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消されたうわさ

作者: ウォーカー

 その学校には、うわさがあった。

学生アパートに暮らす、ある男子学生についてのうわさだ。


一人暮らしのはずの男子学生の部屋から、頻繁に人の声が聞こえる。


もちろん、一人暮らしならば独り言も増えるだろうが、この件に関しては違う。

一人暮らしの男子学生の部屋から、人が会話している声が聞こえてくるという。

これはその男子学生の部屋の隣近所の住民である学生達からの確かな情報だ。

もしやあいつ、女を連れ込んで同棲でもしているのでは。

そんな下心とうわさへの好奇心から、

数人の学生達が真偽を確かめることになった。


 数人の学生達はまず、本人に掛け合ってみることにした。

学校の自習室で勉強しているあのうわさの学生を見つけて問い質した。

「なあ、お前って一人暮らしだよな?」

「え?ああ、そうだよ。」

「女と同棲してたり、してないよな?」

「そんなこと、するわけがないだろう。

 僕には彼女もいないし、勉強で忙しいんだ。」

「またまた、とぼけちゃってぇ~!」

学生の一人が、その男子学生の腕を肘で小突いた。

その男子学生は迷惑そうにそれを払い除けた。

「うるさいなぁ。勉強の邪魔をしないでくれないか。

 僕は勉強がしたくて学校に通ってるんだから。

 仕方がない。続きは家に帰ってからにするか。」

その男子学生は勉強道具を仕舞うと、迷惑そうに教室を出ていった。

後ろ姿を見送りながら、学生達はヒソヒソと話し合った。

「あれ、どう思う?」

「女と同棲するようなタイプじゃないね。」

「それよりは、勉強のしすぎで、家で独り言でも言ってそうだけど。」

「独り言にしては会話が聞こえてくるってうわさがあるんだよな。」

「だったら、実際に家に行って確かめてみるか?」

「いいね、そうしよう。」

そうして数人の学生達は、うわさの真相を調べるため、

その男子学生のアパートを尋ねることにした。


 時は過ぎて夕方、部屋の明かりが点くようになる時間帯。

数人の学生達は、うわさの男子学生が住むアパートに来ていた。

その男子学生の部屋がどこかは既に調査済み、部屋には明かりが灯っている。

まずは、直接その男子学生の部屋を直撃する前に、

その隣に住む学生の部屋に上がらせてもらった。

「どうぞ。こっちの壁が、うわさの学生の部屋の側だよ。

 ほら、よく聞くと、声が聞こえるだろう?」

学生達は壁に耳を済ませてみた。

すると、何やら低い人の声のようなものが聞こえてきた。

あまり大きな声ではないようで、声の内容までは聞き取れない。

しかし、確かに独り言にしては声が多すぎる。

言葉のやり取り、会話をしている声だと考えるのが妥当だ。

「これ、テレビの音じゃないぞ。もっとはっきり聞こえる。」

「独り言にしては変だな、多すぎる。」

「独り言で会話までしてたら、それはもう病気だよな。」

「あいつ、何かの病気なのかな?」

「ありえる。いつも勉強ばっかりしてるもの。」

「じゃあ、本人にも知らせてやった方がいいかもな。」

これは独り言を超えている。

ならば何らかの病気かも知れない。

半ば善意、半ば好奇心から、数人の学生達は、

早速、部屋を出て、隣のうわさの男子学生の部屋の呼び鈴を鳴らした。

「・・・はい。」

しばらくの後、部屋の中から返事がした。

扉の覗き穴に影が差し、警戒する声が聞こえた。

「また君達か。僕に何の用だ?」

「俺達、お前の部屋から人の話し声が聞こえるのを聞いたんだよ。」

「もしかして、君が何かの病気なんじゃないかと思って。」

心配そうな声に、しかしうわさの男子学生は頑なだった。

「一人暮らしでも独り言くらい言うよ。

 勉強の邪魔だから、帰ってくれないか。」

そう言い残し、玄関の扉の向こうの気配が消えた。

もう何を言っても、応対もしてもらえない。

「・・・駄目みたいだね。」

学生達は、仕方がなく、ここから帰ることにした。


 あれやこれやとしている間に、辺りは夜の闇に包まれていた。

街灯も少なく人通りも少ない寂しい道を、数人の学生達は帰っていく。

