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霊感を欲しがるヤツらは、どうかしてる。  作者: 田村優覬
学校七不思議の親愛編
14/66

八個目*生麦だ、普通……。

俺の名前は麻生(あそう)やなぎ。

今回は水嶋麗那(みずしまれいな)と共に七不思議の謎を解いていく。

全く気がのらないが、うちのポルターガウストにこれ以上騒いで欲しくないため渋々やることにした。


 他人に質問するとは、なんと度胸のいることだろうか。

 まず、質問することから考えよう。質問するということは、理由としては自分が知らないからだ。つまり、無知むちで愚かなを己自身を相手にさらけ出す、これが質問するということに他ならない。

 学校の先生や会社の上司などは、生徒や部下に、わからなかったから質問しなさい! とよく命令する。

 いざ質問を投げてみると両者は、これはね…… と説明し始めるのは良いのだが、大抵の人間は不機嫌な態度をあらわにする。

 質問する――それは要するに、知らないことを恥じろ!! と覚悟を求められる人間的動作であると俺は思う。

 だったら俺は質問なんかしない。自分が知らないことを一生涯隠し続けていく。というか発言者であるお前らだって、一回聞けばわかるように工夫をほどこした説明をしていただきたいものだ。一度文章にまとめてから発言してほしい。



 そんな質問する行動すら気嫌う俺――麻生あそうやなぎはただ今、カナとフクメの自称悪霊を背にしながら、水嶋みずしま麗那れいなに笹浦一高の七不思議について聞いているところだ。


 時刻は十六時を過ぎた放課後。

 空はまだ爽快な青色だが、奥をうかがえばオレンジが距離を詰めている、七月初旬の夏空。

 もちろん教室内には俺と水嶋の二人、そしてカナとフクメの二匹のみが滞在たいざいしている訳だが、正直早く家に帰りたい想いでいっぱいだ。しかしここで帰路を辿たどれば、常に俺の半径五メートル以内で過ごす、俺称アホ霊が騒ぎ立ててしまうことは目に視えていたため、渋々ながらもくだらない七不思議の内容を頭に取り込んでいた。


「……ということで、早速現場に行ってみましょっか!」


 すると水嶋は七不思議の話が終え、早速教室から出ようと歩き出した。


「ヨッシャー!! 行こう行こう!!」

「うぅ~怖いです~……」


 言うまでもなく俺は歩くことすら拒んだが、ノリノリ有頂天うちょうてんのフクメ、相変わらずおびえているカナに越されつつ、仕方なく水嶋を追うことにした。




 一つ目。

 あざわらう非常階段。


 教室から退出した俺たちは上履きのまま外に出て、校舎に設備された非常階段の下に訪れた。一階から屋上まで続くび着いた様子には、早速カナが身震いを示している。


 水嶋の話では、ある生徒が移動教室の際に近道として、この非常階段を使っていたらしい。そんなある日、その生徒がいつものように非常階段を上っていると、


 ――ダダダダダダダダ……!!


 と大きな物音に襲われたという。その生徒は、この階段が自分の悪い行いを笑ったのだと解釈し、その日を境に使用を一切しなくなった。また周囲にも噂はたちまち流れ、気味悪く感じた多くの生徒は、この非常階段に近づくことすら拒否したそうだ。


 俺も犠牲者たる生徒に内心、ざまぁみろ…… と嘲笑ちょうしょうしそうになっていたが、早速今回の原因を探ることにした。


「笑う階段か……」

「うん。けっこう大きな音がした見たいよ」


 水嶋と共に長い非常階段をあおぎ見る俺は、今回の科学的根拠を考えていた。現象には必ず理由があるからな。たとえどんな不可思議現象であろうとも、有り得ないの言葉は存在はしない。


