だれしも箱庭で生きて社会に順応できない呪いを抱えている
わたしの働く家電量販店で絶対に挨拶をしない店長がいる。
忙しかったから、聞こえなかったからなどの理由はなく、自分から挨拶しないし、人からされても返さないし、しかも、だれに対しても、なのだ。
接客業にして店長という立場柄、ありえないものの、彼の経営手腕は文句なし。
閑古鳥が鳴くような店に派遣されれば、必ず売りあげをV字回復して、繁盛店に甦らせるものだから、お偉いさんたちは「挨拶をしない」という接客業にして致命的な欠点に目を瞑っているという。
といって、客にも挨拶しない問題店長を野放しにしているわけではない。
対策として、惜しみなくスマイルゼロ円で挨拶をする副店長とペアで異動させている。
副店長は店長と同期とあって気心が知れているし、扱いにも慣れているし、わたしたち従業員との橋渡し役もやってくれるし、たいへん、ありがたい存在。
店長と副店長二人をワンセットで異動させるのは異例とはいえ、サポート役の彼がいなかったら、わたしたちの店もどうなっていたことやら。
人間関係の悪化に極限まで陥って崩壊していたかもしれない。
たかが挨拶、されど挨拶、生きていくうえで挨拶は思った以上に重要。
挨拶をするのは、相手を気にかけている証明であり、挨拶を返されるのは、自分が気にかけられている証明になる。
人間は挨拶でお互いを認識しあうといって過言でない。
いってしまえば、挨拶をしなかったり、返さなかったりすると「お前のことなんか、どうでもいい」と意思表明しているようなもの。
必ず、そうとは限らなく、理由があるにしろ、相手が不愉快になるのにはちがいない。
店長に無視される客ならなおのこと。
挨拶をしたら死ぬとばかりに店長が頑なに口を閉ざす分、副店長が出血大サービスに愛想をふりまくおかげで、なんとか接客業の体裁を保てていたが、この二人体制は盤石とはいえず。
そう、副店長が不在になると、詰みなのだ。
まさに一大事、副店長がインフルエンザにかかり、店にでてこれない事態に。
こんなときに限って特売日で、大勢の客が押し寄せて、てんてこまい。
「店長を監禁してもいいから店にだすな!」と副店長に切羽詰まったように命令されたとはいえ、店長は挨拶ができないくせに仕事熱心で糞真面目だから、大忙しの店を放っておいてくれず。
サポートしたくても人手が足りないやら、そもそも店内が客でごった返して、どこに店長がいるか分からないやらで、にっちもさっちもいかなかったところで、案の定、ハプニングが発生。
短気そうな中年親父が「いらっしゃいませ、なんて子供でもいえるぞ!」と怒声をあげて、それを皮切りに「それでも店長か!」「客商売舐めているのか!」「俺たちを馬鹿にしているのか!」と罵詈雑言が湧きあがった。
大勢の客が円になって取り囲んでいるようで、外周にいるわたしたちからは店長が見えない。
集団心理が働いてか、どんどん殺伐とした雰囲気となり、魔女裁判でもしているように客たちが殺気立つ。
そのうち「いらっしゃいませって、いーえ!いーえ!いーえ!」と手拍子と合唱がはじまり、異常な熱気は増すばかり。
練習してきたかのように客たちは息を合わせてコールしているだけで、暴行を加えたりしていないものを、店長の身が危険に思え、人の壁を突破しようとするも、びくともせず。
何回も跳ね返されるうちに、心配よりも苛立ちが募って「どうして!」と金切り声をあげた。
「どうして店長は挨拶をしないんですか!
せめて理由を教えてくださいよ!
挨拶くらいで大袈裟なって思うかもしれないけど、わたしたち従業員がどれだけ不安になっていることか!」
閉店の恐れもあった店の売りあげを、現在進行形で回復してくれていることには感謝をしている。
そのうえで店長が年下とあり「挨拶できないのには事情があるのだろう」と大人気をもって寛容になろうとした。
それでも、やっぱり聞きたくて聞きたくてしかたなかったのだろう。
まわりの熱に当てられるように、つい衝動的に本音をぶちまけ、直後には後悔したものを、あたりは静まりかえっている。
さっきまで騒ぎたてていた客たちが全員、黙りこんで、中心にいる店長を注視しているよう。
固唾を飲んで見守ることしばし「い、いらっしゃいませ・・・」と初めての店長の挨拶を聞いたもので。
「いらっしゃいませ」と口にしてすぐに倒れた店長は救急車で病院へ。
客に群がられて挨拶を強要されたことが原因だろうが、わたしのせいのように思えてならず、副店長に電話を。
店であったことを報告したら、思いきって店長が挨拶できない理由を尋ねてみた。
「・・・あいつは自分のことをしゃべらないけど、一度、誤って酒を飲んだとき、酔っ払って教えてくれたよ。
どうも親父さんの躾のせいのようだな。
挨拶をしたら負けだ!って教えこんで、あいつが挨拶をしたら殴っていたらしい」
「で、でも・・!店長になるくらい社会経験を積んだら、父親のほうがまちがっていたんだって認識を改めないんですか!?」
「社会経験を積んでも、親のまちがった躾によって植えつけられた認識を改めることはできない、という証拠が、あいつの存在だろうよ」
寂しげな副店長の言葉に釈然としないながらも、反論はできず。
胸をもやもやさせて堪えきれなくなり、店長が入院する病院にお見舞いにいったなら、病室に見知らぬ男の人が。
ベッドで眠る店長のそばに立って、ドアからは背中しか見えないが、見た目や雰囲気からして父親だろう。
店のハプニングについて聞いたとしたら、自分の過ちを認めて悔い改めようとしているのかもしれない。
ほっとため息をついて、親子水いらずの邪魔をせぬよう病室から背を向けたそのとき、聞こえた。
「この負け犬が」と。




