第27話 聖女は平穏を許さない
「あーーー……。」
芝生に大の字で寝転び、ぼんやりと流れてゆく雲を眺める。
俺の名前は、セドリック・デ・クロスフォード・ノエルグ。
この学園の生徒会長様だ。
もっとも、今はやる気がない。
理由は聞くな。
思い出すだけで面倒くさい。
「……鳥になりたい。
鳥になって、あの人のところに……。」
しかし、最近は労働を強いられている。
あの聖女様のせいだ。
半世紀ぶりに現れた聖女、フィオナ・ルーチェ。
入学にあたり、生徒会長である俺は事前に顔合わせを済ませていた。
そのときの印象は、つまらない女。
まるで物語から抜け出してきたような、清廉潔白な聖女様。
見ているだけで嫌気が差した。
「……って、俺は何をポエムってるんだ!」
「アホか!」
「もう届かないものを、いつまで引きずっている……。」
それでも、俺は生徒会長特権を使い、フィオナを生徒会役員にした。
聖女だからではない。
あの皇太子のアルベルトが、珍しく苦手意識を隠そうともしなかった。
何かにつけて彼女の愚痴をこぼす姿が、少し面白かった。
せいぜい、俺に仕事を押し付けたがるアルベルトが困ればいいと思った。
退屈な生徒会の暇つぶしになれば、それでよかった。
「あーーー……。」
だが、フィオナは規格外だった。
あの優等生ぶりは、一般人向けの営業用スマイルにすぎなかった。
まず初っ端から、俺に対する敬意が足りなかった。
何かと俺を『暇人』呼ばわりしてくる。
いや、実際に仕事の大半は、アルベルトに押し付けているけどね。
しかし、それは皇太子として将来を見据えた愛の鞭だ。
今の苦労は、きっと将来の糧になる。
俺はそう信じている。
「ただ、任期を無難に終えてさ。
来年、会長職をアルベルトに渡したいだけなんだけどなー」
とにかく、フィオナのせいで、俺の学園生活は変わった。
あの女の尻拭いばかりしている。
教師や女子寮の寮長から不審な通報が届けば、呼び出されるのは俺。
ゴミ漁りもした。
深夜の見回りもやらされた。
下水道の掃除だってやらされた。
今日は、反省文の添削だ。
「どうして、俺がこんな目に……。
どう考えても、生徒会長の仕事じゃないよな?」
それでいて、フィオナの評判はいい。
教師にも寮長にも、フィオナは清廉潔白な聖女だと思われている。
世間は、あの本性を知らない。
本性を現すのは、ヴァレンタインに関わるごく近い者だけだ。
あれは災害に近い。
歩けば騒ぎを起こし、動けば誰かを巻き込む。
「……というかさ。
未来の皇帝と皇妃を手玉に取っているんだから、すげえよな。
たぶん、ああいうのを傾国の女って言うんだろうな」
アルベルトが困っている姿は笑える。
だが、ノエルには少し同情する。
もっとも、本人は進んでフィオナに付き従っている。
女装も本気で嫌がっている様子はない。
一応、それとなく人生相談を持ちかけてみた。
でも、脅されているわけではないらしい。
ただ、女の趣味が最悪なだけだった。
「まっ、卒業するまでの辛抱だ。
卒業したら、田舎の行政官にでもなって……。」
人生相談の話で思い出した。
フィオナのあの言葉が、ずっと胸に引っかかっている。
『咲かぬなら、咲かせてみよう、百合の花』
『転ぶことは恥ずかしくありません。
転んだままでいることが、恥ずかしいのです』
前半は解釈に苦しむ。
なぜ、百合なのか。
しかし、後半の言葉だけは笑えなかった。
まるで、今の自分を見透かされているようだった。
「……マジで、何なんだよ。あの女」
フィオナが俺の過去を知るはずがない。
アルベルトは知っている。
だが、あいつは人の秘密を他者にばらすようなやつではない。
ならば、フィオナは数ある説法の中から、たまたまあの言葉を選んだだけなのか。
「くそっ……。何も知らないくせに……。」
たぶん、違う。
全てではないにしろ、フィオナは俺の過去を察している気がする。
たまに漏らす言葉の数々が、俺に突き刺さるのだ。
厭世主義に逃げる俺を責めるように。
聖女は、この世に光をもたらす存在だと言われている。
あいつは、本物の聖女なのか。
普段の行いを見る限り、とてもそうは思えない。
「あーーー……。」
そんな毎日だ。
おかげで最近は、昼休みくらいしか、まともに休める時間がない。
だから今日も、こうして芝生に寝転がっている。
頼むから、誰も来ないでくれ。
せめて十分。
いや、五分でいい。
俺に平穏をくれ。
「あっ、ここにいた。暇人」
駄目だった。
平穏を願った途端、聞きたくなかった声が届いた。
俺は、上半身を跳ね起こす。
「暇じゃねーよ!
雲の形が人に及ぼす影響について考察していたんだからな!」
「やっぱり、暇じゃん。
それより、すごい名案を思いついちゃったんだけどさ」
「あーー! あーー! 聞こえなーい!」
間違いなく、ろくでもない一日になる。
でも、それを少し歓迎している自分がいた。
――第一部、完。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