「やっぱり、納得いかないよな。」

「玄関の扉も開けないなんて、あやしい。」

「部屋の中を覗けたら、もっとよくわかるんだけどな。」

学生たちは諦めきれず、後ろを振り返った。

視線の先には、うわさの男子学生が住むアパートがある。

アパートのベランダが縦横に並び、煌々と明かりを放っている。

すると、その時。

一つの部屋のベランダの窓のカーテンが、さっと開けられた。

それは、うわさの男子学生の部屋の窓。

どうやらうわさの男子学生が、外の気配を探っているらしい。

学生達がアパートを離れていくのを確認したようだ。

そして、その間際、学生達は見てしまった。

窓際に立ち、外の様子を伺う男子学生の後ろを、人が通りがかったところを。

一人暮らしのはずの部屋に、もう一人いる。

しかも服装こそ違えど、その顔は全く同じ顔に見えた。

同一人物が二人いるのを見てしまった。

学生達は身を寄せ合ってヒソヒソと騒ぎ始めた。

「おい!今の見たか!?」

「ああ!部屋の中に、もう一人いた!」

「しかも、同じ顔だった!」

「待てよ。あいつ、鏡に向かって話してたってことかも。」

「いいや、あれは鏡じゃないよ。だって別々の服装をしてたもの。」

「やっぱりあいつ、一人暮らしじゃなかったんだ。」

「戻って問い詰めよう。」

学生達はうわさの真相を確かめたくて、躍起になって、

駆け足でアパートへと戻っていった。


 呼び鈴を連打する音が響き渡る。

しばらくして、苛立たしそうな声が応対に出た。

「また君達か。いい加減にしてくれないか。迷惑だ。」

当然の応対に対して、学生達は、上がった呼吸を整えながら、静かに答えた。

「俺達、見たぞ。

 お前の部屋の中に、もう一人いるところを。

 さっき、カーテンを開けただろう?その時に見えたんだ。」

「もう一人も同じ顔をしてた。これはどういうこと?」

「真相を教えてくれないと、明日学校で言いふらすかも。」

「うわさがもっと大きくなっちゃうよ?」

すると、ギクリと息を呑む様子がして、やがて玄関の鍵が開く音がした。

「・・・わかったよ。説明するから、みんな上がってくれ。」

部屋の玄関で、うわさの男子学生が、不機嫌そうに出迎えてくれた。


 うわさの男子学生の部屋の中は、取り立てて特別な家具などはなかった。

勉強机、小さなテレビ、一人暮らし向けの小振りな炬燵机こたつづくえ

全身が映る大きな鏡があるのが、男子学生にしては珍しいだろうか。

全てが普通、家具に関しては。

そして、大きな鏡の横には、もう一人の男子学生が立っていた。

顔も体格も、うわさの男子学生そっくりの生き写し。

ただし着ている服装が違う。

だから別人なのだとわかる。それくらいに瓜二つの二人だった。

「・・・僕達、双子なんだ。」

そうして、二人の男子学生達は、集まった学生達に事情を説明してくれた。


その男子学生は双子として産まれた。

双子の男の子は、生まれた時からそっくりで、健やかに成長していった。

二人とも勉強熱心で、裕福でもない両親は必死で学費を工面していた。

あるいはそれが、全てが壊れる元だったのかもしれない。

ある日、両親は事故に遭い、一度に二人ともが亡くなってしまった。

時は双子が進学を控えていた最中。

両親が遺してくれたものは多くなく、

頼りになるような親類にも恵まれず、

双子は悲しむ間もなく、選択をする必要に迫られた。

学費をどうするか。

双子は二人ともが進学希望だが、二人ともが進学するような金はない。

両親が遺してくれたのは、せいぜい一人分の学費。

奨学金などを頼るにしても、あまりに突然で直前過ぎる。

双子は二人とも勉強熱心だが、特待生などを期待できる程ではない。

どちらかが進学を諦めなければならない。

だから双子は選んだ。二人ともが進学できる方法を。

双子は一人の学生として進学することを選んだ。

幸いにも、両親が遺してくれたこの身は、

本人たちにも見分けがつかないほどにそっくりで、

入れ替わったとしても誰にも気が付かれることはなかった。

替え玉受験などではない。

二人ともが本人であり、きちんと勉強もした。勉強熱心すぎたのだ。

