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ステルス神使はあざとく稼ぎたい! ~推してくれないと、お揚げのサイズが小さくなります~

作者: にゃん
掲載日:2026/05/31

プロローグ  ー信仰と動画編集ー


「……おい、そこの人間。いや、動画編集クリエイターの奴隷よ」


「誰が奴隷だ。一応、フリーランスの映像作家と言ってくれ」


液晶モニターのブルーライトに照らされた六畳一間のアパート。


締切間際の動画をレンダリング(書き出し)している僕の背後に、ぬっと「それ」は現れた。


頭頂部から生えた、ふさふさとした黄金色の狐耳。


お尻のあたりで不機嫌そうに左右に揺れる、立派な九尾……ではなく、今は見る影もなく細くなってしまった一本の尻尾。


彼女の名は、稲葉いなば


我が家の押し入れに住み着いて三ヶ月になる、自称・由緒正しき神使しんし――つまり、狐の神様だ。


「そんなことはどうでもよい! それより大変なのだ、レン! 見てみよ、我が神力のバロメーターを!」


稲葉は、はだけそうなしだれ桜の和服の胸元を抑えながら、僕の顔の前にどんぶりを突き出してきた。


中に入っているのは、僕が買い置きしていた市販のカップきつねうどん。


お湯を入れて五分経ったばかりのものだ。


「うどんがどうしたよ」


「お揚げじゃ! お揚げを見るのじゃ!」


言われて、どんぶりの中心に鎮座する油揚げを見る。


……心なしか、いつもより一回り小さい。いや、実質二回りくらい小さくなって、スープの海に寂しく浮かんでいる。


「……あれ? メーカーがステルス値上げでもしたか?」


「違うわ! 我が神力が低下しているのじゃ! よいか、現代人は神への信仰を忘れおった。神社への参拝客は激減し、お供え物も皆無。神使である我のパワーは、この『お揚げのサイズ』と直結しておるのじゃ。このままでは我は消滅するか、ただの野良狐になって近所の生ゴミを漁る羽目になる!」


「神様がゴミの分別を覚える前に消えそうで切実だな……」


「笑い事ではない! そこでじゃ。我はついに、現代における『最高の信仰集め(マーケティング)』を思いついた」


稲葉はふんぬと鼻を鳴らし、ふさふさの耳をピンと立てて、僕のスマホを指差した。


「インターネット動画じゃ! 画面の向こうの愚かな人間どもに、我の圧倒的に愛らしい姿を見せつけ、平伏させる。現代の信仰心とは、すなわち『チャンネル登録』と『いいね』のことなのであろう!?」


「まあ、あながち間違ってはないけど……」


「幸い、我が目の前には動画編集の奴隷クリエイターがおる。レンよ、我をプロデュースせよ! 見事バズらせて信仰を取り戻したあかつきには、お前の家内安全と金運を爆上げしてやる!」


