13.春の嵐
小宰相さんの言った通り、年末年始は忙しかった。
正月は何かと儀式が多いので、それに合わせた二の宮様の装束の用意。年始の挨拶に来るお客人への対応、禄の準備。届いたお礼状の仕分けetc…。
くたくたになって春を迎えた。
梅が満開になる頃、「約束だから。」と、二の宮様と梅見をした。
廂からちょっと眺めるくらいのつもりでいたら、庭に桟敷が設けられご馳走様が並び、思いの外大掛かりな事になった。
梅の花にあわせて梅襲の表着を着たら、二の宮様も梅襲の直衣をお召しになられ、かぶってしまい気まずい思いをした。二の宮様は、
「お揃いだな。」
ニヤッと笑っておられた。主と衣がかぶるとか、本当すみませんでした。
それでも天気の良い日に梅を見ながら、二の宮様と合奏するのは楽しかった。
「また、来年も梅見をしような。」
二の宮様が笑ってらした。
またご馳走様が食べられるなら大喜びで梅見します。唐菓子も美味しかったし大満足。
ある日、若狭さんとその腰巾着達が
「聞いた?小宰相の君、振られたんですって〜。お可哀想。」
「ああ!蔵人の方ね。叙爵した途端、他所に婿入りしたそうじゃない。ひどいわ。」
「お相手は中将様の姫君でしょう。小宰相の君ではお相手にならないわ。お気の毒ねぇ。」
口では可哀想などと言いながら、人の不幸を喜んでいる様がありありと伝わってくる。小宰相さんが恋人と上手くいっている時は、面白く無さそうにしていたのに。ああ、嫌だ嫌だ。
小宰相さんがこちらにいらしたので、「ゴホン!ゴホン!」とわざとらしく咳払いをした。
すると若狭さん一味はその場を離れていった。
「ありがとう、越前の君。あの人達、声が大きいのよね。」
なんと、聞こえてらした。
「私、振られてないからね!婿入りした後も気楽に付き合おうなんて寝ぼけた事ぬかしたから、こっちからお断りしたの。くだらない男と付き合って、時間を無駄にしたわ!」
人生経験乏しい私に慰める言葉は見つからない。
せめてもの気持ちで、懐紙に包んだ干し棗を小宰相さんに進呈した。後で食べようと懐に隠していたのだ。
「ありがとう。いただくわ。」
小宰相さんに幸あれ。
多少の良し悪しは起こりつつも、私は平穏に春を過ごしていた…のだが事態は一変した。
帝が譲位されると言う。
ややお疲れの面持ちで、二の宮様がお帰りになった。
周りに控える女房方もピリピリしている。ああ、穏やかな春よ、カムバック!
二の宮様は着替えと朝餉を終えると、話し出した。
「帝が御退位される。東宮が即位され…その後私が立太子する事となった。」
やっぱりそうなるよね〜。今のところ東宮様に妃腹の皇子は居られないし。(女房との間には何人かいたはず。)
皇子がおられないのは、二の宮様も一緒だけど。お二人ともまだお若いのだ。
「それは、おめでとうございます。」
宰相の乳母さん達が口々に言祝ぎを述べた。皆、嬉しそうだ。主人の出世は自身の出世にもつながる。上を目指す人達にとってはまたとない好機なのだ。
のんびりまったり、長く働きたい私は少数派なのかもしれない。
気づくと、宰相の乳母さんや他の女房達は下がり、部屋には私と二の宮様の二人だけになっていた。
下がる合図を見逃したのかと、慌てて下がろうとした時、
「すまない、来年はここで梅を観られなくなった。」
すっかり落ち込んでる。そんなに楽しみだったのか、梅見。お可哀想に。
「きっと宮中の梅も綺麗ですよ。」
「宮中の梅も共に観てくれるか?」
嫌とは言えない、サラリーマンの私。宮仕えの辛さよ。
「はい。来年も琵琶を弾きます。」
「…ありがとう。」
そう言って二の宮様は私の手を取った。兵部小輔に握られた時には気持ち悪くて仕方なかったが、二の宮様は平気だった。
私と二の宮様はしばらくそうして手を握っていた。
それからは本当に忙しくて、あっという間に時が流れた。
帝の譲位、新帝の即位、二の宮様の立太子と目まぐるしい日々を宰相の乳母さんを中心に女房一丸となって乗り切った。
そして、私は後ろ髪引かれながら香散見殿を後にし、内裏の梨壺へ移ったのだった。香散見殿だって広く感じていたのに、内裏の広い事、広い事。迷子になりそう。
それに、女御様方に仕える女房達の華やかな事といったら。どの方も見かけるたびに装いが違う。そんなに装束揃えられない。皆、裕福だなぁ。
「私はそんなにたくさん衣を用意出来ないから、なんだか気後れしてしまうわ。」
讃岐さんは篠青の表着に海松色の唐衣姿だ。
「気後れなど!姉様ほど素敵な方いらっしゃらないんだから!」
讃岐さん強火担当の刑部さんがぷぅと頬を膨らませて言った。
「刑部の君は優しいのね。」
讃岐さんが刑部さんの頭を撫でていて、なんだか本当の姉妹みたい。刑部さんも嬉しそう。
朋輩同士で雑談しながら、しばし憩いの時を楽しんだ。




