15.里下がり
宮中に来てからだいぶ経った。
桐壺からの嫌がらせもひどく、うんざりしてしまう。この間など私の局の前にう◯こをばら撒かれた。
それを見た小宰相さんや、讃岐さんは
「これは…ひどい。」
「あんまりだわ。」
と眉根を寄せた。
「若狭の君のように食べられる物を置いてくれれば良いのに。菱の実とか毬栗とか。」
ねえ、と同意を求めたがお二方とも酸っぱい物を食べたような表情をしていた。刑部さんだけが、
「毬栗が置かれたら、焼き栗にして一緒に食べましょうね。」
と賛同してくれた。栗が食べたくなってしまった。
「越前の君は呑気ね。東宮様のお気に入りだからってこんな嫌がらせをされているのに。」
困ったように小宰相さんが言った。
えっ、東宮様のお気に入りって噂、桐壺の皆様もご存知なの!?お屋敷内だけで噂されてるものだとばかり…。
もしかして盗聴器でもしかけられてた?だからあんなにギスギスしてたのかぁ、納得。
小宰相さんも讃岐さんも心配そうにしていたけど、人の噂も七十五日。もう少しの辛抱かな。
ある日、衣を替えようと唐櫃を開けてみると、東宮様から頂いたあの上等な桔梗の袿が破れていた。
大切に保管していたのに。破いてしまうなんて、バレたら怒られる?クビ?
私は涙目になりながら袿を繕ったが、元通りになるわけもなく、自分のガサツさに落ち込んだ。
ちょっぴり疲れた私は里下がりを願い出て、しょんぼりと実家に帰った。
実家に帰ると、甥がずいぶんと大きくなっていた。かわいい盛りで、ヨチヨチと歩く甥を見て癒されていた。
子供いいなぁ、結婚せずに子供だけ欲しいかも〜なんて呑気に考えていると、
「清水寺へ行くわよ!」
姉である。突然過ぎる!
「家でくさくさしてても仕方ないでしょう。気晴らしに出かけるわよ!」
有無を言わさず、連れ出された。
前(アマガエル事件)のように少ない共での強行軍。しかも徒歩。
しぶしぶ、私は壺装束に身を包み、首から懸守を下げ、姉と共に清水寺へ向かった。
「姉様、義兄様にお知らせせずにお出掛けになられてよいのですか。」
市女笠から垂らしたむしを手で少しまくり、姉へと話しかけた。
「どうせ、殿はおいでにならないわ。」
ふん、と姉は言う。
義兄のもう一人の妻が姫をお産みになったのをまだ引きずってるのだろうか。触らぬ神に祟りなし。
それから私は口を閉じ、無言で歩いた。
秋の清水寺は紅葉が素晴らしく、美しい眺めに徒歩での疲れもしばし忘れた。
寺の境内で読経をしていると不思議と気持ちがスッキリした。何も変わってないし、解決もしていないけれど、出掛ける事で気持ちが上向きになることを知った。
三日ほど参籠し、帰りは牛車で戻った。強行軍の疲れを癒していると、伯父が訪ねて来た。
「どうだ、実家で英気を養えたかな。」
「はい。穏やかに過ごしておりました。伯父様、この度は右中弁へのご昇進、おめでとうございます。」
そうなのです!伯父は先の除目で昇進したのだ。右中弁と言えば、公卿への登竜門。参議も夢じゃない。
私の家系は今でこそ諸大夫だが、曾祖父は中納言だった。祖父が公卿になれず、亡くなった為に少し落ちぶれたが、伯父が挽回するかもしれない。
「ありがとう。それでな、そなたの父とも相談したのだが、小姫よ。私の娘にならぬか。」
はい??
伯父の話では、父の娘のままで宮中に居ても、後ろ盾が弱く辛い思いをするのではないかと。少しでも身分の高い伯父の養女になれば、宮中でも幾分過ごしやすくなるのではないか、と言う事だった。
父からの手紙も伯父から渡された。読むと、
『お前の母ともよくよく相談をした。都にいる私の兄にお前の後見を任せられるなら、これほど心強い事はない。兄の養女になっても、お前を愛しく思う気持ちは変わらない。』
とあった。みんな私のことを色々と考えてくれているんだと、胸がいっぱいになってちょっぴり涙が出た。養女の件はありがたく受けた。
いつもより長めの里下がりになったなぁ、なんて思っていると、小宰相さんから文が届いた。何かしらと思い読んでみると、小宰相さんの筆跡ではなかった。東宮様であった。
『お前の琵琶が聴きたい』
と一言。梅の葉が一枚、添えてあった。
やれやれ、主からのお呼び出しだ。そうして私は梨壺へと戻った。




