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霊感を欲しがるヤツらは、どうかしてる。  作者: 田村優覬
学校七不思議の親愛編
13/66

七個目*ほら、お前の結婚相手…… 。

 俺は麻生やなぎ。高校二年。


 ある日を境に、俺は一匹の悪霊に取り憑かれてしまった。


 そしてこの前、お祭りの件は無事に終わったが、また一匹――フクメという取り憑く悪霊が増えてしまった。


 こんな騒々しい高校生活はうんざりだ。


 そして今回は、俺の通う笹浦ー高を中心に話が進む。

 ただでさえ面倒事には巻き込まれたくない俺だが、この学校に存在する七不思議の世界にいざなわれるはめとなる。


 俺は一体どうなる?


 七不思議なんてくだらない。


 全国の学校には、なぜか知らないが七不思議という言い伝え――つまり噂が蔓延している。なんの根拠も無しに、ただ面白半分で作られるのがほとんどのだろう。

 

 まったく、人間という知的生命体はなんと愚かな生き物であろうか? 


 同じく人間として、実に不愉快だ。



 七月初旬の朝。


 蝉の暑苦しい鳴き声も叫ばれる笹浦市にも、とうとう夏が御出座おでましだ。すでに梅雨から抜け出したはずの空には分厚い入道雲が浮かび並び、親友をエアコンと決めている俺には苦しい季節他ならない。

 最近の天気はどうも不安定で、晴れてもゲリラ豪雨などといった雨がよく降っている。どうやら天気も俺と同様で、汚染され気味のようだ。


 そんな環境下にいる俺――麻生あそうやなぎもこの天気と同じようなテンションで学校に向かっているところだ。


 通学路では、うちの学校――笹浦第一高等学校の生徒が多く歩いており、二人で、三人で、中には五人以上の男子たちが横並びなって迷惑行為をしている。

 ヤツラに耳を傾けるれば、昨日のテレビの話、読んだ雑誌の話、今日の髪型の話、予習忘れたとかいう愚か話など、なんとも展開性の無い、果てしなくくだらない話をしながら歩いている。


 そんな話をして何がおもしろい?


 だから、俺は独りで歩く……と言いたいところだが……。



「フクメさん。今日も雨が降りそうで困りましたね」



「そうだねぇ……でも、アタシは雨、好きだよ」



 そう……俺は一人であるが、独りではない。俺の後ろには、自ら悪霊と名乗る二匹のアホ霊がいる。


 遠くに浮かぶ雨雲を眺めて、最初に残念そうにも丁寧な言葉で口を開いた霊はカナである。


 穏やかな春風に見舞われた夜、俺が気持ちよく寝ようとしたときに、驚きと恐怖を隠せぬ様子で金縛りを掛けてきたビビり霊だ。

 視た目は俺と同い年くらいの女子で、夏服の制服と、長く伸びたストレートの髪型が特長だと言えよう。



 そして、カナの隣でなんか偉そうに話しているのがフクメだ。


 カナの肩にも届かない身長であり、一応中学三年生らしいが二三年ほど偽っているのではないかと思わせるほどの、幼いお転婆少女である。

 髪はゴムで二つに別けて縛る――いわゆるツインテールというやつだろうか。

ピンクの浴衣を子どものように揺らしながら、安っぽい鬼のお面を頭の横に着けて歩いている。



 予定ではこの前、フクメは自身の過去を思い出し、心残りをそれなりに払拭したため成仏されるはずだった。

 しかし俺の予想とは裏腹に、すぐに成仏されることは望まず、最愛の男――神埼かんざきとおるとの再会のため、四十四の言霊を集めると言い出した。


 よって俺は今、この二匹の、夏の蝉よりうるさい悪霊とともに過ごしている。

 どんな生活を送っているかといえば、基本的に恋愛ドラマを視聴する日々で挙句あげくの果てには早起きして特撮ヒーロー番組まで観ている。たまに二匹で日向ぼっこもしたり、観たドラマを再現しようと演劇まで興味を持ち始めたくらいわずわしいしい毎日である。


 まるで子どもの面倒でもている感じで、おかげでコッチは夏バテならぬ霊バテだ。ガキの使いやあらへんのに……。



 

