第54話 ぬゑの化け物
並んで歩き始めたトゥパックだが、見ると女の手首から血が流れているではないか。
「んっ、其方、腕から血が……」
「はい、今あなた様に切られました」
「なに!」
すると娘が顔をわずかに上げ、かすかに見える口元が見る見るうちに裂け始め、にいっと微笑しているようにも、ニタッと笑っているようにも見える。
長い黒髪がしゅうと伸びて来ると、トゥパックの首に巻き付き始めた――
「ウグッ」
トゥパックは手にした剣で断ち切ろうとするが、次々と新しい髪が襲って来る。
「グッ、グッーーーー」
「トゥパック!」
声を掛けてきたのは、風に乗り駆け付けたレイラである。
「アラカラホートシャザムスヴァー」
「グエッ」
レイラの呪文に女の身体が溶けるように変身してゆくと、妖怪が姿を現した。ぬめっとした蛭とモグラが合わさったような化け物だ。
「正体を現したわね」
「この、野郎!」
やっと剣を持ち直したトゥパックが切り込んだ。
「ギャッーー」
トゥパックの剛腕から繰り出される剣に、ぶつっと切断される妖怪の首から血がほとばしった。さらに胴を切り刻まれてもまだうごめいている。アイダたちがやって来ると、ついに動かなくなった。
「此奴は蛭なのか、モグラなのか」
トゥパックが剣先でつつくと、
「カッーー」
「危ない!」
飛び掛かって来る首――
「くそっ」
死んだと思われた妖怪の首を叩き落とす。牙がガキガキと音を立て、トゥパックに向かう最後のあがきであった。ノラが妖怪の頭をかみ砕いても、まだ他の足は痙攣していた。
その時、再び周囲の闇から不気味な声が聞こえてきた。
欠けた月は出ているが、雲に隠れ、真の闇に近い。
「ヒーーヒーー」
「何だよあの気味悪い声は」
妖怪の屍を前に、誰もが辺りに横たわる暗がりから聞こえてくる声に神経をとがらせた。
「これは多分……」
レイラ自身見た事は無いが、
「ぬゑと呼ばれる化け物でしょう」
「ぬゑだって?」
「トラツグミという鳥に、死者の怨念が取り憑いたものです」
「死者の怨念……」
「ええ」
「んっ?」
トゥパックがふと見ると、森の中からまたうら若い娘が一人ふらふらと出て来るではないか。
「助けて下さい」
だが、当然ながら皆は警戒した。中でも一番怪しんだのはトゥパックである。しかし娘はかまわず話しを続けた。
「村の人たちが大変なことになってます。お願いですから助けて下さい」
念のため話を聞いてみると、娘が信仰しているオシラサマという、村に伝わる古くからの守り神がある。その神に助けてくれと日々願掛けしていたところに、アイダたちがやって来たというのである。
「騙されるか!」
トゥパックが剣を抜き放つと、顔に突き付けた。驚いた娘は倒れ込んでしまう。
「トゥパック、何をするの!」
「アイダ、此奴も妖怪……」
アイダは転んだ娘をそっと起こすと、
「ごめんなさいね、いいわ、あなたの願いを叶えましょう」
「ありがとうございます」
仲間のいる場所へ案内すると言って、娘は先に歩き出した。アイダがその後を追うと、レイラがそっと囁いた。
「アイダ、この娘は……」
「分かっているわ、でも私に考えが有るの、少しの間この娘の後を付けて行ってみましょう」
トゥパックにも目くばせをした。
「…………」
「これは!」
皆の驚きはもっともである。娘の家だと案内された建物は、貧しい村とは不釣り合いな屋敷なのだ。
「どうぞ、お上がりください」
娘は皆に座敷に上がるように促す。見ると宴の用意がされて、酒まで並んでいるではないか。
「…………」
だが、さすがに酒好きなトゥパックも怪しんでいる。困難に直面している村の宴とはとても思えないのだ。ましてやカラスの話を聞いた後ではないか。悲惨な村人は何処に居るのだ。
「村の皆さんは何処にいらっしゃるのですか?」
アイダの質問に娘の顔がうつむく――
「それは……」
「…………」
アイダたちの不審を感じ取ったのか、やがて顔を上げた娘の態度が変わり、ニヤリと笑う。
その不気味な笑い顔。
――この世の者では無い――
「墓の下よ、フッフッフッ」
ワイナ、トゥパック、キイロアナコンダ、バーブガンと全員が身構え剣を握る。
「せっかくお酒を用意したのに、無駄になりそうだね」
「誰がそんなもの飲むか!」
早くもキイロアナコンダとドラゴン・バーブガンが斬り込もうとしたが、小柄な娘は動かない。
「二人共ちょっと待って」
「んっ」
今まさに斬られようとしているのに、全く動こうとしない娘にアイダが反応した。
「様子が変だわ」
「フッフッフッ、なぜ斬ってこないの」
アイダが叫んだ。
「大変、この娘さんを切らないで」
「なに!」
キイロアナコンダもバーブガンもアイダを見ている。
「この娘さんは操られている。まだ生きているから、斬るわけにはいかないわ」
「…………!」