「実におもしろい……」

「麻生くん?」

「……っ! わりぃ、忘れてくれ……」


 つい気が乗った俺はフレミングの左手の法則で顔をかざしてしまい、水嶋の注意ですぐに平常運転に戻る、そのときだった。


「――? 風……?」


 ふと呟いた俺の頭には一寸の風が当たり、髪型を乱されてしまう。ただそれは身体全体ではなく、後頭部だけにやや強い風が当たったことに不思議だった。


「風……建物……錆び着いた階段……」


 後ろの振り返ると共に周囲の環境を観察した俺は、背を向けていた非常階段を再びのぞく。


「へぇ~、なるほど……」

「何かわかったの?」


 隣の水嶋からは不思議隠せない首のかたむきを放たれたが、俺は自ら描いた証明を説明することにした。


 まず、この非常階段の周囲の環境に注目しよう。周囲は学校の校舎で囲まれており、自然の風なんかあまり来やしない箇所だ。しかし、例外が一つだけある。

 それは、建物と建物の間から吹く隙間風のようなもの。

 通常吹いた風は周りの建物にさえぎられて、非常階段に直接は当たらない。が、舞い起こった風は波の振動のように広がることで、この隙間から集中的に吹いてくる訳だ。


「ほら、あそこ……隙間があるだろ?」

「ホントだ。しかもずいぶん狭いね」


 水嶋の視線を向かわせた、この建物と建物の隙間こそが、今回における最大の要因なのだ。


 そしてもう一つ、見るべきポイントがある。

 それはこの非常階段の錆びれ。外付けのため日々雨で濡れて錆びると、階段は次第にもろく弱々しくなっていく。所々の設置部分も腐敗ふはいが進んでおり、今にも外れ崩れてしまいそうなほどだ。だからこそ、ボロくなった大きな階段に僅かな風でも当たれば、辺りにとどろくがたつき音が鳴ってしまう。


 よって今回は、この建物間から吹き付けた隙間風が当たることで、錆びれた階段を揺らしていたという訳だ。

 俺は水嶋にこの結論を語った後、実際に隙間風が来た方向から外れる。すると、再び吹いてきた風は階段に当り、

 ――ダダダダダダ……!!


 と、予想通りの騒音を証明することができた。


「へぇ。正体は風だったのね~。さすが理系部門一位の麻生くん!」

文理ぶんり両道りょうどうつ学年トップのお前に言われても嬉しくねぇよ……」


 水嶋は確かに俺をたたえてくれたのだが、正直 鬱陶うっとうしさが増すだけだった。

 この女は純粋理系の俺と違って、文理共々こなすような優等生でもある。

 この前行った期末テストでも、数学や理科系は何とかコイツから勝利を収めたのだが、他の英語や社会教科、そして国語――特に現代文全般――のせいで形勢けいせい逆転ぎゃくてんされる結果となってしまった。筆者の意図や登場人物の心理など、他者の心に興味など示さない俺には無理難題そのものだ。



「うわぁ!!笑ってる笑ってる~!!」

「ひっ、ヒイィィ~!! ど、どうか命だけはお助けを~!!」



 俺が水嶋に嫉妬しっとの眼差しを放っている頃、フクメは待ちに待った遠足に訪れた少女のようにはしゃぎ、一方でカナは神にいのらんばかりに、非常階段へ願掛けしていた。

 

 あ~、実に不愉快だ……。


 俺は心の中でそう思っていたが、とりあえずは一つの七不思議を解決することができ、一件落着といったところだ。


「……さて、帰る……」

「……じゃあ麻生くん! 次の場所に向かうよ~!」


 すでに夕焼けを迎えてきた空の下、俺は城へ帰還できると思っていたが、言葉尻を被せてきた水嶋が愉快そうに出発する。


「はぁ? 続きは明日でいいじゃんかよ!?」

「楽しい時間は、賞味期限短めなのよ~!」

「……消費じゃないだけまだ増しだろうがッ……」


 俺にとっちゃ販売当初から期限切れなのだが……。


 もちろん俺の想いなど伝わっていない水嶋は足取り早めに進んでしまい、次に相変わらずの遠足気分なフクメ、依然として青ざめているカナが跡を追っていく。

 なぜ俺は、あんな幼稚な女に学業で負けているのだろうか……。

 俺は最後に階段へ、隙間風ではなくため息を当ててから出発したのだが、同情してくれたのだろうか、錆びれた階段はびくとも笑わなかった。




 二つ目。

 グランド亡霊の涙。


 俺たちは、数々の部活動が行われている一高グランドの外れへ訪れた。時折ときおり飛んでくる女子ソフトボール部の球にも危惧きぐしながら、水嶋から二つ目の説明を受けていた。