「えぇ!? どこが良いんですか!? 洗濯物とか乾かないどころか、濡れちゃって二度洗いになっちゃいますよ!」

「まあ~そうなんだけどねぇ……」



 驚きを全面に表したカナだが、フクメは自身の足下周辺を見て何かを探している様子だった。


「……おっ! いたいた~!!」


するとフクに笑顔を与えた先には、曇り空を鮮明に映し出す小さな水溜まりが存在していた。昨日の突然の雨で出来たものであろう。


「ほら、カナお姉ちゃん! あれ見て見て~!!」


 無邪気な笑みを浮かべたフクメは離れた水溜まりに人差し指を立て、カナの視線を促す。

 つい俺も窺ってしまったのだが、その水溜まりには更に小さなアメンボ一匹がスイスイと、瞬間移動の如く泳ぎ回っていた。


「ふはあぁぁ~~~~!! アメンボさんです!!」

「ねっ、かわいいでしょ? こうやって、晴れの日ではなかなか見られない光景があるから、アタシは雨が好きなんだ!」

「なるほど~!! フクメさんって、ロマンチストなのですね!!」


 カナは浴衣少女の感性に感激したように瞳を輝かせると、フクメは両手を腰に当てて仁王立ちになり、ニヒヒと子どもっぽく口を横に伸ばしていた。


「まぁね。アタシの頭は、ロマンと夢で溢れてるからさ!」

「ふっはあぁぁ~~~~!! 素敵です!! 恋愛ドラマの名言っぽいですぅ~!!」


 カナは相変わらずフクメを心から誉めちぎっていたが、俺の心には全く響かなかった。


 何がロマンチストだ。


 お前の頭はフールで溢れてる……そうフールチストに違いない。この前だって、fool(ふーる)って単語読めなかったくせに……。


 こんなストレスが溢れそうに溜まっている俺。

今日もため息を漏らしながら、更に嫌いな学校へと向かうのだった。




 ***




 俺はようやく学校に着き、上履きに履き替えて自分の教室へと歩いていく。

 

 県立笹浦第一高等学校。


 県の中では特に優秀な進学校と評判があり、毎年数多くの国立大学、有名私立大学進学生を輩出している。もう少しで創立百周年を迎えようとしている校舎には、寂れた窓縁まどぶちや、シミが残りがたつく天井などがいくつも見られるが、それ以上に伝統、歴史、威厳がひしひしと伝わってくる建物でもある。


 俺は自分の教室に入り、黙って席に着く。


 教室にはすでにたくさんのクラスメイトがいて騒がしい状況だが、逆に俺は静かにスクールバッグから教科書、ノート、参考書を取りだして机の中にしまっていた。




「――麻生くん、おはよう!」




「お、おう……」

 突如俺のもとに、一人の女子――水嶋みずしま麗那れいなが笑顔で参上した。優美で上品で、艶のある長い黒髪を纏った、二年生でありながら現生徒会長を務める非現実的逸脱者である。

 

 無論、水嶋に好意など寄せていない俺は俺らしく、いつものように冷たい無表情を放ちながら、そっぽへと受け流した。


「もうすぐ夏休みだね」

「そうだな……」


 相変わらず明るい水嶋は話を続けたが、俺は視線も向けず適当に言葉を発した。

 正直俺としては、水嶋とはあまり話したくないし、接点も持ちたくなかった。俺はこの学校中から嫌われている存在であるが故、同時に水嶋も嫌われても困るからだ。


 ボッチ枠は、俺だけで充分だからな。


 しかし、水嶋は再び口を開く。


「ねぇ、麻生くんは夏休みに、何か予定ある?」

「パシりはご遠慮願いたい……」

「え? まだそんなこと言ってないじゃない?」

 

 水嶋からは困り顔を放たれた俺だが、決して間違った台詞ではないと自信がある。


 コイツが何か話を持ってくる際は、俺はことごとくパシられてきた経験があるからだ。

 最初は水嶋の兄貴探し。この前の五月はお祭りの手伝い。しかもついこの間は、再び掃除当番を俺に丸投げしてきた。


どれもこれも疲れるものばかりで、きっとまた俺に何かお願いをして何かしらやらせるのだろう。ならばコイツが口出す前に、俺が先手を打った訳だ。



「パシりでは、ないと思うよ?」


 しかし水嶋は少し間を開けていたが、俺には疑わしく思えて仕方なかった。パシりでないのなら、一体何事を伝えにきたのだろうか?


