど……誰だろう……」
水嶋は不思議そうにそう言い、俺は、ここにいる人間は学校の生徒であることまでわかった。
「行こう……」
水嶋は少し恐れを抱いた様子で、屋上の床に足をつける。
「おい、どうなっても知らないぞ……」
俺は水嶋を説得しようとしたが、水嶋は「うちの生徒が屋上にいる。なら生徒会長の私が注意しなきゃダメでしょ?」と真剣な表情をしながら言っていた。
そういうのを職権乱用っていうんだよ……
俺は渋々水嶋の後ろをついて行き、屋上の床に両足を置く。
?
なんだ?……
屋上に入った瞬間、俺は空気がイッキに変わったように感じた。なんだか重苦しい……そんな空気だった。
しかし、奥を目掛けて歩き続ける水嶋を放っておけず、俺は重い足を運び続けてついていく。
俺たちは徐々に奥の入口に近づく。
屋上にいると思われる奴は、俺たちから見て、後ろ姿で正面の入口の前に立っているのがわかり、制服の格好から男子であることもわかる。
そいつの影は、傾いた夕日の陽で横に細長く延びている。
そして、俺たちはそいつから約十メートル離れたところまで来ると、そいつは俺たちの方に振り向く。
小清水……
屋上にいたのは小清水千萩だった。
俺たちと同じクラスメイトであり今朝も会った小清水だが、今は殺気立った表情でこちらを見ている。
「こ、小清水くん!?」
最初に口を開いたのは水嶋だった。俺たちは動かしていた足が停まり、小清水としばらくにらみ合いとなっていた。
「おや……誰かと思えば水嶋さんですか?屋上の立入は、たとえ生徒会長のあなたでも禁止されてることじゃないのでは?」
小清水は冷徹な表情で水嶋を見て言っていた。
「それはあなたも同じはずよ。さあ屋上から降りましょう」
水嶋は対抗して小清水に生徒会長らしく、威厳ある風格を見せて言うが、小清水の表情は全く変わっていなかった。
「それは無理な相談だ。僕は学校側から依頼を受けてここにいるんだから」
小清水は、水嶋からの注意を鼻で笑うように言った。
「どういうこと?」
水嶋は困った表情でそう言うと、小清水は「あなたは知る必要はありませんよ」と再び冷徹な表情に戻って言ったが言葉を続ける。
「まあ、最もお前ならわかるんじゃないか?」
小清水はそう言うと、俺の顔を見て「なあ麻生?」と不敵な笑みを浮かべて言った。
俺は何も言えずただ立ちすくんでいる。小清水から来る次の言葉を待っている状態だ。
すると、小清水は一度ため息をついて再び俺を見て口を開く。
「全く……屋上には来るなと言ったのに……まさか他人まで連れて来るなんて……一体なんの真似だ?」
「……見学だ……」
また言ってしまった……
どうして俺の語彙力はこの決定的な場面で発動されない!?
外見は真剣な表情でいた俺だが、内心は言葉選びに失敗してひざまずいていた。
しかし、小清水はそんな言葉を無視したように俺に話しかける。
「まあいい……折角の機会だ。お前には視せてやろう……」
「……何をだ?……」
「何を?だと?惚けるな。この入口だよ。ここは今朝お前が見た入口だ。まあ視てみろ」
俺は小清水の言われるがままにその入口を見た。
!?
俺は再び固まってしまった。あまりにもショッキングな入口が見えた……いや、視えてしまった……
「麻生くん?どうしたの?」
固まった俺を見て水嶋は俺に聞くが、俺は目の前のことにいっぱいになり答えられなかった。
俺の目に映った入口。
そこには、数えきれないほどの冷たい鎖が、一人の少女を身動きできない状態にしていた。
そして無情にも、空からの夕陽がその少女の悲壮に満ちた顔を照らしていた。
皆様こんにちは。
最近MAD動画制作にハマる田村です。アニメの偽OP作りに励んでいます。
著作権とかうるさいので投稿する予定はありませんがね……
今回はなかなかシュールな終わりかたでした。
思いの外、七不思議編が長くなり、ここでやっと中盤に入ったところですね。
果たして、鎖に縛られた少女の正体は一体なんなのか?
また次回もよろしくお願いいたします。




