8.はごろ裳
それから二の宮様より度々呼び出され、共に楽を鳴らした。二の宮様は琴だけでなく、龍笛もお上手だった。私もたまに箏を弾いたが、やはり琵琶が一番好きだ。
「トカゲは琵琶が一番だな。」
と二の宮様も仰った。いや、越前なんですけどね。
その様子を見ていらした宰相の乳母さんに、
「あなたが側にいると宮様がお元気になるわ。」
と言われ、二の宮様の側付き抜擢されてしまった。
讃岐さんと小宰相さんは
「すごいわね、頑張って!」
「宮様はなかなか御心を開かないの。よくやったわね!」
と応援してくれた。が、若狭さん一派は面白くなかったようで、私を見るたびにひそひそ、くすくすしている。
姉のヒステリーを目の当たりにしていた私にとって、若狭さん達の陰口など大したダメージは無い。素知らぬ顔でスルーしていた。
廊下に菱の実を撒かれた時には(忍者かよ!)下女を呼び、拾ってもらい蒸して美味しくいただいた。
うとうとしていた時に落書きされ、そのまま二の宮様の御前に出て、大爆笑された。
二の宮様が楽しい様で何よりです。
私がケロッとしているのを見て若狭さんはギリギリと臍を噛んでいる様だった。
ある日、梔子の枝に結びつけられた文が届いた。
結び文は普通ラブレターだ。私宛ての文など、親か姉かしかない。
全く心当たりのない文に困惑しながら読むと、あの兵部小輔だった。
『あの日、裳だけを残して去っていったあなたが忘れられません。あなたが天へと帰ってしまわない様、裳は私が大切に隠しています。今度二人っきりでお会いしたいのです。』
裳を持っていったのはお前か!どこを探しても見当たらなかったのだ。
私ははぁ〜とため息をついた。裳は惜しいが関わりたくない。後で燃やそうとおざなりに文をたたみ、文箱にしまった。
もちろん、返事はしなかった。
文のことなどすっかり忘れたある日。
またもや宴が催された。あの小輔にお酌をするのかと思うとぞっとしただが、今回は二の宮様の側で琵琶を弾く係となり、ほっと胸を撫で下ろした。
お酒に弱い二の宮様は盃がすすむと、前回の同様に退出され、私も二の宮様に従い退がった。
私室についた途端、具合悪そうに脇息にもたれる二の宮様。
「水を持って参ります。」
と言い、急ぎ台盤所に向かった。すると、ぐいっと袖を掴まれた。
「捕まえた。」
にたぁと笑う小輔がいた。
前以上にぞっとした。気色悪っ!何なのこの人。
「しっかり掴んでおかないと、逃げられてしまうからなぁ、羽衣の君は。」
酒臭い息がかかる。きっと睨みつけ
「急ぎますゆえ、お放しください。」
「つれないことを言う。あんなに色っぽい返事を寄越しておいて。」
ニヤニヤする小輔に、
「何の事です?今、宮様に用事を仰せつかっているのです。お放しください!」
キツめに返した、その時
「何をしている」
二の宮様だ!助けて、ヘルプミー!
「恋人達の戯れですよ。」
小輔の答えに、私はぶんぶん首を振る。二の宮様に胡乱な目を向けられると、小輔は慌てて、
「ほら、この様に返事も貰っております。」
文を見せてきた。
『貴方を想い、夜な夜な身を焦がしております。どうぞ、この火照った身体を貴方が慰めて下さいませ。』
どこの官能小説!?頭の痛くなる文章だった。文を見た二の宮様は眉根を寄せた。
「この者の筆跡ではない。すまない小輔、何か手違いがあったようだ。」
「そんなぁ」と小輔が言うと二の宮様は私の肩を抱いて、
「それと、この者は私のお気に入りだ。」
と小輔に言った。すっかり酔いが醒めた小輔はこくこく頷いて、逃げるように帰っていった。
私は詰めていた息をはぁ〜と吐き出した。
「ありがとうございました。助かりました。」
「いや、私も悪い。怖い思いをさせた。」
あれ?何やら落ち込んでいる。
「宮様が助けてくださらなかったら、装束すべて脱ぎ捨てて逃げるところでしたよ。」
「脱皮か!」
私につっこむと、からからと笑い出した。
いくら私でも小袖(下着)姿で逃げるのは恥ずかしい。二の宮様に感謝だ。
その後、二の宮様が官能小説の作者に「勝手に他人の文に返事を出すとは関心しないな。」と釘を刺してくれたようで、作者達は大人しくなった。
涙目の若狭さんににらまれたが、知らん。
二の宮様から何故か装束一式を頂戴した。「裳を無駄にさせてしまったから」とか。二の宮様の所為ではないのに。お心遣いなので、ありがたく頂いた。
ただ、面倒な事もあった。小宰相さんや讃岐さんに二の宮様との仲を誤解されたのだ。
何度も違う、誤解だと説明しても
「いいのよ、わかっているから。」
「うんうん、お幸せにね!」
と話しにならない。お二人とも絶対にわかってない!