「……じゃあ、予定が無いって言ったら?」

「実は、夏休みにしの……友だちの家のお手伝いがあるの。おじいさんとおばあさんが経営する梨農家なんだ」


 水嶋が時おり、俺から視線を逸らしてまばたきをしていたことは不思議だったが、共に俺は悪寒を感じる。


「今年は大収穫の年になりそうなんだって。それで、人手が欲しいみたいなんだけど……麻生くんは、やってくれないかな?」


 全首脳一致のパシりじゃねぇか……。


 予想していた通りだ。

何がパシりじゃないだ。やはりあの間は全てを表していた。

このとき俺は初めて『二度あることは三度ある』ということわざを信じることが出来た。



「書類選考以前で却下だ……」

「そ、そう……」


 早くも諦めた様子の水嶋が垣間見めたが、俺は溜め込んできたストレスもあってか、さらに苦言を続ける。


「第一、夏休みに太陽の下に出るなんて御法度だ。今の時代、熱中症なんて簡単になっちまうんだからな。空には太陽ではなく、エアコンが必要だ。宇宙ステーションにでも打ち上げてほしいくらいだぜ……まったく」


 苛立つ俺には絶対に行く気など皆無である。夏休みに外出するなど、例え明日世界が崩壊しようとも考えられない愚行だ。


 誘ってきたコイツを一方的に突き放した俺は頬杖を付き、見つめる窓に舌打ちまで鳴らしてしまう。しかし、反射で映った水嶋の顔がなぜか心配を重ねているように見えた。


「……でも、それだと……」

「なんだよ?」

「麻生くんが、マズイかもよ……?」

「はぁ? なんで?」


 意味不明な答えに振り向かされた俺は水嶋の顔を睨む。


「……実はね、この手伝いに誘ってやれって言ったのは……」


 水嶋は微笑んではいたが、細い眉の形がハの字になっていた。


 それだけではない。


 水嶋は俺から目を逸らし、俺の後方を眺めていたことが何よりも気になった。




――っ! まさか……。




「――あ゛たしだよ~……」

「――っ!」




 突然背後から聞こえた禍々《まがまが》しき女声に、俺の全身にははっきりとした鳥肌が立つ。

この声は聞き覚えのあるもので、実はカナのものでもなければフクメのものでもない。


 地獄へおいでと問い掛けるような恐ろしい重低音。



 いや、命だけでなく魂の危機すらも感じさせる破滅音。



 次第に身体中が震え始めた俺は固唾を飲み込み、恐る恐る背後へ視線を向ける。




「――九条くじょう、先生……」




 やはり、俺の担任且つ地獄の支配者――九条くじょうみちるだった。


 この女は化学を専門とした教諭であり、いつものように白衣を纏っている。

年齢不詳にしているヤツの見た目は十八歳前後を思わせるほど若々しいが、目が合った者を石に変えるような鋭い瞳、背まで降ろした蛇のような癖っ毛が目立つロングヘアなどはまさに、ギリシャ神話に出てくるゴルゴーンそのものだ。


 俺と同じ高さの身長でありながら、現在椅子に座っている分巨大に見える九条満。


 邪悪な笑みが顕在のまま、俺の目の前まで顔を近づけ始める。


「ぬ゛ぁ~~あ゛麻生……?」

「イエス……?」

「この前の面談んとき、私はお前に何て言ったっけな~?」


 恐怖に恐怖を重ねた俺は冷や汗が出始め、無意識に素直な自白を述べてしまう。


「しゃ、社交性を……大切にしろ、と……」

「そうそう。わかってるじゃないか~」


 一旦顔を遠ざけた九条の顔からは、まぶしいくらいの笑顔が放たれた。が次の瞬間、やはり邪神じゃしんの素顔が再び俺の目の前に現れる。



「行け?」

「はい」



 俺が人間の反射反応を起こしたように返事をすると、九条は微笑みを残しながら、水嶋の隣に向かい肩に手を置く。


「水嶋~よかったなあ! 麻生が手伝ってくれるってよ~」

「よ、よかったです~……」



 水嶋も終始苦笑いのままだったが、九条は俺たちからやっと離れていき、教員用事務机へと向かった。


 あ゛ぁ~死ぬかと思った……。


 九条が離れたのを確認できた俺は大きな安堵のため息をつき、さっきの悪寒の正体は九条満が後ろにいたからだということに、改めて気づかされた。



 以前の面談で、俺と九条はテストの出来や生活面について話していた。テストに関しては、学内で総合点二位になり、惜しくも水嶋には勝てなかったが、良くできていると珍しく褒められた。