学校に入学して、授業には二人で代わる代わる出席した。

ただし、一人が表に出る時は、もう一人は絶対に表に出ない。

そうして二人は入れ代わり立ち代わり一人となって、

学校生活を送ってきたのだった。


「そうして僕達は、入れ替わりで学校に通うことにしたのさ。

 昨日は僕が授業を受けたから、今日は兄さんが授業を受けて、

 そうして欠席した分の授業内容はお互いに教え合って。」

双子の弟が兄の肩に手を置く。

しかし学生達には、どちらが兄でどちらが弟なのかもわからなかった。

あるいは、今まで自分達が接してきた相手は、兄弟どちらだったのか。

それすら、双子本人以外にはわからないことだった。

学生達の一人が、喉を鳴らして尋ねる。

「君達は、いつまでそんな生活を続けるの?」

「・・・わからない。」

「もしも上手く卒業できたとしても、卒業証書は一人分しかないのに?」

「学歴があれば稼ぎも増える。二人分の生活費にはなるよ。

 卒業すれば、もう一人は入れ替わってもいいし、自由にもできる。

 収入は一人分だけど、休みが増えると考えれば、悪くないだろう?」

「結婚は?恋愛は双子で同じとは限らないだろう。」

「なんなら恋愛も二人で一人を演じる自信はあるよ。

 僕達双子は、好みも何から何まで同じだからね。」

そこで双子は急に姿勢を正すと、学生達に頭を下げた。

深々と、床に頭をつけて。

「僕達は二人で一人を演じてきた。」

「これからもそれを続ける自信はある。」

「でもそのためには、今日、ここで見聞きしたことを、

 君達に忘れてもらわなきゃいけない。

 お願いだ。このことは全て忘れて欲しい。

 何があっても、どこでどんな状況であろうとも、

 僕たちが双子で一人を演じていることを、決して口外しないと。

 うわさを消すために。

 約束してくれ。」

「・・・頼む。」

同じ顔の二人が頭を下げている。

学生達は顔を見合わせた。

些細なうわさを興味本位で調べていくうちに、とんでもない話になった。

この中の誰か一人でもこの話を口外すれば、

双子の一人、あるいは二人両方が勉強を続けられなくなるだろう。

ライバルを蹴落とすとか、人の不幸を楽しむとか、

そんな考えを持っている人は、この中にはいないようだった。

学生達はうなずき合って、双子の背を撫でた。

「心配しないで。このことは誰にも言わないよ。」

「そうさ。うっかり話しそうになったら止めてくれ。

 絶対に喋らないようにするから。」

「秘密を守るためなら、できることはするよ。」

すると双子は頭を上げ、涙ながらに感謝していた。

「本当か!ありがとう!」

「僕達が勉強を続けられるよう、協力してください。」

「もちろんさ。」

広くもない部屋にひしめく学生達が、笑顔を向け合う。

そうして、うわさの男子学生の真相は、固く封じられることになった。


 それからしばらく。数週間は経っただろうか。

学校生活は特に変わること無く続いていった。

「あの時のこと、まだ誰にも話してないからね。」

授業の合間。

ある学生が、うわさの男子学生にそっと耳打ちをした。

その男子学生は、何も言わず、穏やかな微笑みを向けていた。

そうして、学生が一人、いなくなった。

何が切っ掛けでいなくなったのか、知る者は少なかった。

他のある学生が、うわさの男子学生を空き教室に呼び出して聞いた。

「あいつ、先週から学校に来てないんだ。

 部屋を訪ねても誰もいないし、何か知らないか?」

「・・・どうしてそれを僕に聞くの?」

問い質されたうわさの男子学生は冷静で、

問いかけた学生のほうが慌て気味に返した。

「最後に、お前と話してるところを見た奴がいるんだよ。

 それから家に帰った気配がないんだ。

 だからお前に聞いたんだけど。」

するとうわさの男子学生は、薄っすらと首を傾げた。

「・・・さあ?何のこと?僕は知らないよ。」

「そうか・・・。

 あっ、その時はお前じゃなくて、

 兄貴か弟の方か、双子のもう一方だったのかもな。

 とにかく、なにかわかったら知らせてくれ。

 あいつの両親も心配してるんだ。」

「・・・ああ、わかったよ。」