 笹浦一高グランドには芝生しばふなど見当たらず、全体がネズミ色の土で拡がっている。またとても水はけが悪いことが評判なのだが、今回はそれが七不思議としての特徴らしい。

 水嶋の話によると、ここは昔、戦争で亡くなった人々が埋められた墓地のような場だという。その亡くなった人々は死んだ今も涙を流してるらしく、そのせいでグランドがなかなかかわかないらしい。

 実際に昨日降った雨のせいで、グランド全体は泥濘ぬかるみを示している。水捌みずはけの悪さは今も顕在けんざいのようだ。


 俺は非常階段のときの同じく、再び周りの環境を確認した。


「校舎に学生寮……近くに田んぼ……なんだ、簡単じゃないか」

「もうわかっちゃったの?」


 水嶋から少し驚いた表情を見せられたが、俺はまず、近くにあったスコップでグランドに穴を掘ってみる。


 今回の謎は主に、この場所の日照時間と土地の低さが関係してるのだ。

 まずは日照時間だが、やはりこのグランドも校舎や学生寮に囲まれており、その位置と太陽の進行方向から、グランドには建物の陰が現れ、実際の日照時間は南中なんちゅうを迎える正午くらいだとわかる。

 またここの土地は、近隣きんりんに田んぼがあるほど低いところでもあり、俺は十センチ程度掘った土をスコップで叩く。


「ほら、水はけの悪い粘土質だ。そりゃあなかなか乾かない訳だ」

「なるほど~。雨降っても地は固まらなったのね!」



 ……面倒だから水嶋をほおっておこう。


 つまり亡くなった人々が埋められたという話は、誰かが勝手に作ったいつわり話だ。戦人がグランドに埋められることは当時確かにあったらしいが、第二次大戦から早百年近く経とうとしている現在、残るのは土以外何もない。まぁこんな話を作ったヤツは、一生戦人たちに罪を償うべきだと思うがな。


「麻生くんすごい! この勢いで、七不思議全部解決しちゃおようよ!」


 瞳を輝かす水嶋は顔を近づけてきたが、俺は嫌な予感がよぎ一歩退しりぞく。


「いや、俺もう帰りた……」

「……じゃあ次は音楽室ね~!」


 無念な予想通り、水嶋は俺の話など全く聞こうとせず、ポニーテールを揺らしながら早くもグランドから去ってしまう。

 アイツ、将来ろくな妻にならんだろうし、理想の彼女すら演じられないだろう。世の愚かな男たちよ、やはり人は見た目でなく中身で判断するべきだと、ここで断言させてもらう。

 誰のためでもなく、最も大切な自分のために、な。


「麻生くーん! 早く行くよー!」


 遠くで振り返った水嶋に、俺は無論困り黙っている中、一方でフクメとカナは、先ほど俺が掘った穴を覗いていた。


「おーい!! 悪霊はおるかぁ~!!」


 穴に向かってフクメは口に両手を添えて叫ぶと、その隣でカナはあまごいの儀式の如く土下座を繰り返す。


「あぁ~なむぁむぎだぁぶつう~なむぁむぎだぁぶつう~」


 恐らくカナは必死に南無阿弥陀仏なむあみだぶつを唱えていると検討がつくが、正直俺には“生麦だ、普通”としか聞こえないほどアホらしさ満開だった。せめててくれ。お前らはらないけど……。


「ほら麻生くーん! 時間なくなっちゃうよー!」

「おーい!! 誰もいないならいないって、返事くらいしてよー!!」

「悪霊たいさ~ん、悪霊たいさ~ん……」



 前を見れば水嶋という、俺称WFC(World Foolish Council)――世界愚か者理事会新加入者が、また背後を視れば、会長及び副会長を務めるカナとフクメが騒ぎ立てる。


 こんな連中に四面楚歌しめんそか状態の俺はもはや戦意損失のまま、肩をがっくりと落としてグランドを去ることにした。




 三つ目。

 音楽室の真姫まき先生。


 次に俺たちは、学校の最上階にある音楽室へたどり着いた。床は木のタイルで埋め尽くされ、生徒の机が五十席近くあり、その机の前方には五線紙が刻まれたホワイトボードが立っている。またホワイトボードから少し離れた所には、黒く輝くグランドピアノが、夕陽に照らされながら存在感を強めていた。 


