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星降る夜に

「最近のレイさん、少し塞ぎこんでいる感じがしませんか?」


 夜も更けた頃、縁側で晩酌する万象の傍らで、花音が盃に酒を注ぎ足しながら言った。


「そうだな……そろそろ怪我も治った頃合いだ。自分の身の振り方でも考えているんじゃないか?」

 

 万象の言葉に、花音が困惑した表情を浮かべる。


「身の振り方って……ルクサリアに帰りたいってことでしょうか?」

「そうかもしれんし、違うかもしれん。俺たちに世話になっているのを負い目に感じてるのかもな」

「負い目だなんて……私たちは迷惑だなんて、ちっとも思っていませんのに」


 花音は頬に手を当てながら、ふうっとため息をつく。


「それはレイの気持ちの問題だ。まったく、生真面目で融通の利かんやつだ」


 万象は盃を傾けながら、張り出した屋根の先に広がる空を眺めた。

 そこに広がるのは、降り注ぐような満天の星空だった。




「レイ、今日は星が綺麗だよ」


 蘭花に連れられて、レイは庭へと足を運んだ。

 夜の空気は冷たく澄んでいて、頬に触れる優しい風の中で虫の音が響いている。

 二人並んで庭石に腰かけて見上げれば、無数の星々が夜空を埋め尽くしていた。 

 行灯のほのかな明かりが揺れる中、レイは感嘆の声を漏らす。


「すごい星だな。こんなに見事な星空は見たことがない」


 夜空を見ているレイの横顔に、蘭花が問いかける。


「ルクサリアは星が見えないの?」

「……あそこの空はいつも曇ってる。魔鉱石の溶解炉の煙が空に充満してるんだろうな」


 ルクサリア、という単語にレイの顔がやや強張ったのを見て、蘭花は少しためらいがちに尋ねた。


「レイ、ルクサリア帝国ってどんなところ?」


 蘭花の問いに、レイの表情は曇る。


「……いいところじゃないことは確かだ」


 少なくとも獣人にとっては。

 ルクサリアのことを話しても不快な思いをするだけだろう。

 蘭花の純粋な好奇心に対する答えとしては、ルクサリアの現状はあまりに酷い。

 下を向いて口をつぐんでしまったレイに、蘭花は言う。


「わたしの父様はね、ルクサリア人なの」


 意外な言葉に、レイは目を丸くして蘭花を見た。


「五つの頃に死んじゃったんだけどね」


 蘭花は遠い過去を回想するように星空を見上げた。


「優しくて、いっぱい遊んでくれて、わたし、父様が大好きだった。金色の髪に青い目で、いつもニコニコ笑ってたなぁ。よく、一緒に月華蘭を摘みに行ってたの。病気だった母様にあげるために……」


 そこまで言って蘭花は悲し気な表情で下を向いた。


「ルクサリアに帰って、死んじゃったって聞いたときはすっごく悲しかった……母様も、その年に死んじゃってね……」

「……」


 かける言葉が見つからない様子のレイに気づき、蘭花はあわてて明るくふるまう。


「あっ、でも大丈夫なの。万象様や花音さんや、里のみんながいたから大丈夫だよ。みんながわたしを育ててくれたの。だから両親が死んじゃって悲しかったけど、寂しくはなかった」


 蘭花はレイに微笑みかける。


「ずっと思ってたんだ。父様が住んでいたクサリアってどんなところなのかなぁって。万象様は聞いても教えてくれないの」


 蘭花の言葉に、レイはゆっくりと重い口を開いた。

 

「……面白くもなんともないところだ。灰色の空に四角く規則的な街並み。北には魔鉱石の動力工場に、軍事兵器の研究施設が立ち並ぶ工業地帯。国の真ん中には皇帝が住む支配の塔がそびえ立ち、その周囲に上級国民たちの住む貴族街。平民街、貧民街と外側にいくほど国民は貧しくなる」


 低く淡々と、レイは言葉を続ける。


「国民は上級・中級・下級と分けられた階級社会だ。頂点にいるのは皇帝をはじめとした一握りの権力者たち……まあ、上級なら勝ち組かもな。下の階級の者を見下して自尊心を満たすような奴らばかりだ。もっと下を作りたいがために、戦力を拡大し、他の国を侵略して植民地化している」


