96.歴史をなぞる
魔王城の、一番大きな棟へと向かいながら、俺達三人は緊張していた。
俺もアルクも、言葉にする事こそなかったが、最初からずっと分かっていた。
俺達は二人とも、このあと命を落とすことになる。
この時代で命を落とすとどうなるのか、俺達には分からない。
元の時代に戻れるのかすら、聞かされていない。
しかしハジメを助けると決めた瞬間から、俺達の運命は決まっていた。
やがてたどり着いた部屋の扉の前で、俺達はまた立ち尽くす。
真ん中に立ったアルクは、俺とハジメの手を再びぎゅっと握る。
「ごめん、少し、心の準備がしたい……」
アルクはそう言って、再びハジメの顔を見る。ハジメもアルクの顔を見返す。
アルクは知っているのだ。この扉を開けるとすぐ、配下に憑依した魔王が現れ、この中で唯一勇者の加護を持たない自分の体が乗っ取られることを。
ハジメの顔をまともに見られるのも、これが最後なのだ。
しばらくその状態が続き、やがてアルクは意を決して言う。
「いいよ……。扉を開けよう」
そして俺達は扉を開く。
配下に憑依した魔王はもちろん、瞬時に扉から飛び出してくる。
その俊敏さは、以前対峙した時と全く変わらない。俺よりもハジメよりも、この世界の誰よりも速く、魔王はその体を動かす。
それは本当に一瞬だった。
武器も何も持たない魔王が、素手でアルクの胸を貫き、その心臓を鷲掴みにする。
「ガハッ………!!!!!」
アルクは大量の血を吐き出す。
その隣でハジメは、驚きと恐怖で目を見開いている。
その場にバタリと倒れ込んだアルクに、黒光りする魔王の魂が乗り移る。魂の姿となっても、その俊敏さは変わらない。
配下の体がぐしゃりと床にくずおれ、その代わりに倒れたはずのアルクが、ゆっくりと体を起こす。
「レ……」
ハジメは愕然として息を呑む。
アルクが生きていたのか、あるいは死んで生き返ったのか、状況の判断がついていない。
「気を付けろ、そいつはレオじゃない!!」
俺は叫んで、攻撃に備えてハジメにバリアを付与する。
しかし魔王は、すぐには攻撃を開始しなかった。
そう、魔王にとってはこの時間が何よりの楽しみなのだ。仲間の体を奪われた勇者が、その体を攻撃することができず、ただ魔王によっていたぶられ、弄ばれる時間が。
アルクの姿をした魔王は後方へ大きくジャンプし、部屋の一番奥にある王座の近くへと着地した。
ハジメはまだ、その光景を信じられないように眺めている。
「やあ、勇者諸君。初めまして、お気づきの通り、私が魔王だよ。少し話をしようじゃないか」
魔王はアルクが決して見せなかった、残忍な笑みを浮かべている。
「いやあ、今回は当たりだな。私は依り代とする体の特徴を引き継ぐのだが、この娘は非常に強い。全属性の魔法が使える体なんて、初めてだよ。ありがたいね、君達とのお遊びが楽しくなりそうだ」
ハジメはやっと、魔王がアルクの体を乗っ取ったことを理解する。
「な、お前………レ、レオの体を………」
「へえ、この娘はレオというのかい。どれ、こんな感じかな?……ハジメさん。僕は大丈夫、自分を責めたりしないで……」
魔王の演技は、ハルトの時と同じく、残酷なまでに完璧だった。
その体に染みついた話し方やクセを、模倣できるのだろう。
「……き、貴様………っ!!!」
これまで大きく表情を変えた事のなかったハジメが、今初めて、怒りと憎しみで顔を歪めていた。
そして剣を引き抜き、魔王に向かって大きくジャンプする。
「貴様あああああぁぁぁぁっっ!!!」
しかし魔王は今や王座に腰かけ、肘掛けの上で頬杖をつきながら、ハジメに向かって手をかざす。
魔王の魔力により増幅されたアルクの魔法が、その右手から放出される。
直撃しなくとも、その熱だけで体が燃え尽きてしまいそうなほど、強力な火炎魔法だ。
「おい、ハジメ!!」
ほとんど我を忘れているハジメに、俺は再度バリアを付与する。