 しかし、唯我独尊ゆいがどくそんの道を歩む生活面では何も共感されることなく、俺は完全アウェイの気分を味わってしまう。

 そこで九条は、もっと他人と関われ、社会で他者と繋がりを持つことからは逃げられないなどと言われのだ。



 しかしその面談の結果、このような事態に巻き込まれるとは、さすがの俺も予想できていなかった。




 ――誰か、あの邪神を早く抹殺まっさつしてくれ~……。




「じゃあ麻生くん、よろしくね……?」

 まだ俺の前方にいた水嶋が申し訳なさそうに手を立ててみせたが、俺はうつ伏せになって無言の頷きで返し、ため息と共に全身の力が抜け落ちた。




 ――キーンコーンカーンコーン♪




 学校のチャイムがなり、朝のホームルームの時間だ。

 先程まで俺の近くにいた水嶋は、すぐに自身の席に向かい静かに着席した。

 担任の九条も教壇でホームルームを始める中、俺の背後のカナとフクメも気づいたようだ。


「さあ、ホームルームですね!!」

「う~ん……」

「フクメさん、どうかしました?」


 しかしカナを傾げさせたフクメは腕組みをし、小さな脳みそながら何かを考えている様子だ。



「う~ん……七不思議ってなんだ?」


 

 編名回収、唐突過ぎんだろ……。


 俺にはまるで理解できない。なぜこのアホ霊が突然七不思議なんて口にしたのか。まあ、アホのヤツラの考えなんて知ろうとも思わないが。

 しかし、俺とは逆にカナはフクメに疑念の声を漏らす。


「突然七不思議なんて、どうしてですか?」

「いや、さっき教室にいる生徒から聞こえてきたんだけどさ……この学校には七不思議っていうやつがあるらしいんだけどね……ただ、七不思議ってなんだろうと思って?」


 どうもフクメは七不思議の意味がわかっていないようだ。こんなどうでもいい知識は俺でも知っているのに……。



「ええ!? んな、七不思議ですか!?」



 一方のカナはその意味をわかっているようだ。驚いたように言い、震えながら説明をする。


「七不思議はですね……」


 カナのトーンが一段低くなった。まるで怪談話をするかのように続ける。


「ある場所に起こるという、七つの摩訶不思議な現象です。そのどれもは、私たちの頭では理解できない、いわばエックスファイル的超常現象なのです」



 不気味な声を紡ぐカナはまるで百物語を語る者のように、震えながら冷や汗を垂らしていた。


「へぇ、なんかおもしろそうじゃん!」

「いえ、決してそんなことはありません……」


フクメは興味を示し笑っていたが、相変わらず血相悪目のカナは首を左右に振って否定する。


「この七不思議に関わり過ぎた者は、呪われることもあるのです。それはそれは恐ろしい呪いに縛られてしまうのですよ。だから、あまり学校の七不思議には関わらない方が身のためです」


 悪霊が一体何に恐怖しているのかと思ったら……。

 