真姫まきって、西木野にしきの?」

「ううん。苗字は湯沢ゆざわって言うんだって」


 どうやら水嶋の話によると、以前この学校に勤めていた真姫(まき)という女性が亡霊となって、誰もいない音楽室で鍵盤を鳴らすそうだ。

 そもそも真姫という人は昔、笹浦一高で音楽を担当した教員で、窓を開けてピアノを弾くことを好み、音楽の授業のみならずいつも楽しそうに弾き語っていたという。

 もちろん俺は会ったことはないし、当人の顔すら思い浮かばない相手だ。

 ところがある日、老婆の真姫は突如倒れてしまい、その後病院へ搬送されたものの亡くなったようだ。

 それから数日後の昼休み、ある生徒が音楽室の横を通ると、室内からピアノの音がしたという。誰かいるのかと思った生徒は気になり、音楽室の入り口窓から覗いてみたのだが、そこには誰もおらず、しかもピアノの鍵盤はなぜかれていたため、これはきっと真姫先生の涙で弾いていたのだとも言われてるそうだ。


 水嶋の説明を聞いた俺は早速、解決と早帰りのため現場検証を始めた。

 俺はまず、今あるグランドピアノから離れたところに、床に三ヶ所の傷を発見する。生徒机から眺めてみれば、今置かれているピアノとちょうど対称の位置だ。また真上の天井を見上げると、そこには茶色い染みが鮮明に浮かんでいた。


「は~ん……なるほどね……」

「どう? わかった?」


 興味津々《きょうみしんしん》な水嶋が何だか楽しそうな感じに狼狽うろたえたが、俺はふと天井に人差し指を放つ。


「今回のポイントはズバリ、雨漏あまもりなんだ」

「雨、漏り……?」


 水嶋も不思議そうに天井を見上げたところで、俺はうなずき説明を続ける。


「あそこの染み部分から雨水がれてたんだ。きっとそれがピアノの鍵盤に当たって音が鳴らした。ほら、鍵盤が濡れていたって言っただろ? それは涙で濡れたんじゃなくて、天井からの雨漏りで濡れてたんだ」

「そっか~……ん? ちょっと待って」


 俺の説明が終え納得した様子の水嶋だったが、いかにも矛盾があると言わんばかりにグランドピアノを見つめる。


「正体が雨漏りだとしたら、ちょっと無理があるんじゃない? だって、グランドピアノの位置は、あの天井の染みから結構離れてるよ?」


 確かに水嶋の言った内容は正しい。染みの天井の真下にピアノはなく、もっと言えば机の列八席分も離れているからな。


 だが俺にとって、水嶋からこの答えが返ってくることは想定の範囲内だった。


 天井から目を離した俺は今度、真下の床にあった三ヶ所の傷を指差す。


「確かに、ピアノは今あそこにある。だがこの床の傷は、以前ここにピアノが置いてあったことを明らかにしてる。この三ヶ所……三脚のピアノの位置とぴったりだろ?」

「……じ、じゃあ、ピアノは以前ここにあって、天井からの雨漏りが鍵盤を鳴らしたってこと?」


 水嶋が閃いた様子で告げると、俺も静かに頷き認めた。きっと誰かが雨漏りに気づいて、ピアノを動かしたのだろう。雨漏りが原因で、七不思議の真実を知られたくなかったからとも理解できる。

 七不思議の一つを守ろうとした生徒の心情については、正直俺には到底理解できなかった。相当オカルト好きなヤツだとも受け取れるだけに、この“真姫”という名前だって偽名だろうと予想着いた。


