ステルス神使はあざとく稼ぎたい! ~推してくれないと、お揚げのサイズが小さくなります~
プロローグ ー信仰と動画編集ー
「……おい、そこの人間。いや、動画編集の奴隷よ」
「誰が奴隷だ。一応、フリーランスの映像作家と言ってくれ」
液晶モニターのブルーライトに照らされた六畳一間のアパート。
締切間際の動画をレンダリング(書き出し)している僕の背後に、ぬっと「それ」は現れた。
頭頂部から生えた、ふさふさとした黄金色の狐耳。
お尻のあたりで不機嫌そうに左右に揺れる、立派な九尾……ではなく、今は見る影もなく細くなってしまった一本の尻尾。
彼女の名は、稲葉
我が家の押し入れに住み着いて三ヶ月になる、自称・由緒正しき神使――つまり、狐の神様だ。
「そんなことはどうでもよい! それより大変なのだ、レン! 見てみよ、我が神力のバロメーターを!」
稲葉は、はだけそうなしだれ桜の和服の胸元を抑えながら、僕の顔の前にどんぶりを突き出してきた。
中に入っているのは、僕が買い置きしていた市販のカップきつねうどん。
お湯を入れて五分経ったばかりのものだ。
「うどんがどうしたよ」
「お揚げじゃ! お揚げを見るのじゃ!」
言われて、どんぶりの中心に鎮座する油揚げを見る。
……心なしか、いつもより一回り小さい。いや、実質二回りくらい小さくなって、スープの海に寂しく浮かんでいる。
「……あれ? メーカーがステルス値上げでもしたか?」
「違うわ! 我が神力が低下しているのじゃ! よいか、現代人は神への信仰を忘れおった。神社への参拝客は激減し、お供え物も皆無。神使である我のパワーは、この『お揚げのサイズ』と直結しておるのじゃ。このままでは我は消滅するか、ただの野良狐になって近所の生ゴミを漁る羽目になる!」
「神様がゴミの分別を覚える前に消えそうで切実だな……」
「笑い事ではない! そこでじゃ。我はついに、現代における『最高の信仰集め(マーケティング)』を思いついた」
稲葉はふんぬと鼻を鳴らし、ふさふさの耳をピンと立てて、僕のスマホを指差した。
「インターネット動画じゃ! 画面の向こうの愚かな人間どもに、我の圧倒的に愛らしい姿を見せつけ、平伏させる。現代の信仰心とは、すなわち『チャンネル登録』と『いいね』のことなのであろう!?」
「まあ、あながち間違ってはないけど……」
「幸い、我が目の前には動画編集の奴隷がおる。レンよ、我をプロデュースせよ! 見事バズらせて信仰を取り戻したあかつきには、お前の家内安全と金運を爆上げしてやる!」
「家内安全って、俺一人暮らしだけどな。……まあ、家賃の足しになるなら乗ってやるよ」
これが、限界フリーターの僕と、崖っぷちステルス神使の、奇妙な配信生活の始まりだった。
「皆様、今日もお仕事お疲れ様です。お狐メイドのいなばですよ?」
スマホのカメラに向かって、稲葉は完璧な上目遣いを作っていた。
どこで仕入れてきたのか、和風のメイド服(ミニスカ仕様)に身を包み、狐耳をピコピコとあざとく動かしている。
彼女の作戦はこうだ。
『本物の狐耳コスプレ』という体で動画を配信し、リスナーを騙して「いいね」を稼ぐ。
本人は完璧なステルス(隠密)マーケティングのつもりらしい。
耳も尻尾も本物なのだが、画面の向こうの視聴者は「めちゃくちゃハイクオリティなコスプレイヤー」だと思い込んでいる。
今日の企画は、定番の『きつねうどんASMR(咀嚼音)配信』。
マイクの前に、湯気の立つどんぶりを置く。
「今日はね、いなばの大好物を持ってきました。見てください、お揚げが……ふっくら、ジューシーですよ?」
首を少し傾げ、某CMを完全にトレースしたあざとい笑みを浮かべる。
完璧だ。
カメラの後ろでディレクションしている僕も、思わず「お、可愛いじゃん」と声が出そうになる。
「では、お出汁を吸ったお揚げから、いただきます……♪」
稲葉は箸でお揚げを持ち上げ、小さなお口を開けて、上品にパクリと齧り付いた。
――ジュワッ。
高性能マイクが、お揚げから溢れ出る出汁の音を鮮明に拾う。
その瞬間だった。
「……っ!?!?!?」
稲葉の目が、カッと見開かれた。
カピバラのように上品だった咀嚼が、一瞬で『野生の肉食獣』のそれに切り替わる。
「んんんんん~~~~っ!!! 美味いっ!!! なんじゃこの濃縮された鰹と昆布の旨味は!! お揚げが、お揚げが口の中で暴力を振るっておる!!! じゅるり、ハグッ、モグモグモグ!!!」
あざといお狐メイドはどこへ行った。
稲葉は神格を完全に忘れ、どんぶりをがっつりとつかみ凄まじい勢いで麺を啜り始めた。ズズズズズッ!と豪快な音が部屋に響き渡る。
「おい、いなば! キャラ崩壊してる! マイク近すぎ!」
「うるふぁい! 我を止めるなレン! このスープを吸い尽くすまで我は止まらん!」
ふさふさの尻尾が、嬉しさのあまり扇風機のように激しく回転し、背後の棚に置いてあったティッシュ箱をなぎ倒した。
カメラの前で、ガチの獣の悦びの表情を浮かべて完食する神様。
「……ぷはぁ。ごちそうさまなのじゃ」
満足げに口元を拭う稲葉。
カメラの向こうのリスナーのことなど、完全に脳内から消去されていた。
「……はぁ。完全に放送事故だな。これ、ボツにするか?」
画面を確認しながら僕が溜息をつくと、稲葉はハッと我に返り、顔を真っ赤にした。
