第42話 ドラゴン・バーブガンVS魔人・ガイエウス
それは巨大な魔人であった。頭がワニである巨人ガイエウスは、神話に登場するなら史上最強の怪物。首から下は人間と同じだが、底知れぬ力を持っているという。短気で獰猛、怪力と強力な魔力をもち、村々を訪れては犠牲者を見つけ死にいたらしめるとされている。
「ガイエウス様を退治しようなどと、そんな恐ろしい事をしないでくだされ」と村人は遠くから懇願した。ワイナたちが剣を抜いているのを見たからである。
村人はガイエウスの復讐を恐れている。だが魔人が人々を苦しめている現状を見過ごす訳にはいかない。
「ガイエウスよ、何ゆえに人々を襲い苦しめるのだ」
「んっ?」
ガイエウスがじろりと地上を見下ろすせば、剣を構える三人が眼に入る。
「危ない!」
いきなり太い棍棒がうなりを上げて振り下ろされて来る――
ワイナ、トゥパック、キイロアナコンダは飛び下がり、かろうじて難を逃れた。棍棒が振り下ろされた後は深い穴が開いた。
「これはまずいぞ、巨大すぎて剣が届かない」
「待って、私たちがやるわ」
話が通じる相手ではなさそうである。今度はアイダとレイラが前に出ると、呪文攻撃を開始する。
「アラカー、シャーヴォアーーシャザムァー」
「アラカーー、シャーーヴォアーーヴァーハーー」
だが、再び棍棒が振り下ろされる――
「…………!」
「駄目だわ、呪文が効かない」
うなりを上げて振り下ろされる棍棒を避けた二人が巨人を見上げた。これでは確かにワイナたちの剣も巨人まで届かないだろう。
「そうか、ここは儂の出番だな」
バーブガンが前に出て来た。既に人間の姿ではない、いつの間にかドラゴンになっている。バーブガンが翼を広げて天空に向かって突進して行く。ガイエウスは炎を吐き、棍棒を振り回す。樹齢千年も経ただろう太く固い木を丸のまま削ったものである。バーブガンも炎をもって応戦した。ガイエウスは離れた場所からは炎を投じ、接近すると棍棒で殴りつけてくる。だが激闘の末、追いつめられたガイエウスはさらに凶暴性を発揮する。振り回した棍棒の一撃がバーブガンの脇腹にさく裂。
「バーブガン!」
「助けよう」
「まって」
バーブガンは口から血を吐いて地に落ちたが、再び唸り声を上げて立ち上がった。
棍棒を振るい炎を吐き暴れ回るガイエウスに共鳴して、天が雷鳴を轟かせ、山々が鳴動する。バーブガンとガイエウスの火炎、両者が発する熱で大地は炎上し、天と海は煮えたぎった。さらにその戦いによって激しく揺れる大地で見守る村人たちは恐怖している。
「これが最後だ。受けてみろ」
ついにバーブガンの強烈な炎がワニの頭を一撃、ガイエウスはよろめいて地に倒れ込み、身体までもが炎に包まれた。この炎の熱気は溶鉱炉が熔かした鉄のように大地をことごとく熔解させた。
しかしバーブガンも明らかに負傷している。その様子を見たアイダは救援に向かい、呪文で治療する。力を取り戻したバーブガンは再びガイエウスと最後の壮絶な死闘を繰り広げ、巨人に黒焦げの深手を負わせて追い詰める。
敗走を続けた魔人は最後に棍棒を投げつけてきたが、それを避けたバーブガンはガイエウスを押し倒してその胸を巨大な爪で握りつぶす。周囲に鮮血がほとばしりバーブガンが勝利した。
ガイエウスは最後に痙攣して息絶え、遺体は岩となって残ると、割れ目から溢れ出ている血は、赤い小川と呼ばれて流れ続ける事になる。
老いたとはいえドラゴンの力は魔人を凌ぐのだった。
魔人ガイエウスを退治して再び旅に出たアイダたちは、先頭にアイダ、そしてワイナ、トゥパックとキイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラと犬のノラ、空を舞うトゥパックの従僕カラス、最後は口から牙をのぞかせ歩く人間の姿をしたドラゴン・バーブガンであった。
一方、ここは北アフリカの東岸に位置するエジプトである。
オスマン帝国のエジプト州総督は、海軍の提督となっていたバルバロス・オルチ、通称赤髭と呼ばれた海賊の要請により、アル王国の討伐に乗り出す事となっていた。
オスマン帝国の支配下となっているエジプトは派遣された総督によって統治されている。
だが総督は軍を動かす口実もある。アル王国への遠征は、野心を持つ総督にとって自身の王国を得る絶好の機会であった。
二万人の軍隊をアル王国征服のために編成し。赤髭を別動隊の指揮官にして八百人の兵を五隻の船でアル王国沿岸に向かわせる。
「アイダ、またアル王国から緊急の使者が参ってます」
「えっ」
あの追放した海賊の赤髭がオスマン帝国の軍に働きかけて、アル王国の討伐に向かって来るようだと言うのである。
「……レイラ」
「はい」
「オスマン軍の兵力を調べて。それからマリ王にも直ぐ知らせるのよ」
「分かりました」
オスマン軍、いや事実上マムルーク軍の進軍は、これをきっかけに矛先はマリ王国にも及ぶ可能性もあるのだ。連携して対処する必要がある。
マムルークは、奴隷身分出身の軍人を指す言葉だ。その内の一人にシャジャルと名乗る女性が居た。幼少時より女官見習奴隷としてカリフの後宮で育ったシャジャルは、美しい容貌にくわえて、マムルーク軍団を統率する政治的手腕をも備えていた。
シャジャルとマムルークのリーダー四人は、総督ムハンマドの指示を受け天幕の外に出ると、四人の視線はシャジャルに向かう。そして無言の意志表示を交わして四方に散った。マムルークたちの不穏な様子を知らないのは総督一人であった。
「マリ王は、すぐさま二万人の弓で武装した兵士をアル王国に向けて出発させてくれるようです」
レイラの報告である。
「分かったわ、アル、今回はどのくらいの兵を動員出来るのかしら」
「一万は参加できます」
そして再びレイラの報告で、敵軍もやはり二万人ほどだと分かる。
「その兵力差だとすると、マリ王の兵が到着するまで戦闘は避けた方がいいわね」
「はい、なるべく時間を稼ぎましょう」
アル王は砂漠に居る軍をあえて何度か移動させ、敵が戦闘態勢に入るまでの時間を稼いだ。