「家内安全って、俺一人暮らしだけどな。……まあ、家賃の足しになるなら乗ってやるよ」


これが、限界フリーターの僕と、崖っぷちステルス神使の、奇妙な配信生活の始まりだった。




「皆様、今日もお仕事お疲れ様です。お狐メイドのいなばですよ?」


スマホのカメラに向かって、稲葉は完璧な上目遣いを作っていた。


どこで仕入れてきたのか、和風のメイド服(ミニスカ仕様)に身を包み、狐耳をピコピコとあざとく動かしている。


彼女の作戦はこうだ。


『本物の狐耳コスプレ』というていで動画を配信し、リスナーを騙して「いいね」を稼ぐ。


本人は完璧なステルス(隠密)マーケティングのつもりらしい。


耳も尻尾も本物なのだが、画面の向こうの視聴者は「めちゃくちゃハイクオリティなコスプレイヤー」だと思い込んでいる。


今日の企画は、定番の『きつねうどんASMR(咀嚼音)配信』。


マイクの前に、湯気の立つどんぶりを置く。


「今日はね、いなばの大好物を持ってきました。見てください、お揚げが……ふっくら、ジューシーですよ?」


首を少し傾げ、某CMを完全にトレースしたあざとい笑みを浮かべる。


完璧だ。


カメラの後ろでディレクションしている僕も、思わず「お、可愛いじゃん」と声が出そうになる。


「では、お出汁を吸ったお揚げから、いただきます……♪」


稲葉は箸でお揚げを持ち上げ、小さなお口を開けて、上品にパクリと齧り付いた。


――ジュワッ。


高性能マイクが、お揚げから溢れ出る出汁の音を鮮明に拾う。


その瞬間だった。


「……っ!?!?!?」


稲葉の目が、カッと見開かれた。


カピバラのように上品だった咀嚼が、一瞬で『野生の肉食獣』のそれに切り替わる。


「んんんんん~~~~っ!!! 美味いっ!!! なんじゃこの濃縮された鰹と昆布の旨味は!! お揚げが、お揚げが口の中で暴力を振るっておる!!! じゅるり、ハグッ、モグモグモグ!!!」


あざといお狐メイドはどこへ行った。


稲葉は神格を完全に忘れ、どんぶりをがっつりとつかみ凄まじい勢いで麺を啜り始めた。ズズズズズッ!と豪快な音が部屋に響き渡る。


「おい、いなば! キャラ崩壊してる! マイク近すぎ!」


「うるふぁい! 我を止めるなレン! このスープを吸い尽くすまで我は止まらん!」


ふさふさの尻尾が、嬉しさのあまり扇風機のように激しく回転し、背後の棚に置いてあったティッシュ箱をなぎ倒した。


カメラの前で、ガチの獣の悦びの表情を浮かべて完食する神様。


「……ぷはぁ。ごちそうさまなのじゃ」


満足げに口元を拭う稲葉。


カメラの向こうのリスナーのことなど、完全に脳内から消去されていた。


「……はぁ。完全に放送事故だな。これ、ボツにするか?」


画面を確認しながら僕が溜息をつくと、稲葉はハッと我に返り、顔を真っ赤にした。


「あ、慌てるなレン! 我の完璧な編集技術(※レンの仕事)で、今の見苦しい部分はカットすればよいのじゃ!」


「いや、逆にこれを活かすのが『バズの法則』なんだよ。ちょっと貸せ」


僕は元・プロの意地を見せ、稲葉の「あざといオープニング」から、一瞬で「ガチ食い野生モード」に切り替わるギャップを、テンポの良い天丼(繰り返し)と、シュールな字幕で1本のショート動画に仕上げた。