 言いながら、レイは苦しそうに眉を寄せる。


「……俺は、帝国軍でそれに加担してきた」


レイの言葉を聞きながら、蘭花の表情は次第に強張っていく。

レイは自嘲気味に笑う。


「軽蔑するか?」


 蘭花はふるふると首を振る。


「……レイは、そんな仕事、いやじゃなかったの?」

「嫌もなにも、兵士に選択権はない。命令されたことをするだけだ」

「命令ってそんなに大事なの?」

「……少なくともあそこでは、それがすべてだったな。逆らえば処罰される。一兵卒の命なんて軽いもんだ。まさかこうして生きて国を出られるなんて思ってもみなかった……」


 しばしの沈黙の後、レイはまっすぐに蘭花を見た。


「蘭花、これだけは言っておく。ルクサリアには絶対に行くな」

「ええーっ」


 不満そうな声を漏らした蘭花に、レイの目は真剣そのものだった。


「ルクサリアでは獣人は捕獲対象。よくて上級国民のペットか奴隷、悪くて実験動物だ」


 蘭花は絶句する。

 レイの表情は硬い。


「ルクサリア帝国の唯一神エル・アグナ曰く『ルクサリアの民は神の子、獣人は神に背いて罰を受ける下賤な獣である』――これがルクサリア人が信じている神とやらの教えだ。これだけが理由で獣人は差別や虐待を受けている。まったくもって理不尽だろう?」


 吐き捨てるように言ったレイの言葉に滲む、ルクサリアへの嫌悪ともいえる感情。

 蘭花は静かに尋ねる。


「……レイは、ルクサリアのことが嫌いなの?」

「まあ、好きではないな。それに俺は正確にはルクサリア人じゃない」

「えっ?」


 意外そうに目を丸くした蘭花に、レイは淡々と続ける。


「俺の故郷は東方にあるジハーナという島国だ。二十年ほど前にルクサリアに占領され、今は植民地になっている。俺が住んでたのは交易が盛んな港町で、いろんな人種がいた。獣人も人も関係なく、同じように暮らしていた」


 レイは蘭花から顔をそらし、星空を見上げた。


「俺の父は蘭花と同じでルクサリア人だったらしいが、真相は怪しいもんだ。母は娼婦だったから、父は母を買った客の誰かだろう。母譲りの黒い髪と褐色の肌はルクサリアでは悪目立ちしてて、辺境の野蛮人だとよく馬鹿にされたもんだ」

「レイの母様は、まだジハーナにいるの?」

「いや、七つの頃に死んだ」


 あっさりと言ったレイの言葉に、蘭花は思わず泣きそうな表情を浮かべた。

 レイは蘭花の頭に優しく手を置く。


「かわいそうだと思ったか?」


 言葉を失っている蘭花に、レイは苦笑する。


「まあ、悪いことばかりじゃなかったぞ。孤児になった俺は、ルクサリアに連れて行かれ、兵士として訓練を受けた。おかげで食うや食わずの生活とおさらばできたし、剣を学ぶことができた。今となってはそれが俺の生きる術だ。そういう意味では、国には感謝している。ただ……」

「……ただ?」

「俺はルクサリアに来た当初、迫害される獣人の扱いに怒りを覚えていた。だが、どうすることもできなかった。そのうちだんだん感情が麻痺してきた。仕方ない、ここではそういうものだと、見て見ぬ振りをした」


 深いため息をついて、レイは両手で頭を抱える。その表情には苦悩が滲んでいる。


「仕方ないで済むことじゃないのにな。ここにきて、獣人の蘭花たちに心底申し訳ないと思う」


 言いながら、レイは自分の『漆黒の剣士様』という称号に対する後ろ暗い感情の正体に気が付いた。苦しげに眉を寄せ、絞り出すように言った。


「……だから俺は蘭花の『漆黒の剣士様』のような、かっこいいヤツじゃない。ヒーローになる資格なんてないんだ」


 冷たい風が吹いて、沈黙が広がる。

 夜の闇の中、虫の声だけが物悲しく響いている。

 蘭花は、きっと失望しただろう。それでいいと思う。

 頭を押さえたまま俯いたレイは、そのまま動けずにいた。

 ふいに、レイの頭に手が乗せられる。そのまま、その手が優しく髪を撫でた。


「そんな風に思ってくれるなんて、レイはやっぱり優しい人だね」


 レイが顔を上げると、蘭花と目が合った。

 微笑む蘭花の紫水晶の瞳は、ひたむきな情熱を秘めて優しく輝く。

 夜空いっぱいの星よりも、それが何よりも綺麗だとレイは思った。

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