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『自らの捧げ物』

マリーが意図的にこの界隈を避けてきたのは、ケイレブに連れられてくるまでだった。そこは打ち捨てられた建物に挟まれた、シャッターが下りたままの店先だった。ゲットー――見捨てられた生命と都市の荒廃が支配する場所。目の前の店は完全に廃墟のようで、窓には板が打ち付けられ、まるで解体用の鉄球を待っているかのようだった。しかし、ケイレブはためらうことなくドアを押し開け、中へと入っていく。不法侵入で逮捕されるかもしれない、という考えがマリーの頭をよぎった。


中は暗く、人の気配はなかった。ケイレブは歩みを緩めることなく彼女を引きずるようにして主空間を抜け、奥にある小さなトイレへと向かった。


「顔を洗ってくるといい」と彼は静かに言った。「ここで待っている」


マリーは無言で頷き、明かりをつけた。割れた鏡、汚れた設備、隅を這い回るゴキブリ――そんな光景を覚悟していた。だが意外にも、その狭い空間は驚くほど清潔で、よく手入れされていた。彼女はドアを閉め、完璧な鏡が掛かった洗面台へと歩み寄った。


そこに映っていたのは、彼女自身の醜悪な戯画だった。雨と涙で濡れた顔は泥で汚れ、肌はいつも以上に剝け、赤く炎症を起こしていた。目は充血している。絶望のため息が漏れた。マリーはその不快なイメージから目を逸らし、蛇口から流れ出る清水に意識を集中させ、汚れを洗い流した。ずぶ濡れの服はどうすることもできなかったが、顔と腕だけはできる限り拭った。そして、主空間へと戻った。


今度は、彼女は自分の周囲を見渡した。そこは店というより、仮の住まいだった。一角にはベッドが、もう一角には小さなダイニングスペースが設えられている。古いソファが壁に寄せられ、その前にはコーヒーテーブルが置かれていた。ソファの向かいの壁には棚が並び、宗教的な品々や書物で埋め尽くされている。しかし、彼女の視線を釘付けにしたのは、他の壁だった。途切れることなく壁一面を覆う巨大な壁画には、抽象的で陰鬱な光景が描かれており、それが『ヨハネの黙示録』の恐ろしい描写であることにマリーは気づいた。巨大な蛇と戦う妊婦の上に燃え盛る雲が垂れ込め、疫病とあらゆる形の死が大地を席巻していた。それは不気味で、心をかき乱す芸術作品だった。


マリーは目を逸らし、棚の方へ歩み寄った。小さな像や蝋燭、ミニチュアの十字架の間に、スカプラリオやロザリオ、額装された祈りの言葉が散らばっている。聖典のコレクションも膨大で、おそらく印刷された全ての版が揃っているようだった。近くには秘跡や預言者、聖人に関する本が並んでいた。そして、少し離れた小さな一角には、聖母の出現や奇跡現象、聖痕といった、より物議を醸す教会史上のテーマを扱った本が収められていた。


最後のタイトルに、彼女は目を見開いた。説明を切実に求め、マリーは聖痕についての本を棚から引き抜き、ソファに腰を下ろして読み始めた。あまりに没頭していたため、ケイレブが隣に立つまで、彼が近づいてきたことにさえ気づかなかった。はっとして、彼女は顔を上げた。


彼の表情は相変わらず読み取れなかったが、大きなスウェットシャツを差し出した。「着替えた方がいいかと思って」と彼は言った。


マリーは罪悪感に駆られて本を閉じ、立ち上がった。「ありがとう」とどもりながら言い、スウェットシャツを受け取った。気まずい沈黙が二人の間に流れた後、彼女はとっさに思いついたことを口走った。「ここに住んでいるの?」


「ここにいる時は、そうだ」と彼は彼女の視線を逸らさずに答えた。


彼女の舌は、彼に見つかった探究心から注意を逸らしたいという怯えた欲求に突き動かされ、まるで意志を持っているかのように動いた。「この壁画は誰が描いたの?」


「俺が」


「どうして?」止めようと思う前に、質問が口から滑り出ていた。


「俺がここにいる理由を忘れないためだ。居心地が良くなりすぎるのは困る」


彼の答えは意味不明だったが、幸いにも彼女の質問はそこで止まった。マリーはトイレに引き返し、乾いた心地よいスウェットシャツを頭から被った。本はソファに伏せたままにしておいたが、彼女が戻ってくると、ケイレブがそれを手に取っていた。


「それを見て、気になって」彼の怒りを恐れ、彼女はすぐに言った。「すぐに戻すつもりだったの」


彼は彼女を一瞥し、本を差し出した。「気にするな。君が読むべき本だと思う。何か分かることがあるかもしれない」


まだ不当な羞恥心を感じながらも、マリーは慎重にそれを受け取った。


「だが、ここで読んではいけない」と彼は続けた。


その言葉の意味が分からず、彼女は何も言えなかった。


「家まで送る」と彼は付け加えた。「そこで読めばいい」


「帰りたくない」マリーは低い声で言った。


ドアに向かっていたケイレブが立ち止まった。「両親はいない」


彼がどうしてそれを知っているのか問うこともなく、彼女はただ彼を信じることにして、薄暗い午後の中へと彼に続いた。


外に出ると、彼女は尋ねた。「これはいつ返せばいい?」


「持っていくといい」と彼は言った。「君ほどには必要ない。俺の問いは、もう全て答えが出ている」


マリーは黙り込み、残りの道中、二人の間に会話はなかった。ケイレブは彼女が安全に家の中に入るのを見届けると、踵を返し、彼の隠れ家ではなく、街の方へと去っていった。彼が言った通り、家には誰もいなかった。


