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どの面下げて

タクシーが暗闇に沈む家の前で停まると、マリーは身じろぎもせず、見慣れているはずなのにどこか異質に感じるその建物をじっと見つめていた。その敷居をまたぐことを考えると、ずしりとした重みがシートにのしかかってくるのを感じた。彼女が動かないのを見て、運転手が振り返る。その言葉には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。


「お嬢さん、何か手伝いましょうか?」


マリーが顔を向けたとき、その瞳は虚ろだった。彼女は何も言わずにドアハンドルに手を伸ばし、ドアを押し開けると、ふらつきながら外に出た。歩道に崩れ落ちる寸前で、かろうじて体勢を立て直す。自分の家に足を踏み入れる気力さえ失うほど、彼女は無気力になっていた。運転手が焦れたように見つめる中、彼女は引きずるようにして歩道に上がった。彼の手のひらに数枚の紙幣を押し付けると、運転手はタイヤを軋ませて急発進し、真夜中の中、マリーは完全に一人取り残された。


彼女は踵を返し、建物を改めて見渡した。中に明かりはなく、玄関のドアは漆黒の奈落のようで、そこからは冷たい静寂が漂ってくる。家はまるで廃墟のようだった。せめて玄関のポーチライトくらい点けておいてくれてもいいのに、と彼女は暗い気持ちで思った。マリーは心を落ち着かせるために一つ深呼吸をすると、入り口へと向かった。


ドアノブは固く施錠されているだろうと半ば予想しながら手を伸ばしたが、それは不気味なほどあっさりと回り、ドアは黒く静かな口を開けた。一瞬ポーチでためらった後、マリーは中に忍び込み、ドアを閉めると、慣れ親しんだ廊下を駆け抜けて自分の避難所である部屋へと向かった。両親が自分をこれほどまでに拒絶していることが痛いほど明らかな今、彼らと顔を突き合わせる気には到底なれなかった。


何事もなく自室にたどり着いた彼女は、息を切らしながら閉めたドアに背中を預けた。自分がどれほど彼らを恐れていたかに気づき、パラノイアに蝕まれた心に、それは微かな驚きとして刻まれた。その考えを頭から振り払い、部屋を横切ってベッドに倒れ込む。あまりの疲労に、すぐにでも眠りに落ちるだろうと思った。しかし、時計の光る数字がゆっくりと時を刻んでいくのを眺めるうち、彼女の目は闇を見つめたまま大きく見開かれていた。


その時、自分がまだ何か冷たいものを握りしめていることに気づいた。彼女は身を起こし、それを改めて見つめる。メスが、窓から差し込む街灯の鈍い光を反射していた。その輝く刃から、彼女の視線は腕を覆う白い包帯へと移っていく。これを終わらせるのがルシエルの望みだと、彼女はそう聞かされていた。


衝動的に、マリーはそのメスを部屋の向こうの壁に叩きつけた。ガチャン、と音が響く。それを使ってしまうだろうという恐ろしい確信があった。その誘惑は、肉体的な危害の可能性からではなく、自分自身の決意の固さから来る恐怖だった。自分自身を殺すことさえも、罪なのだ。彼女はベッドの端で、ぎゅっと体を固く丸めた。


『ルールに従って、お前は何を得た?』ずる賢い疑念の声が、頭の中で囁いた。大したものは何も得ていない、と彼女は認めざるを得なかった。見捨てられ、今や自分だけの奈落の底にいる。


その時、頭上の照明が閃光とともに点灯し、寝室のドアが乱暴に開け放たれた。眩しさにマリーは目を細め、部屋の隅へと後ずさる。視界がはっきりしてくると、戸口には氷のような怒りの仮面を浮かべた父、カールが立っていた。


「よくもまあ、戻ってこれたものだな」低い唸り声で彼が言った。


マリーはパニックと、逃げ出したいという強い衝動に襲われた。彼女の沈黙は、彼の怒りをさらに煽るだけらしかった。


「殺人者の不良を家に置くつもりはない」彼は歯を食いしばって続けた。「今すぐ出ていけ」


マリーは凍り付いた。彼の言葉を脳が理解することを拒んでいた。そんなことはありえない。親が子供を捨てるなんて。自分がお気に入りの子供ではないことは知っている。


『自分の母親を襲うような子供は、ね』あの声が、唯一の現実であるかのように響いた。


「でも、わざとじゃなかった」自分でも気づかぬうちに、言葉が口をついて出ていた。


その自白を聞き、カールは威嚇するように部屋へ一歩踏み込んだ。「わざとじゃなかった、だと?」彼は嘲るように言った。「授業をサボったのが『わざとじゃなかった』ようにか? それとも、全校集会の前で我々に恥をかかせたのが『わざとじゃなかった』とでも? マリー、お前の『事故』にはもううんざりだ。ここでお慈悲は終わりだ。出ていけ」


彼女はか細い声で首を横に振った。「追い出されるなんて、できない」


彼の目が見開かれた。「よく見ていろ」


一瞬のうちに、彼は彼女の側に迫り、その手が包帯の巻かれた腕を掴んだ。指が傷口に食い込み、マリーは悲鳴を上げた。彼は彼女を無理やり立たせ、乱暴に引きずると、開いたドアの方へと突き飛ばした。彼女は最後まで引きずられるのを待たなかった。逃げ出したい一心で、玄関のドアに向かって走った。家に入るときの躊躇いよりも、この家から逃げ出したいという衝動の方が、遥かに、遥かに強かった。


玄関のドアを閉める間も無く、彼女は外へ飛び出した。もはや家とは思えなくなったあの場所と、父親から逃げることだけが、彼女を暗い通りへと駆り立てた。汚されたあの場所に二度と足を踏み入れることはないだろうと、彼女は確信していた。


涙をこらえながら、彼女はがむしゃらに走った。足元の覚束ない地面を避けるために、視界をはっきりさせたかった。しかし、努力も虚しく涙が溢れ、よろめいた末に壁に激突した。こんなこと、ありえない。自分は善良な子供で、家族と家を持つ資格がある。路上に追いやられる犯罪者なんかじゃない。ずっと、ルシエルが正しかったのだ。自分をこれほどまでに拒絶する世界に、なぜしがみつこうともがいていたのだろう。神でさえ、彼女の苦しみには無関心なこの世界に。


もういい。もう終わりだ。


理由も分からぬまま、何もかもが自分に敵対するこの惨めな人生は、もう終わりにする。ここに留まって、犯すつもりのなかった罪のために罰せられ続けるのは、あまりにも骨が折れる。


今夜、全てを終わらせるのだ。


あとは、そのための道具を見つけるだけだった。

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