泡風呂
三題噺もどき―ななひゃくに。
すこし狭い空間の中に、水の滴る音が響く。
水にぬれても足を滑らせないように少しざらざらしている床に、いくつもの水たまりができている。どれも小さなものばかりで、水たまりの集まりというよりは、床が水浸しになっただけという感じだ。
「……」
水の滴る音は、少しずつ間隔が長くなっていく。
最初は小さな川のようになっていたのに、今では小粒の小さな雨だ。
浴室の壁に設置された棒に、引っかけられたボディタオルから落ち続ける水滴は、途切れることはなく、しかし確実に間隔は長く長くなっている。
「……」
こういうものは、ぼうっと見ておくには丁度いいものだと思う。
たいしたことのないものだ。
ただ水が落ちていくだけの、ただそれだけのものだけど。
少し前まで仕事でフル活用していた脳を休ませるためには、持って来いだ。
「……」
まぁ、そうでなくても。
風呂という空間は、それなりにリラックスするには丁度いい場所だ。
狭くて少し窮屈に思うかもしれないが、それがまたいい。
あまり広すぎても何がいるかわからないからな。空間のほとんどすべてが視界に入るのはとても安心できる要素の一つだろう。
「……ふぅ」
浴槽のふちに腕を置き、その上に頭をのせていたので少し腕が疲れた。
落ちていく水滴から目を離し、疲れた腕を湯船の中に沈める。
最近は暑い日が続いているから、浴槽に湯をためて入ることはなかったのだが。
「……」
今日は珍しくアイツがバスボムというのを持ってきたので、それを使ってみようと……トランプの形をしていたが、その面影はもうない。
これは、バスボムというよりは、泡風呂と言われた方がしっくりくるな。同じだろうか。その辺違いがあるのかどうかわからない。
どこでもらってきたモノなのかは知らないが、ものすごくぶくぶくしている。
匂いもかなり強いが……ホントにどこでもらってきたのだろう。
「……」
アイツはあまり匂いがするのは好きじゃないはずだから、自分でバスボムとかを買うことはないはずだから、貰ってきたモノだとは思うのだけど。その辺警戒心の強いはずのアイツが受け取ったということは、それなりに信頼のおける人から貰ったのだろう。
私は割と好きな方ではあるが。色々と種類があるだろうこういうのって。湯の色が代わったり匂いがしたり、面白いものだと思う。
……まさか、買ったと言うわけはあるまい。
「……」
浴槽の上に出来上がった泡を手のひらで掬ってみる。
所々キラキラとした光が照明に反射している。
ラメも入っていたのかこのバスボムには。
こういうのを喜ぶのは、世の女子ぐらいではないのだろうか……子供も喜びそうだが。
「……」
ふっ―
と、手に掬った泡に出来心で息を吹きかける。
てっきり落ちるだけだと思っていたのに、小さなしゃぼん玉ができて浴室の中を飛んでいった。……こういうのは、案外楽しくなってしまうよな。
「……」
もう一度掬いなおして、息を吹きかけてみようと。
丁度、泡を取ったあたりで―
「なにしてるんですか」
「――」
危うく悲鳴を上げるところだった。王子から逃げて隠れていたのに見つかった姫でも、幽霊に追われて隠れていたのに見つかった人間でもないはずなのに。
変な姿勢で固まったから、首筋をやるところだった。
「……」
「……」
いつの間に開かれたのか、浴室の扉が開き、その奥に声の主はいた。
そこには、エプロンでぬれた手を拭きながら、怪しげなものを見るような目でこちらを見ている小柄な少年だった。
彼は私の従者で、このバスボムを持ってきた張本人で……きっといつまでも風呂から上がってこない主人に気をもんで呼びに来たのであろう。
裸を見られてどうこうなるようなものでもないが、先に声を掛けて欲しかった。
「夕食の準備できましたよ」
「……あぁ、うん」
そうとだけ言って、静かに戸を閉めて行った。
「……」
別に、今更アイツにどんな姿を見られようと何とも思わないし。
どんな視線で見られようとも、見慣れたものだから気にもならないのだけど。
「……」
「……」
「……」
……さっさと出るか。
「あのバスボムどうしたんだ?」
「……楽しかったですか?」
「いや、そういうわけでは」
「気に入ったのならよかったです」
「…………もしや買って来たのか?」
「……」
お題:しゃぼん玉・王子・トランプ