3.女房、越前
梅の花が咲く頃、両親が出立する日が来た。
「何かあれば、お前の伯父上を頼るように。良い様に取り計らってくれる。」
母は涙を浮かべながら、
「淋しいわ、まめに文を頂戴ね。」
と言って私の手を握った。
「父様も母様もどうぞお健やかに。」
旅路の無事を祈りながら、越前へ向かう両親を見送った。
姉に宮仕えの件を話すと、
「はぁ?宮仕えなんてみっともないこと!父様も母様もお許しになったの?」
と、予想通りの反応だった。両親の許可は得た事、私自身が宮仕えしたい事を話すと、しぶしぶながら納得してくれた。
「あまり見苦しい格好はしないようにね。」
と、梅襲の表着をくれた。
そして、初出勤の日が来た。
裳着以来の女房装束だ。五衣は紅の匂い、その上に姉からもらった梅襲の表着をあわせた。唐衣は紅梅の襲で八重梅の柄が入っている。梅尽くしだ。私は意気揚々と牛車に乗り込んだ。
しばらく牛車に揺られていると、目的地へ着いた様だった。
二の宮様のお屋敷は庭の梅の木が見事だそうで、それに因んで香散見殿と呼ばれている。
牛車の中からの外を伺うと、ど〜んと大きな四足門があり、どこまでも築地塀の続く、それはそれは大きな屋敷であった。我が家の粗末な網代車で入ってよいのかと心配になったくらいに。
車から降りて、案内の女房に先導されて、渡殿を進む。
ちらりと庭の様子を伺うと、広々とした庭には池や遣水が配置され、様々な木や草花がセンスよく植えられていた。屋敷の名前通り梅の木が見事だ。丁度満開の梅の花が見られてラッキー。私は花の中でも梅が好きだ。形よし、香りよし、食べても美味しい。
いけない、二の宮様のお屋敷であった。迷子にならない様に気をつけねばと、気を引き締めて進んだ。
案内された局の中で緊張しつつ待っていると、何人かの女房が入ってきた。
「あなたが、本日から入った人ですね。私は宰相の乳母です。貴方が夫の姪君ですね。」
この方が伯父の妻のようだ。紫の薄様の五衣に白躑躅の表着、菫の唐衣をすっきりと纏っていた。目元涼やかな、きりりとした方だ。
「越前守、藤原朝臣時輔(父の名だ)の娘にございます。未熟者ではございますが、皆様にはお導きいただきますようお願い申し上げます。」
「とても落ち着いたよい娘だと夫から聞いています。これから励むように。」
「はい。精進いたします。」
これから私の女房人生が始まる。どきどきと胸が高鳴る。
「さて、あなたの女房名何にしましょうか。確かお父上は右馬頭でしたね。伯父上は左小弁だから。…馬の弁ではどうかしら?」
馬の便?いや馬の弁!?そんな馬糞みたい…おっと失礼。同音異義、日本語ってムツカシイね。落ち着いて、私。回避せねば。
「恐れながら、我が父は先日越前守を拝命しております。」
「あら!そうでした。それでは貴方を越前と呼びましょう。」
「はい。ありがとうございます。」
あっぶなかったー!なんとか馬の弁は回避し、私は女房、越前となった。
それから私は先輩女房の小宰相さんに付いて仕事を覚えて行くことになった。OJTだ。
「小宰相です。越前の君、これから私が先達女房として仕事や振る舞いを教えて行きます。宜しくね。」
「不束者ですが、宜しくお願いいたします。」
「こう見えて宮仕えは長いの。わからない事があったら聞いて頂戴ね。」
この小宰相さんは宰相の乳母さんの娘だそう。(伯父との子ではなく、先の結婚で生まれた娘。伯父とは子持ちバツイチで再婚)
母親が乳母をしていた関係で、幼い頃から女童として二の宮様にお仕えしているそうだ。
その日、二の宮様は北の方様のお屋敷である右大臣邸にお泊まりになるので、お帰りにならなかった。屋敷の案内や同僚となる女房達を紹介してもらいながら過ごした。
私の局は讃岐さんとの相部屋だった。讃岐さんは姉と同じ年頃で、半年前から働いていると言う。篠青の表着に海松色の唐衣を控えめに合わせている。
「お祖父様が亡くなってね。夫も頼る親族もいないから、宮仕えする事になったの。」
父が健在なのに女房勤めする私に、「あなた、かわってるわね〜」と言って笑っていた。
灯が消され、就寝の時間になった。
私は茵に横たわって、見聞きした事をを思い返していた。どの部屋にも青々とした御簾がかけられ、眩しいくらいだった。今、局にある二階棚にしろ唐櫃にしろ、いち女房の部屋には立派すぎるお品だ。
我が家の色褪せた御簾を思い浮かべて眠りにつくのだった。