タイトルは――【【放送事故】お狐メイド、うどんが美味すぎて野生に戻る】



数日後



動画の反響は、僕たちの想像を遥かに超えていた。


『ギャップ萌えすぎるwww』


『美味そうに食いすぎる、今日きつねうどん買ったわ』


『耳の動きがCGレベルでリアル。神レイヤーだな』


コメント欄は大絶賛。再生数は一気に数万回を突破し、チャンネル登録者も急増した。


「ふははは! 見たかレン! これが我が本来の魅力じゃ! ほれ見よ、今日のお揚げを!」


稲葉がドヤ顔で掲げたカップうどんのお揚げは、なんとどんぶりのフチからはみ出るほど、分厚く、巨大に進化していた。神力が目に見えて回復している。


「よかったな。これで消滅の危機は脱したわけだ」


「うむ! すべては我が完璧なステルス作戦の成果じゃな!」


「俺の編集のおかげだっての」


そんな平和なやり取りをしていた日の午後


僕は別のクライアントから受けた、WebCM用の動画編集案件をこなしていた。


それは、某・緑色と赤色のパッケージが特徴的な、競合他社のカップうどんのプロモーション動画だった。


画面の中で、タレントがきつねうどんを美味しそうに食べている。


僕がタイムラインをカットしていると、背後に気配を感じた。


ヌッ。


「…………」


「うおっ、びっくりした。なんだよ稲葉、急に後ろに立つなよ」


振り返ると、稲葉がものすごい『ジト目』で僕を凝視していた。


耳は力なく左右にペタンと寝ており、尻尾は床にだらりと垂れている。


その目は、浮気現場を目撃した本妻のような、あるいは裏切られたペットのような、じっとりとした怨念がこもっていた。


「……ふーん。レン、お前、何をしておるのじゃ?」


「何って、仕事だけど」


「画面の中で、別のうどんが映っておるな。……赤色のパッケージの」


「だから、これはただの案件で――」


「そっちのお揚げの方が、私がお勧めしたものより『分厚くてジューシー』だって言うんですか……?」


「いや、メーカーが違うだけでどっちも美味いし――」


「へえ、私のは『五分』だけど、そっちは『五分前(三分)にはもう美味しい』ってコトですか。そうですか。どうせ私はお湯を入れてから時間がかかる、のろまな狐ですよ……」


稲葉はブツブツと呟きながら、部屋の隅へ歩いていき、体育座りをして壁に向かって丸くなった。


「おい、拗ねるなよ。仕事なんだからしょうがないだろ」


「フン!レンは我が『お揚げ』を裏切ったのじゃ。もう家内安全の御利益はキャンセルじゃ。明日からお前の部屋に、ダニが大量発生する呪いをかけるぞ」


「地味に嫌な呪いかけるな! わかった、わかったから! ほら、これ」


僕は引き出しから、稲葉がいつも食べている方のカップうどん(ど〇兵衛)を取り出して机に置いた。


「これ、今日の夜食用に買っておいたやつ。お湯、入れてやろうか?」


その瞬間、ピクンッ!と稲葉の耳が跳ね上がった。


壁を向いたまま、尻尾が床をトントンと小さく叩き始める。


「……ふ、ふん。お湯を入れて三分……いや、五分待つなら、許してやらんこともないぞ」


「チョロい神様だな、おい」





エピローグ  ー次なるステージへー


五分後。


再びふっくらとしたお揚げを幸せそうに頬張る稲葉を見ながら、僕はスマホの通知音に気づいた。


画面を開くと、1通のメールが届いている。


送信元は、稲葉がいつも食べているカップ麺の大手食品メーカーのプロモーション部からだった。


「……おい、稲葉」


「なんじゃ、今はスープの最も美味い領域を攻めておるゆえ、話しかけるな」


「お前の大好きなメーカーからメールが来た。『動画を拝見しました。ぜひ我が社の公式アンバサダー(広報大使)のオーディションに参加しませんか』って」


ゲホッ!!!と稲葉が派手にスープを吹き出しそうになった。


目を丸くして、僕のスマホに飛びついてくる。


「こ、公式……!? つまり、我のステルスマーケティングが、ついに総本山に認められたということか!?」


「いや、ステルス(隠密)じゃなくて完全に直球でメーカーに届いてるけどな。どうする? 受けるか?」


稲葉はゴクリと唾を飲み込み、それから、今までで一番不敵で、あざとく、そして楽しそうな笑みを浮かべた。


耳をピンと立て、尻尾を誇らしげに突き立てる。


「当然じゃ! 人間界のうどんをすべて我が信仰いいねに変えてみせるわ! おいレン、すぐに次の動画の準備じゃ! 次はもっと、あざとくてジューシーなやつを撮るぞ!」


「はいはい、プロデューサー兼、奴隷の俺にお任せくださいって」


限界フリーターの部屋から世界へ。


ポンコツお狐メイドの、現代における「信仰集め」は、まだまだ始まったばかりだ。


(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


ど〇兵衛を美味しそうに食べる女の子って、どうしてあんなに魅力的なんでしょうね。


もし「いなばのポンコツっぷりが可愛かった!」「公式アンバサダーへの道や、他社製品との戦いの続き(連載)が読みたい!」と思ってくださったら、ぜひ画面下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、いなばの神力とお揚げのサイズがさらにアップします!


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