12.嵐の前
庭の薄が風にそよいでいる。桔梗や菊、萩も咲き乱れ、庭を鮮やかに彩っている。
季節の移ろいにあわせて黄紅葉の表着に紅菊の唐衣を選んだ。
この時期は宮中行事が比較的少ない為、例年ゆっくりしているそう。
そのかわり、正月は行事続きになるので、覚悟してねと小宰相さんに言われた。今はこの静けさを楽しみたい。
その静けさを裂く噂が屋敷内を駆け巡った。
東宮様の体調がいよいよお悪くなり、御位を降りられると。
位が空けば次に東宮になるのは、承香殿の女御様腹の一の宮様か、梅壺の女御様腹の二の宮様か。
突然、ぶわりと風が屋敷を吹き抜けた。
菊の香りに包まれて、私はただ舞い散る木の葉を見つめていた。
屋敷中がそわそわとしていて、どことなく居心地が悪い。
そんな中、二の宮様がお帰りになった。二の宮様はいつもの通りのご様子でホッとした。
夕餉を召し上がって、お休みの時間になったので、御前を下がった。なんとなく自分の局に戻る気にならず、ぼんやり渡殿の上から遣水の流れを見ていた。
乳母の皆さんや仕える家司の方々は、二の宮様を東宮にと望まれているのだろう。
それどころかお母君である梅壺女御様も、お祖父君である右大臣様だってそう望まれているはずだ。
だがしかし、宮中は伏魔殿だ。鬼か出るか蛇がでるか。考えるだに恐ろしい。私はまだこのお屋敷で働いていたい。やっと慣れてきたのに…。
「トカゲ」
二の宮様が共もつけず側にいらしていた。
「こんなところで、ぼんやりと何している」
「水の流れを見ていました。」
嘘ではない。
「…お前も私が東宮になった方が嬉しいか?」
宮中が怖いので嬉しくないです、なんて本音を言えるはずもなく。
「こちらのお庭の梅、見事ですよね。私が初めてこちらに来た時、満開でした。また見とうございます。」
ほんのり匂わせ回答をしておいた。
「そうか。では来年、共に見よう。」
なぜか嬉しそうな二の宮様。
来年もこちらの香散見殿にいるのは大賛成なので、にっこり笑っておいた。
結局、次の東宮には一の宮様が立たれた。数ヶ月違いとは言え、先にお生まれになったご長男であるし、外祖父は左大臣様だし、順当といえば順当か。
お仕えしている方々は残念そうだけど、二の宮様はいつも通りだ。私も安心して働ける。よかったよかった。




