7.雨と琵琶
しとしとと雨が降っている。もう五日目だ。
つい先日、端午の節句に薬玉が届けられてみんなでキャッキャしていた頃が懐かしい。たまの雨で、濡れた庭を眺めるのは風流だけど、こう何日も続くと鬱陶しい。
気晴らしに琵琶を弾いていると、
「あら、いい音色。」
宰相の乳母さんに褒められた。
たいした取り柄もない私だが、琵琶だけは得意だったりする。父や姉によく一曲リクエストされたっけ。
「せっかくだから、宮様にお聞かせいたしまょう。」
えっ。そこまでの腕前ではないのですが、なんて言えるわけもなく、二の宮様の御前で演奏することになってしまった。
「物忌でお屋敷に籠っておられてね。この雨だし、気が塞ぎがちになるでしょう。良い気晴らしになると思うの。」
宰相の乳母さんの話しを聞きながら、二の宮様の元へ向かう。
「あっ、トカゲ」
私を見た二の宮様の第一声がそれだった。
宰相の乳母さんが、「あら、トカゲがいましたか?」ときょろきょろし、二の宮様は咳払いして「いや、なんでもない。」と誤魔化していた。
「この越前の琵琶はなかなか心地よい音色でございます。宮様のお慰めになるかと存じます。」
さあ、と宰相の乳母さんに促され、私はふうと息を整え弾き始めた。雨で湿った空気をかき消すように、軽やかにのびやかに。
途中、二の宮様の御前である事も忘れ、ひたすらに琵琶を掻き鳴らした。
「見事だ。」
二の宮様にお声がけされて、はっと現に戻ってきた。琵琶に夢中になるあまり、我を忘れていた。いけない、いけない。仕事中だ。
二の宮様は他の女房に琴を用意させ、
「トカゲ、もう一度琵琶を。」
と私に演奏を促した。いや、越前ですけど。口には出さずに琵琶を弾いた。
二の宮様の琴はお世辞抜きにお上手だった。一緒に合奏すると、ゾクゾクするようなわくわくするような不思議な心地だった。
二の宮様が、
「楽しかった。また共に奏でたい。」
というお言葉と共に、すっと衣を脱ぎ私に差し出した。被け物(褒美)だ。
「そのような。もったいない事でございます。
お言葉だけで、十分にございます。」
と恐縮していると、
「せっかくのお心遣いですよ。頂きなさい。」
と、宰相の乳母さんに言われてしまった。平身低頭で、桔梗襲の袿を頂戴し御前を下がった。
「よくやりましたね。これからも宮様に尽くすのですよ。」
にっこり笑顔の宰相の乳母さんの言葉に送られて、局へと下がった。頂いた袿は上等なお品であった。
売ったらいくらになるかな、と思ったのはここだけの話。




