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凍え姫

作者: 藻ノ かたり

昔々ある所に、凍え姫と呼ばれるお姫様がおりました。しかしゴッテル王国の王女である彼女は、森の奥深くにある洞窟を利用した牢屋の中に閉じ込められておりました。


凍え姫は、強力な氷の魔法を使えましたが、牢屋の格子には彼女の魔法を無効化する呪いが掛かっており、容易に壊す事は出来ません。


そして彼女の元を訪れようと、幾人もの人達が挑みましたが、恐ろしい森の魔物たちに阻まれて、最後まで到達できた者はおりませんでした。


「なんで、私がこんな牢屋へ入れられなきゃいけないの。父上は、何を考えておられるのかしら」


凍え姫は、嘆きます。そうなんです。実は姫をこの場所へ幽閉したのは、他ならぬ彼女の父親だったのです。ただ彼女には、その理由が思い当たりませんでした。


もうここへ閉じ込められて、幾月になるだろうか。こんな穴倉の中に閉じ込められているせいか、体の調子も悪く、頭の中にもカスミが掛かっているようだわ。


姫は、身の不幸を呪います。


そんなある日、勇者が遂に牢屋の前へと辿り着きました。


「姫、凍え姫は、おられるか?」


勇者は、格子の外から呼びかけます。


最初は用心していた姫でしたが、ようやっと助けが来た事に喜びもひとしお、大変うれしそうに勇者の前へと現れます。


「姫様、お助けに参りました」


勇者はそう言うと、真っ赤に燃える炎の大剣で、牢屋の格子を一刀両断に切り裂きました。


「さぁ、皆が待っております。私と一緒に仲間の元へ」


勇者がそう言うと、姫は、


「仲間とは、父上の居る所でございますか?」


と、尋ねます。


「いえいえ、お忘れか。あなたをここへやったのは、王様ご自身である事を」


勇者の答えに、姫は”なるほど、それもそうだ”と思いました。


「では、お仲間というのは?」


姫が、再び尋ねます。


「あなた様を、待ち焦がれている者たちでございます」


勇者の答えに、姫は安堵しました。


私をここへ閉じ込めた父の元でなく、私を待ち望んでいる者たちの所であれば、心配は何もいらないでしょう。


姫はそう思い、馬の背中にまたがった二人は、一日中、走り続けます。


「さぁ、姫。到着いたしました」


勇者は、姫を馬から降ろしました。


彼らが降り立ったのは、神殿のような場所で、その前には既に大勢の人達が集まっておりました。


「さぁ、中へどうぞ」


勇者が、姫を中へといざないます。


姫は何とも言えない違和感を覚えたものの「命がけで私を助けに来たのだから、私に仇名すものであるはずがない」と、勇者に従いました。


奥の間へ通された姫は、豪勢とは言えないものの、心づくしの料理を食します。そして疲れのせいか、すぐに眠りの淵へと落ちて行きました。


それから、どのくらいの時間が過ぎたでしょうか。


「おい、起きろ!」


誰かの怒鳴り声で、姫は目を覚まします。


気がつけばそこは大きな広間であり、彼女は、高い柵で囲まれた、広く丸い鉄の板の上に裸足で横たわっておりました。


周りには、その柵をぐるりと囲むように、多くの席が段々に設置されています。


「なに?何事ですか?」


事情の分からない姫は、困惑しました。


「やっと、やっとこの日が来た。今までは森の魔物に阻まれて、その奥のねぐらへは行けなかったが、これで積年の恨みを晴らす事が出来る」


一番上の段に立っている勇者が、怖ろしい形相でそう言います。


「何ですか? 何の事ですか?」


「まだ分からぬか、この愚か者め。私の顔をよく見ろ」


勇者はそう言うと、自らの顔に手を当てて、その顔にへばりついている肉の仮面を引きはがします。


「あ、あなたは、ゲディス王国の第二王子!」


彼の素顔を見た姫が叫びます。


「そうだ。お前が滅ぼしたゲディス王国、最後の王族だ」


勇者は、怒りに満ちた表情で答えました。


姫は、牢屋へ入れらる前の事を思い出します。牢屋の中に満ちていた記憶をあいまいにする魔法が、ようやく解けて来たのでした。


彼女は二年前、ゲディス王国へ嫁入りしたものの、格下の国へ嫁に出された事をいつまでも根に持って、周りの者たちに傍若無人な振る舞いをしていたのです。


そしてある日、ほんの些細な事がきっかけで、その傲慢な怒りは大爆発を起こしました。彼女は強大な「氷の力」を発揮して、城はもちろんの事、ゲディス王国の殆どを凍てつかせてしまったのです。かの国は、こうして滅びました。結婚式の後、他国へ留学していた第二王子を除いては。


