北の国へ2
ディリーアの容態が急変したのはその夜だった。
村の薬師が調合した薬草も効かず、クロフは重態のディリーアを馬に乗せ北へと向かった。
三日三晩馬で走り続け、三日目の朝には北の国の都にたどり着いた。
都は堅牢な白い城壁に囲まれ、その上には何人もの兵士達が城門を見張っている。
城門の前には槍を構えた兵士達が見張りにつき、街全体が物々しい雰囲気に包まれていた。
クロフは城門の前で街に入る人々の列に馬で並ぶ。
クロフの番が来ると、門を守る守衛に話しかけた。
「この兵士の多さは一体何ですか? 城で何かあったのですか?」
守衛は不振そうな目付きでクロフを見上げていたが、肩に下げた竪琴に目がいくと、背筋を伸ばしかしこまった。
「はい、近いうちに南が攻めてくるという噂なので、その準備をしているのです」
守衛は折り目正しく答え、クロフの後ろにいる茶色の頭巾をかぶったディリーアをのぞき込む。
「そちらの方は?」
クロフはうなだれるディリーアを慌てて背中にかばう。
「妹が病気なんです。この都の中で一番腕のいい薬師をご存じありませんか?」
守衛は持っていた槍にもたれかかり考え込んだ。
近くで見回りをしていた別の兵士を呼び止める。
「それだったら、王宮に仕えるセクテばあさんが一番の腕前じゃないか? 何てったって、王妃様のお抱え薬師だからな」
クロフは兵士に頭を下げ、城門を馬で通り抜けた。
通りに並ぶ露店を通り過ぎ、人混みを駆け抜け、王宮の大通りを進む。
そのうちに白い石壁に囲まれた、壮麗な王宮が見えてきた。
「しばらくお待ち下さい」
門の前の兵士はクロフが吟遊詩人と見ると、慌てて門の中に入っていく。
そのうちにきらびやかな衣装を着た女官に招かれ、王のいる部屋へと通された。
一段高い長椅子の上には、年老いた王とクロフとあまり年の変わらない若い王妃が座っている。
王は鷹のような鋭い目付きでクロフを見下ろしている。
「若い吟遊詩人よ。お前は何の望みがあって王宮を訪れたのか」
低くしわがれた声がクロフの頭上から降ってくる。
「黄金か、地位か、名誉か? それとも美しい女奴隷か? わしのために詩を作り、子々孫々まで語り継いでくれると言うのなら、お前の望むものを何でも与えるとしよう」
クロフは王の言葉を聞いて、低く頭を垂れる。
「では、彼女の、妹の病気を、王のお力でどうか治していただきたく存じます。それがわたしの願いです」
王は隣に座った王妃に顔を向ける。
王妃は細く白いあごでゆっくりとうなずいた。
「わかりました。その願い聞き届けましょう」
王妃は衣を揺らし優雅に立ち上がり、頭を垂れるクロフに歩み寄った。
「何も心配はいりません。妹の病気、きっと治して差し上げます。安心なさい」
王妃はしゃがみ込み、白い手でクロフの赤い髪に触れる。
「ありがとうございます」
クロフは低く頭を下げる。
王妃は口元に笑みをたたえ、じっとクロフの赤い髪を見下ろしていた。