 とりとめのない陳腐ちんぶな噂話ではないか。


 朝から九条に襲われるはめとなった俺は無気力なまま、カナの様子を内心くだらないと思いながら聞き流していた。




 ***




 昼休み。

 俺はいつものように、誰とも顔を逢わせなかくてすむ唯一無二の場所、屋上に続く階段で弁当を食べていた。

 ここは、生徒が屋上に行かないように、階段の前に机が並べられて封鎖されている。

 しかし、俺にはそんな封鎖は関係ない。そのまま机を音も起てずに飛び越えて、この誰からも干渉されない場所で食い終わるころだった。


「なあ、やなぎ!!」


 まぁ、喧しいのが二匹いるのだが……。

 その内の一匹であるフクメは浮遊したまま、俺の目の前で何やら楽しそうに親指を立ててみせる。


「この学校の七不思議調べようよ!!」

「ふ、フクメさん!?」


 すると俺がリアクションする間もなく、カナはフクメの愚行を止めようと割って入ってきた。決して信頼など置いてはいないが、とりあえずこの女にゆだねてみよう。


「そんな、危険です!! もしも悪い呪いでもかけられたりしたら、どうするんですか!?」

「えぇ~。だって気になるんだも~ん!!」


 フクメはなかなか意見を汲み取らず不満そうだが、カナの抑止は続く。


「でも、危険ですよ。やめましょうよ?」

「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ~!!七不思議七不思議~!!」


 するとフクメは仰向けになった状態で、手足をバタバタと動かして叫び始めた。母親とスーパーに買い物に来たは良いが、訪れたお菓子コーナーにある玩具に目を惹かれてしまい、懸命に欲しがる田舎娘のように。


「もう。フクメさんったら……」


 それをしばらく視せられたカナも呆れたようにため息をつくと、悩ましい表情のまま俺に振り向く。

 何となく嫌な気はしていたが、それが当たるどころか、もはや超越した言葉が俺を襲う。




「御二方がそこまで言うなら仕方ありません。麻生さん、七不思議の場所に行きましょうか」

「いやいや待て待て!」




 まさか俺も七不思議に興味があるかのような言い方をされて、俺は思わず突っ込んでしまった。


「意味がわからん。なぜ俺まで巻き込む?」

「だって、麻生さんならこういうの、好きそうだと……」

「金と政治並みに大っ嫌いだ!」

「そ、それに麻生さんが動かなきゃ、わたくしたちも移動できませんもの……」

「う゛ぅ~……」


 カナは真面目な表情のまま伝えたが、残念ながら正論だった。

 この二匹は憑依型の霊であるらしく、その特徴のせいで、取り憑いた俺から半径約五メートル以上離れられないのだ。いざ出ようとしても、見えないバリアが生じて遮られてしまう様子は、実際に俺もフクメがぶつかるところを視ている。



 だが俺は無駄な労働など断固反対であり、何か確固たる理由で七不思議体験を阻止しようと熟考する。


「七不思議なんて、そこらのバカコメンテーターの……」

「……じゃあ、あの人に聞こうよ!!」



 すると寝転んでいたフクメが俺の言葉尻を被せ、ピンクの浴衣と共に宙を舞いながら俺の目の前で何かを思い出そうと考え始める。


「……あの人って?」

「ん~ん、あの人だよ~。ほら、お前の結婚相手……確か……」

「水嶋さん、ですか?」

「そうそう!! さっすがカナお姉ちゃん!!」


 いつから俺はアイツと永遠の愛を誓ったんだ? 好意を寄せてもいねぇし、いい名付けでもねぇのに。水被ると女の子になっちゃうふざけた体質の武道家じゃねぇっつうの……。


 もちろん俺の気持ちなど悟られないまま話は続けられてしまい、再びフクメから立てた親指と下手なウィンクを放たれる。


「よし!! 早速聞きにいこうよ!!」

「そんなの嫌に決まってるだろ……」

「ヤダヤダヤダ~!!」


 再びフクメの駄々こねり逆襲が始まってしまった。

 俺が七不思議について、水嶋に聞きに行くことは一生の恥だと思っている。しかし今は、このうるさくて困ったお面浴衣ツインテール野郎に一生の呪いをかけられるチャンスでもあると感じ、俺は舌打ちを鳴らしてから、水嶋を探しに向かった。




 ***




 昼休み終了二十分前。


 俺はまず教室にたどり着き、中には入らず室内を覗いてみた。しかし目的の水嶋の姿はどこにもなく、どうやら外出中のようだ。アイツのことだから、生徒会の活動でもやってるのだろう。


「水嶋さんがいないのでは仕方ありませんね~……」

「そんなぁ~!」


 カナとフクメはとても残念な表情で落胆しており、俺もお転婆小娘に呪いをかけられないことに悔いていた。しかし水嶋とまだ会話をしなくて済むという想いも芽生え、一時の安心感を覚えていた、そのときだった。