 つまり今回の真相は、雨漏りと動かされたグランドピアノのが鍵だった訳だ。先ほどに比べて検証時間が長くなってしまったが、まだまだ難解だとは言いがたい題材に過ぎない。


 俺が解決できたことに安堵あんどのため息を溢す一方、カナとフクメは音楽室に来てからずっと、後ろに貼られている世界の音楽家たちの写真を眺めていた。


「うわぁ!! いっぱい心霊写真がある。特にこの人なんかメッチャ怖い!! へへ、ドボルザークっていう悪霊か。おもしろそうじゃん!」


 心霊写真呼ばわりしてたフクメは喧嘩染みた態度で浴衣の袖をまくると、突如背後からカナに両目をせられる。


「か、カナお姉ちゃん?」

「だ、ダメです、フクメさん!! し、心霊写真の霊と目を合わせると、呪われてしまいますよ!! だから見るものではありません!!」


 カナも目を強く閉じながら叫び、震えが止まらない両手でフクメの視界を遮断していた。


 お前も心霊写真だと思ってるんかい……。


 俺は二匹のこの上無きアホさに呆れていると、今度は水嶋のにこやかな笑顔が目の前に現れる。


「麻生くんスゴ~い!! またまたわかっちゃったね!」

「……み、水嶋、やっぱお前楽しんでるよな?」


 俺は、普段冷静で大人びいてる水嶋がいつにも増して幼い子供に見えたため、距離を詰められた驚きと狼狽ろうばいを隠せなかった。


「そりゃあ楽しいよ! わたし、こういう謎解き大好きだから! ではでは、次のスポットに向かいましょう~!!」

「あ、おい! ちょっと!」


 水嶋から更なる眩しい笑顔で告げられると、俺は右手を掴まれ、強制的に次の現場へ連行された。


 頼むからもう帰らしてくれ……。俺は校内青春よりも、“やんちゃるず”や“カメトーーーーク”とかのコメディー番組の方が好きなのに……。




 四つ目。

 死神の訪れ。


 俺たちは、学校の二階にある吹き抜けの通路へ訪れた。校舎と校舎を繋ぐこの通路は屋根がなく、生徒にとっては広いベランダのように使われている、通称吹き抜け廊下だ。


 水嶋によればどうも、この通路は死神が住む異世界と繋がっているらしい。

 実際に体験した女子の話を参考にすると、まずその女子はこの通路で絵を描いていたという。風通しが良いこの場所をとても気に入って描いていたのだ。

 そんなある日、事件が起こった。

 いつものように、その女子が絵を描いていると、後方から鳴き声がした。



 ――カァーカァー!!



 女子は振り向いて確認すると、その鳴き声の正体は大きなカラスだった。しかしそのカラスは一匹だけではとどまらず、十匹近くもの群生ぐんせいが勢いよく向かってきたのだ。

 もちろん驚いた女子は身が固まり、逃げ出す力も起こらず目をつむってしまう。

 やがてカラスの鳴き声が止んだ頃、再び目を開けると群れの姿は通り去ったことに気づき、ホッと安心していた。しかしそれも束の間、カラスの群れが向かってきた方角をもう一度見ると、女子の目にあるものが映る。


 それは白い煙だった。しかもうっすらとした、僅かな白煙はくえん


 なんだろうと首を傾げながら観察していたが、そのとき突発的な風が訪れた。するとその煙は少しずつ形を崩し、ある姿へと変貌へんぼうしていった。だが女子の目には煙が、まるでフードを被った死神のように見えたらしく、あまりの怖さで画用紙すら置いてその場を離れてしまった。

