18.女房勤めの哀しみ
ある朝、刑部さんが泣き腫らした目でをしていた。
驚いて、
「刑部の君、どうしたの?大丈夫?」
「越前の君…わたくし…」
それ以上口がきけない様で、袖で顔を隠して下を向いてしまった。
「越前の君、実はね…」
讃岐の君が話してくれた事によると、昨晩不届者が刑部さんの局に忍び込んだ様なのだ。
異変に気づいた讃岐さんが、脇息を蹴っ飛ばしわざと物音を立て、「きゃあ、ネズミ!」と騒いだ為、大事には至らなかったそう。
「そんな事が…刑部の君、酷い目にあったわね。」
ぐすっと鼻をすすりながら、
「姉様が助けて下さらなかったらと思うと…」
泣き出してしまった。
讃岐さんは、刑部さんの背中を撫でながら、
「働く事は楽しいけれど、女房というだけで人の数にも入らない扱いを受けるのだもの。嫌になってしまうわ。だからこそ女房同士、互いに助け合いましょうね。」
と言って慰めていた。
人の数にも入らない、か。私も宮仕えして感じた事だ。
本来なら、返事があるまで何度も文を送るのが手順だ。返事が無ければ御簾越しどころか、簀子に入る事すら許されない。
それなのに、文に返事が無くても突撃して来たり、文すら寄越さず突撃して来たりとやりたい放題だ。私達女房を軽んじているからの所業なのだろう。
「越前の君も、ちゃんと他の女房達の話を聞いて、注意が必要な方を確認しててね。自分の身を守る為に必要な事よ。」
讃岐さんも小宰相さんも仲間同士で情報を共有し、要注意人物をマークしているそうだ。頼もしい。
「わかりました。私も十分に気をつけます。」
これがフラグだったなんて。
夜、ふと目が覚め尿意を覚えたので、小袖に袿を羽織、樋殿(トイレ)へ行ったその帰り道。
後ろから抱きつかれたかと思うと空き部屋に連れ込まれた。
酒臭い息でハアハアしながら
「そなたをずっと思っていたのだ」
そんなわけあるかい!私が誰かもわかってないだろ!
あっこいつ、刑部さんに悪さしたヤツだ!
「私を哀れと思うなら、思いを遂げさせておくれ。」
怒りが沸々と湧いてくる。
お前の好きになどさせるか!
私は袖で顔を隠しながらか細い声で
「そんな、困ります…」
「良いではないか。さあ、顔を見せておく…」
ごつっ!!
頭突きをかました。
そのまま部屋から出て闇雲に走っていると、妻戸が空いていて月の光が差し込んでいた。
「トカゲ!お前、一体何があった!?」
東宮様だ。私の姿を見て驚いておられる。
自分の姿を確認すると、髪を振り乱し、小袖一枚、しかも着崩れしている有様。追い剥ぎにでも遭ったかの様相だ。
「いや、あの、ちょっと…」
言葉が続かなかった。急に恐怖がやってきて涙が止まらなくなった。情けない。あんな奴に…。
するとそ東宮様がそった抱きしめて下さった。東宮様は暖かくて、香が良くて。
しばらくすると、私の涙も止まった。
「…御衣を濡らしてしまいました。申し訳ありません。」
「構わない。落ち着いたか?」
「はい。ありがとうございました。」
そのまま東宮様に手を引かれて、寝所に通された。
「心配だから、ここで寝ろ。」
と添い寝するハメになった。
東宮様の床の筵がふかふかで寝心地が良くて、泣き疲れた事もありあっという間に眠りについた。
朝、目が覚めて
「お前…寝付きが良いのだな。」
と呆れられてしまった。すみません。
それからというもの、東宮様の寝所に近いところに局が割り当てられ、夜のお渡りがない日は東宮様の寝所で添い寝する事になってしまった。心配しすぎでは?
因みに不届者は東宮様により梨壺出禁となった。いい気味!




