5.見ざる、聞かざる、言わざる
幾日か過ぎ、少し女房生活にもなれて来た私は、仕事の空き時間に気になっていた事を小宰相さんに聞いてみた。
「宮様の女房方は長くお勤めの方が多いのですか?」
働いているほとんどの女房は三十路、四十路で十代は、小宰相さんと同じ乳母子の若狭さん。二十代は讃岐さんの他何人かいるくらい。
「そうね、宮様がお産まれになった頃から仕えた人や、元々女御様に仕えていた人も多いからね。最近入ったのは讃岐の君と宮内の君かしら。」
宮内さん。とりわけ美人ではないけれど、目を引く人だ。仕草や物腰に色気がある。
「若狭の君がいびるから、新しく入って来ても辞めてしまうのよね。それで私が越前の君につく事になったのよ。左小弁様のご紹介だし。」
あぁ〜若狭さん。他に何人かいる若手女房を子分よろしく従えているのをよく見かける。見る度に、扇で口元を隠し、ひそひそ、くすくすしているのも。若狭さん一派に気をつける、私はそう心に留め置いた。
「こんな所で、我が義妹君に会えるとは。女房勤めは慣れたかい?」
ある日、義兄が戯けた様子で話しかけて来た。対面で話すのは子供の頃以来だ。薄色の直衣は亀甲地文がつややかで、萌黄の桐竹丸文がはっきりと浮き出ていて美しい。萌黄桜襲の袿をさりげなく出衣として見せている。おしゃれだわ。きっと姉の手によって作られたのだろう。
「お陰様で、何とかやっております。義兄様もお元気そうで何よりです。」
方違で今晩はこちらに泊まると言う。義兄と二の宮様のお母君、梅壺の女御様はご姉弟。義兄は二の宮様の叔父にあたり、気安い関係のようだ。
「姉は息災ですか?」
「姉君なら元気いっぱい過ごしているよ。」
何やら含みのある物言いだ。きっとヒステリーを起こしているのだろう。義兄と二人で話しをしていると、二の宮様がお出ましになった。義兄との会話を聞いていたようで、ポツリと
「アマガエルの妹…」
と呟いた。義兄が二の宮様に挨拶し、二人の会話が始まったので一礼し、下がった。
アマガエルとは、「尼になるっ!」と家出し大騒ぎして帰って来た姉の事だろう。尼帰る→アマガエル。二の宮様もご存じだったか。都中のウワサになったものね。とほほ。
「少将様がいらしていたわね。」
頬をそめた讃岐さんに話しかけられた。
「あんなに素敵な殿方を夫に出来るなんて、越前の君のお姉様は果報者ね。」
ヒステリー起こしてますけどね。なんて言えないので、うんうん頷いておいた。
「私は妻になれるような身分ではないけど、少将様の様な方なら、召人でもいいわ〜」
えぇ〜召人(愛人)でもいいの?もっと自分を大切にした方がいいですよ、讃岐さん。
「何言ってるの讃岐の君。召人なんてだめよ。多少身分が低くて見劣りしても、やっぱり誠実な殿方と結婚しなくちゃ。私は絶対、婿を取って北の方になるわ!」
と小宰相さんが言った。六位の蔵人に恋人がいて、もう少し出世したら結婚すると約束しているそう。専業主婦希望なんだとか。宰相の乳母さんのようにキャリア思考かと思ってたから意外だった。
夜寝ていると、夢うつつの中かちゃりと妻戸の開く音と衣擦れや、囁きあう男女の声が聞こえた。誰かが誰かの元に忍んで来たらしい。義兄でない事を祈りつつまた、眠りに落ちた。
翌朝、身支度を整えて格子戸を開けていると、声をかけられた。
「おはよう、越前の君。いい朝ね。」
「おはようございます、宮内の君。」
宮内さんは蘇芳の匂いの五衣に樺桜の表着を合わせて青柳の唐衣を殊更、ゆったり着崩して着付けている。う〜ん、朝から妖艶。
若狭さん達が、「昨夜、少将様が宮内の君の局に…」「この前は摂津守様が…」「お盛んねぇ」ひそひそくすくすしている。
やれやれ、どの屋敷の女房も噂話を好むらしい。見ざる、聞かざる、言わざるが吉。姉への文には、二の宮様のお屋敷が素晴らしい事と、元気に頑張っていますとだけ書いた。