「――なんだ? 変質者でも演じているのか、やなぎ?」




 突如俺の背後から、聞き慣れた男の声が鳴り響いた。

 少し相手をバカにするような口調。いつもの俺のような冷徹さも込められているが、コイツの顔立ちからはクールという言葉が相応しいらしい。


 決してお前に会いに来た訳ではないのに……。全く気分汚染がはなはだしい。


 俺は大きなため息を漏らしてから背後を振り返ると、やはり声主の正体は想像していた通りで、更に引目が細まり、背が丸みを帯びる。




「うわ~。小清水こしみず視ちった~……」




「ひ、人を勝手に化け物扱いするなぁ!!」


 おいおい、今の聞いたか?

 果てしなく、救いようもないつまらなさを秘めた、コイツの必死な突っ込みを。R-1の地方予選一回戦も勝ち進めないほどの白ける一言だ。


「……出てくんなよ。お前にやる湯麺たんめんとギャラはねぇぞ?」

「何の話だよ!? こんな蒸し暑い夏に湯麺なんているかぁ!!」


 つまんねぇつまんねぇ……。コイツに振った俺が愚かだった。


 あまり気が乗らないが、一応紹介しよう。

 今俺に怒りの睨みを放つコイツの名は、同じクラスメイトの一人――小清水こしみず千萩せんしゅうである。

 普段から瞳は鋭く尖り、制服の着こなしが立派であるだけに優等生の片鱗を思わせる。しかし男なのに長い髪の毛を束ねる姿といったら、もはや裏社会の住人にも見える姿だ。少なくとも俺からしてみれば、社会不適合者の第一線を歩む者に見える。


「つまらん、芸人辞めちまえ」

「芸人なんて目指したことあるか~!! オレは神職しか望んでないわ!!」


 ちなみに俺と小清水の関係は、小学生来からの付き合いでもある。幼い頃ではいつものように遊んでいたほど、共に時間を過ごしてきた存在だ。

 しかし、だからといって今は仲が良いという訳ではない。むしろコイツのいけ好かない態度にはいつもうんざりしている。

 要するに、俺と小清水腐れ縁で繋がってしまった、幼馴染みの同級生ってことだ。


「……てか、なんで今日は学校にいるんだよ? 神職見習いもバックレか?」

「も、ってなんだよ!? バックレなんて何もしたことないっつうの!!」


 ちなみにコイツの家庭は神社を運営しているもので、最近は跡継ぎの修行を専念している。なかなか学校に顔を出さないのがほとんどなのだが、今日は珍しく登校していた。できればとっとと退学でもしてほしいのだが……。


 もちろん俺は歓迎の意など毛頭なく、むしろ厄介な奴に出会でくわしたと思いながら、内心ため息だらけに困っていた。


「……まぁそんなことより小清水。水嶋がどこにいるか知らないか?」


 俺は嫌々ながら無理矢理口を開き、目的の水嶋の現在地を聞いてみた。

 霊感あるが故に嫌われている俺は、周りの生徒からは基本的に避けられる校内生活を強いられている。こうやって他者と会話ができるとしたら、最近では水嶋、それかこのゴミ水しかいない。


