表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

北の国へ

四章北の国へ




 クロフは走っていた馬の足を緩め、明るくなった草地の丘を見渡す。

 辺りは白い朝の光に溢れ、川に立ち上る朝霧が金色に輝いている。

 クロフはまだ暗い西の空を見て、馬の首を軽く叩く。

「行こう」

 クロフは気を失っているディリーアを支えながら、慎重に馬を走らせた。

 太陽が空に地上を照らす頃には、クロフは小さな村にたどり着いた。

 クロフはその村で宿を借り、歩き疲れた馬を休ませる。

 ディリーアの看病を村の薬師に任せ、クロフは宿の外に出た。

 馬は宿の壁に取り付けてある鉄輪につながれ、村の少年に桶から水を飲ませてもらっていた。

 少年はクロフに気が付くと、馬の首をなでながら歯を見せて笑う。

「これ、お兄さんの馬? いい馬だね。おれもいつか自分の馬を持つのが夢なんだ」

「そう言ってもらえると、その馬も喜ぶよ」

 クロフは少年に礼を言って、入れ替わるように馬に話しかける。

「調子はどうだい? 昨夜は夜通し走らせて、かなり無理をさせてしまったけれど」

 馬はたてがみを振り、高くいななく。

「かまいません。一度はあの森で失いかけた命です。あなたのような主人になら、喜んでこの命、預けましょう」

 栗毛の馬はうれしそうに鼻面をクロフの肩にすり寄せる。

 後ろで馬の飼い葉を運んでいた少年は、そのやり取りを見て目を丸くする。

 急ぎ足でクロフの側に駆けてきて、興奮したように声を張り上げる。

「すげぇ、すげぇ。お兄さん、本当に馬と話してるみたいだったぜ。もしかして、お兄さん実は偉い神官様? それで馬と話が出来るとか?」

 クロフは困ったように苦笑いを浮かべる。

「すげぇなあ。おれもいつか馬と話せるようになりてぇ!」

 少年はなおも叫んでいたが、村の男に呼ばれどこかへ行ってしまった。

「動物の声が聞こえる神官も、この頃めっきり少なくなったと聞くから、きっと珍しいんだろう」

「人間にもいろんな人がいますからねえ」

 馬が相槌を返す。

 クロフは少年の運んできた飼い葉を馬に与え、その隣に腰を下ろす。

 宿でもらった布袋から大麦のパンを取り出し、半分に切った。

「ところで、君はどうして城壁の外にいたんだ? もとはヒーネが君の主人だったんじゃないのか?」

 クロフは大麦のパンを小さくちぎり、口に運びながら尋ねる。

「ええ、そうです。以前にお会いしたときは、あなたは沼地で畑を耕していましたね。わたしがあの貴族の馬として、再びあの森を訪れた時のことでした」

 馬は飼い葉桶から顔を上げ、口を動かしながら答える。

「あの貴族には、反省すると言うことは無いのでしょうか? あの貴族はあろうことか、部下の兵士共々、森へ馬で突っ込んだのです。馬で走り続ければ、泥に足を取られないとでも思ったんでしょうか? 馬鹿ですね」

 馬は鼻息を荒くする。

「結果は、想像が付くでしょう? 結局、わたし達は泥に足を取られ、彼らはわたし達を見捨てて、森の奥へと入っていきました」

「それでどうしたんだ?」

 鼻息を荒くする馬を横目に、クロフが先を促す。

「そのまま泥に沈んだままだったのなら、君がここにいるのはおかしい。誰かに助けてもらったのだろう?」

 馬はいらだたしげに片足を上げ、地面の土を掘る。

「ええ。そのままでいたら、わたし達は命を落としていたでしょう。わたし達が泥の中に沈もうとしていた時、森の奥から鉄砲水が流れてきたんです」

 クロフはパンをちぎっていた手を止め、馬を振り仰いだ。

「わたし達は水に押し流され、運良く泥から助かることが出来ました。その後、わたしは仲間達と共に草原で気ままに暮らし、今に至るのです」

 話し終えると、馬は飼い葉桶に鼻を入れ、再び食べ始めた。

 クロフは澄み渡った春の空を見上げ、赤い髪を風にそよがせた。

「ほんとうに、運が良かったんだね」

 クロフは太陽の光に目を細め、口元に笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