第29話 悪の帝王サマエル
天使としての地位を剥奪され、ベリアルは堕天使となった。そのベリアルと並び称される最強の堕天使の名はサマエルである。
「この先に潜んでいる悪魔はサマエルと思われます」
犬のノラと共に偵察を終えて帰って来たレイラの報告である。レイラは偵察に出てすぐ魔女の一人を発見した。
「ガゥ」
ノラがすぐに攻撃を始める。出会いがしらに爪で額を切られたのである。
血みどろの攻防が続いている。
「アラォアラーアーーシャザムーー!」
レイラの呪文で魔女は苦悶の表情を浮かべる。その奇怪な風体の魔女を空中で全く動けないようにして、レイラが問いただした。
「仲間の在処を教えなさい」
だが身動きできない魔女は不気味な表情を浮かべながら、
「誰がお前のような小娘に教えるものか――」
最後の機会を与えるが聞く耳を持たない魔女である。
「そう、じゃあ仕方ないわ。アラォアーーシャザムーーォアラーアザムーー」
「くっ」
魔女の瞳が一瞬虚ろになった。その脳裏に、月明かりに浮かぶ古城の映像がよぎる。それを見たレイラは呪文を一旦止めた。
「なるほどね、分かったわ。私が小娘ですって。なめたら駄目よ。こう見えても悪魔の端くれですからね」
レイラはついに救いようのない女を破滅させる呪文を唱え始めると、魔女の身体を風が包み込む、終わるやいなや魔女は悲鳴を上げながら墜落して死んだ。
その後、山中に古城を見つけたが、城の女主人は不安そうに、突然風と共に現れたレイラを見た。
「私は霊界の秩序を乱す魔物たちを退治している者です。心配には及びません」
それを聞いてもまだ半信半疑な女主人であったが、周りの土地が強大な力を持つ恐ろしい魔女たちに襲撃征服されていることを語り、やがて城は彼女らに奪われてしまうだろうと言った。
「ここの魔女には恐ろしい悪魔が付いているという噂ですよ」
「大丈夫です、日が暮れるまでには私の強い味方を連れて戻って来ますから」
レイラは犬のノラを振り向いた。
「ノラ、戻るわよ」
レイラは不安がる女主人に、必ず戻ると約束して風に乗り城を後にした。
レイラから報告を聞いたアイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女と共に出発した。少女の傍には犬のノラがぴったり付いて、何度もレイラを見上げている。もちろんレイラの守護天使セラムもいる。
「もう私が魔女を一人倒したから、向こうは身構えているでしょう」
レイラはそう言ってアイダを振り返り、さらにセラムに向かって話し出した。
「セラム、また悪魔と対立する事になるわね」
「…………」
「ベリアルとの時は――」
「レイラ、ベリアルは私と争う気は無かったの」
「…………」
「だから私の槍を自ら受けたのよ……」
セラムの目が心なしか潤んだ目を伏せた。
「セラム……」
「だけど今度の悪魔があなたの言う通りサマエルなら、覚悟がいるわよ。ベリアルより危険だわ。陰湿で、力ではなく知略で人を滅ぼすの」
アイダ達は明るいうちに城に着いた。女主人から歓待されて夜を待つ。
「近くの森で魔女たちが集会を開いているという噂です。最近では村人の誰もが戸締りをして深夜には外に出ないようにしています」
「分かりました」
雲もない月夜である。アイダ達全員は城を後にして森に向かって歩いて行く。
「ノラ、何か匂いを嗅いだら知らせるのよ」
続いてトゥパックが声を掛ける。
「カラス、居るのだろう、出てこい」
「何か御用でしょうか、ご主人様」
一羽のカラスがどこからともなく現れた。
「お前と魔女の関係は微妙だろうが」
「…………」
「お前も魔物の眷属だ。魔女を探すくらいは出来るだろう。見つけて来てくれ」
「かしこまりました」
その時、先を歩いていた犬のノラが急に走り出した。
「アイダ、ノラが何か見つけたようです」
全員が走り出した。
「止まって!」
「ノラ、戻っておいで」
アイダの指示で全員が止まる。
「この先に何かが居るわ」
「…………」
「みんな慎重にね」
やがて前方に四人の魔女が現れて、ゆっくりと歩いて来た。
「どうやら逃げ隠れする気はないようね」
「よくも船では邪魔をしてくれたな」
「…………」
「仲間の一人もそこいる小娘に殺されたようだ」
「…………」
「さあ始末してやる、掛かって来い。おまえたちの肉を鳥や獣にくれてやろう」
だが、アイダは魔女のそんな恫喝を聞いても冷静であった。さらに熾天使のセラムが前に出て来た。
その姿は戦装束で腰には剣を、手には槍を握っている。
「いつまでそこに隠れている」
セラムは誰に向かって話しているのか。
「前に出てきたらどうなの」
「フッフッフッ」
四人の魔女が左右に分かれると――
「そなたはセラムだな」
そう言いながら、魔女達の背後から影のようにふっと現れたのは、青白い顔をした若者だった。蛇のように細い瞳。その口元は笑っているのに、目だけは氷のように冷たい。その場の空気が一瞬で冷え、ノラが唸って後ずさった。