 その日から絵描き好きの女子は、この通路で絵を描くことをめ、この吹き抜け廊下を、異世界と繋がる通路と称したらしい。



「カラスと死神ねぇ……」

 すでに呆れ気味の俺は腕組みをして考えながら、隣の水嶋に呟いた。


「ちなみに、その女子はオカルト好きとも言われてて、普段からお化けや宇宙人とか描いていたんだって。本物の死神を見てしまったのかもね」

「ところで、カラスはどこから来たんだ?」

「確かあっちから」


 俺は水嶋に指差された方角に目を向け、校舎奥を覗きこんだ。その先には学校のゴミ置き場と焼却炉が映るが、その煙だと考えるには少々無理があった。


「距離にして約五十メートル……遠すぎるな。これだけじゃあまだわからん……」


 俺はあごを左手で摘まむようにしながら、探偵の如く考えていた、そのときだった。



「――ゲホッゲホッ……」



 突然水嶋が咳こんでしまったのだ。


「ど、どうした?」


 俺は背を丸めた水嶋に“お前を心配している”と思わせたくなかったため、あえて“大丈夫か?”と言わなかった。


「……ゴメンゴメン。実はわたし、喘息ぜんそく持ちでさ。吸いなれてない空気だとすぐに咳こんじゃうの」


 咳を何とか堪えた水嶋は辛そうだったが、最後には前屈かがむ姿から戻って笑顔を放った。


「吸いなれてない空気……例えば?」


 これはもしかしたら、今回の大きなヒントになるかもしれない。

 そう思った俺は早速問うと、今度は水嶋が腕組みをする。


「う~ん……例えば、排気ガスとかかな……」


 水嶋は人差し指を顎に当て、空を見上げていた。しかし閃いたように、再び言葉をつむぐ。


「そうそう。あとは、喫煙所の近くとかも咳こむんだよね」

「喫煙所……」


 俺は水嶋の言葉から素晴らしいヒントを得た気がした。まずはゴミ置き場だが、やはりゴミ運送者の大人どもが集まる喫煙所が設備されてる。

 だが彼らの煙がここまで来るとは思えなかった俺は、今度はこの辺りの状況に目を通してみた。


「……あ。いた……」


 すると吹き抜け廊下から直線距離にして約十メートル先の裏門、そこにはこっそり隠れてタバコをかす大人がいることに気づいた。

 建物の陰に上手く隠れていて誰かまではわからなかったが、そこから明らかに白い煙が立ち込めていることから推察される。


「……はいはい、そういうことですか……」

「どう!? わかったぁ?」


 元気が増していく水嶋が怖かったが、俺は思い浮かんだ今回の真相を伝える。


 今回の鍵となるのはズバリ、タバコの煙に他ならない。

 タバコの煙には、ニコチンやタールなど、様々な有毒物質が含まれている。それに対して虫や動物たちは、本能的にタバコの煙から離れようとするのだ。

 まずカラスの群れだが、当時はきっとゴミ置き場でもあさっていたのだろう。今ゴミの様子を確認してみたが、たくさんの穴が開いたゴミ袋がいくつも発見できる。

 そこで、カラスたちがゴミ置き場にいたところ、傍の喫煙所から放たれたタバコの煙で飛びだったのだろう。毒だ!! 逃げろ!! と言わんばかりに。


 そして忘れてはいけないのが、この吹き抜け廊下まで訪れた白い煙の正体――それももちろんタバコの煙だ。しかしこれは五十メートル先に離れた喫煙所からではなく、今日のように裏門で吸っているヤツからの煙だったのだ。つまりは二ヶ所同時にタバコの煙が起こり、カラスは嘆き、女子は被害者となった訳だ。


 “煙が死神のように見えた”とその女子は言ったらしいが、それはオカルト好きな彼女の心理的状況が招いた錯覚だろう。普段からオカルト的な作品を描いていたせいで、タバコの煙が死神に見えてしまったに違いない。例えばお腹が空いて食べ物を欲しているとき、雲が綿飴やソフトクリームに見えてしまうのと同じである。


 要するに今回は、二ヶ所同時に舞い上がったタバコの煙から逃げるカラスたちと、オカルト女子の勘違いということである。

 今回は俺の苦手な人間の心理が含まれていたため、多少苦戦してしまったが、何とか結論までたどり着いて一件落着といったところだ。


 しかし、人間とは何と愚かな生き物なのだろうか……。


 タバコ――言うなれば、毒を吸って吐いている自傷行為など、俺には全く理解できない行動だ。むしろ、タバコの煙から逃げるカラスたちが利口に思える。

 それに物陰に隠れて吸うヤツの頭もはなはだしくイカれてる。少し歩けば喫煙所があるのだから、せめてその場で吹かしてほしいあまりだ。おかげで水嶋は苦しんでしまったというのに。


「チッ……誰だよ? あのクズは……ッ!!」


 舌打ちを鳴らした俺は物陰で吹かす大人の正体をあばこうとしたが、突如息を飲まされるはめとなった。


 見覚えのある白衣。


 やけに似合うヤンキー座り。


 ときどきせたときに鳴らされる、禍々《まがまが》しき女声。


 俺が数々の特徴を浮かべた刹那、ついに裏門の喫煙者立ち上がって校内へと姿を現す。その正体は、もはや言うまでもないだろう。



 ――九条くじょうだぁ~……。



「麻生くんスッゴ~……」

「……水嶋、早急にここを離れるぞ」

「え……?」


 明るみが増す水嶋の言葉尻を被せ、俺は担任の九条くじょうみちるから見つからないようすぐにこの場を離れることにした。殺されては遅いからな。まぁ、ヤツに舌打ちが聞こえなかったことが、今世紀一番の幸せだったかもしれない。