マリーは着替えを済ませ、リビングのソファに腰を下ろし、ケイレブがくれた本を読み始めた。表紙には、十字架に架けられたヨシュアを描いたルネサンス様式の絵画が描かれている。その生々しいイメージから目を背けるように、彼女は急いで本を開いた。その時、人差し指がページの鋭い縁を滑った。焼けるような鋭い痛みに、彼女は思わず声を上げ、本を落とした。指を持ち上げると、小さな紙の切り傷から数滴の血が滲み出ていた。


それは些細な怪我、それ以上のものではなかった。しかし、その細い深紅の線を見つめているうちに、彼女の中で何かがぷつりと切れた。突然、白熱するような激しい怒りが彼女を貫いた。


地面には、生々しい表紙を上にした本が落ちていた。マリーは救世主の絵を睨みつけた。誰もいない部屋に向かって、彼女は問い詰めた。「これでもまだ足りないの?」怪我をした指を突きつけながら、彼女は立ち上がった。「永遠に満足しないの?」一語一語、彼女の声は大きくなる。「私の血が全てなくなるまで、あなたは満足しないの?」最後の言葉は絶叫だった。「私一人でやれる!無頓着な支配者のためにここで苦しみ続けるくらいなら、奈落で焼かれた方がましだわ!」


今や彼女は立ち上がり、息もできないほどの憤怒に駆られていた。朦朧とした意識の中でコーヒーテーブルにぶつかったが、それでも進み続けた。もし血を流さなければならないのなら、流すのは自分だと、彼らは決めたのだ。


怒りの涙で視界が曇る中、彼女はよろめきながらキッチンに入り、カトラリーの引き出しをがむしゃらにかき回した。探していたものを、彼女の手のひらが掴んだ。陰鬱な勝利感を覚えながらそれを引き抜き、引き出しを乱暴に閉めた。大きな肉切り包丁を掲げると、残酷な笑みが彼女の唇を歪めた。彼女にとって、罰は終わったのだ。


「私の血が欲しいの?」と彼女は虚空に静かに問いかけた。「なら、全部くれてやるわ」。ためらうことなく、彼女は既に傷ついた指を縦に切り裂いた。小さな切り傷は深い裂け目となり、血がとめどなく溢れ出た。痛みは激しかったが、もはや苦痛は感じなかった。これでは不十分だった。


「私自身の贈り物を捧げられるわ」と呟きながら、彼女は刃を左手首に滑らせた。「支配者なんかに血を流させられる必要はない。私自身でできるのよ」。彼女の心の片隅で、やめるように懇願する小さな理性の声は、荒れ狂う怒りの嵐にかき消された。


彼女は包丁を手首から上腕へと移した。ほんの一瞬だけためらった後、柔らかい肉に刃を沈めた。左腕は既に血で覆われていたが、それでもまだ足りなかった。


「血、血、くれてやるわ」無意識のうちにそう口にしながら、彼女は包丁を左手に持ち替え、右腕を切りつけ始めた。「全部お食べなさい。あなたの尊い贈り物を、受け取りなさい」


その譫妄状態を、別の声が遮った。「何をしているの?」


マリーは躊躇し、刃を振り下ろす寸前で止まった。戸口には、恐怖に満ちた表情の母が立っていた。かつては真っ白だったキッチンが赤く飛び散り、その真ん中で血まみれの包丁を握りしめて立つ娘――その光景は非現実的に見えた。


マリーは即座に防御的になり、包丁を振りかざした。「こっちに来ないで!」彼女は叫んだ。「あっちへ行って!」


母親はためらいがちに一歩前に進み、なだめるように手を差し伸べた。「マリー、包丁を置きなさい」


マリーは瞬きをした。視界が歪む。故障したストロボライトのように、母親の姿が現れたり消えたりし、その度に距離が縮まっていく。これは罠だ、あの女はまた自分を傷つけるつもりだ、と確信したマリーは、包丁を固く前に構えたまま後ずさった。「この女!私に触らないで!二度と私を傷つけさせないわ!」


母親は娘の言葉に戸惑い、足を止めた。しかし、マリーの状態を見て、彼女は慎重に動きを再開した。その唯一の目的は、我が子からナイフを取り上げることだった。


マリーは視界を取り戻そうと頭を振った。母親が消えている時間が長くなり、点滅は悪化していた。これは罠に違いない。不意を突かれてなるものかと、彼女は包丁を大きく振り回し始めた。


視覚の歪みが彼女を混乱させ、怒りの霧を通して痛みが感じられ始めた。マリーは目をきつく閉じ、憤怒の叫びを上げながら、やみくもに刃を振るった。


何か柔らかいものが、刃に触れた。


彼女は目を開けた。


点滅は止まっていた。母親の姿が、恐ろしいほど鮮明に見えた。彼女は身動きせず、腕を掴んでいた。その腕には深い切り傷があり、今まさに血が噴き出していた。


その衝撃が、マリーの狂気を切り裂いた。冷たくなった指から、包丁が床に落ちた。自分の行いに慄き、彼女は立ち尽くした。あの熱湯の中で母親に押さえつけられた時でさえ、自分は彼女に触れなかったのに。


その時、母親の茶色い瞳が彼女を見つめる中で、ある記憶が頭を駆け巡った。茶色い瞳。なぜそれがそんなに重要なのか?「あれは君の母親じゃなかった」――ケイレブの声が心の中で響いた。そう、違ったのだ。自分を溺れさせようとした女の目は、青かったのだ。


それは耐え難い事実だった。世界がぐらりと揺れ、彼女の脚は力を失った。血まみれの腕で頭を抱えながら、マリーは床に崩れ落ちた。私は何をしてしまったの?自分自身にではなく、実の母親に。彼女は泣き始めた。血に染まったキッチンがぼやけていき、どんな傷よりも痛い罪悪感に打ちのめされた。

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