「あ、慌てるなレン! 我の完璧な編集技術(※レンの仕事)で、今の見苦しい部分はカットすればよいのじゃ!」
「いや、逆にこれを活かすのが『バズの法則』なんだよ。ちょっと貸せ」
僕は元・プロの意地を見せ、稲葉の「あざといオープニング」から、一瞬で「ガチ食い野生モード」に切り替わるギャップを、テンポの良い天丼(繰り返し)と、シュールな字幕で1本のショート動画に仕上げた。
タイトルは――【【放送事故】お狐メイド、うどんが美味すぎて野生に戻る】
数日後
動画の反響は、僕たちの想像を遥かに超えていた。
『ギャップ萌えすぎるwww』
『美味そうに食いすぎる、今日きつねうどん買ったわ』
『耳の動きがCGレベルでリアル。神レイヤーだな』
コメント欄は大絶賛。再生数は一気に数万回を突破し、チャンネル登録者も急増した。
「ふははは! 見たかレン! これが我が本来の魅力じゃ! ほれ見よ、今日のお揚げを!」
稲葉がドヤ顔で掲げたカップうどんのお揚げは、なんとどんぶりのフチからはみ出るほど、分厚く、巨大に進化していた。神力が目に見えて回復している。
「よかったな。これで消滅の危機は脱したわけだ」
「うむ! すべては我が完璧なステルス作戦の成果じゃな!」
「俺の編集のおかげだっての」
そんな平和なやり取りをしていた日の午後
僕は別のクライアントから受けた、WebCM用の動画編集案件をこなしていた。
それは、某・緑色と赤色のパッケージが特徴的な、競合他社のカップうどんのプロモーション動画だった。
画面の中で、タレントがきつねうどんを美味しそうに食べている。
僕がタイムラインをカットしていると、背後に気配を感じた。
ヌッ。
「…………」
「うおっ、びっくりした。なんだよ稲葉、急に後ろに立つなよ」
振り返ると、稲葉がものすごい『ジト目』で僕を凝視していた。
耳は力なく左右にペタンと寝ており、尻尾は床にだらりと垂れている。
その目は、浮気現場を目撃した本妻のような、あるいは裏切られたペットのような、じっとりとした怨念がこもっていた。
「……ふーん。レン、お前、何をしておるのじゃ?」
「何って、仕事だけど」
「画面の中で、別のうどんが映っておるな。……赤色のパッケージの」
「だから、これはただの案件で――」
「そっちのお揚げの方が、私がお勧めしたものより『分厚くてジューシー』だって言うんですか……?」
「いや、メーカーが違うだけでどっちも美味いし――」
「へえ、私のは『五分』だけど、そっちは『五分前(三分)にはもう美味しい』ってコトですか。そうですか。どうせ私はお湯を入れてから時間がかかる、のろまな狐ですよ……」
稲葉はブツブツと呟きながら、部屋の隅へ歩いていき、体育座りをして壁に向かって丸くなった。
「おい、拗ねるなよ。仕事なんだからしょうがないだろ」
「フン!レンは我が『お揚げ』を裏切ったのじゃ。もう家内安全の御利益はキャンセルじゃ。明日からお前の部屋に、ダニが大量発生する呪いをかけるぞ」
「地味に嫌な呪いかけるな! わかった、わかったから! ほら、これ」
僕は引き出しから、稲葉がいつも食べている方のカップうどん(ど〇兵衛)を取り出して机に置いた。
「これ、今日の夜食用に買っておいたやつ。お湯、入れてやろうか?」
その瞬間、ピクンッ!と稲葉の耳が跳ね上がった。
壁を向いたまま、尻尾が床をトントンと小さく叩き始める。
「……ふ、ふん。お湯を入れて三分……いや、五分待つなら、許してやらんこともないぞ」
「チョロい神様だな、おい」
エピローグ ー次なるステージへー
五分後。
再びふっくらとしたお揚げを幸せそうに頬張る稲葉を見ながら、僕はスマホの通知音に気づいた。
画面を開くと、1通のメールが届いている。
送信元は、稲葉がいつも食べているカップ麺の大手食品メーカーのプロモーション部からだった。
「……おい、稲葉」
「なんじゃ、今はスープの最も美味い領域を攻めておるゆえ、話しかけるな」
「お前の大好きなメーカーからメールが来た。『動画を拝見しました。ぜひ我が社の公式アンバサダー(広報大使)のオーディションに参加しませんか』って」
ゲホッ!!!と稲葉が派手にスープを吹き出しそうになった。
目を丸くして、僕のスマホに飛びついてくる。
「こ、公式……!? つまり、我のステルスマーケティングが、ついに総本山に認められたということか!?」
「いや、ステルス(隠密)じゃなくて完全に直球でメーカーに届いてるけどな。どうする? 受けるか?」
稲葉はゴクリと唾を飲み込み、それから、今までで一番不敵で、あざとく、そして楽しそうな笑みを浮かべた。
耳をピンと立て、尻尾を誇らしげに突き立てる。
「当然じゃ! 人間界のうどんをすべて我が信仰に変えてみせるわ! おいレン、すぐに次の動画の準備じゃ! 次はもっと、あざとくてジューシーなやつを撮るぞ!」
「はいはい、プロデューサー兼、奴隷の俺にお任せくださいって」
限界フリーターの部屋から世界へ。
ポンコツお狐メイドの、現代における「信仰集め」は、まだまだ始まったばかりだ。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ど〇兵衛を美味しそうに食べる女の子って、どうしてあんなに魅力的なんでしょうね。
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