うわさの男子学生は、穏やかに答えた。

そうして、また一人の学生が姿を消した。


 さらに時は過ぎ、季節をまたぐ頃。

学校ではちょっとした騒ぎ、うわさになっていた。

学生達が数人、次から次へと行方不明になっている。

家出か、事件に巻き込まれたのか。

学校は対応に追われた。

警察にも相談したが、現段階では事件としては扱って貰えなかった。

失踪が事件なのか、関連があるのか、それすらも不明だからだという。

そんな最中、学校で一番ヤキモキさせられていた学生がいた。

それは、あのうわさの男子学生の部屋に行った学生、その最後の一人。

その学生は知っている。

行方不明になった学生達は全て、あのうわさの男子学生の真相を知る者。

何が起こっているのかはわからない。

でも被害者に共通点があることは知っている。

だがそれは決して口外しないと約束したこと。軽はずみには話せない。

次は自分の番なのではないか。あるいは偶然か。

その学生は気が気でなかった。

いっそあのうわさの男子学生に相談したかった。

でも、あの時に、何があってもどんな状況でも口外しないと約束した。

だからその学生だけは、律儀にもその約束を守って、黙ったままでいた。

しかしそれももう限界。

人の命、特に自分の命が掛かっているかも知れない状況では、

思いつく方法を選ぶしかなかった。

それでもせめて、最大限、秘密を守ろうと、

その学生は、うわさの男子学生の部屋をこっそりと一人で訪れた。

呼び鈴を鳴らすことしばらく、玄関に人の気配がした。

「・・・はい。」

「お前か?相談があるんだ。中に入れてくれないか?」

「今、ここじゃなきゃ駄目なのかい?」

「あのことについてなんだ。お前の部屋の方がいい。」

「・・・わかった。」

ガチャリと玄関の扉が開けられ、うわさの男子学生が姿を現した。

「さあ、上がって。」

落ち着き払ったその様子に、その学生はすがりつくように部屋に入った。


 部屋に上がるや否や、その学生は叫ぶように言った。

「みんないなくなったんだよ!

 あの日、ここでお前と会ったみんなだ。

 おかしいだろう?

 ただの家出なわけがない!共通点もある、そうだろう!?」

「落ち着いて。近所に聞こえちゃうよ。」

「これが落ち着いていられるか!

 お前、何か知らないか?

 あいつら、学校でお前に会ったはずなんだ。」

「どうして?」

「見た奴がいるからだよ!うわさになってる。」

すると、うわさの男子学生は、うつむき加減になった。

「そうか。やっぱりうわさは消したり隠し通せるものじゃなかったね。」

「俺は口外しないようにしたぜ?

 ここに来たのも、誰にも知らせてない。

 あれ以来、あのことを口にしたのは、さっきこの部屋の玄関が初めてだ。」

「ありがとう。約束を守ろうとしてくれて。

 でも、うわさっていうのは、些細なところから漏れるものだったんだ。

 例え僅かでも口にすれば、あっと言う間にうわさになって広まる。」

「だから僕たちは、自分の身は自分で守ることにしたんだ。

 僕達に関するうわさは全て消す。

 これまでも、これからも。」

「やっぱり、うわさは元から絶たなくっちゃね。」

「そう。それもこれで最後だ。」

その学生は見た。

大きな鏡に、もう一人の人影が映るところを。

それは、目の前で会話している相手とそっくりで、

しかし表情は笑顔とは正反対で、

その手には錆だらけの光る何かを握っていた。



終わり。


 うわさは一度うわさになると消すのは難しい。

それこそ、人を消し去るのと同じくらいに。

そのくらいの覚悟でうわさを消そうとする双子の話でした。


内緒話とか、ここだけの話とか、いつの間にか広まるもので、

本当に内緒話にするには、喋る元を消すしか無いでしょう。

もっとも、人を消すことの方が大事になってしまいますが。

作中の双子には、既に自分たちを消すという経験があったので、

実際にうわさの元を断つということに躊躇がありませんでした。


お読み頂きありがとうございました。


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