炎はバリアの周囲を急激に通り過ぎ、部屋の入り口近くの壁に大きく穴を開けた。
「いやあ、この体は本当に素晴らしいよ!この先ずっと、この体で生きていきたいぐらいだ……」
ハジメは憎しみを込めて魔王を見つめ、今度は自分が攻撃魔法を発射しようとする。
しかし魔王はもちろん、あのセリフを繰り返す。
「いいぞ、やりたまえ!君達が愛したこの娘の体を八つ裂きにして、消し炭にするんだ!君達にそれができるならね!!」
魔王はそう言って高笑いする。
ハジメはぐっと詰まる。その手からは、魔法は発動されない。
俺はわざと動かずにいた。
なぜならハルトの話によると、俺もここで命を落とすはずだからだ。
しかし、全く何もしないというのはあまりに不自然だろう。
「ハジメ、言っただろ、躊躇するんじゃねえ!!」
そう言って俺は、魔王に向かって大きくジャンプする。
すると魔王は、つまらなそうに俺に目を向けた。
「おや、何だい。君は自分の仲間を攻撃することを、躊躇しないのかい?……面白くないね。私の遊びに付き合えないなら、もう君に用はないよ」
魔王がこちらに向けて手をかざすと、床から植物の蔓が伸び、俺の手足を絡め取る。
ジャンプしていた俺の体は、そのまま床へと叩きつけられる。
「レナ………!」
ハジメが俺のほうを振り向いた時には、既に魔王は俺の目の前にいた。
そして仰向けに倒れた俺の心臓に、同じようにズブリとその手を突き刺す。
「ゲホッッッ……………!!!」
心臓を貫かれると、これまでに経験したことのない、熱くて鋭い痛みが俺の体を震わせた。
「レナ!!!そ、そんな……!!!」
ハジメは目を見開き、その場で震える。
そして思う。もう自分も、ここで魔王にやられてしまえばいい。無理に抗って魔王を倒せたとしても、もはや自分に仲間はいない。この世界に生きる意味など、もうなくなったのだ。
しかしハジメの意識の片隅に、俺達の言葉が響き渡る。
「仲間を攻撃しなければならない時が来たら、躊躇するんじゃねえぞ」
「お願い、約束して。もし僕達に何かあっても、絶対自分を責めたりしないって」
ハジメはほぼ無意識に動いていた。
剣を構えて、魔王の元へと走り出す。
魔王は迫りくるハジメのことを、余裕の表情で見つめている。
ハジメがアルクの体を、躊躇せず攻撃できるとは思っていないのだ。この勇者はおそらく、この体に触れる寸前に、剣を止めるだろう。
しかしその魔王の油断が、命取りとなった。
ハジメは一切躊躇せず、アルクの体に思い切り剣を突き刺したのだ。
「な、なんっ………だと、貴様………!!!!」
意表を突かれた魔王は、痛みに喘ぎながら目を見開き、ハジメを見つめた。
「お前、どうして………っ!!!」
しかしハジメは聞いていない。
心臓を僅かに外れた剣を引き抜き、再度その胸や腹、首へと突き刺す。
引き抜いた剣を今度は斜めに振るい、体全体を深く切り込む。
ハジメは、魔王の苦しみ喘ぐ呼吸が完全に止まるその時まで、闇雲に剣を振るいつづけた。
ハジメは最初の一撃以降、ほとんど何も覚えていない。
気づけば目の前には、体を八つ裂きにされたアルクが横たわっている。
少し離れたところには、心臓を貫かれた俺の体が倒れている。
ハジメはアルクを、そして俺を見て、再び剣を取る。
そして自らの喉元に、その剣先を突き付けた。
その時、アルクの魂が、ハジメに向かって声をかける。
まだ完全に破壊されていないその魂は、ハジメに向かって必死に訴える。
「だめだ、ハジメさん……」
しかし、魂の声はハジメの耳には届かない。
ハジメは今にも、その剣で自らの喉を貫こうとする。
「ハジメさん、お願い、だめだ。また、会えるから……」
アルクの魂の訴えに、ハジメの魂が呼応する。
ハジメは耳ではなく、魂でその声を聞いたのだ。
ハジメはそこでふと手を止め、剣をガランと床に取り落とす。
そしてその場で、ただ大声を上げて泣き崩れた。