「我らゲディスの生き残りの復讐を恐れたお前の父が、お前を守る為、魔物の徘徊する森の奥へかくまったのには頭を抱えたが、何人もの戦士の犠牲の末に得た情報を元に、私がお前を連れ出す事に成功した」


王子は、勝ち誇ったように言いました。


姫は、全てを思い出します。


彼女は牢屋に入れらていたのではなく、魔物という護衛付きで守られていたのでした。


ただし、我がまま一ぱいの癇癪もちである彼女が牢を破らない様、王の命で格子に呪いを掛けたり、一部の記憶を封印していたのです。


「ええい、忌々しい!


だけどね。わかったからには、容赦はしない。お前も父親や兄の後を追わせてやるわ。この弱小国の卑しいカス王子が!」


本性をあらわにした姫は、氷の魔法を唱え始めます。


「は! 無駄だ。何故、お前をここへ連れて来たか、わからないようだな」


いつまでたっても、氷の魔法が発動しない姫を嘲るように、王子が彼女を見下ろします。


「そうか。この神殿には、私の魔法を封じる力が満ちているのね!」


姫が悔しそうに、そう言いました。


「あぁ。まんまとここへ来てくれた事に、感謝するよ」


王子と、客席を埋め尽くすゲディス国の生き残りたちが、何とも言えない笑みをこぼします。


「これは、何?」


彼女は素足に伝わる暖かさ、いえ熱さに困惑しました。


「もう気づいたろうが、この神殿は、魔法使い専用の処刑場なんだ」


王子が、下卑た笑いを漏らします。


「あ、熱い!」


裸足の姫は、既にじっと立っている事が出来ません。足元の鉄板が、急速に熱を持ち始めているのです。


「皆のもの、見るがいい。氷を司る姫が、我らの前で炎の舞を披露してくれるぞ」


「あ、熱い! やめて!」


姫は、もう一秒とて足を床に着き続ける事が出来ませんでした。


「ほうら、踊れ、踊れ!」


姫が灼熱の鉄板の上で狂ったように踊り続けるさまを、王子と民は笑いならが眺めます。


姫の悲痛な叫びと共に、やがて業火の饗宴は終わりを迎え、死の舞台の上には、真っ黒な消し炭になった姫が、ただ転がっておりました。



「もう、終わった頃かの」


ゴッテル王国の居城で、主が呟きます。


「はい、おそらくは」


玉座の後ろに垂れ下がる、幕の影に控えた影の者が言いました。


「可哀想だが、仕方あるまい」


王が、眉間にシワを寄せます。ただその顔には、悲しみよりも、安堵の表情が浮かんでおりました。


「王のお知恵には、感服致します」


「うむ。他国への手前、ゲディス王国を滅ぼした姫をそのままには出来んが、ワシが処刑すれば国民の支持を失うだろう。


よって表向きは姫をかくまい、その裏で様々な情報やアイテムを、お前がゲディスの生き残りに与える。もちろん、善意の第三者としてな。そして、ゲディス王国の血を引く者が姫を葬れば、周辺の国に対しては一応の格好がつく。


そして今度は、姫の敵を討つため、ワシがゲディスの奴らを粛正すれば、これで本当に後腐れなしだ」


王は早駆けの者を召し出し、くだんの神殿を密かに取り囲んでいるゴッテルの大軍に、神殿内へ突入するようにとの命令を託します。


城の窓より満天の星空を眺める”凍てつき王”の異名を持つ男が、とても冷たい氷のような笑みを浮かべました。


【終】


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