「なるほど、ストーカーか……」

「なぜ俺を性的犯罪者に結びつけようとする? よくもそんな発想が出てくるものだ。もしかしてお前……」

「だ、誰が経験者だ!?」


 相変わらず声量だけは達者だが、やはり言っていることは、有理数と無理数の違いを説明するときの授業並みにおもむきがない。


「う゛ぅ~……この時間ならまだ図書室にいるんじゃないか? さっき、水嶋と篠塚しのづかたちが教室から向かうところ見たし……」


 俺より短気なのではないかと思わせるコイツだが、すると小清水は自身の腕時計を眺めながら告げた。


「そっか、助かるよ。正真正銘、唯一無二のストーカー様」

「もう何も教えないからな!!」


 俺は早速小清水に背中を向け、負け犬の遠吠えなど無力化してやろうと、図書室に繋がる廊下道を歩もうとする。


「なぁ、やなぎ……オレの質問にも答えろ」


 しかし小清水からは再び歩みを止められてしまい、気怠けだるさが更に増していた。質問に答えろって何様だよ? 入試や模試の設問文の方がまだ穏やかだ。


「手短に……」


 俺は結局小清水に振り返って様子を窺う。ただ意外に思ってしまったのは、コイツの表情がさっきと比べて、ずいぶんと真剣なものだったことだ。

 俺に聞くようなことがあるのかと疑い目線で対峙していたが、小清水は凛とした瞳のまま、重々しい質問を投じる。




「最近、この学校の結界が弱まっているらしいんだが、何か思い当たることはないか?」




「結界? そもそも結界なんてあったのかよ……?」

 反って俺が質問を投げ返してしまったが、すると小清水は頷き、この笹浦第一高等学校に張られた結界について説明を始めた。



 この学校が創立した日を境に、とある神職――俺も知っている人格者の一人――が災難に巡らないよう、霊的な視えない結界を張ったという。災難とはもちろん悪霊から生じるイタズラで、ソイツらから守護するための結界だそうだ。



 そして現在、この笹浦一高の結界が弱まっているそうだ。


「さぁ。今までと何ら変わりないんじゃないか?」

「そうか……わかった」


 小清水はそう言い残し、教室に入って俺から遠ざかったいった。


 確かに俺は、この笹浦一高では一年以上過ごしている訳だが、別に何かあったかと問われれば答えられる要素は思い当たらない。



「あの小清水さんって方、相変わらずイケメンですね。別に好意を寄せている訳ではありませんが……」

「え~どこが!? とおるの足下にも及ばないよ~!」



 わりぃ、嘘ついた。


 今年大きな変化があったと言えば、俺がコイツら――カナとフクメに取り憑かれたことだ。

 確かに自称悪霊とていしている二匹であり、俺はカナとフクメの存在が原因なのかと思い着いた。が、コイツらアホ霊に結界などを弱らせる力は持っているとも思えない。悪気は言わずもがな、むしろ登校をいつも楽しみにしているくらい幼稚な二匹だ。



 恐らく、何か他の要因が絡んでいるのだろう。俺もまだ知らない、視えない力が……。



 まぁ、俺は面倒事には巻き込まれたくないため、この辺で考えるのを止めた。

 とりあえず水嶋がいる図書館へ向かおうと、小清水がいる教室から離れ去っていった。




 ***




 昼休み終了十分前。


 俺は小清水から聞いたことを元に、図書室へ向かい水嶋を探していた。

 すると早速、俺は水嶋が図書室の受け付けカウンターにいる姿が見えた。隣にはアイツの親友――篠塚しのづかみどりが、何か予定表をせっせと書いている。


「あら、麻生くんじゃない!」

「あ、麻生くん!?」


 俺に気づいた水嶋がそう叫んだが、一方で篠塚は驚いた様子で声をとどろかし、書き込みをめてさっさとカウンターから走り去ってしまう。

 やっぱ俺、アイツに嫌われてるよな~。何もしてねぇのに……。


「もう碧ちゃんったら……ところで麻生くん。いつものように借りに来たの?」

「あ、いや、別件だ。ちょっと、聞きたいことがあってだな……」


 事を思い出した俺はそのまま水嶋の前に立ち、目的としていた七不思議について聞こうとこころみる。


「あ……、その、あのだな……」

「ん? なに?」

「だからな、その……」

「ウフフ。なぁに?」


 しかし俺はこの上なくガチガチだった。

 こんな高貴なお嬢様のような水嶋に、くだらない七不思議について聞こうしている自分が恥ずかしい。

 無論それだけじゃない。

 よくよく考えれば、“水嶋から俺”に話すことは何度もあったが、“俺から水嶋”に話すことは今世紀初めての出来事だ。なんという手の震えだろうか。

 また水嶋が、優しく微笑んで首を傾げるのも俺に傷。そして目の前のコイツから放たれる、甘い香水の香りが追い討ちを掛けてきやがる。


 なるほど……こうやって世の愚かなオスどもはとされていくのか。男として生まれたことが、こんなに残念だとは思ってもいなかった。


「麻生くん?」

「な、七不思議だ! 七不思議……」


 俺は何とか勇気を振り絞り、水嶋に七不思議の単語をぶつけることができた。他人と話すって、こんなにもストレスがかかるのだな。何がコミュニケーション社会だ。独りの方がよっぽど労がはかどる。そんな社会を認めてるから、みんな労多くして功少なしなんだよ。