 ***




 時刻は夕方の六時。

 もうじき完全下校時刻を迎える頃、俺たちは荷物を置いていた教室に訪れていた。


「麻生くん、すごいよ~!!」

「水嶋、近いって……」


 水嶋の良い香りと無邪気に笑う表情が、俺をおかしくさせようとしていた。


「これで六つわかっちゃったね!!」

「は?」


 俺は水嶋の言った言葉を聞き逃さなかった。


「まだ、四つだろ?」

「うん。でも、そのうちの二つは簡単すぎてもう解けちゃったんだよね。麻生くん、協力してくれてありがとう」


 待てよ……もしかして俺は、こいつの謎解きに付き合っていたってことか?

 確かに、水嶋はさっき“謎解き大好き”とか言っていたような……そうか。俺は再びコイツに謎解きをパシられていたのか。


 隙を見せればすぐに俺をパシる、この水嶋麗那スタイル。なんと末恐ろしいことか……。


 俺はここで水嶋の謎をも解いてしまい、改めて水嶋麗那という女は恐ろしいヤツだと再認識した。

 今回のパシりについて俺はため息混じりだが、まぁ確かに、最初の話を聞いていたときから七つのうち二つは調べるまでもなかった。



 一つは巨大悪魔の影。

 昔から植えられている大木が校舎にあるが、葉が落ちた冬になると、その影が悪魔に見えるということ。


 今は夏だから知らんがな……。



 もう一つは進まぬ時計。

 職員室の前に古い丸時計があるのだが、その時計は電池を変えても秒針が動かないということ。


 早よう修理に出せ……。



 こうして俺たちは七不思議のうち六つの謎を解いた訳だ。まさか一日中残されるとは思っていなかったため、多大なる疲労感を覚えてならなかった。

 その一方カナとフクメはというと、夕陽に照らされた室内の中で、最近ドラマで観たような演技をしていた。


「フクメ先輩!! わたくし……あ、あなたのことが……好きなんです!! 付き合ってください!!」


「……わりぃ。オレさ、余命があと一年しかねぇんだ。……だからお前を幸せにできるのは、きっとオレじゃねぇんだ……」

「……」

「……」

「……うえぇへぇぇん!! 切なすぎますぅ!!」

「うえぇへぇ~~ん!! カナお姉ちゃん、ずっと付き合ってねぇ!!」



 渡る世間は馬鹿ばかり……。



「……さて、俺らももう帰るぞ?」

「そうだね。もう十八時で遅いし。あと一つは、また明日ね!!」

「ふ、ふざけるな! もうパシりは御免だ」

「そう言わずに~。あと一つだから、ね?」


 水嶋のノリ気は未だに衰えた様子はなく、俺は勘弁してくれの意を込めた大きなため息を溢した。また明日もパシられるのかと、一寸先の夕闇な空に振り向いた、その瞬間だった。




「――ん? 誰だ……?」




 俺は一瞬だったが妙な感じがした。今、空を見上げた瞬間、学校の屋上から誰かこっちを見ていたような気がした。


 おかしい。屋上は全面立入禁止のはずじゃ……。


 俺は気になって目を擦り、再び屋上の方を窺った。が、今度は人影らしきものは映らず無人と化していた。


「麻生くん、どうかした?」

「なぁ、水嶋……」

「なに?」

「たしか、もう一つの謎ってのは……」



 気にしている屋上から水嶋へと目を向けた俺は、不安気味な頷きを返される。




「――屋上の歌姫だよ。この謎は正直難しそうなんだよね……」




「屋上の歌姫、か……」

 次第に夜が近づき暗さが増してくる七月の夕空。

 俺は終始屋上のことばかりを気にしながら教室を出て、水嶋と共に正門から帰宅した。

 

みなさま、こんにちは。

今週go!プリンセスプリキュアが休みでゼツボーグな田村です。

みなさまの学校には七不思議とかありましたか?

ちなみに、私の学校では今回の二つ目が実際ありました。どこから広まったのかはわかりませんが、こんな風に謎を解いていくのも楽しいのかなと思います。

次回は七不思議最後の一つ、屋上の歌姫です。

新キャラ、そしてアイツも登場予定。

次回もよろしくお願いします。

なお、ご意見、ご感想もお待ちしております。

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