「七不思議って、この学校の? いきなりどうしたの?」

「それは聞かないでくれ。黙秘権もくひけんを行使する」


 自分に取り憑いている悪霊が求めているからだなんて、口が裂けても水嶋には言えない。

 確かに水嶋は、俺が霊を視ることができる異端児いたんじだとは既知きちだが、きっとバカにしてくるに違いない。


 幽霊が七不思議知りたいとか、チョーウケる~!! ってな。


「そう……この学校の七不思議かぁ~。ん~……」


 すると水嶋は図書室の天井に顔を上げ、腕組みをしながら頬に人差し指を当てる。考えている様子ではいるが、どこか笑っているようにも見えた。


「……実は、知ってるよ!」


 水嶋はカウンターに両手を置き、前のめりになって笑顔を近づけた。

 やめろ水嶋。近い近い……。


「……わ、悪いんだが、その内容とか現場を教えてくれないか?」


 気が気でいられなくなる危惧きぐさとった俺はすぐに一歩 退き、男心必堕だんしんひつだ尖兵せんぺい怪獣――水嶋麗那に聞いた。


「うんいいよ。この時間は図書室の手伝いだから、今日の放課後にでもどう?」

「わ、わかった……んじゃ、よろしくな……」


 月のように優しく麗しき声で返した水嶋のあと、俺は適当に返事をして、篠塚のように直ぐ様図書館を去った。



 もうじき昼休みが終わろうとする中、俺は階段を登りながら教室へと向かっていた。もちろん今日の放課後が七不思議なんかに時間を潰されることに落胆し、いつも以上に段差を感じる。


「さすがお前の妻だよな!! 困ったときはいっしょに協力し合うなんて、正に理想の家庭だよ!!」

「ううぅ……麻生さん。どうか御幸せに。わたくしは、いつでも御二人を見守っていますからね……」


 だから、なぜ俺は結婚することになっている? しかも、いつまでも見守られても困るんだが……。

 俺は心でブツブツ不満を呟きながらも、ふと腕時計を窺う。

 昼休み終了まで残り三分前。怪獣が現れても変身する気が起きない胸中だ。

 なんせ次の科目は化学――つまり担任の九条満の授業だ。一瞬でも遅れたりすれば、きっと息の根を止めてくるだろう。


 怪獣事件は校外で起ころうとしているのではない。教室で起ころうとしているのだ。


「七不思議かぁ~早く見たいな!!」

大事おおごとに巻き込まれなければいいのですが……」


 相変わらずやかましいフクメと、じけ気味のカナが背後にいるが、俺は一段飛ばしで階段を上っていく。

 なぜ俺がわざわざ放課後に残ってまで、七不思議なんてくだらない物を調べなきゃいけねぇんだと、大きなため息を吐き出した、そのときだった。




「……みへ♪」





「ん……?」

 俺は階段を上り終えたと同時に立ち止まる。今一瞬だが、誰かの歌声らしき音が聴こえた気がしたからだ。



 なんだか細々しく古風で、哀れで切ない想いが込められてるような……そんな歌声だった。



 気になった俺は四方八方に顔を動かした。が、辺りに人は誰もいなく、存在している者としたらフクメと、ふた目が合ったカナのみである。


「どうしたのですか?」

「いや、その……お前らさ、今何か歌ってたか?」

「いえ。何のことでしょう?」

「アタシも歌なんて歌ってないけど?」


 二匹揃って首を傾げられてしまったが、確かにこのうるさい二匹が――しかもこんな近くで――微かに聞こえる歌なんて歌えるわけがない。

 俺はもう一度辺りを見回し、最後に天井まで見上げた。この先は屋上に繋がっているため、誰もいないことは校則上明らかである。



 ……空耳、か。



 しっかり何もないことを確認したあと、俺は自分にそう言い聞かせ、邪神――九条満が現れる教室へと向かい去った。


皆様おひさぶりです。

日々血尿と闘う田村です。

まずは、大分、前話から時間が空いてしまったことを心より御詫び申し上げます。

これからもどうかよろしくお願いします。

次回はいよいよ七不思議の謎を解いていきます。

このくだらない噂にどうかお付き合いください。

次回もよろしくお願いします。

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